Part 20-5 Search 捜索
MCPS - Ocean Beauty in the Atlantic Ocean, 8.6 nautical miles south of Jamaica Bay, Brooklyn, New York 00:32 Jul 14/
NDC HQ - Bd.Cherrsee Manhattan NY, 00:32
7月14日00:32 ニューヨーク・ブルックリン区ジャマイカ湾南方8.6海里(:約16km)多目的貨物船オーシャン・ビューティー
00:32 マンハッタン・チェルシーNDC本社ビル
手にしたタブレットを暗い操船室でじっと見つめニュース・サイトを閲覧していた。
ニューヨークでとるに足らない日曜雑貨の詰まったイソテナーを35基積み込んだ大型貨物船オーシャン・ビューティーの操船室に立つのは3人。それとは別に船長席に座る淡いブロンド・ロングヘアの女がいた。
コースト・ガード(:沿岸警備隊)に止められることもなく大西洋に出ることができた。
特報ニュースはニューヨークのNDC本社ビルで爆発事故が起きた記事が全体の5分の1、テキサス州フォート・ブリスで陸軍がテロリスト集団と交戦中である速報が3分の1を占めていた。
ドロシア・ヘヴィサイドはNDC本社に撃ち込んだ巡航ミサイルの捜査状況も知りたかったが、フォート・ブリスでの陸軍とテロリスト集団の交戦にも武器商人として興味があった。アメリカ陸軍にも少なからず武器を仲買し流していた。
小さなサイドデスクに置いたイリジウム・モバイルフォンが短いバイブレーションの振動音を上げドロシアは手に取るとメールが1件着信していた。
開いてみると警告文だった。
──対艦誘導弾装備の航空機派遣、注意されよ──。
NDC本社に仕込んでいるスパイは仕事をしているようだった。
「対艦ミサイル下げた戦闘機が来る。甲板上にCIWSを全基スタンバイ、短中距離対空システムも用意しろ」
慌てる様子なく命じる20歳中の女社長が逃げださないのでブリッジにいる数人の男も落ち着きを崩さず対空システムの操作卓に1人がついてレーダー・レンジをAI任せにして対空システムを立ち上げた。
「戦闘機の方は撃ち落としますか?」
「落として構わない。合衆国軍の機ではない。NDCの開発機だ」
言いながらドロシアはNDCが対艦ミサイルを開発していたことの記憶が欠落していることに気づいた。
NDCの軍需品はできが良くできれば鹵獲したいところだが、まず無理だろうと彼女は思った。しかし貨物船にミサイルを撃ち込む指示を出したのはあの女社長かとドロシアは考えた。塒に火を放たれてそうとう頭にきていると少しは意趣返しができて武器商人は鼻を鳴らした。
ミサイルの1発や2発で怯むものかと、ドロシアは目を細め思った。
この貨物船は見てくれが商船だがタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦と渡り合える対艦対空兵装を備えている。高々民間軍事企業の所持機1機まったく問題にしていなかった。
それよりもあの女社長──マリア・ガーランドを倒すためにニューヨーク市で戦術小型核爆弾を使えば遅かれ早かれインターポールは私の首に最高額の懸賞金を賭けるだろう。そうなれば武器商人の仕事もやりにくくなる。だがやるからにはあの女社長を間違いなく殺すチャンスが必要だ。
マンハッタンのどこにマリア・ガーランドが現れても戦術小型核爆弾なら殺すことが可能だろう。さらに奥の手があやつを抹殺する。
私の商売の邪魔をする奴の最後を世界中にSNSで配信してやる。
しかし戦闘機が来るのが遅いじゃないか、とドロシアが思った矢先にイリジウム・モバイルフォンの呼び出し音とバイブレーションが鳴りだし女武器商人は手に取った。
発信元電話番号が表示されておらず、ドロシアは取りあえず用件を聞こうと通話ボタンを押し込んだ。
『ドロシア・ヘヴィサイド?』
「ああ、私だ。誰だ?」
『私はNDC対テロ情報2課主任エレナ・ケイツよ。今夜の統括責任者』
NDC対テロの情報部門!? どうしてこの番号を知ってる!? とドロシアは眉間に皺を寄せた。
「その主任様が何用だ?」
『船舶自動識別装置に細工して逃れきってるつもりでしょうけれど、イリジウムの位置情報から上空の低軌道観測衛星であなたのいるブリッジを見下ろしているわ』
居場所をつかんだからの対艦ミサイルかとドロシアは鼻で笑った。
「取引を持ちかけているのか?」
『鋭いわね。このまま引き返しFBIに出頭すれば盛大な花火を見ずに済むわ』
取引ではなかった。電話先のエレナは脅しをかけていた。ドロシアは青い瞳を半眼にすると押し殺した声で脅し返した。
「残念だよ。花火を見るのは貴様だ。女社長共々マンハッタンで灰燼となるがよい」
『戦術小型核爆弾は我々の手中にあり、起爆装置は解除したわ。話を最初に戻す。投降する?』
張ったりだとドロシアは思った。
仕込んだ戦術小型核爆弾はそうそう簡単に見つかりはしない。
「対艦ミサイルで脅しかけるつもりか? アメリカ海軍のタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦以上の防空火器を持った船を2、3発で襲えると?」
『あなたは武器商人────でもそこに驕りがある。我々の誘導弾が空中から襲いかかると勘違いなさらないで────同時に8発の極高速水中ミサイルが50ヤード手前でホップアップし第1甲板の構造物に群がるのをご覧になって』
エレナ・ケイツの通話がいきなり切れて青ざめたドロシア・ヘヴィサイドは船長席から立ち上がりブリッジ後部に行きドアを押し開けた。
28ノットで進む船のため少し風があり船尾に流れていた。
横からか!? 後方からか?
密偵からの情報でNDCは水中ミサイルを完成させていた。100ノットどころかその2倍出せる。
水中ミサイルどころか魚雷対抗兵装はソナー・ジャマーぐらいしかなく圧倒的に不利だった。ドロシア・ヘヴィサイドはブリッジ内へ振り向き怒鳴った。
「最大船速! 面舵と取舵一杯3分おきに!」
命じた直後急激に左へ床が傾きだし右へ回頭しだした。
「10秒ごとにヴィストE投下!」
ヴィストEはロシア製の魚雷対抗兵装だった。最新の潜水艦にも搭載されている。だがホップアップし空中に上がるミサイルをどの程度振り切れるか心もとなかった。
「船尾2基のバルカンファランクスと左舷のRAMを後方へ向け索敵モードで待機! 他は船側へ向け同じく索敵モード!」
沿岸警備隊に見られると間違いなく停船を命じられる状況にドロシアは開き直った。各種対抗兵装は普段は擬装しているが、敵攻撃があると確実な時に擬装解除する時間的余裕はなく万が一沿岸警備隊に見つかればフリーゲートを沈めるだけだった。
深夜の海原は静かで水中ミサイルの気配どころか投下した戦闘機の爆音すら聞こえてこない。そうドロシア・ヘヴィサイドが思った矢先に多目的貨物船は左舷へ回頭を始め女武器商人は手すりにしがみついた。
「パシフィック・フィレーナ・ロジスティクス社登録のイリジウム・モバイルフォン13基の内ニューヨークに最も近いものの電話番号を特定」
そう5課の夜勤者が報告するとレノチカ──エレナ・ケイツは外線を繋ぐように命じた。
数秒コール音がヘッドセットのヘッドホンに聞こえそれが途切れるとレノチカはブームマイクに切りだした。
「ドロシア・ヘヴィサイド?」
『ああ、私だ。誰だ?』
対艦誘導弾を積んだ戦闘機が向かってるとメールで知らされている割には思ったよりも声が落ち着いてるとレノチカは思った。
「私はNDC対テロ情報2課主任エレナ・ケイツよ。今夜の統括責任者」
『その主任様が何用だ?』
これからが腹の探り合いだとレノチカは気持ち引き締めた。
「船舶自動識別装置に細工して逃れきってるつもりでしょうけれど、イリジウムの位置情報から上空の低軌道観測衛星であなたのいるブリッジを見下ろしているわ」
これで疑心暗鬼になるはずだ。ブリッジの外にいるなら星空を見上げたところだとレノチカは思った。
『取引を持ちかけているのか?』
思った以上にキレるとレノチカは感じた。さすが20代半ばで闇世界で頭角を現すだけのことはある。だが私が金でNDCを裏切ると踏んだのはお門違いだ。
「鋭いわね。このまま引き返しFBIに出頭すれば盛大な花火を見ずに済むわ」
『残念だよ。花火を見るのは貴様だ。女社長共々マンハッタンで灰燼となるがよい』
威しにはおどし、僅かな間もおかずに返してきた。チーフ達が振り回されるはずだ。
そこでもう一度レノチカは脅しかけることにした。
「戦術小型核爆弾は我々の手中にあり、起爆装置は解除したわ。話を最初に戻す。投降する?」
今度も即答だった。
『対艦ミサイルで脅しかけるつもりか? アメリカ海軍のタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦以上の防空火器を持った船を2、3発で襲えると?』
張ったりだわ。逃げ道を潰され見せたのは虚勢。
「あなたは武器商人────でもそこに驕りがある。我々の誘導弾が空中から襲いかかると勘違いなさらないで────同時に8発の極高速水中ミサイルが50ヤード手前でホップアップし第1甲板の構造物に群がるのをご覧になって」
レノチカはこちらを見続けている5課の夜勤者に頷いてみせて通話をオフラインにした。
さあこれで女武器商人は自分の船を魚雷回避行動にさせるはずだ。
「主任! 1隻の船が蛇行を始めました! スクリーンR18Sです。ウインドを明滅させます」
レノチカが巨大なモニタのウインド群の右手を見つめると乗用車を上から見たサイズのウインドが数回明滅し通常表示に切り替わった。
イソテナーを甲板積みにした大きな貨物船が急激な舵を切り蛇行する航跡を引いていた。
「あの船の衛星観測カムで追い続けて」
そう命じた寸秒、レノチカの第2課のチーフエンジニアが彼女に声をかけた。
「オーシャン・ビューティーからの下船者を特定。2時間34分前に埠頭に呼びつけたイエロー・キャブにスーツケースをトランクに積み乗り込みました」
部下が見ているのが港湾カムのどれかのタイムラプスだとレノチカは思った。埠頭に横付けした貨物船は出航するまで港湾内をうろうろしない。1つのカムで下船者すべてを把握できるはずだった。
「下船者は1人?」
「はい、1人だけです。船員は他にもいるはずでしょうけれど1人だけというのは変です」
「イエロー・キャブのライセンス・ナンバーと車体番号から市内の移動箇所をトレース。それと登録会社の管理PCをハックして埠頭からのGPS移動記録を入手」
その指示に2課の残業者と夜勤シフトのものは大忙しになった。レノチカは3課へ振り向くと主任のニコル・アルタウスへ声をかけた。
「ニコル、頼みがあるの」
「断る。残業を切り上げて帰るところだ」
振り向いた男が断ったのでレノチカは脅した。
「核爆発で帰る家をなくすわよ」
ニコルは両肩をすくめるとレノチカに問い返した。
「また尋問か? マックはあれ以上は吐かないぞ」
「違うわ。ドロシア・ヘヴィサイドの手下が深夜の市内で立ち寄った場所をもう1人連れて調べに行ってほしいの」
「そういう時はしてほしいじゃなく、してこいだぞ」
「ええ、武器商人の部下が立ち寄った場所をガイガーカウンターを持って行って調べて戦術小型核爆弾を見つけてきて」
「見つけるだけじゃなく解除もさせられる気がする。シーナ夜食だ。腰を上げろ」
階段を駆け上がりハデスの間を抜けエレベーター・ホールに向かうニコルに黙って付いているチーフエンジニアのシーナ・カサノバが口を開いた。
「GM、戦術小型核爆弾見つけたら解除やらせて」
「当たり前だ。俺は核爆弾なんか触れたくもない。だが玩具気分であちこちいぢり回すなよ」
「解除したらスタバで夜食奢って」
「お前、核爆弾持ってスターバックスに入るつもりか?」
シーナが頷いたのでニコルは顔を引き攣らせた。
エレベーターから下りた2人は地下駐車場を行き交う消防士と警官を眼にして本社ビルから出るのは容易いが戻ってくるのは難しく感じた。
ニコルは自分のゴルフに乗り込むと助手席にシーナが乗り込み彼はシーナにナビを頼んだ。
「シーナです。レノチカ、まずどこへ向かうといいの?」
『ワシントンストリートを1度南に向かって』
「ワシントンストリートを下ってって」
ニコルは面倒くさくなった。
「レノチカに逆に辿ると言え」
「主任、ニコルが逆に辿りたがっているわ」
『幹線を逆走するつもりなの!?』
「道を逆走するのかって」
「くそう、これだから────」
『聞こえてるわよ!』
「はいはい、ワシントンストリートを下るさ」
ニコルが車を地下駐車場から出すと警官が1人寄って来たのでスロープを登りきったところで一旦止めた。
「どちらへ?」
「残業中なんだが夜食を食べに行ってくる」
そう説明しニコルはNDCのIDを警官に見せた。
「わかりました。付いてきて下さい交差点まで誘導します」
そう告げ警察官は緊急車両と人が行き交う車道を歩き出しニコルはゴルフをゆっくりと走らせた。
「ワシントンストリートをどこまで行くんだ?」
「ニコルがワシントンストリートからどう行くのって?」
『ホテル・ヒューゴの並びの先の交差点を左折し2つ先のハドソン・ストリートを北へ上って。そこを武器商人の一味が北へ走っている』
「ハドソン・ストリートを上ってって。ハドソンSTを武器商人の1人が北へ向かったって」
『交差点を曲がってしばらく走ったところにあるジェイムズ・J・ウォーカー公園前に20分ほどイエローキャブを待たせてまた車を走らせたわ』
「JJWパーク前に車待たせて男が戻って来てるって」
それじゃあその公園が怪しいとニコルは思った。だがあそこはフットボール場になっていて一面が芝生で覆われている。穴を掘って埋めてもすぐに見つけ出せるとニコルは考えた。
彼はレノチカが指示した交差点まで行かず5つ前の交差点を左折し公園の南側へと車走らせ公園南にゴルフを路上駐車させシーナと車を下りた。
ニコルは歩道を時計周りに歩いて困惑した。
スポーツ公園は高いフェンスで周囲を囲われており、出入り口は施錠されている。武器商人の男が中に入ったとは思えなかった。
公園だけでなく北側へ回り込みながら道の両サイドにずらっと並んだ路駐車に眉根を寄せた。
1台いちだいすべて解錠し車内を調べるわけにゆかず彼は取りあえずガイガーカウンターの電源を入れモバイルフォンのライトを灯しそれで車を端から順番に下を録画しそれを見て異常なものが付けられていないか確認しシーナにも道の反対側の車列を調べさせた。
2人で20数台確認したところで巡回警備のPCに出会いニコルとシーナは落とした鍵を探してると嘘で逃れた。
時計を見るとすでに1時を過ぎており、公園の東に回り込んだ武器商人の男も隠し場所を決められずにあきらめたと判断した。
「シーナ切り上げよう。ここに核爆弾は隠されていない」
「わかった。レノチカに伝える」
たった2人で探し出すのは砂浜で1本の針を探してるようなものだとニコルは思った。
その刹那、ガイガーカウンターが針が跳ね上がり放射線をカウントする音が高くなり急激に下がった。
彼が振り向くと1台のイエローキャブが走りすぎて行った。