鈴の髪留め
深夜0時。
電車に揺られつつ、座席に座る男が一人。
車両内には誰もいないためか。
男は大口を開けて欠伸をしていた。
普段どおりであるのなら、男は午後6時の電車に乗り込み帰路に着いていたのだが、あいにく、部下から仕事の手伝いを頼まれてしまっていた。
男は決して人が良いわけではないが、泣きついてくる者を足蹴にするような薄情者でもなかった。
男は渋々、部下を手伝った結果、この通り深夜になってしまった。
「まあいいか、明日は休みだし……どうせ、これといった用事もないしなぁ」と男は帰りが遅くなってしまったことを気にも留めていなかった。
男の頭が1回、2回と落ちる。
眠気は最高潮に達していた。
その睡魔に抗えるはずもなく、男はいつの間にか、眠りに就いていた。
◯
――――チリン……チリン……。
――――鈴の音が聞こえる。
――――「ねぇ、かくれんぼしよ?」
――――遠い昔に聞いた誰かの声がした。
男が目を覚ますと、そこには車掌さんがいた。
「お客さん、終点ですよ?」
「ああ、すいません……」
男はブリーフケースを手に持ち、慌てて、電車を後にした。
改札を通り、駅前広場に出た。
深夜ということもあって、人はおらず、薄暗い電灯が灯っている。
ここからは歩いて15分ほどの道のりだが、その間、男は昔のことを思い出していた。
まだ幼かった頃の話。
神社の境内で行ったかくれんぼのことを。
記憶はおぼろげであるが、それでも思い出したことがある。
というより、どうして今までそのことを忘れていたのか……。
男にとってはそちらのほうが疑問であった。
小学生の頃に行ったかくれんぼ。
神社の境内にて、5人で遊んだわけだが、その内、4人が行方不明になってしまっていた。
当然、男は事情を尋ねられたが、当時のまだ幼かった男はこのように答えた。
「かくれんぼをしていたけど、いつまで経っても見つけてもらえないから、てっきりみんな帰ったのだと思ってた……」
この事件は地元の新聞にも掲載され、神隠しなどと騒ぎにもなっていたが、明後日には神社の境内で眠っている4人が発見された。
警察が子供たちに対して事情を聞くと、その内の1人が言うには
「神社でかくれんぼをしていて、木の上に隠れてたんだけど……その後のことはあまり覚えていないな……」から始まり、賽銭箱の裏、茂みの影、狛犬の後ろと隠れていた場所を答えるだけで、その後のことは皆、覚えていないと一致していた。
明くる日に、男が他の4人に神隠しのことを聞いてみたことはあったが、やはり、覚えていないの一点張り。
これ以上、しつこいと関係がこじれる可能性があったためそれ以来、神隠しの話はしなくなった。
だが、今、振り返ってみるとどうにもおかしい。
かくれんぼとは、鬼が隠れた者を見つけるという遊びのはずだ。
けれども、4人は皆、隠れていたと発言していたし、男自身も隠れていた立場であった。
つまり、皆が隠れるというのはあまりにもおかしいのだ。
鬼がいなければ遊びとして成立しない。
そうなると……あの時、鬼となった者は……。
――――チリン……チリン……。
脳裏に鈴の音が響き渡る。
その途端に、男の記憶が鮮明に甦る。
確か、あの時、5人の他にもうひとりいたのだ。
白い着物の少女。
綺麗な音色の鈴が付いた髪留めをしていたその子。
神社の境内では元々、別の遊びをする予定だった。
だが、その子の提案で、かくれんぼをすることになったのだ。
それから、各々が隠れ――――。
突如、男に強烈な光が当たる。
それと共に鳴る、大音量のクラクション。
男は咄嗟に後ろへと飛び退いた。
息は荒く、心臓がドクドク鳴っている。
「あっぶねぇ……」
男は自身を戒める。
物思いに耽りすぎであると。
その後、男は真っ直ぐに家へと辿り着いた。
――――その姿を見つめる何者かの存在を認識することなく。
男は知らない。
これは決して思い出してはいけなかったことを。
あの時のかくれんぼは、まだ、終わってなどいないことを。
チリン……チリン……。
男よりそう遠くないところで鈴が鳴っている。
「みつけた」