妹は狸
妹は狸だった。
薄々気がついてはいたが、実際それが本当だと知ると、やはり驚いてしまうものだ。
昔、我が家に化け狸が夜中忍び込み、狸の赤子と人間の赤子を取り替えて行ってしまったのだ。
自分の妖力で狸の赤子をしっかり人間の赤子に似せた状態でだ。
今考えると、うちの家族はどちらかと言うと狸顔なので、前々から狙われていたのかも知れない。
私は直ぐ上の兄とその様子を夜中トイレに行く途中、偶然見てしまったのだが、二人ともまだ幼かったので、夢だと思っていた。
昔からの記憶を思い起こす。
どうりで私の真似ばかりしていたわけだと、今更ながら合点がいった。
「た~ぬぅ~きぃ~♪たを、ぬくとぉ、ぬき、しかのこらない~♪
な~あにぃ~を~、ぬ~くぅの~かぁ、わぁかぁらーなぁい~♪」
妹は小さい頃、私がこの歌を歌うと、喜んで真似をして歌ったものだ。
私はもうここにはいない妹を思い、夕陽に陰る美しい山々を眺めながら口づさんだ。
妹は、小さい頃から私の真似ばかりし、また私の大切なものを壊していった。
本当に煩わしかった。
私の行くところに付いて来て、私の大事な白い勉強机を真似し使い、クレヨンでぐちゃぐちゃにし、私の一番大切なぬいぐるみをチョコレートでべちゃべちゃにし、取っておいたお気に入りの猫のシールを自分の体中に張って台無しにした。
お陰で私はモノを必要以上に持たない主義になった。
何が一番煩わしいかと言うと、私が何かしたら絶対に怒られるのに、妹の場合は「あ~やっちゃったんだね。」と、言った具合に他の家族がみんな許してしまうと言う事だ。
もう、これは仕方が無い事と、ほとほと諦めた。
そして私は自分だけが出来ることを増やそうと思った。
しかし、私が漢字検定3級を取れば、妹が漢字検定1級を取り。
また、私が子ども劇団に入れば、同じ様に入り、主役を取った。
それを殊更、家で自慢するもんだから、私は言葉を発するのを堪える事で必死であった。
そんな諦めの連続の学生時代も終わり、就職し、一人暮らしを始め、やっと妹や家族と離れられる事になった。
長期休暇の日、久しぶりに実家に帰ると、家の中が鎮まり返っていた。
母と妹が居たが、二人とも苛立ち、空気が強張っていた。
どうしたのかと、私は妹に話かけた。
妹は母がいちいちあれこれうるさくて煩わしいと言っていた。
私がいた頃はあんなにぺちゃくちゃ仲良くお喋りしていたのに。
どうやら私と言う風よけが居なくなり、多少は妹も苦労していた様だ。
少し良い気味だと思った。
妹はそんな風に苛立ちが止まらない時、狸の尻尾がお尻から出ている。
毛並みから逆立ち、野生の怒り方をしている。
本人は気がついてるのかどうかはわからないが、私はこういう時は、何となく知らんふりして彼女の横に立っていた。
獣が人間に化けると言う事は、私が思う以上、大変なのかも知れないと、ただただ口を閉じて取り合えず隣にいる事にした。
そうも、こうもあったが、そのうち、妹も社会人になった。
狸が人間社会で働けるのかと心配だったが、相変わらずそこは容量を得ているらしい。
上司に対しては優等生に化け、後輩に対しては姉御肌に化けている。
ここまで来ると、私もあっぱれとしか思わない。
そして妹は人間世界で自分と同じように人間に化けて生活している、優秀な狸男を見つけ、その狸と人里近い山に住み移ったのだった。
その狸男はいかにも人の好さそうな顔をしていた。人間の姿の時も、狸の時の姿が容易に想像できる、丸く可愛い風体。とても愛嬌のある男だった。
二匹はすぐ結婚した。
手を取り合って、人里から少し離れた山間で、半分人間、半分狸の、半人半獣ライフをエンジョイしてるのだ。
山に入る直前に、妹は私にだけ自分が狸である事を打ち明けてくれた。
「今までありがとうございました。」
今生の別れではないけれど、会う事は少なくなるだろう。
私は狸の姿になり、暮れていく山に向かい走る二匹の狸を、目だけで
見送った。