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天才少年が天才少女のために"勇気"を求めて世界を駆け回る話

作者: 円玄


「"火球(ファイヤーボール)"!」


 そう叫んだ少年の手からは、巨大な火球飛び出し、遠くに設置されている的を吹き飛ばした。

 その威力とスピードに、周囲はざわめく。

 少年は六歳で、小学校に入学したばかりだった。

 こんな魔法を使える六歳児は、世界を探しても片手に収まるほどしかいないだろう。

 それゆえ、一部始終を見ていた周囲の人々は驚きざわめいたのだ。

 少年は、そんな周囲の様子に満足げな顔をしていた。


 また、剣においても――


「はっ!」


 少年は素早く剣を抜き、目の前の木を切り倒した。

 その力強さに、周囲は再び圧倒される。

 魔法と同じように、ここまで剣を振れる六歳児は世界を探しても片手に収まるだろう。


 そんな魔法の才と剣の才の両方を持ち合わせた少年を、なんと呼ぶべきかは、言わなくとも分かるだろう。


 その少年――ナツメは、紛れもなく天才だった。


 ◆


 魔法と剣の授業で自分の実力を存分に見せつけたナツノは、放課後、廊下を上機嫌に歩いていた。

 そこを、同い年の男子に呼び止められる。


「ナツメ」


 少年の名は、オルト。

 ナツメの幼馴染であり、親友。

 ナツメが認めている数少ない人間のうちの一人だ。

 オルトもまた天才の一人で、こちらは頭が非常によかった。


「そんな上機嫌でどこいくんだよ。帰ろうぜ」

「ああ、そうだな」


 ナツメは両親が世界を駆け回っている関係で、オルトの家で世話になっている。

 オルトとここまで仲が良くなったのは、同棲していたから、とういう理由もあるだろう。


「しかしお前、今日のあれはやりすぎだぞ」

「え? やりすぎなくらいかっこよかったって? ははっ、そうだろう」

「ちげえよ。そんなに実力を見せびらかしていると、いつか友達無くすぞ」


 オルトは、今日の授業でナツメが必要以上に実力を見せびらかしたことを咎めた。

 しかし、ナツメは少しも悪びれた様子を見せない。


「大丈夫。あれでも周りがドン引きしないくらいには威力を抑えてるから」

「あれが全力じゃないのかよ……」


 オルトはナツメの戦闘能力の高さに呆れながらも、しっかりと威力を抑えていたことに驚く。

 ナツメは基本的に才能溢れた強い自分が好きだが、時々妙に謙虚な部分を見せる。

 それは、自分よりも遥かに強い人を知っているからだろう。

 ナツメの両親もまた、ナツノの自尊心の肥大化を防ぐのには十分なくらい強かったのだ。


 ◆


「ただいま〜」


 二人が家に帰り数時間後、オルトの父――ロイドが帰ってきた。

 ロイドが帰ってくるころには、もう晩御飯はできあがっていた。

 ナツメとオルトとオルトの両親の四人で食卓を囲む。

 四人は手を合わせ、食べ始めた。


「しかしナツメ、お前なんかまたやったんだってな。初等部の先生から聞いたぞ」


 ロイドがそんな話題を出した。

 ナツメとオルトが通っている学校は、初等部、中等部、高等部に分かれていて、ロイドは中等部の教師をやっている。

 ナツメほどの目立つ生徒は、中等部や高等部にまで噂が届くのだ。


「俺の実力の一端を見せてあげただけだよ、ロイっち」

「全くお前ってやつは……」


 ロイドは呆れたような表情を見せているが、内心少し嬉しく思っていた。

 ロイドは大切な友人から預けられたナツメを実の子のように可愛がっている。

 非常に頭のいいオルトと、戦闘能力の高いナツメ。

 こんな優秀な子供をもって、嬉しく無い親はいないだろう。


 ◆


 ナツメとオルトは初等部四年生に進級した。

 ここで、ナツメはオルト以外の天才に出会うことになる。


「アリスよ。よろしくお願いするわ」


 アリスという少女が転校してきた。

 最初、アリスが教室に現れたときはなんの興味も示していなかったナツメだが、魔法の授業で彼女の魔法を見たとき、その態度は180度変わった。


「"火球(ファイヤーボール)"」


 そう言った少女の手から、ナツメと同じくらいの威力の魔法が放たれた。

 その威力に、ナツメは衝撃を受けた。

 そして、すぐに彼女のもとへと駆け寄った。


「お前すごいな。どれくらい魔法が使えるんだ?」


 アリスは少しの間ナツメをじっと見つめてから答える。


「火、水、風、土魔法は一通り使えるわ。他には、完全じゃないけど、音魔法や毒魔法、波魔法も」


 話を聞くと、ナツメはアリスが自分と同じくらい魔法を使えることが分かった。

 ナツメは、自分と同じ歳で、同じくらいの実力を持つ子が存在していたのをなんだか悔しく思うのと同時に、嬉しく思っていた。


「よければ、俺の模擬戦の相手をしてくれないか?」


 ナツメは互いに高め合うことのできるライバル的存在を欲していた。

 オルトも確かに天才だが、ナツメとはジャンルが違う。

 それに対して、アリスはナツメと同じ魔法の才を持っていた。


 ナツメの誘いをうけ、アリスの目がギラリと光る。


「へぇ……あなたに私の相手が務まるの?」

「それはご自分で確認してみては?」


 挑戦的なセリフを受け、アリスは模擬戦の相手になることを了承した。


 ◆


「"水球(ウォーターボール)"!」

「"岩弾丸(ストーンバレット)"!」

「"火球(ファイヤーボール)"!」

「"風刃(ウィンドカッター)"!」


 二人の戦いは、熾烈を極めていた。

 数々の魔法をいくつも打ち、相手からの攻撃を同じ数の魔法で防御する。

 中々決着がつかず、駆けつけた教師に止められ、その模擬戦は終わりとなった。


「ぜぇ……ぜぇ……なかなか、やるじゃねぇか」

「はぁ……はぁ……あなたも、ね」


 二人は互いを称え合う。

 しかし、ここでナツメのユニークスキル、"負けず嫌い"が発動してしまった。


「まぁ、俺の方が攻勢だったけどな」

「はぁ⁉︎ 誰が見ても私の方が攻勢だったでしょ!」

「あんなに必死な顔して魔法を打ち返していたのにか?」

「あなたの方が必死だったわよ!」


 アリスも"負けず嫌い"のユニークスキル持ちだったようで、あっという間に口喧嘩に発展してしまった。

 二人は会ってまだ間もないというのに睨み合っている。


「はい、そこまで。ごめんな、アリス。こいつ、負けず嫌いなんだ」


 埒があかないので、オルトが止めに入った。


「ふんっ、別にいいわ」


 そして、アリスは再びナツメを睨み、


「あなた、名前は?」

「ナツメだ」

「そう、覚えておくわ」


 そう言ってアリスは二人のもとから離れていった。


「おいナツメ、ライバルになりたいんじゃなかったのかよ。なんで喧嘩なんてしてんだ」

「……」


 オルトがそう言うも、ナツメは口を尖らせて拗ねるばかり。

 ナツメも喧嘩腰になってしまったことは反省しているのだが、それを素直に認められるほど大人でもないのだ。


 そして案の定、アリスとは顔を合わせるたびに喧嘩する、犬猿の仲になってしまった。

 顔を合わせるなり揚げ足の取り合いになり、挙げ句の果て勝負だーといって模擬戦が始まる。

 それを毎回止めなければいけないオルトはうんざりしていた。


 そんな日常が続き、五年生に進級したころ、事件は起きた。

 模擬戦の最中、ナツメの魔法がアリスの腕にかすり、アリスがつけていた腕輪を壊してしまったのだ。

 ナツメは気にせず模擬戦を続けようとしていたが、アリスの様子がおかしいので攻撃を止める。

 そっと近づいてみると、アリスは膝をつき、壊れた腕輪を大切そうに抱えながらぶつぶつと何かを言っていた。


「あぁ……お父さんたちからの……大切な……」


 その内容はナツメには聞こえなかったが、壊れたことを嘆いているということは分かった。


「ア、アリス……?」


 そっと呼びかけると、アリスはキッとナツメを睨んだ。


「あなた……よくも……!」


 そんなアリスの瞳はうるうるとしていて、目尻には涙が溜まっていた。


「な、泣いてるのか……?」

「うるさいっ! ナツメなんか……もう私に話しかけてこないで!」


 そう叫び、アリスは涙を撒き散らしながら走り去って言った。


 その日の夜、ナツメはずっと罪悪感に苛まれていた。

 あんなアリスは初めて見た、自分はなにかとてつもなくひどいことをしてしまったのではないか、と。

 とにかく、謝ろう。

 ナツメはそう決意した。

 しかし、次の日からアリスに避けられるようになってしまった。

 話しかけても無視されるだけで、放課後になると光の速度で教室を去ってしまう。

 しばらく、ナツメはアリスに話しかけることができなかった。


 ◆


 一方、ナツメを避けているアリスも、ナツメに謝る機会を窺っていた。

 腕輪を壊されたときは、頭に血が上っていろいろ言ってしまったが、冷静に考えると自分に非がある。

 模擬戦に壊れてはいけない大切なものを身につけて臨むのがおかしかったのだ。

 そんなわけで、アリスはナツメに色々言ったことを謝りたかった。

 しかし、自分から話しかけてくるなと言ってしまった手前、なかなか切り出すことができない。

 しかも、謝る相手はいつも喧嘩しているナツメだ。

 彼女のプライドもまた、ナツメに謝ることを邪魔していた。


 ◆


 アリスに避けられ続け、どうしようもなくなったナツメは、オルトに助けを求めた。


「はぁ、しょうがないな」


 やれやれ、という感じで返事をしたオルトたが、親友であり、天才であるナツメから頼られたことが嬉しくて口角が若干上がっていた。


 オルトが提示した作戦はいたって単純で、オルトの友達(ナツメと仲のいいオルトだとアリスが警戒するから)がアリスを引き留めておくから、その間にナツメが近づき話しかけるというものだ。

 その作戦は即実行された。


「アリス」


 ナツメが話しかけると、アリスは一瞬ビクッとしてからすぐ逃げようとする。

 だが、ナツメはその反射神経と身体能力ですぐさま腕を掴んだ。


「……なに?」


 顔を合わせず、アリスは低い声で返事をする。


「アリス、その……ごめんなさい。俺、アリスを泣かしちまった」

「な、泣いてないわよ!」


 アリスはぐわっと赤面した顔をあげ、反論する。

 そのとき、真剣な眼差しでアリスを見つめているナツメと目があってしまった。

 不意のことだったので、少しドキリとする。


「……わかった、アリスは泣いてない。でも、俺はお前の大切なものを壊してしまったんだろ?」

「……お父さんとお母さんからもらったブレスレットよ。でも、壊れたこと言ったら気にしてないって言ってたから大丈夫」


 ナツメは、アリスの言葉に少し安堵する。


「……そっか。あの、アリス。聞いて欲しいことがあるんだけど」


 アリスはその真剣な声音に再びドキリとしてしまう。


「な、なに?」

「俺、お前にすごく攻撃的な態度をとってしまっていたと思う。でも、それは俺が負けず嫌いで、素直になれなかったからで」


 いつになく優しいナツメの雰囲気に、アリスの鼓動は加速していく。


「アリス。俺、実は……」

「……!」


 顔に熱が集まっていくのが分かり、次出てくるであろう言葉にアリスの顔は真っ赤に染まっていた。

 そして、ナツメは次の言葉を紡ぐために口を開き――





「お前のライバルになりたかったんだ!」






「……へぇ」


 その言葉に、アリスの中でふつふつと沸き上がっていた何かが、急速に冷えていった。


「ほんとは、お前と互いに高め合うような健全な関係を築きたかったんだけど、俺がいつも余計なことを言うから……ほんとうにごめん」

「別にいいわよ」


 許されたと思い安堵しているナツメは、アリスの機嫌が悪くなっていることに気づいていない。


「それじゃあ、アリス。これからは、俺のライバルとしてよろしく頼む」

「……ええ」


 そう答えると、ナツメは嬉しそうに去っていった。

 一人になったアリスは、ついさっきまで胸の奥で湧き上がっていた感情を確認するように、胸に手をあててみる。


「……気のせい、か」


 ぽつりと、そう呟いた。

 だが、その感情が気のせいでは無いことを自覚するのは、かなり近い未来のことである。


 ◆


「あの、ナツメくん……」

「え、俺?」


 ある日、ナツメはクラスメイトである女子に話しかけられた。


「あの、急にごめんね。実は、剣について教えて欲しいことがあるんだけど……」

「ああ、いいよ」


 剣も魔法も得意なナツメは、剣を教えることを快く了承する。

 しかし、その女子のナツメを見る目に色が含まれていることに気づいていなかった。

 ナツメとその女子は中庭に移動し、剣の練習をはじめる。


「基本姿勢は大丈夫だと思う。ただ、剣を振るときに重心がずれて全体の姿勢も崩れちゃってるから、勢いがなくなるんだと思う」

「そうなんだ。おすすめのトレーニング法とか、ある?」


 そんな風にナツメがその女子に教えている光景を校舎からこっそり覗く影がひとつ。

 アリスだ。

 アリスは先の一件からナツメの態度が軟化したことに困惑していた。

 会っても喧嘩にならないし、世間話をするくらいには仲もよくなった。

 それだけならいいのだけど、ナツメの笑顔を見るたびに、ドキドキしてしまう自分がいる。

 その感情がなんなのかよくわからないまま、今日、ナツメと見知らぬ女子が一緒に歩いているのを見つけ、なんだかもやっとしたのでこっそりついて来たのだ。

 そして今、目の前の光景にアリスは歯軋りしていた。


(ナツメのやつ、なんでそんなに密着してるのよ……!)


 ナツメは女子の後ろから手をまわし、一緒に剣を振るうようにして教えていた。

 そして、肌が触れ合うたびに見知らぬ女子は顔を赤くする。

 その光景は、非常に不快なものだった。

 アリスは、ナツメの善意につけ込んで近づこうとする女子にも、あんなにあからさまでも気づかないナツメにもイライラしていた。

 そして、そんな不快な光景がしばらく続いた後、やっと二人が別れたので、今度はアリスがナツメに近づく。


「ナツメ」

「ん? どうした、アリス」


 アリスはさっきまで自分が悶々としていたことなんて知らず、きょとんとした顔でいるナツメにジト目をおくる。


「魔法の練習、しよ」

「……? なんでそんなに機嫌悪いんだ?」

「別に悪くないから」


 それから、いつものように一緒に魔法を練習した。

 だけど、やはりアリスはドキドキしっぱなしだった。

 一緒にいると胸が高鳴る、他の女といるともやもやする。

 ここまでしるしが揃えば、嫌でも分かった。


 ――あぁ、私、ナツメが好きなんだ。


 ◆


 ナツメたちは中等部に進学した。

 今日は親睦会も兼ねた遠足の日で、近くの山まで来ていた。

 三時間ほどかけて山頂まで登り、そこで昼ごはんを食べて、下山する。

 ナツメはオルトと話しながら下山していると、自分が手ぬぐいを落としていることに気づいた。

 手ぬぐいは鞄の中に閉まってあったから、手ぬぐいを落としたのは鞄を開いた山頂だろう。

 ナツメはそう結論づけ、オルトに声をかける。


「悪い、俺手ぬぐい落としたみたいだから山頂戻るわ」

「はぁ⁉︎ おい、待ってって」

「大丈夫、すぐ追いつく」


 まぁ、人より何倍も体力のあるナツメならすぐに追いつけるだろうと思い、オルトは放置した。


 一方、先頭の方を歩いていたアリス。

 他の登山客に言われたことが頭から離れなかった。


『向こうの山で、大型の魔物が出たらしいのよ』

『それで、もしかしたらこの山に移動してるかもしれないから、気をつけてね』


 魔物が出たとしても、それなりに戦闘力の高い教師が倒してくれるだろうから大丈夫だとは思うけど、嫌な予感がする。

 アリスはそう思い後ろを振り返ってみると、すぐに違和感に気づいた。


 ナツメがいない。


 嫌な予感が、猛烈な勢いで膨らみ始めた。

 アリスは少し焦りながら、後ろの方を歩いていたオルトに声をかけた。


「え? ナツメ? なんか手ぬぐい落としたっつって山頂に戻っていったよ。じきに帰ってくると思うけど」


 そう聞いたとたん、アリスは山頂に向けて走り始めた。

 どうか杞憂であってくれ、そう願いながら。


 ◆


「お、あった」


 ナツメは目的の手ぬぐいを発見し、戻ろうとする。

 しかし、妙な胸騒ぎがすることに気づいた。


「……?」


 あたりを見渡してみる。

 しかし、なにもいない。

 もう少し遠くまで確認してみるか、と神経を研ぎ澄ましてみると、


「っ!」


 何か、おぞましい気配がこちらに向かっているのが分かった。

 本能が、逃げろと訴えている。

 やばい、逃げなきゃ。

 そう思ったときには、そいつはもうナツメの前に現れた。


「グルァァァ!」


 熊型の大きな魔物だった。

 ナツメは腰を抜かし、尻餅をついた。


 ナツメは戦闘の天才だ。

 まともに戦えば、この大きな魔物が相手でも、圧倒することができるだろう。

 だが、その魔物が発する殺気は、殺気をあび慣れていない中学生には、強く、濃すぎた。


 ナツメは絶望していた。

 足が動かない、死んでしまう。

 ああ、怖い。

 もっと、自分に勇気があれば。

 この魔物にも勇敢に立ち向かえる勇気があれば。


 死を覚悟し、目をつむったその瞬間。


「ナツメ!」


 聞き慣れた声がして、バッと顔を上げる。

 そこには、いつになく必死な顔のアリスが立っていた。


「グラァァァ!」


 魔物は今度はアリスに向かって吠えた。

 アリスはその殺気に一瞬たじろぐ。

 だが、持ち堪えた。


 好きな人を守りたい。


 その気持ちが、アリスに勇気を与えた。


「"火球(ファイヤーボール)"!」


 いつも以上に短い時間で、いつも以上に巨大な火の球をつくり出し、飛ばす。

 火の球は魔物に命中し、魔物はあっという間に焼け死んだ。


「……」


 ナツメは、その様子を呆然として見ていた。

 そこへ、アリスが近づく。


「ナツメ、なにしてるのよ。はやく立ちなさいよ」


 そう言って、手を差し出して来た。


「あ、あぁ……ありがとう」


 ナツメはアリスの手をとり、起き上がる。


「ナツメ……その、大丈夫? 怪我してない?」

「……大丈夫だよ。ありがとう、アリス」

「……まあ、無事でよかったわ」


 その後、勝手に集団を離れた二人は教師にこっぴどく叱られ、心配され、無事を喜ばれた。

 何事もなくてよかったかのように思われたこの遠足だが、ナツメの心に大きな傷を残していた。


 ◆


「なぁ、ロイっち」


 ある日、ナツメは中等部の教師をやっているオルトの父――ロイドと職員室で話していた。


「学校ではロイド先生と呼べ」

「うん。ロイっちは、魔物と戦える?」


 だからロイド先生だ、と訂正しつつロイドは答える。


「当たり前だろ。戦えなきゃ、教師は務まらん」

「そうか……すごいな」


 すごい、と言われロイドは怪訝な視線を向ける。


「すごいといったか? お前が? 俺に?」

「うん……俺さ、戦えなかったんだよ。遠足の日、魔物と対峙して」

「……」

「勇気が出なかったんだ。あのとき、殺気を撒き散らしていたあいつは、俺より何倍も強く感じた。実際は俺の方が強いんだろうけど、俺には、自分より強い思った相手に立ち向かう勇気がなかった」


 ロイドは、珍しくナツメが落ち込んでいることに気づいた。


「なぁ、ロイっち」


 ナツメは、ロイドへその透き通った瞳を向ける。


「どうやったら、勇気ってのは手に入るんだ?」


 しばらくの沈黙の後、ロイドは答えた。


「……すまん、わからない」

「……そっか。俺はそろそろ戻るよ。じゃあな、ロイっち」

「……あぁ」


 ロイド先生だ、とは訂正しなかった。

 生徒の質問に答えられなかったロイドもまた、気持ちを落とすこととなったのだ。


 ◆


 ナツメは職員室を出て、しばらく歩くと同じように廊下を歩いているアリスを発見した。

 アリスもナツメに気づいたようで、嬉しそうに近づいてくる。


「ナツメ、こんなところで何してるの?」

「職員室に行ってたんだよ」

「そう。これから魔法の練習しようと思ってたんだけど、一緒にやらない?」

「ああ、わかった」


 アリスから魔法の練習に誘われたことを嬉しく思っている自分がいることには、このときはまだ、気づいていなかった。


 ナツメとアリスは毎日のように魔法の練習を一緒にするようになった。

 そのとき、何回も手が触れ合ったり、肩が触れ合ったりするのだが、そのたびにナツメはドキドキしていた。

 また、アリスによく言われるようになったのが、


「ナツメは……顔が、その、いい感じよね」

「わ、私は、ナツメのこと、か、かっこいいと思わないこともないわよ」


 という、ナツメを褒める言葉。

 そうか、とその場では流していたが、それを言われた日の夜はテンションが最高潮に達していた。

 そして、オルトにテンションの高い自分とその原因を指摘され、ナツメは自分の恋心を自覚した。


 一方、ナツメに恋をして二年ほど経っているアリスは、今日も自室のベットで落ち込んでいた。

 最近、アリスは友達からアドバイスをもらい、ナツメに好きアピールをしているのだが、気づいてくれる気が一向にしない。

 ボディタッチを増やしても、ドキドキしているのは自分だけのように思うし、勇気を振り絞ってナツメのことを褒めても流されるだけ。

 あまりの手応えの無さに、落胆せざるをえなかった。


 ◆


 晴れて両思いとなった二人だが、その仲は進展するどころか、停頓していた。

 その原因は、二人が互いに劣等感を抱いていることにある。

 アリスはナツメのことを尊敬していた。

 ナツメは自分と同じくらいの魔法の技術があり、加えて剣の技術も持っている。

 魔法だけのアリスはそんなナツメに劣等感を抱いていた。

 対するナツメも、アリスのことを尊敬していた。

 ナツメは遠足の日、魔物に立ち向かうことができなかったが、アリスは勇敢に立ち向かった。

 アリスは自分にない勇気を持っている。

 その勇気がナツメへの恋心あってのものだとは知らないナツメは、勝手にアリスに対して劣等感を抱いていた。


 こうして、各々の劣等感が二人の間に壁を作ってしまい、情事が停頓してしまっているのである。


 ◆


 中学生二年目も終わりという時期、ナツメはロイドに呼び止められ、生徒指導室へと連れて行かれた。

 何かやらかしたのだろうか、と疑問に思っていたが、ロイドの顔には怒りの色は見えなかった。


「まあ座れ」


 そう言われたのでナツメは椅子にかける。


「お前、自分には勇気がないと言っていたな」

「ああ」

「それで、勇気が欲しいと」

「そうだな」

「だったら俺から提案があるのだが、冒険者になって、世界を旅をするというのはどうだ?」

「冒険者?」

「あぁ。どうやったら勇気が手に入るか、というお前の質問の答えを考えているとき、昔お前の親が同じことで悩んでいたことを思い出したんだ。お前の親は、冒険者として世界を旅する中で勇気を得たと言っていた」

「……なるほど」

「どうだ? 正直、この学校はお前には狭すぎるのではないかと心配だった。だから、旅に出るというのは悪くないと思う」

「……考えておく」


 それだけ言って、ナツメは生徒指導室を出た。


 世界を旅する。

 ナツメは小さい頃からそういうものに憧れていた。

 それは、ナツメの両親の影響もあるだろう。

 ナツメの両親は今も世界を駆け回っていて、ナツメはそんな両親のように強く自由な人間になりたかった。

 少し前のナツメなら喜んでロイドの案にのり、学校を飛び出していったことだろう。

 だが、今は恋慕う相手がいる。

 学校を出るということは、アリスとも会えなくなるということ。

 冒険者になるという決断は、そう簡単にはできないものだった。


 ◆


「なぁ、アリス」


 いつものようにアリスと一緒に魔法の練習を行った後、ナツメは問いかける。


「もし、俺が学校辞めて旅に出ると言ったらどうする?」

「なによ、その質問」

「いや、別に……」


 気まずい空気が流れる。

 しばらくして、アリスは質問に答えた。


「ついていくわよ。私も学校辞めて」

「……そっか」


 ナツメはその返答にに嬉しいような、困ったような笑顔を浮かべた。

 旅に出るとして、アリスまで学校を辞めるのはナツメの本望じゃない。

 もう心の中では旅にでる決意をしているナツメは、どう言おうか迷っていた。


「……ナツメ、学校辞めるの?」


 アリスがか細い声で尋ねる。

 アリスは、控えめな上目遣いでナツメの様子を心配そうに伺っていた。

 ナツメはそんな様子にドキリとしながらも、誤魔化した。


「さあ、どうなんだろうな」


 アリスはそれ以上追及することはなかったが、なんだか微妙な雰囲気でその日は別れた。

 そして、その日の夜。


「ロイっち」

「……なんだ?」

「決めた。俺、冒険者になって世界を旅するよ」

「わかった。手配しておこう」


 かくして、ナツメは学校を辞めた。


 ◆


「思えば、お前とは物心ついたときから一緒だったな」

「ああ」

「俺は今から旅にでて凄い奴になって帰ってくるから、お前も凄い奴になっとけよ」

「……ああ」

「あと、今まで言ってこなかったが、俺はお前にものすごく感謝している。俺はお前に何度も助けられたよ」

「ちょっと待て、誰だお前。気持ち悪いぞ」

「感動の別れじゃないか」


 今から旅に出るナツメを、オルトとその家族は見送っていた。


「それと、ロイっちと、カルラさん。今まで、お世話になりました」


 ナツメはオルトの両親に頭を下げる。


「ああ、がんばってこいよ」

「がんばります……ロイド先生」


 最後に先生呼ばわりか、とロイドは苦笑した。


「ナツメ」


 オルトがそう呼びかけた。


「お前、本当によかったのか? アリスに何も言わずに旅立って」

「ああ、手紙もちゃんと残してるしな。今アリスに会ったら、俺の決意も揺らいじゃいそうだ。俺は勇気を手に入れて、アリスの横に立てる男になって帰ってくるよ」

「……そっか」


 ナツメは荷物を背負い、三人に背を向けた。


「それじゃ、行ってきます」


 ◆


 アリスはとても上機嫌に中学三年の始業式を迎えていた。

 ナツメに会えない長い春休みが終わり、はやく会いたい気持ちでいっぱいだった。

 学校につき、ナツメの姿を探すが見当たらない。

 まだ来てないのかな、と思い自分クラスを見に行った。

 そして、異変に気づく。

 クラス分けに張り出されているどの名簿をみても、ナツメの名前が見当たらないのだ。

 アリスは一抹の不安を抱えながら職員室に向かった。


「ロイド先生。あの、ナツメを見ませんでしたか?」

「……あぁ、ナツメは学校を辞めたよ」

「えっ……」


 アリスは、床がすうっと沈み、天井が遠くなっていくような感覚に陥った。

 ナツメが、辞めた、学校を。

 その事実を理解するのに、少し時間がかかった。


「ナツメから、お前に向けて手紙を預かっている」


 ロイドはそう言って一通の封筒を渡してきた。

 アリスはその手紙を受け取り、放心状態で教室に戻った。

 ここから先はただただ無気力に過ごし、アリスは気づいたら自分の部屋にいた。

 アリスは手に持っている一通の封筒をみる。


『アリスへ』


 そう書いてある封筒を開け、アリスは中の手紙を取り出し読み始めた。


『アリスへ。何も言わずにいなくなってほんとうにごめん。俺は自分に足りないものを手に入れるために世界を旅するよ。お前が高等部を卒業するまでには帰ってくる予定だ。そのときには、きっと俺はお前も驚くような凄い奴になってるぜ。楽しみにしとけ。だから、お前もすごい魔法使いになっててくれよ。楽しみにしとくからな。それじゃあ、お元気で』


 アリスは、読み終わった途端泣き崩れた。

 ナツメが何も言わずに去ってしまったことへの悲しさと、これからしばらくナツメに会えないことへの失望が、どっと押し寄せる。


「ナツメ……ナツメ……!」


 何度もその名を呼ぶ。

 だけど、その声は虚しく部屋の隅の闇に消えるだけだった。


 それから、アリスは毎日のようにナツメを思い、枕を濡らした。

 アリスの心が落ち着くのには、約一ヵ月の時間を要した。


 ◆


 ナツメは、宣言通り世界を旅し、自分の剣や魔法を磨いていった。

 魔法においては、最も取得難易度の高い魔法の一つである闇魔法を取得し、剣においては規模の大きい剣術大会で優勝するなど、その才能を遺憾なく発揮していた。

 ナツメと出会った人々は皆口を揃えて言う。


「あいつは凄い奴だ」


 と。

 こうして、ナツメは世に認められていくことになる。

 だが、ナツメは納得しておらず、勇気得るために世界走り回っていた。


 ◆


「思ったよりも早い再開だったな」

「……ダメだったか? 次の目的地までにここを通るから顔を出してみたんだが」


 ナツメが旅に出て一年と少しが経ったころ。

 ナツメはかつての住んでいた所に戻ってきていた。


「いや、会えて嬉しいよ。この一年どうだった? ナツメ」

「まあ、いろいろあったよ。お前はどうだ? オルト」

「お前は俺なんかの様子よりもアリスについて聞きたいんじゃないのか?」


 からかうように言うオルトに、図星だったので押し黙る。


「会いに行ってやれよ。お前がいなくなって本当に辛そうにしてたんだから」

「いや、まだ会うわけにはいかない。俺はまだあいつの横にふさわしい男になれていない」


 頑固な奴だ、とオルトは思う。

 だが、オルトはナツメのこういうところを気に入っていた。


 カッコいいセリフを言ったナツメだが、一目見るくらいなら、と学校に来ていた。


「特別だからな」

「サンキュー、ロイっち」

「ロイド先生だ」


 ロイドに手を回してもらい校舎内に入ったナツメは、早速アリスを探す。

 そして、見つけた。

 だけど、ナツメは横にいる男子が目に入って眉を顰める。

 アリスは、見知らぬ男子と何か話していた。

 ナツメの中で焦りの感情が芽生える。

 はやく帰らないとアリスが誰かに取られてしまうのではないか、と。

 そして、見知らぬ男子に嫉妬した。


 改めて、高校生に成長したアリスを見てみる。


「相変わらず可愛いな」


 高校の制服を見に纏ったアリスは体つきも佇まいも大人に近づいていて、ナツメの心を強く揺さぶった。

 ナツメはアリスに話しかけたい衝動に駆られる。


「はぁ……一目見たのは、失敗だったな」


 ナツメは、なかなかアリスから目を離すことが出来なかった。



 一方のアリスも、ナツメを思い不安になっていた。

 ナツメは世界を旅する中で色々な人と出会うだろう。

 その中には、当然女性もいるわけで。


「はぁ、どうしよう……ナツメが帰ってきて恋人できたって紹介されたら私絶対泣く」


 不安に思ってもアリスにはどうしようもないのが、歯がゆい気持ちを大きくさせていた。

 だが、良いように捉えれば、ナツメに恋人ができる心配ができるほど、アリスの心が回復したということ。

 アリスは間違いなく前に進んでいる。

 今のアリスにできることは、ナツメが帰ってきたときに隣に立てるような立派な女性になること。

 そのためにアリスはナツメに負けないくらい努力すると誓った。


 ◆


 ナツメはそれからまた世界を旅した。

 闇魔法に並んで最も取得難易度の高いと言われている光魔法を習得したり、中位だがドラゴンを倒したりと、これまたその才能を発揮していた。

 だが、本人はまだ勇気を獲得できたとは思えなかった。


 二年が経った、ある日のことである。


「おいナツメ、西の街が魔物の大群に攻撃されているらしいぞ。西の街ってお前の故郷じゃなかったか?」

「えっ⁉︎」


 その知らせを聞いたナツメは、すぐに西の街へ出発した。

 幸い、比較的近いところにいたから二日走れば着くだろう。

 ナツメはアリスやオルトとその家族を心配しながら、全速力で走った。


 街に着いたら、人々は慌ただしく動いていた。

 通行人を一人捕まえて、事情を聞く。


「魔物が大勢でこの街に来てるらしい。今は兵隊さんや学生さんが食い止めてくれているから、そのうちにあんたも逃げた方がいい」

「待て、今学生も戦っているといったか?」

「あぁ、戦力が足りなくてな、戦える学生を出陣させたらしい」


 嫌な汗が流れる。

 アリスは、戦えるか戦えないかで言えば間違いなく戦える。

 だから、ほぼ間違いなく出陣させられているだろう。

 ナツメは戦闘が起こっている方へと急いだ。


 ◆


 アリスは、絶対絶命のピンチにいた。

 目の前にいるのは、上位のドラゴン。

 そいつは、この数年間修行を重ねた天才アリスでも勝てないほど強かった。

 アリスはそいつによって自分の隊が全滅する危険があると考え、一緒にいた兵を逃がし、一人で時間を稼いでいた。


「"超音波"!」


 アリスは、その戦闘センスで最善の戦術を繰り出していた。

 ドラゴンは鱗が硬く、火や風の魔法で攻撃しても効果がない。

 そこで思いついたのが、音魔法。

 ドラゴンは人よりも聴覚が鋭いと聞く。

 だから、音の球を当てよう。

 音魔法で動きを止め、他の攻撃魔法で攻撃する。

 それを繰り返して、なんとかやり過ごしていた。

 だが、ドラゴンは賢い生き物だ。

 そんな作戦は、永遠には通用しない。

 音魔法を行使するタイミングで耳を塞がれ、ペースを崩されたアリスは、ドラゴンの風魔法によって吹き飛ばされ岩に激突した。


 なんとか意識を保ったものの、アリスは絶望した。

 もうさっきまでのように素早く動けない。

 ドラゴンの攻撃を避けることができない。


「ナツメ……」


 アリスは、愛する男の名前を呼んだ。

 最期に、会いたい。

 そう願ったとき、その男はやってきた。


「アリス!」


 ◆


 戦闘の現場が見えたとき、ナツメがアリスが吹き飛ばされたのを目撃した。

 ドラゴンはそのままアリスに近づき、その肉を鋭い爪で抉ろうと腕を振りかざした。


「アリス!」


 ナツメは足に力を入れ飛び出す。

 そして、ドラゴンの攻撃を剣で防いだ。

 ナツメはアリスの無事を確認した後、ドラゴンを静かに見据える。

 そして、冷静に分析し、自分一人では勝てないだろうという結論を出した。

 では、どうやってこの場を切り抜けるか。

 ナツメは、極力不安を感じさせない笑顔でアリスに話しかけた。


「よう、アリス。久しぶりだな。そんなところで座って何やってるんだ? はやく立てよ。まさか、魔法の修行をサボって俺の横に立てないくらい弱っちくなっちまったって言うんじゃねえだろうな」


 突然やってきたナツメに挑発的な言葉。

 アリスは一瞬ドラゴンの存在を忘れた。


「サボってるわけないでしょ! 私だって……ナツメに負けないくらい頑張ったんだから! ナツメに負けないくらい強くなったんだから!」

「そうか。だったら立って、一緒に戦ってくれ。お前の力が必要だ」


 お前が必要だとはっきり言われ、アリスは堪らなく嬉しくなる。


「しょ、しょうがないわね! 一緒に戦ってあげる!」

「よし、その意気だ。俺が隙をつくるから、お前は威力の一番高い魔法の準備をしていてくれ」


 そう言ってドラゴンの方へ振り返ったナツメの足と手は震えていた。

 アリスはそれに気づく。


「……ナツメ、怖いの?」

「ああ怖いね。けど、大丈夫だ」


 今のナツメには、間違いなく勇気があった。

 自分よりも強い存在に立ち向かう、勇気が。

 アリスを守りたい。

 その気持ちが、ナツメに長年求め続けてきたものをもたらした。


「アリス、お前は俺が守る。だから安心して魔法の準備をしてろ」

「……わかったわ」


 アリスは頷き、魔法の準備を始めた。

 ナツメはドラゴンに向かって飛び出した。

 ドラゴンの攻撃を剣と身体をうまく使いかわしながら近づき、顔の近くまでやってくると手を目の前にかざす。

 そして、


「"閃光(フラッシュ)"!」


 この旅で取得した光魔法を使いドラゴンの目を潰す。

 ドラゴンは目を潰され、暴れ始めた。

 目の見えないドラゴンの攻撃を別のところに誘導しながら、闇魔法を行使する。


「"拘束(バインド)"」


 ドラゴンは闇のロープにくるまれ、身動き取れなくなった。


「今だっ、アリス!」


 そしてアリスは十分に練った魔力で――


「"大爆発(エクスプロージョン)"!」


 最大の攻撃魔法を行使した。

 上半身は爆発で吹き飛び、ドラゴンは死んだ。


 ◆


 ドラゴンを倒したことに安堵し、ナツメはアリスへと振り返る。


「アリス……えと、その」


 アリスはナツメに黙って近づき、ナツメの肩を軽く殴った。


「ナツメの……バカ! なんで勝手にいなくなっちゃうのよ! 私……すごく寂しかったんだから!」

「それは……ごめん」

「ナツメのバカ! アホ! ろくでなし!」


 アリスはひとしきりナツメを罵倒してから、頭をポンとナツメの胸に預け、


「……それと、ありがと。助けにきてくれて」


 ボソッと呟いた。

 その声に、ナツメはここ数年ずっと伝えたかったことを言いたい衝動に駆られる。


「アリス」


 ナツメはアリスの肩をガシッと掴み、アリスと顔を合わせ、愛の告白をした。


「……アリス、お前が好きだ。俺はこの数年の旅で、お前の横に立つにふさわしい男に成長できたと思っている。だから、どうか、お前の横に、俺を置いてはくれないか」

「……」


 その告白に、アリスは呆然とする。

 何も言わないアリスにナツメはだんだん不安が募っていく。


「え? あ、もしかしてアリス、恋人とか……もういるの? いや、そうか。そうだよな。アリスほど可愛い子、他の奴がほっとかないか。変なこと言って、悪かった。忘れてくれ」


 アリスは自我を取り戻し、勝手に勘違いしていくナツメをバシッと叩いた。


「いてぇ! なんでだよ!」

「ナツメがバカだからでしょ!」

「えぇ……?」


 アリスは釈然としない顔をしているナツメの頬に、軽くキスをした。


「っ⁉︎」


 急のことだったのでナツメは少し時間を置いた後、ボンっと赤面した。


「それが、答えよ」


 そう言ったアリスの顔も、よく熟したりんごのように真っ赤だった。


 ◆


 ドラゴンとの戦いがあってから一ヶ月ほど経ったある日。

 ナツメの親が長年の旅から帰ってくるという知らせが届いた。


「ねぇ、ナツメのご両親ってどんな人なの?」

「さあな、俺も記憶が朧げだからあまり覚えてないけど、凄い人だっていうのは覚えてる」

「そう。はやく会いたいね」

「ああそうだな。はやく会ってこの可愛い恋人を紹介したい」

「……バカ!」


 この後、ナツメの実の両親がこの甘々の空間を目の当たりにして気まずい雰囲気になったのは言うまでもない。


 完

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