Part 23-5 Absorption 同化
NDC HQ Chelsea Manhattan, NY 02:11 Jul 14/
36rd Ave 33th Street Queens NYC. NY 02:02
7月14日02:11ニューヨーク州マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル/
02:02 ニューヨーク州クイーンズ36番アヴェニュー・33番ストリート交差点
ニューヨークのNDC本社ビル内に戻った瞬間、ダイアナ・イラスコ・ロリンズ──ルナは時間の不整合に即座に気づいた。
テキサスのフォート・ブリスとニューヨークでは3時間の時差があるはずが、ヘッドギアのフェイスガードに表示されているデジタル時計の表示は補整されずまだ深夜の2時だった。
どうなっていると副官は困惑したのもつかの間、空間転移した社長室の有り様にフェイスガードを跳ね上げ顎を落とした。
外壁からえぐれ室内は溶鉱炉の中のように内壁ボードすら焼け落ちコンクリートの表面も溶解していた。
そのルナの傍でマリア・ガーランドは僅かに視線游がせただけでテレパスを使いシルフィー・リッツアにコンタクトしていた。
シルフィー! 場所は!?
────クイーンズ36番アヴェニュー・33番ストリート交差点。気をつけろマリア。ベスの爆炎魔法は我の上をいっている。転移した瞬間、焼かれるぞ。
そう警告されマリーは社長室に転移したセキュリティ全員に命じた。
「全員弾薬の補充! ジャベリンを20基用意!」
寸秒、ルナがたしなめた。
「また市街地で対戦車戦闘をなさるおつもりですか!?」
「相手はベスよ。通常火器では一瞬の足止めにしかならない」
駆け足で社長室から出て行くセキュリティ達を追い部屋を出たマリーはルナの腕をつかみ一瞬で作戦指揮室に瞬間移動した。
異空通路も使わずに場所が変わったことにルナは眼を丸くしてマリーに問い質した。
「チーフ!? い、いったいどうやったんです!?」
驚いたのは副官だけではなかった。作戦指揮室の夜勤者らも突如現れたマリーとルナに驚きの視線を向けていた。
「詳しく説明してる暇がない。弾薬を補充次第クイーンズに跳ぶわよ」
その2人を眼にした瞬間、指揮代行をしていたエレナ・ケイツ──レノチカが駆け寄り報告しようと口を開いたのをマリーは右腕を彼女の方へ振り上げ人さし指を立て制した。
弾薬庫へと足早に歩く女指揮官と付き従うルナの背後でレノチカは半泣き顔になり仕方なく2人を追いかけた。
鋼鉄製の防爆扉が油圧で開くのももどかしくマリーは開いた隙間に身体を滑り込ませた。
そうしてまず確かめたのは奥に積まれているFGMー148Dブロック1ジャベリン対戦車ミサイルが収められた前後に安定ブロックの付いた円筒形コンテナの本数をざっと確認した。
30本近くあるが、セキュリティの員数から20基が持って行ける限界だった。20どころか30すべてを持ち出したかった。ベルセキアは強靱で去年は6発撃ち込んでさしたる効果を見いだせなかったのだ。
殺傷というよりも逃げ道を封じる道具として対戦車ミサイルを選ぶのだ。そうして追い込んで止めを刺す。
マリーがバトル・ライフルでなく個人防衛火器のFNHーP90Evo4を手に取り負い革で首に提げ、アリスパックに装填済みの弾倉を詰め込み始めたのでルナは怪訝な面もちで尋ねた。
「SS190(:5.7x28mm弾の一種)は去年ベルセキアに対して効果がなかったじゃないですか」
「M118LR(:7.56x51mm軍用弾の一種)でも同じこと。振り回し易さと火力でPDWを選んだ──足止めになりさえすればいい。止めはシルフィーの魔剣フローズヴィトニルを使う」
ルナは手早く準備する上官の背姿を見つめ思った。ああ、またこの人は命引き換えに怪物を仕留めるつもりじゃないのだろうか。前回は蘇生できたから結果良かったが、今回も上手くゆくという保証はないではないか。
貴女の頭には戦闘に至る道筋しかないのだろうか。
「フォート・ブリスの怪物らの母星グラバスター系の巣をどうやって破壊したのですか?」
せわしなく動かしていた手をマリア・ガーランドは止め呟いた。
「原子爆弾の成型炸薬弾でコアを粉砕した」
原子爆弾!? この人はいつの間にかそのような途方もないエネルギーをも自在に操れるようになってしまったのか。いやそれどころか何十、何百光年も離れたグラバスター系の超重力星にも自在に往き来したことになる。
自然界の頚木を捨てたこの人は神にもっとも近い頂きにいるのだろうか。
「マリア────貴女の見えてる世界って?」
「1桁が9973進数の途方もない無量大数よりも遥かに巨大な桁の多次元行列データがすべて。それが世界そのものの構成のように見えている」
ルナは絶句した。眼の前にいる女1人が世界の構成要素すべてを把握しきっているのかと受け止められず混乱しながら問い質した。
「何もかもすべてを自在に────?」
マリーが短く鼻で笑って返した。
「世界のほんの一部しか理解してないのに好き勝手できるわけないでしょ」
それを本当だとルナは受け止めたかった。魔法以上の力に頼らず火器でベルセキアを足止めしようという事実。マリア・ガーランドが神の頂きにいるなら人として接することができなくなるとルナは素直に認めた。
ルナは気を取り直しP90を手に取り負い革を首に掛けるとアリスパックに樹脂製の長い弾倉を手早く入れ始めまだ余裕あるスペースにFFV013フォードンスニィナ対装甲地雷を入れかかり手を止めた。
市街地でこれを使うつもり!?
マリーと同じで心の掛け金が壊れてしまったと思いアリスパックに対装甲地雷を押し込んだ。
その直後、遅れてセキュリティ達が弾薬補充に現れた。
そうして1人ひとりが銃器のM118LR弾薬弾倉を多量にアリスパックに詰め背負いジャベリン対戦車ミサイルの発射筒をの負い革を肩に掛け発射指揮装置を小さなサックに入れ腰に提げミサイルの入ったコンテナを両手でつかみ上げた。
その装備で全員ともなると広い弾薬庫も狭く思えた。7分ほどで準備が終わりセキュリティ全員がマリア・ガーランドを刮目しマリーが説明を始めた。
「場所はクイーンズ。今、シルフィー、ポーラ、クリス、それに異世界の私がベルセキアの足止めをしている。逃せば多くの市民の命が危険に曝される。火力制圧のちベルセキアを魔剣で倒す。これより我々は市街地戦闘になる。コラテラル・ダメージは許さない。以上質問は!?」
「ジャベリンが爆発したら民家にも被害が出ますよ」
スナイパーのジャック・グリーショックが率直に意見した。
「建物や車両に及んだ被害はNDCで補償する。だが何をおいても市民に危害を出すな」
そう説明しマリーは部下らを見回し右腕を壁へ振り上げた。魔法呪文詠唱もなくいきなり異空通路の暗い門が2つ並ぶように開きマリア・ガーランドは皆に命じた。
「状況開始!!!」
エルフ擬きがエメラルドグリーンの瞳細めクラーラ・ヴァルタリの知らぬ言語で早口に言い放った。
"Ég afbæri það Byggt á Covenant! Ferocious andardráttur Crimson Eldur Dreki, Eymundur Crimson, flæddi yfir þann óvin! "
(:我、盟約に基づき解き放つ! 猛々しき緋火龍の息吹、紅蓮の破壊よ! 彼の敵を蹂躙せよ!)
寸秒、エルフ擬きの振り上げた左腕先から通りを覆う猛烈な火焔が迸った。
焔が膨れ上がった刹那、左右やましてや後方などに逃げる余裕がなくクラーラ・ヴァルタリはその場に伏せ背中や後頭部を薄いセラミックで覆った。直後、呑み込んだ火焔がオレンジから白に変色し女テロリストは自分の発火能力に勝るとも劣らない火力に気管支を守るため息を殺した。
クラーラが目の片隅で見たのは己が発火能力で曲げた路駐車のドアが一気に溶け落ち始めた異様な光景だった。
あのコスプレ女はヴェロニカ・ダーシーの発火能力を上回る能力を持っていたのだ!
背中が堪え切れぬ痛みに蹂躙されだし、逃げるべきだったと気づいた直後、それが怒りにすり替わった。
伏せていても念じるだけで敵の火焔の中に爆炎が生まれるのを感じた。
直後、あれほどのしかかっていた煉獄の焔が一気に遠ざかり交差点の方へ押し戻した。
「みろ! 人間の力など所詮はこの程度なのだ────」
呟きながら腕をついて顔を上げたクラーラの全身が焔を上げていた。驚いた女テロリストは転げ回り燃え盛る火焔をこすり消そうと躍起になった。
火が消えても全身が痛み焼けただれた皮膚を猛速で新陳代謝させ再生させてゆくと徐々に痛みも治まった。
起き上がったクラーラは消失した発火能力の猛威に交差点先までアスファルトが波のように押し流され起伏していることに驚いた。
華氏4千や5千どころじゃない。2万を越えた熱の暴力にクラーラ・ヴァルタリは陶酔した。
焔が消えてなお空気は凄まじい熱気を帯びていた。
「力だ! これが本物の力だ!!!」
叫んだその時、右肩に衝撃を感じてクラーラは顎を引き視線を下ろした。
漆黒の鱗の鎧に1インチ近い風穴が開いておりそこから鮮血が吹き出した。
おのれ! まだ生きていたか! クラーラは赤い目を振り上げると赤紫のスクリーンに守られたマリア・ガーランドが片膝を崩れた地面につき片膝立てビームライフルを構えているのが見えた。次々に鉄の塊になった元路駐車の陰からエルフ擬きと男女の兵士が現れFN SCARーHの銃口を振り上げる。その3人も赤紫のスクリーンに守られていた。
何なのだあのスクリーンは!? 発火能力のようにあれも人の能力なのか!?
圧倒的な攻撃力を手に入れ、クラーラは今度はあの防御能力が欲しくなった。もしかしたらあれは120ミリ戦車砲弾にさえ破られないのかもしれない。
その能力をマリア・ガーランドだけでなくコスプレ女や他の男女兵士が皆持ち合わせているなど信じられなかった。
恐らくは1人がその鉄壁の防御能力を持って他の3人も加護しているに違いないとクラーラは思った。
どいつだ!?
そいつを喰い殺して能力を奪ってやる!
最も厄介なのはビームライフルを持つマリア・ガーランドと発火能力を発動したコスプレ女だった。
レーザーは速く動いて照準させなければ問題ない。なら最初に喰い殺すのはコスプレ女だとクラーラ・ヴァルタリは一気に駆けだしてその上背の高い女へと凄まじい勢いで跳び迫った。
凄まじい衝撃を受けクラーラはエルフ擬きの目前で紫に変わったスクリーンにぶつかり地面に落ちた。
そのスクリーンの向こうで見せたエルフ擬きの蔑んだエメラルドグリーンの眼差しにクラーラは怒りが膨れ上がった。
コスプレ女は胸の前にバトル・ライフルを負い革で吊すと両腕を振り下ろしまるで緑色のネオン光を放つ鞭を地面に垂らし、右腕の一振りでその長い鞭を踊らせた。
左に衝撃を感じてクラーラは顔を振り向けると左腕が上腕から切れ落ちて斜め後ろに転がっていた。
そうだ。あれは紙を切り落とすように難なくコンクリート壁を鉄骨ごと切り抜いたのだ。
迂闊だった。
まさかスクリーンが物理的な運動エネルギーも打ち消すなど予想外で、しかもネオン光放つ鞭の威力を失念していた。
クラーラは瞬時に身体を捻り前に転がって腕を拾い上げ鞭の2撃目を避けるために大きく跳躍し空中に飛び上がった。
まさかその背を狙われるとは思いもしなかった。
背中で凄まじい爆発が広がり右脇腹をごっそりと失い民家の庭先に落下した。芝生の上で急速に再生させる胴体が数秒では元に戻らぬと己の迂闊さを呪いながら、上げた眼差しでテラス越しに庭を見つめる男女と視線がぶつかり、女テロリストは一気にこの場を離れようと大きくしゃがみこんで大きく飛び上がった。
70ヤード上がった刹那、自分に襲いかかるものが初めて直前に見えた。
対戦車ミサイル!?
その視線を振った瞬間、交差点の先に布陣した兵士らが携帯式のランチャーを肩に担いでいるのが見えた寸秒、迫っていたミサイルが腰に命中し対戦車榴弾の爆炎のスピアがまた躰を蹂躙した。
新たに現れた兵士らが交差点の方だけだと失念していた。
空中で上昇力を殺がれたのと同時に反対側で同じ爆発が広がり腰から下が千切れ飛んだ。
ああ──想定外だ!
ポーランドで対戦車ミサイルを喰らった時もピンチになったが、今度はそれどころではなかった。胸下から躰が無いのだ!
クラーラ・ヴァルタリは落下すると屋根が視界に広がり躰を硬化させ民家の屋根を突き破って室内に落ちた。
半身を失いもはや蘇生できる自信が小指の先ほどもなかった。
どうするかと視線を向けた先にベッドの上で怯え顔で固まる女のティーンエージャーが見えた。
直感的に取った行動は身を助けることが多い。
クラーラ・ヴァルタリはつかんでいる左腕を投げ出し右腕を一瞬で軟体のぬらぬらした触手に変貌させそれをベッドで怯える小娘に巻きつけた。
人を喰う以外に同化する手段があったのだと今になって気づいた。
ベッドから引き摺り落とし巻きつけた触手と寄せた頬で一気に小娘の皮膚から細胞を侵食させた。
乗っ取られる恐怖に小娘が上げる叫び声に両親が部屋に駆け込んできた時には小娘の主導権を奪い9割がた同化が終わって新たな触手を数本広げていた。
小娘の両親は夫婦揃って粘液質の触手に捕まり贄となった。
20秒足らずで大人の男女も吸収するとクラーラ・ヴァルタリは元の己の姿になり立ち上がり取り入れたものらの歯の被せものやピアスを吐き捨てた。
この姿で出ていくとまた対戦車ミサイルを撃ち込まれるのがわかりきっていた。
ものの数秒で女テロリストは同化したティーンエージャーの小娘の姿になり表皮を変化させらしい着衣を模倣すると部屋を後にした。
もたもたしていられなかった。
狼どもがやってくる。