Part 21-5 Pandemonium 混沌(こんとん)
1 Cavalry Regiment Camp 6th Squadron 1st Armored Division Ⅲ Corps Army Commands US.Army Company Training Ground East of Fort Bliss, July 14 01:11
7月14日01:11テキサス州フォート・ブリス東方アメリカ陸軍 陸軍コマンド第3軍団第1機甲師団第6戦隊第1騎兵連隊野営地
一瞬で飛び下りてきた6体の怪物にマリア・ガーランドは取り囲まれた。
75口径のバトル・ライフルのトリガーをタップし連射の爆轟と爆炎を引き伸ばし一瞬で2体を灰燼とさせバトル・ライフルを負い革で脇へ回しブレッドナイフほども長さのあるプラズマ・ナイフを右手のマスター・スレイヴで鞘から引き抜いた。
敵が6体いようが、10体いようがやるべきことは同じだった。
手数で勝れば数の不利を覆せる。
親指の側面上から目映いばかりのスパークが立ち上り急激に引き延ばされてゆくその白いリボンがすぐ傍らにいる怪物の胸元に命中し一瞬でその艶消しの外殻が瓦解した。
"Látið logana brenna og éta allt."
(:焔よ燃え盛り、ことごとくを蝕め。)
呟き始めマリア・ガーランドは突き立ったコンバット・ナイフを引き抜き身体を反転させ反対側にいる化け物の胸元にホワイト・フレアのリボンを送り込んだ。
"Skerið líf þeirra sem borða létt!"
(:光を喰らいし者たちの命を断ち切れ!)
怪物らが着地して3秒足らずでマリア・ガーランドは4体を倒した。
"Laða að hávaða og brjálæði og koma með eyðileggingu í óheilögu myrkri."
(:喧噪と狂気を引き寄せ、不浄なる闇の中で破滅をもたらせ)
さらに斧のような形に変貌させた腕を振り下ろしてくる怪物の前面でバク転し振り上げた踵で斧の柄の部分の付け根を蹴り上げその片足首を斜めに切り上げ、バランス崩した怪物を捨て置いて斜め前から突っ込んでくる化け物の変化した腕の得物を寸秒確認し逆手にした左手にプラズマ・ナイフをスイッチさせ首を切り落とした。
"Gefðu töfrum mínum lausan tauminn og vertu að eldsprengingu!"
(:我が魔力を解き放ち、炎の爆発となれ!)
その瞬間マリア・ガーランドは研ぎ澄ませた魔法呪文詠唱を言い終えた。
"Mörg Eldspjót!!!"
(:焔の多重槍!!!)
一瞬で己を中心とする正20面体の頂点へ向け焔のスピアが爆速で突き出し2体の再生する怪物らを穿った。
"Show More Guts!!!"
(:もっと根性みせろよ!)
1度に2体瓦解させマリーは辺り見回し言い捨てた。
バトル・ライフルのマグチェンジしたその刹那、空中から18体の怪物が降り立ちマリア・ガーランドの周囲を取り囲んだ。
陸軍の野営地北西の荒れ地を砂塵巻き上げ走り込んでくる謎の車輌に第2機甲部隊第1から3小隊のエイブラムス9輌の1台が気づいた。
その寸秒、謎の車輌は主砲らしき先端に爆炎を膨らませ落雷の様な爆音を放った。
第2小隊3号車のウォーレス・オリファント曹長は車長用独立熱線映像装置でそのフォート・ブリスの方からやってきたその車輌が敵と断定できずにいた。
「こちら3号車のウォーレスです。小隊長、10時方向に未確認車輌! 2輌編成で南東へ向け突っ走りながら射撃しています」
『どこへ撃ってるって!?』
「南東の我が軍戦場前線へです」
『我が軍に向けてか!? 無線で呼びかけたか!?』
「はい! 応答なしです。射撃は我が軍というより進軍してくる怪物らめがけ────」
無線の最中にまたその2輌編成の戦闘車が砲撃し爆轟でエイブラムスの砲塔がびりびりと揺れた。
まるですぐ隣で2輌同時に砲撃しているようだった。
「──怪物らに向かって! あぁ、北東に回り込んできた怪物が1度に数体被弾して粉砕しました!」
『その車輌を援護せよ! 全車野営地へ接近する怪物へ砲撃しつつその所属不明の車輌を────しろ!』
その応答の最中にまたもや謎の車輌が砲撃しエイブラムスの砲塔が激しく震えた。
前線へやってきたアン・プリストリの超電磁砲戦闘車輌が次々に怪物を屠り去り始めると一気に怪物らが跳躍してきた。
「エッチぃ────」
アン・プリストリは車体や砲塔表面に薄い鋼鉄のわずかなスペーサーで正面以外の外周を囲って貼り付けてある対人地雷の起爆パネルを自動に切り替え怪物らの出方を待った。
周囲に着地した怪物ら30数体は戦闘車輌の毎時40マイルという速度に合わせ駆け始めた。それも数秒200フィートを過ぎたあたりで次々に戦闘車輌と動力車輌に飛びつき始めた。
取り憑いた。瞬間、近接信管が作動し怪物の正面のMOHー90に内包されたPVVー5Aが起爆し2000本の鋼鉄シャフトが毎時3万1千キロ余りの爆速で飛びだすと至近距離で怪物に襲いかかった。鋼鉄の嵐に化け物の外殻どころかコアまで粉砕された。
だが躊躇せずに怪物らは次々と装甲車に飛びつき粉砕され続けた。
アン・プリストリは笑い声を上げ続けた。
怪物らは26体を失ったところでようやく諦めアンはレギーナに命じて車速を落とさせ戦況を確認した。
陸軍は野営地の東側と南北に機甲部隊の戦場前線を構築しているがどこも半数はやられていた。状況は酷くさらに火砲はまだあちこちで撃たれており、時折陸軍の装甲車が派手に吹き飛ぶ。この中から少佐を探し出すのは骨が折れると考えられた。
車長用独立熱線映像装置に見えるのは焔上げる装甲車の残骸ばかりで────上空から曳航弾のストームが地上を舐めていた。ACー130──ガンシップかとアンは一瞬考えそれを否定した。火力が違いすぎた。
「ハミングバード2!」
ならチーフらはこの近くにいるはずだった。
地上掃射受けている辺りを見ると何かがいるのがフラッシュの様に見えては消える。車長用独立熱線映像装置で見えぬそれらは先の怪物に間違いないだろうとアンは想定した。
至近距離まで接敵したかったが陸軍の車輌に撃たれる可能性があった。
仕方なくアンはサーマルからNDCの資源観測衛星の画像へと切り換えた。資源観測衛星とは名ばかりの準軍事衛星で可視光線、赤外線、紫外線、合成開口レーダー、先進レーザー地表分解観測などを備える72の衛星群の1基だった。
アンは怪物らが赤外線では観測できないことを知っており、かといって夜間領域なので可視光での観測も出来なかったので紫外線領域を使ってやっと怪物らを捉えることができた。
その紫外線の強弱や周波数変位分布からアンは怪物らが紫外線でコミュニケーションを取っていることをつかんでいたが、そんなことはどうでもよかった。銃弾、砲弾を撃ち込めればそれでよく人の構造物と判別つけばよかった。
野営地800ヤード東方に位置する機甲部隊の直近で現界した怪物らの大半が戦車隊に襲いかかっていた。
「防衛ラインはァ突破してるんだァ。野営地へェ襲いかかればァ簡単にケリがつくだろうにィ」
アンはエイブラムスの砲塔に取り憑いた死霊に照準するとレイルガンをぶっ放した。300ミリ秒で900ヤードを走り抜ける極超音速の砲弾を躱しようがなく。12秒ごとに戦車にとり憑く死霊を撃ち砕いていると3体目を倒した時点でまた怪物らに取り囲まれた。
「懲りねェ連中だァ」
そうアン・プリストリが呟いた刹那、怪物らが襲いかかり装甲に貼り付けた対人地雷が連爆し始めた。
『突然、チーフが戦場前線へ向かったんです』
そう報告するリー・クムにルナは目眩を覚えた。
まさかとは思ったがマリーは陸軍の兵士らを救いに行ったのだ。人型戦闘装甲に乗ってるからとその無謀な行為は赦し難かった。
「あなたらでその野砲を扱えるの!?」
『はい、サブ・チーフ! でも3人では砲撃に時間がかかりますし、観測要員がいないので照準のつけようがありません』
「あなたらにNDCの観測衛星のアクセス権を付与します。高度の変わらない標的を探り当て砲撃。榴弾なので20ヤードの至近距離ならダメージを与えられます」
『了解です、マム』
部下との通信を終えルナはもしかしてあの人型戦闘装甲と通信規格が同じかもと思い全周波数域で呼びだしてみた。
「全周波数域でコール、こちらルナ、チーフ応答を────」
応えはなく空電が続くばかりだった。
よもや怪物に倒されていなければいいがとルナは不安が込み上げたが、魔法抑制チョーカーを装着してないマリア・ガーランドがそう簡単に倒されるわけもなく。時間をおいて今一度呼びだしてみると決めた矢先に野営地司令テントの前の空き地に跳躍してきた怪物が3体降下し着地した。
ルナとセスが土嚢障壁に伏せた刹那空き地の信管を踏み抜いた怪物が吹き飛んで空中で瓦解した。
2体は粉砕されたが、1体が半身を吹き飛ばされてなお黒い粒子が流れ集まり躰を再生していた。
FN SCARーHを構えて土嚢から身を乗りだしたルナとセスはもう胴体を再生し終わり脚を再生させている怪物の胸めがけフルオートで銃弾を撃ち込んだ。
何発目がバイタルゾーンに命中したのかはわからなかったが、いきなり怪物は崩れ落ちた。
広場には陸軍の兵士がいたが即席爆弾の爆発で数人が倒されており無事だった兵士が助け起こしていた。
「サブチーフ、この野営地司令部が落とされるのも時間の問題です。避難しましょう」
そうセスが提案したが、ルナは1度視線を下ろしただけで部下に応じた。
「いえ、司令部が落ちれば野営地は簡単に陥落するでしょう。そうなれば次はフォート・ブリスの市民が危険に曝されます。我々はここを死守します」
ルナの決意にセスがあからさまに驚き顔になった。
「どうしたのセス?」
「いえ、あなたがそこまでの決意をされてるなら最後までおつき合いします」
ルナが頷いたのでセスはバトル・ライフルを胸に抱き野球のダイヤモンドほどの空き地の警戒に戻った。
ルナはすぐには怪物も襲いかかりはしないだろうとベルセキア事案の対応を心配し本部への衛星通信を開いた。
「本部レノチカとの回線を開いて」
そうAIに命じると10秒足らずでエレナ・ケイツが無線先に出た。マンハッタンは夜中の3時過ぎ。ベルセキアの片はついたのかとルナは不安を抱いた。
「レノチカ、ベルセキアはどうなったの?」
『サブチーフすみません──手が回らなく状況をつかんでいませんが、まだこちらへ来てるチーフやパティから報告を受けていません』
報告がないとなるとまだ事案対処中だとルナは思った。
となると後から送り込んだシルフィー・リッツアに問い合わせた方がよいのかとルナは戸惑った。
「手が回らないって何が起きてるの?」
『幾つかあります。まずベルセキアですがマンハッタン市街に逃げ出し、まだ居所がつかめていません。それと社長室にミサイルが撃ち込まれた件ですが、犯人はドロシア・ヘヴィサイドでした。本社ビル近くに戦術小型核爆弾を仕掛け貨物船で大西洋に逃げだしたのを発見し船は沈めましたが別の貨物船に救助されそこから逃亡しました。まだ所在はつかめていません』
「戦術小型核爆弾!? 捜索は!?」
『心配には及びません。ニコルとシーナが見つけ出し無効化。国家安全保障局のマーサに対応を任せてあります。そちらの戦況はどうですか? 怪物は掃討したのでしょうか』
「微妙な線よ。押し切られそうだわ」
『撤退されないのですか』
「市民を見捨てて? それはできない。ベルセキアの件はシルフィーを送り込んであるので彼女に確認を取ります。ドロシア・ヘヴィサイドの捜索をお願いします。以上」
AIが判断し通信を切るとルナは即座にシルフィーに繋ぐように命じた。今度も10秒足らずで相手がでた。
『はい、シルフィーだが何用だ?』
「ベルセキアは?」
『あれはベルセキアじゃない。亜種だ。人を喰いこそするがそのものに成り代われるわけじゃない。それに時間を操る能力がある。だが本社ビルの外壁を打ち抜いて市街に逃げたので捜索している。朝までに見つけないと騒ぎが拡大する』
珍しく饒舌だとルナは感じた。シルフィーは思い通りにならないと口数が多くなる。
「捜索にはレノチカに応援を求めなさい」
『それはもう頼んだ。あれは少々パニクっている』
「わかったわ。善処します」
『あ、それと異次元のマリア・ガーランドが右腕をベルセキアの亜種に切り落とされた。外科処置をしたが我々のM・Gなら元通りにできると思う。こちらに────』
「今は無理です──が後でなら」
『なるべく早く頼む。哀れでならない』
「わかりました。以上よ」
AIが無線を切るとルナは今一度全周波数域でマリア・ガーランドを呼びだしてみた。
「全周波数域でコール、こちらルナ、チーフ応答願います」
空電の音にルナは落胆し呼び出しを切った寸秒、東の方から大きな爆轟が聞こえてきた。
「コール、ハミングバード2、イザイア地表で何が?」
『東の機甲部隊、西側150ヤード野営地寄りで爆発が──装甲車ではありません。煙が殆ど上がっていません』
マリア・ガーランドだわとルナは直感で気づいた。
彼女が追い込まれて魔法を────爆裂魔法を放ったんだわ!