Part 3-1 Bird of Prey Princess 猛禽の王女
Eglin-AFB(/Air Force Base) AFMC(/Air Force Materiel Command) USAF, Near Valparaiso in Okaloosa County, FL 10:27 Jul 11
7月11日10:27 フロリダ州オカルーサ郡ヴァルパライソ近郊アメリカ空軍空軍資材コマンド──エグリン空軍基地
『ヘルメス作戦空域に臨場──』
「シルフィ飛行隊カンザス上層に到達────だけどルナ、本当に必要なのかよ?」
ヴィクトリア・ウエンズディは無線越しにボーイング737AEW&Cで作戦空域に既に到達しているダイアナ・イラスコ・ロリンズに念押しした。
『──売り込みには印象に残るインパクトが必要なのよ。つべこべ言わず突入シークエンスの継続を』
馬鹿馬鹿しいとヴィッキーは眉根しかめ両肩を包み込む様に前方から左右に広がる統合湾曲液晶ディスプレイの各ゲージを読み上げ始めた。
「現在地座標14SPH4101113071(/MGRS:38.054412 -97.392762)、高度1423248.03(/feet:約433.806km)、速度25101.706(/feet/s:約7.651km/s)、コクピット内圧101.3(/kPa)、コクピット温度71(/華氏:22℃)、機外温度2.7(/ケルビン:約-270.45℃)、エンジン1、2回転数18万4千、各油圧プレッシャーゲージ──」
一通り歌い上げると遥か下からルナが命じた。
『5秒後ブースターパック点火。5、4、3、2、1、マーク。7秒後、ブースターパック──パージ。シルフィ・アルファ、シルフィ・ベータ、シルフィ・ガンマ同期継続』
「了解、ブースターパック点火。7、6、5、4、3、2、1、ブースターパック──パージ! シルフィ、娘たち操れてる?」
────ええ、ヴィクトリア我が手に。
精霊の声を聞いた寸秒ガクンと振動がありヴィクは右を見るとブースターがサイドスラスタを噴かし離れていった。
『音速の80倍でいらっしゃい』
簡単に言う! あの頭でっかちとヴィクはサイドスティックを握る右手の中指を突き出した。
『RCSスタートアップ』
「あいよ」
リアクション・コントロール・システムのトグルスイッチを指で弾く様に入れ、毎度、精霊の具現化した航空機にスイッチ類があるのが変だとヴィクは思った。
顔を左に振って後方を見ると腰近くにキャノピィレールの回り込むティアドロップの淡いスクリーン越しに、徐々に濃厚となる水蒸気をまとうドローンのアルファ、右に振って後方を見るとベータ、その機体に半ば隠れる様にガンマのV字型尾翼が見えた。全機4機フォーメーションで追従している。
熱圏を降下すると断熱圧縮の兆候が始まり分子が希薄で澄み切った電離層の視界が霞み始める。それがもうじき数千度の火焔になる前触れだとわかっていた。
「シルフィ、加護を」
そうヴィクトリア・ウエンズディが呟くとシートの背もたれ越しに精霊が両腕を彼女の首に回して抱きしめ耳元で囁いた。
────あなたをいつも護っていますよ。
フリーマン・リー・ゴレッジ基地司令はC130ハーキュリーズなら同時に4機整備できるキングハンガー北のタキシングエリア際でNDCのテスト機体が来るのを今かと待ち構えていた。
あの巨大複合企業が極秘裏に開発していた戦闘機は去年10月に大西洋で米露30機余りが入り乱れ空戦を行う空域に飛び込みたった1機で21機を堕とした聞く。
NDCは今年になって第8世代と銘打って国防総省へ売り込んできた。まだ第6世代も実機開発されてない状況で第8世代と言い切るその傲慢さ。いくらスーパーホーネットとSuー33が相手とはいえ1対21のスコアを対空ミサイル無しの状況でなし得た事実に国防総省が食指動かさぬはずがなかった。
そのデモンストレーター1機とAI操縦のドローン3機が空軍最強のFー22ラプター20機とF-35AライトニングⅡ24機──合わせ11部隊とやり合うという前代未聞の空戦でその優位性を証明するという。
何もできぬままアメリカ空軍の対空ミサイルの飽和攻撃に完敗するのが眼に見えていた。
もしもNDCの広報通りの性能が眉唾でなければ初期のジェット戦闘機を最新式のもので追い落とす状況となる。それが事実なら航空優位性は大きく傾く。いいや制空戦闘の概念すら書き換えられる一方的な排除。その歴史的瞬間に立ち合うかもしれないと司令は落ち着かなかった。
音で振り向いたフリーマン・リー・ゴレッジ基地司令は庁舎の方からハンヴィが猛速で走って来るのが見えた。軍用車が彼の傍らで急停車すると助手席から将校が下りて素早く敬礼し報告を始めた。
「准将、NDCのAWACSから入電。テスト機が真上から降下してくるそうです!」
「真上から? 管制に従わぬのか?」
「はい、管制官は守るよう説明しましたが、4機同時に成層圏上層から弾道落下コースで下りて来るの一点張りで」
弾道落下コース!? 准将はNDCが国防総省に報せてきたテスト機のスペックに垂直離着陸機能があったのを思い出した。Fー35Bやオスプレイの様に駐機スペースのみで運用も可能だとあった。だが今回の試験空戦にあたり報告書に眼を通したが、どこにも大気圏再突入機能には触れていなかった。
基地司令は漫然と空を見上げた。
それは90度に近いほぼ真上にあった。
明るい空に負けぬ僅かにオレンジを帯びた白いフレアが微かに確認できた。
その拡大が異様に速く思えた。
トライデントⅡの再突入時の速度はマック20に達する。その落下を到達点から見た事はなかったが、テスト機編隊の降下拡大が速過ぎる!
制御を失っているのか?
警報をとフリーマン・リー・ゴレッジ基地司令が考えた須臾、まるで超高速モーションの画像をいきなり止めた様にタキシングロードの上空300フィートに噴射口を下に機首を天空に向けた4機の異様な空力デザインの戦闘機が青い噴炎を派手に吹き下ろし浮遊していた。
いきなりモバイルフォンが呼び出し音を投げかけ准将は将校のかと唖然とNDC第8世代戦闘機を見つめる部下の顔を見、自分のものが鳴っていると急いで制服から取り出しタップして耳に当てた。
「フリーマン・リー・ゴレッジだ」
『初めまして司令官。NDC開発部門責任者のダイアナ・イラスコ・ロリンズです。事前の打ち合わせ通りメキシコ湾指定空域にてF-22、Fー35A全機実弾での制空圏防衛をお願いします。こちらは飛翔兵器を使用せずにリミット1200秒で制空圏を奪取に努めます。よろしいでしょうか?』
「すでに指定空域に戦闘機群11飛行隊、Eー3 ──1機、タンカー4機、それと洋上救助に駆逐艦3艦が守備についている。ミズ・ロリンズ、人的被害のないようにくれぐれも願う。できればラプターの損害も──」
『ご杞憂なく。作戦担当致します当社のパイロットはウイリアムテル競技会の覇者です。空軍機の損耗に関しましてはNDCが全額補償いたします。それでは空軍エリート部隊の御武運を』
高慢に聞こえるものがまったくないと准将は思った。セリーを握りしめ彼が見たのはいきなり残像を置き去りにしまるで光が伸びるようにメキシコ湾へ向け数条の青いラインが収束し4機の試作機が消え遅れて爆風が広がった。
その機動を見て彼は若いときに見ていたTVドラマの中で宇宙船が超空間航行に入る光景を意識にあぶり出し思った。
もはやあれは航空機ではないのかもしれない。
海軍トップガンを煙に巻いたからとそれが空軍に通用しはしないと思う。
空軍エリート部隊のドライバーは誰しもトップガンの連中より空戦に長けるだけでなく、ミッションの転換に柔軟に対応できる。世界最強の称号を冠するのは高出力のエンジンや特殊なノズルによる安定性の欠片もない機動のせいではない。圧倒的なステルス能力が齎す先制攻撃がハイスコアの撃墜率を約束する。
「ウイングリーダー、ヴァンパイア各機予定の時間だが空中警戒待機は継続し湾の南西より侵出するボギーに警戒する。空域外縁のライトニング編隊の動きに注視。データリンク上のボギーの機動を注視し先手を取り要撃する。ブリーフィング通りAIMー120Cー6を惜しむな。逃げ道の先へ叩き込む。ドグファイトに持ち込まれても集中し9Xで追い詰める。マスターアームホット確認」
『エレメントリーダー(:3番機)了解。マスターアームホット』
『ウイング2(:2番機)了解。マスターアームホット』
『ウイング4(:4番機)了解。マスターアームホット』
エグリン空軍基地 207海里(:約383km)南南西のメキシコ湾を東西に伸びる4海里の楕円を描き飛翔するEー3G──AWACSはそのルックダウンさえ基地周囲を網羅する。だがこの優秀な空中警戒管制システム自体に成層圏より上層から落下する弾道弾追跡能力はなかった。それでも十分に距離がありレーダーレンジの扇状の空間に移動するドップラーシフトを持つものを容易に補足できた。
その北のレーダーエリアに突如として4つの光点が現れそれが瞬時に敵味方識別にかけられリマ001からリマ004の識別コードを持つボギーとしてモニタ上のターゲット・シンボルが赤に変更された。
「Op3、16REU4654671841に新たに4つのブリップ。未確認戦闘機と識別。コール、リマ001からリマ004。エグリン空軍基地上300フィートでホバリング中であります」
3卓の向かい合うコンソールとその片側の背に背を向け合う3卓、合わせ9卓の全コンソール要員を監督する主翼前縁にある特殊処理コンソール要員の背後に立つコンスタント・タスカー中佐は、テスト機飛行隊がテスト空域の中心部へ向け11時からと1時方向から2手で侵攻する可能性を鑑み即座に直面するエリア1とエリア6のFー35A飛行隊8機へ指示を与える事にした。
「エリア1とエリア6のライトニング飛行隊に指示。アグレッサー4機は2飛行隊に別れ北北東と北北西から侵攻予測。リンクデータにより警戒空域に入り次第全機アムラームで攻撃開始」
オペレーター4から6がムーヴマイクに慌ただしく指示を出し始めるのを彼らの後方で見渡すコンスタント・タスカー中佐は3番卓のオペレーターへ特に注視していた。
「リマ001から004動きあり! い、一直線にこちらへ──すでにマック23──いえ! 28! さらに加速中!!!」
なんという加速だ!? 僅か9秒余りで23海里(:約42.6km)以上も移動している。このままでは優位な交戦距離を保てなくなると第3コンソールモニタをオペレーターの肩越しにレーダーレンジを覗き込んだコンスタント・タスカー中佐は顔を強ばらせ命じた。
「攻撃開始! 攻撃開始!!!」
第5卓のオペレーターが該当機のFDLを通じ一斉送信をかけた。
「マザーより全機へ攻撃を開始せよ。繰り返す攻撃を開始せよ」
寸秒、オペレーター2のコンソール・モニタに多数のミサイル・シンボルが現出し斜めに伸びる指示線の傍にA120と表示されそれが東西から一気に南侵する赤のシンボルへ群がり始めた。
中佐はアグレッサーの異様な加速度から改良されたシーカーの目標探知装置エンベローブから抜け出る可能性があり、半数以上のアムラームが正面から捕らえられず失探し残りもターンし追う形になると中佐は想定した。だが飛翔レンジを十分に残し加速できるアムラームでも最大速度で5000フィート毎秒。接敵時点でアグレッサーの速度は37000のはず。後方に回ったAAMはテスト機が減速しない限りすべて無駄弾になる。
正面に要撃の壁を作るのだ! 彼は16機のFー22を正面からぶつける策に転じた。
「ヴァンパイア、グリム・リッパー、ファイアフォックス、イエーガー4飛行隊を当機の北エリアに呼び寄せ移動中に即時に攻撃開始」
第4卓のオペレーターが4飛行隊に同時送信で命じボギーの予測位置ベクトルQを送っている最中、作戦指揮官にとんでもない事を告げた。
「中佐、直進するリマ003を残しリマ001、002、004散会! マック41で3方へ展開!! 全機さらに加速!!!」
国防総省の兵器開発部の作成した資料によるとNDCの試作機は対レーダー機能は無くステルス能力も第4世代程度だと唄ってあった。圧倒的機動力の前に既存の要撃の手段はなく、ステルスは意味を持たない。落とせるミサイルを東西の軍需産業はこの先40年は作り得ない。
目視外戦闘を諦め目視距離でのドグファイトに持ち込まないと勝算はないと国防総省は数ヶ月前に判断していた。
だがそれだけの余力持つ推力の機体に対し近接戦闘であれこちらの高度よる優位性であれ勝てる見込みは数ポイントもないと思われた。
唯一の望みは試作機にラプターは目視距離まで見えておらず、なおかつアグレッサーに人が搭乗し操るは1機のみという状況で残りがAI操るドローンだという事実。AIがどれほど仕込まれていようと、複雑な戦域で的確な判断は無理だと国防総省は想定していた。
しかし、NDCが試作したUCAVに搭載されたAIを国防総省は侮っていた。精霊が操っているなど誰が想定できよう。
JSF──Fー35ライトニングⅡ Aのウエポンベイに収納されたAIMー120Cー6がデータリンクから目標諸元を受け取り、ラックからディスコネクトされた瞬間慣性誘導が会敵座標を目指す積分を開始し同時に射出後目標補足モードで3Dの双方ベクトル共通解へと自機を誘導すべく尾部の合わせ4枚の全動翼をせわしなく動かし始めた。
37海里(:約68.5km)の会敵距離で標的よりの一切のレーダースイープやジャミングを感知しないシーカーは指令誘導を受信し続け標的の変化し続ける加速度により大きく変わる会敵座標を変更し続け南へと巨大なカーブを描き固形燃料を燃やし続けた。
AIMー120Cー6のドップラー高パルス繰り返し周波数のバスケット──レーダー索敵レンジはマルチチャンネルマルチパスにより広いドッグファイトエンゲージメントエンベロープを与えるだけでなく、時分割処理により同時に6機の標的を認識追尾でき戦域から逃れ仕切り直しを狙う意図さえも打ち砕く。
Fー35AライトニングⅡの撃ち出した対空ミサイルの2機は偶然にも浅い角度でリマ001の侵攻予測ベクトルへと回頭しつつあった。
対処対向速度マック18の上限を越え迫る標的を捕らえ続けられるのはほぼ定点観測に近い条件からだった。
距離と角度を持って放ったFー35AライトニングⅡの指令誘導データから想定外のタイミングを取り、対向モードのサブルーチンで17500ヤード前方でパルスドップラーアクティブ近接信管を起動させた。
スロット付き導波管設計の1対の受信アンテナと1対の送信アンテナが対向してくるリマ001を捉えた瞬間、100分の1秒で動作した電子信管が弾薬を起爆させ破砕片を広げた時にはアグレッサーは通り過ぎ遥か後方653フィート(:約200m)にありもう1機の破砕片同士がぶつかり合い火花を散らした。
NDCテスト機は全機合わせて16発のAIMー120Cー6の洗礼を振り払い散会するとヴィクトリア・ウエンズディの乗るリマ001──と同じくコード化されたリマ003が機動修正しながらAWACSへと爆速で迫った寸秒精霊シルフィがパイロットに警告した。
────ヴィクトリア、試験空域に認識していなかった航空機が2機、南南西の水中から現れました。かなり速いです。現在音速の50倍でAWACSに向かって来ます。
「ミサイルなの!?」
────いえ。まるで大きな昆虫の様です。
地球規模の空間視覚認識を持つ精霊シルフィが言うのだから間違いない。AWACSのレドームを斬り堕とすのは後回しだとヴィッキーは右のペダルを踏み込み右手に握るスティックに横へ力をかけた刹那、シルフィは青い残像をずらし重ね一気に旋回し始めた。
その後方でリマ002と004が第5世代ステルス戦闘機群に襲いかかった。