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六月の晴れ

弱み

作者: とわ



惚れた弱みとはやっかいだ。

本当に、やっかいなのである。


当の本人に『惚れた』の部分の認識が欠如していると、もっともっとやっかいだ。

ひろみは心の中で毒づいた。

日曜日、ひろみと、親友のじゅんと、樹木とで映画館に来ていた。

話題の大作映画のチケットを手に入れたじゅんの誘いである。暖かいコートに身を包み、肌を刺す空気を全身にうけながら街中を歩いていた。


ひろみが複雑な思いを抱えるに至ったのは数日前――、




「ひろみ『見えない地図』のチケット手に入ったぜ」

「本当か!?やりっ!」

前々から見たいと思っていた映画のチケットを入手したと聞き、ひろみは喜んだ。

「いつ?来週?」

「や、再来週。日曜日あけとけよ」

「当然」

「もう一枚あるから樹木も誘おうな」

「おう」


そんなことを言い合った翌日、じゅんは樹木の前にチケットを差し出した。

「…映画?」

「うん。一緒に行かないか?」

背中の方でそんな会話が聞こえた。丁度その時、ひろみは他の友人と話していて、2人の会話には参加していない。

「映画館で並べばまぁ、見れるんだけどさ。一応指定なんだ。この寒い中並ぶの嫌だろ?」

快活に、楽しそうに話すじゅんを、樹木は見上げる。

「……いいの?」

「何が?」

「私と一緒で」

「もちろん。樹木と行きたくて誘ってるんだから」

と、いう会話が耳に入り、ひろみは嫌な予感がした。

確証はないが…ないのだが、おそらく、樹木の「いいの?」は、「ひろみじゃなくて私でいいの?」という意味ではなかったか?

言葉に僅かに含まれた期待を、ひろみは敏感に感じ取った。

もちろん、その映画には自分も行く。三人で行くことを、じゅんは初めに言ってあるのだろうか?

妙な罪悪感が胸に渦巻いてくる。もう、目の前の友人の話など耳に入らなかった。

「ひろみもさ、男2人で行くより絶対喜ぶって。な?」

唐突に話を振られて、振り返る。

樹木の顔をうかがったが、もともと表情豊かな奴ではないので、表情からその真意を読み取ることはできなかった。

「あ、あぁ」

曖昧に返事を返す。

「……ありがとう。一緒させてもらうわ」

そう、少し悲しげに笑った。


*   *   *


映画館の席を確認してカバンを置いた。

「ひろみ?どこ行くんだよ、もう始まるぞ?」

席を立ったところで声をかけられ、立ち止まる。

「どうせ始まって数分はCMだろ。なんか食い物買ってくる」

薄暗い映画館。三つ席の『真ん中』を取らないように、妙に意識してしまった。

「あ、オレも行く」

そう行って立ち上がろうとする親友の肩をぐいと落とした。

「チケットの礼に、パシリしてやるよ。コーラでいいか?」

「お?珍しく気が利く」

「珍しくは余計だ。樹木は?」

「私も行くわ。チケットのお礼なら、私ものうのうと座っては居られないわね」

クスリと笑って席をたった。

「え、2人とも行っちゃうのか?」

寂しげに言う。

「じゅんは荷物、見ててくれる?」

樹木がそう言い置き、フロアへと足を運んだ。

ひろみは、自分としては珍しく『気を利かせた』つもりだったのに、やはり、中々うまくいかないものである。

ポップコーンやドリンクを置いているレジに並んでいる途中、樹木が口を開いた。

「ひろみ、あなた変に気を回しすぎよ」

ギクリとしてひろみは樹木を見つめる。

「私がちょっと、…本当に一瞬、勘違いしただけのことよ。…それに、気を遣われる理由もないわ」

おそらく、彼女を誘ったときのことを言っているのだろう。

ひろみは、あの一瞬があったことで、自分というお邪魔虫がついていることに、罪悪感を感じていたことは事実だった。

しかし、そんな些細なこと、おそらくは忘れたいであろう些細な出来事を、いつまでも覚えて、その上引きずっていては樹木にとって迷惑なことこの上ない。

「……ごめん」

素直に謝った。

見て見ぬ振りをする、そうしたことが、正しい判断だったのかもしれないと、ひろみは反省した。

怒っているかと思った樹木は、ひろみの意に反してはにかむ様な笑みを浮かべる。

「いえ、こっちこそごめんなさい。私が誤解させるような態度を取ったせいよね…」

その笑みに、ひろみはドキリとした。

「別にじゅんを好きだとかそういうのではなくて…何て言うのかしら。…少しだけ、じゅんとあなたの間柄が羨ましかったの」

「羨ましい?」

「いくつも同じものを共有していて、相手の好みも把握していて、信頼しあっていて……そんな関係が少し羨ましかった。もしかしたら私もそれに近い関係になれたのかなって、少し期待してしまったのよ」

そう、静かに言う。

『親友』という立場を羨ましいという樹木は、確かに友人は少なそうである。しかし、その言葉はどこか納得がいかなかった。

「じゅんの親友になりたいってこと?」

「…そうね、そうかもしれないわ。でも、よく考えたら、私が羨ましいと思うのは、じゅんとひろみの間柄だからなのよね。私がひろみの立場になれたとしても、きっとしっくり来ないと思うわ。…ごめんなさい、実際、少しガッカリしてしまったのは事実だけど、深い意味はないのよ」

いつも以上に饒舌な樹木を目の前に、ひろみは深く考え込むのをやめた。

突き詰めていけば、おそらくたどり着くであろう事実は、今、詳細を明らかにすべきものではないような気がしたのである。

そしておそらくは、その事実が、彼女を追い詰めることが怖かった。

今、落ち着いた笑みを浮かべた薄い茶色の瞳が、自分に向けられていることに満足して、目の前のドリンクを選んだ。



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