第二十一話「とあるS級冒険者」②
まず、ユリアちゃんとマクファーソンと言う狩猟騎士が10mほどの間合いを空けて向き直っていた。
先程とは違う視点。
斜め上からの俯瞰視点のようだった。
大仰な仕草で、マクファーソンが1万ガル銀貨を取り出すと、これが地面に落ちた瞬間に勝負開始とか、そんな説明してるっぽい。
マクファーソンがコインを片手に、優雅な仕草で腰の剣を抜くのだけど。
剣を抜いた直後、すでにユリアちゃんの姿が消えたことで、呆然としてる。
……ユリアちゃん開幕瞬歩! コインも何も関係なし。
うん、コイツ……アホだな。
ユリアちゃん曰く、抜いた直後から戦いってのは始まる……そんなものらしい。
抜いた以上は、斬られる覚悟完了ってことだ。
コインがどうこうとかそんなもんは、どうでもいい。
狩猟騎士は突っ立ったまま、せわしなく顔を動かしてるんだけど、あっさりとユリアちゃんを見失ったらしい。
出たよ……そこにいると認識してても、あっさり見失うユリアちゃんお得意の幻惑術。
第三者の視点で見ると、ユリアちゃんは軽くマクファーソンの遥か頭上を飛び越えて、すでにその真後ろにいた。
そして、華麗に舞いでも踊るように振り返ると、流れるような動きで、そのまま鞘に入れたままの剣で、狩猟騎士の左足の膝裏をゴゲシッと一発見舞った。
いわゆる膝カックン?
けど、鎧を着た相手には有効な手だよな。
実際、俺もやったし。
重鎧でも膝裏を装甲で覆ったら、歩けなくなるから、装甲なんて、あっても鎖帷子程度。
鎖帷子なんて、打撃にはなんの意味もない。
人体の構造上、膝の裏なんて鍛えようがないし、そこに打撃なんて受けたら、立っていることも出来ない。
案の定、一発でバランスを崩して、無様に背中からひっくり返る狩猟騎士。
ああ、これ多分……俺がダンテのコピーに仕掛けた時のを参考にしたっぽいな。
格下の俺のあんな一瞬の攻防だろうが、容赦なく自分のものにするとか……。
まぁ、経験が少ないってのは誰よりも解ってるから……なんだろうな。
かくして、いとも簡単にマクファーソンは、大の字になってひっくり返った。
この時点でほぼ勝負有りで、無様な事この上ないのだが、ユリアちゃんは容赦しない。
相手が何が起きたか理解する暇すらも与えず、ユリアちゃんは、ひらりと空中で身体を回転させて、狩猟騎士の上に着地すると、あっという間に胸の上に座り込むような姿勢で、両足で両腕を挟んでロックして、マウント状態にする。
その上で、容赦なく剣の鞘で正確に人中をゴリッと。
その一撃で意識を刈り取られたようで、後はもう為すすべなくボッコボコ。
……なんと言うか、一蹴とはまさにこんな感じ。
つか、むしろ公開処刑みたいなもんだな……これ。
如何に狩猟騎士の守りが優れていても、認識外の攻撃でワンパンで意識狩られちまったら、どうしょうもないわな。
「ああ、これは典型的なユリアちゃんパターンだな。初見でこれに勝つのはキツイだろうさ。実際、ユリアちゃん……狩猟騎士に覚醒する前だったのに、純正従騎士を同じような感じで、背後からの一撃で仕留めてるからな。あん時もこんな風に背後に回って、相手も気付いたときにはもうやられてたって感じだったぜ」
と言うか、コレ。
背後を取られて、気付いてない時点で、ユリアちゃんが殺る気だったら、背中からドスッ! で終わってたんだろうな。
帝国最強の武力でもある狩猟騎士がこうも呆気なく打ち倒される。
なんと言うか、時代の変革を否が応でも知らしめる戦い……そんな感じだな。
「……なんと。では、これは……この娘が狩猟騎士の力に頼らずに身に付けた、純粋な技術によるものなのか……恐るべきものであるな。そうなると、この娘と互角に戦ったと言うタレリアの魔法騎士と言うのは相当な腕前なのだろうな……」
「そう言うことだな。ちなみにミレニアムちゃんの場合、背後に回られてからが勝負って感じだな。もっとも、ユリアちゃんと戦う場合は、常に動き回って、距離をキープしつつ、とにかく、背中を取らせないってのが、基本だって言ってたぜ。今の勝負は初手でいきなり見失って懐に入られた時点で、もう負けは決まってたな」
正々堂々と真正面から戦ってないとか、そんな意見は聞かない。
一騎打ちで、背後を取られるとか、そんなの取られる方が間抜けって話だろ。
そもそも、大の大人が小さな子供相手にハンデ無しの一騎打ちを挑む。
この時点で、恥知らずのそしりは免れないだろう。
ましてや、それで負けるとか……俺、現場に居たら、指差して笑ってたぞ。
まぁ、コイツの狩猟騎士としての地位も名誉も地に落ちたのは確実だろう。
「ふむ、実に面白い。まいったな……この調子では、現役の狩猟騎士共では、誰一人として相手にならんかもしれんな。まさか、ここまでとは……史上最年少にして史上最強の狩猟騎士が誕生か……。これは実に面白くなってきよったな。グラハムもとんでもない後継者を見つけたものじゃのう」
まさか、皇帝陛下をして、ここまで言わせるとはねぇ。
だけど、今の言葉はS級冒険者でもある陛下なりの評価でもあるんだろう。
ここは、素直に喜んどくとこだよな!
「まぁな。でも、考えても見ろ。そんなユリアちゃんがラジエルの友にして、最大の味方になってくれたんだぜ? これがどう言う意味を持つか……アンタにも解るだろ?」
まぁ、最強の狩猟騎士が盟友ともなれば、これはもう一軍の将を味方に付けた以上の意味がある。
ユリアちゃんがそれだけの価値があるってのは、すでに親衛騎士団の力を借りずに、冒険者ギルドと僅かな手勢でグラドドドスの討伐を成し遂げたって時点で証明されたようなものだからな。
「確かに、そうだな……。ラジエルもこれで少しは、公人としての立場を考えてくれるとよいのであるが……」
「考える様になったから、ああも堂々としてるんじゃねぇかな?」
場面はすでにラジエルの拍手でユリアちゃんがフルボッコモードを解いた所だった。
これはラジエルこそが、ユリアちゃんを御し得ると皆に知らしめると言う意味では完璧と言って良い演出でもあった。
ラジエルも意識したのか判らんが。
あの場で出来うる最高の選択肢を自ら選んで取ったんだ。
「……のう、お主に一つ聞いて良いかのう?」
「なんだよ。ナックル風情に答えられることなら良いんだがな」
「そちは次期皇帝には、誰が相応しいと思うかの? 率直な意見を述べるが良いぞ」
お、おう……いきなり核心ついてきやがったな。
けど、その質問については、俺なりに答えは出てるんだよな。
「そうだなぁ……。まず、3位と4位は割とどうでもいいしな……歳も行ってるから、コイツらはもう選外だろ。上二人は論外……どっちが皇帝になっても帝国にとっては不幸なことになるのは目に見えてる」
まぁ、上二人のどっちが皇帝になっても、せっかく先代皇帝が築き上げた道のりが再び遠のくことになる。
何より、それは、現皇帝陛下の体を張った時間稼ぎすらも意味がなくなってしまう。
そう言う意味では、今の上位皇位継承者は、誰もが論外と言える。
「……そうなるとサルガスが一番有望株だが、アイツはちょっと切れ味良すぎるからな。……って事で、ダークホースのラジエルを俺は推すぜ?」
「……なんとも率直よのう。継承権4位までの者たちをすべて論外と言ってのけるか。まぁ、実際その通りではあるからな。では、そちはラジエルに王の器を見た……そう言うことかの? その理由を聞いても良いかのう」
「……あの子、いい子じゃん。なんつーか、周りが助けてやろうって自然に思わせるある種の才能があると思うぜ。実際、俺もなんとなくあの子には手を貸しちまったし、ユリアちゃんやミレニアムちゃんも、ラジエルの無二の友だと認めあってるからな。皇帝に必要なのって、そう言うすげぇ奴らが自然と周囲に集まって来る……。そんな奴にこそ、帝国の未来を担う皇帝陛下ってのには、相応しいんじゃねぇかな? サルガスだって似たような事考えてると思うぜ?」
俺がそう答えると、陛下はガイ・フォークス仮面を外すと、無言で目頭を押さえると、肩を震わせる。
うん……ここは、目線を逸らすべきだよな。
やれやれ、暴れん坊皇后も人の子ってことかね。
「ああ、俺は一服でもさせてもらうぜ? 少し休憩しようぜ」
そう言って、細葉巻を取り出すとマッチを擦って、火を点ける。
プカーっと燻らせると、辺りが紫煙に包まれる。
まぁ、これ……割と軽め。
吸うとちょっとスースーするから、メンソール系らしい。
割と気に入ったんで、袋で買った。
「……すまぬな……。あのラジエルがあのような友を得た上に、貴様のような切れ者にそこまで言わせしめるとはな……。実際、アレを見て妾も驚いたからのう。いつもおどおどしてサルガスについて回っていて自分というものを持っていないように見えていたのに、ほんの数日見ない間に、しっかりとした自分を持って、強き目をするようになった……。何があったのか訝しんでおったが……そうか、よきかな……誠に良き出会いがあったようじゃな。これは辛抱強く待った甲斐があったかも知れんな」
……なんと言うか。
ここには、皇帝陛下なんて居なかった。
ここに居るのは、ただ我が子の成長を喜ぶ母親が居るだけだった。
「まぁ、ラジエルのことは俺も面倒見てやるからさ。アンタは、後4年……なんとしても現状維持に努めて踏ん張ってくれればいい。その上で、ちょっくら流れを変えてみてくれよ。つか、もう変わってるかもしれねぇがな」
「そうじゃのう……アヤツはこのままタレリアへ留学すると言っていたからな。我が帝国の皇族がタレリアへ人質として留学すると言うのは、タレリアとの関係改善の大きな一手となるのだ。更にミレニアム殿の件で、リンド・シュバルツァー卿も勢いを増すとなれば……。うむ、実にいい流れであるな」
「だろう? アンタの懸念……ラジエルが武力って面では、あまり頼りにならない事と、敵地同然の場所に単身送り込む事への不安も、ユリアちゃんがいれば、問題なかろう? それにこの俺もいるんだからな!」
「そうじゃのう……。狩猟騎士と魔法騎士の盟友が傍らにいるのであれば、誰も手は出せんであろうからな。いやはや、貴様には礼を言わねばな。それにしても、妾の前で堂々と細葉巻など蒸すとは呆れてものも言えんわ」
「いいじゃん……別によ。タバコの煙が目に染みる……そう言うこともあるだろ? なんなら、アンタも一本行っとくか? タバコミケーションって言ってだな」
「ふむ、寄越すが良い。付き合ってやろうではないか……そうだな。貴様がタバコなぞ蒸すから、先程から煙が目に染みていかん……不敬なヤツよの」
陛下もそう言って笑いながら、俺が差し出した細葉巻を受け取ると、手慣れた感じで咥えるのを見計らって、シュボッとマッチを擦って、火を差し出す。
陛下も嬉しそうに身を乗り出すと、煙草を火で炙って燻らせる。
へへっ、タバコミュニケーションの定番、上司や偉い人に火を貸すって奴さ。
さり気なくタイミング良くやるのがコツ。
「……まぁ、とりあえず、俺の方は要件は済んだかな。あの様子だと、ユリアちゃんも俺を必要としてるだろうからな。行ってやらねぇといけねぇよな」
「そうか。まぁ、そうだな……妾も要件はあらかた済んだ。まったく、羨ましくなるほどの忠臣ぶりであるのう。妾にも貴様のような家臣がいればのう……」
「そうかい? 俺は皇帝陛下にも忠誠を誓ってるつもりだぜ? まぁ、ゼフィランサス卿には個人的に信頼と好感を持てたってとこだがな」
「ふむ、それはどう違うのじゃ?」
「言ったろ? 個人的にってな。要は立場とか関係なく、人として……サルガスとラジエルの母ちゃんとして、信頼してやるって言ってんだよ」
「お主、良く真顔でそんなセリフを言えるのう……。人として信頼する……か。……うむ、良き言葉であるな。これはラジエルが気に入るわけじゃ……」
そこまで言って、不意に陛下は訝しげな顔をする。
なんか、俺も解った。
すっげぇ、変な感じがした……。
例えるなら、空気が揺れたような感触。
しかも、今のは足元から来たぞ……。




