第十三話「冒険者ギルドにて」②
「なにせ、この子達も一緒に肩を並べて戦ったんだから、もう立派な戦友ですからね。もちろん、ベテランナックルのダリオさんも居るって知ってたけど、このパーティーって、ヒーラーが居ないみたいだったし、せっかくなんでご一緒することにしたんですよ。そうそう、アーニャちゃん! この子、治癒属性の魔力適正持ちだったんで、私が色々教えてあげてるところなの」
「はい! もう、師匠とか呼んじゃってます! まさか、わたしにそんな才能があったなんて……。まだ初歩的な『小回復』位しか使えないんですけどね」
ほぅ、治癒適正とはまたレアな……。
もちろん、適正無くても治癒魔法は使えるんだが、適正持ちの方が上級魔法を覚えやすいし、効果も適正ありとなしじゃ全然違う。
聖国なんかじゃ、この治癒適性持ちだと知れた時点で、神殿からお迎えが来て、神官として修行させられるようになるらしい。
アマリリスも似たようなもんだから、十分胸張れると思うぞ。
「いや、上出来だろ……回復魔法の使い手ってのは、それだけでもどのパーティでも欲しがるだろうからな。まぁ、ナスルは元々、C級冒険者なんてやってるのがもったいないくらいの腕利き治癒術士だったからな。せっかく、いい師匠に巡り会えたんだ、頑張って修行に励むんだな」
「はいっ! 頑張ります! ナスルお師匠様、今後もよろしくです!」
アーニャちゃんがそう言うと、ナスルさんもご機嫌な感じでアーニャちゃんの頭ナデナデ。
お、俺もナデナデいいですか?
「……おい、ジル坊っ! なんだったら、この俺様のことも師匠って呼んだっていいんだぜ?」
そう言って、ドヤ顔で片目をつぶって親指で自分を指差すダンテ。
「ア、アニキはアニキっすよ……。つか、アニキの大剣術は、チビの俺には合ってないって言って、結局まともに剣術だって教えてくれてないじゃないっすか! なんすかっ! 暇さえあればひたすら素振り……それが剣の基本って! そりゃ、基本が大事って事は解るんスけど、ちょっとくらい小技とか必殺技とか教えてくれたっていいじゃないっすか!」
「まぁ、お前は小回り効かせた攻防一体の片手剣士辺りが良さそうだからな。構えとか基本的な体捌きくらいは教えてやったんだから、硬いこと言うなって! ほれ! 師匠、今後もご指導よろしくお願いしますって言ってみ? そうすりゃ、素振り以外の事だって、ちったぁ教えてやるぜ?」
「ううっ! アニキ……じゃなくて、し、師匠……よ、よろしくお願いします!」
「はっはっは! 上出来、上出来! うん、師匠とか呼ばれんのも悪くねぇな! でもな……剣術の基本は素振りに始まって素振りに終わるんだぜ? まずはてめぇの剣が自分の体の一部みてぇに感じられるまで、徹底的に素振りだ! 俺の剣の師匠だってそう言って、ずっと隣で一緒に剣振ってただけだったんだぜ?」
「そ、そんなので強くなんてなれるんですかね?」
「ばぁーかっ! そりゃ、オメーみてぇに何も考えねぇで嫌々ダラダラと剣振ってても意味なんてねぇよ! まずは俺の隣で剣振って、ひとつひとつの型を真似て、型を盗み取るんだよ。技なんかも一緒に戦ってれば、間近で見れるんだから、気合で覚えて、そいつを自己流にしちまうんだ。言っとくが、どこもそんなもんだからな……楽して強くなれるなんて思うなってこったよっ!」
……一見、適当なこと言ってるようで、ダンテも割とまともなこと言ってる。
ちなみに、話が聞こえたのか、ユリアちゃんがこっち向いて、腕組みなんかしてうんうんと頷いてる。
まぁ、ユリアちゃんも似たようなこと言って、暇さえあれば剣振ってるからな。
「はぁ、結局それなんスか……師匠とか呼んで損したっす」
さすがにジルもふてくされてるんだが、ここは俺も格上との実戦を乗り越えた身として、一言言わせてもらおう。
「そう言うなよ……。剣だろうが槍だろうが、とにかく型を体に覚え込ませるのが基本だって言うぜ? 型を体で覚えれば、いざ実戦になった時、型どおりに体が動くようになるからな。俺だって、暇があればユリアちゃんと一緒に素振りやってるんだぜ?」
まぁ、ユリアちゃんの受け売りなんだがね。
俺の数少ない実戦経験から言えることは、戦闘中に頭でゆっくり考えながら剣振ったり、身体を動かしてたら、余裕で死ねるって事だな。
条件反射と、一連の動作を無条件で実行するセットコンボみたいな感じでやるってのが、どうも最適っぽいんだよな。
例えば、踏み込み突き一つにしたって、そこから連続突きで押し込むこともあれば、単なる牽制に留めて、バックステップで間合いをとったり、横に払ったりとか単なる踏み込み突きが三つにも派生するんだよな。
型ってのは、この踏み込み突きなんかの場合だと、突きを放った後の姿勢や重心バランスなんかを含めて、どのパターンにも派生できるように最適化された基本の型って感じなんだよ。
要はこの最初の踏み込み突きを徹底的に反復練習する事で、目を瞑っても出来るようになって、全てがレベルアップしていくようになるんだよ。
まぁ、やってる事は短剣構えて、踏み込み突きをひたすら繰り返したり、棒きれ持って素振りやったり、息切れするまで猛ダッシュ繰り返してスタミナ強化とか地味なことばっかりなんだな。
ユリアちゃんもたまに敢えてゆっくり動いて、ランスフィード流の型とか見せてくれるから、それを参考にしたりもしてる。
ユリアちゃん、割と手取り足取り教えてくれるし、教え方も結構丁寧なんだよな。
とりあえず、今は猫科の瞬発力を生かした飛び込み突きを基本技にして、それを徹底的に身体に覚え込ますってやってるところかな。
やってる事は「タマ取ったらぁ!」ってヤーサンがよくやってる、ドス腰溜めにして吶喊するヤツに近いんだが。
アレやられると意外と対処がキツイって話で、実戦での、短剣術での初手としては意外に悪くないらしい。
ちなみに、朝とか素振りやってると、ブルックリンも並んで一緒にやってる……。
上半身裸になって、隣でフンッフンッとかやってて、暑苦しいし、はっきり言ってウザいんだが、一応親子の日課でもあるらしい。
俺はどうも邪魔者っぽいんだが、ユリアちゃんは修行のときでも俺がいないと駄目みたいだしな。
ブルックリンも露骨に俺のことを追い払おうとするんだが、そのうち、ユリアちゃんの逆鱗に触れて、手合わせと称して、ぶっ飛ばされてると言う……。
ちなみに、ミレニアムちゃんも深夜とかに屋敷の庭で、シャドーボクシングみたいに、見えない敵と戦ってるような感じの事やってるのを見かける。
派手な技の練習とかより、とにかく基本を磨くってのは、レベル関係ないって感じなんだよな。
ちなみに、ユリアちゃんは俺の言葉を聞いてたみたいで、ニコニコ笑顔でこっち見てる……。
なんか照れるし、とりあえず、忍んでくれ。
「なんだ、クロイノ……お前もなかなか解ってるじゃねーか。で……今日は何の用なんだ? 仕事の話なら、歓迎するぜ? 俺もアンタは金払いのいい上客だと思ってるからな。遠慮なんて要らねぇぜ? なんせ、お前とは共に闘った俺、お前の仲ってヤツだしなっ! まぁ、酒でも奢ってくれるってのなら、もっと歓迎だがな……ただ酒ってのは格別だぜ?」
さすが、ダンテ、察しがいいな。
まぁ、ここはそろそろユリア様のおなーりーってやるかな。
「おう、さすがダンテ! 話が早いな……ただ、今回は俺じゃなくて、このお方が依頼人って感じかな。要はお前らを見込んでの直接依頼ってとこだ……光栄に思えよ? ユリアちゃん、どうよ? こいつらは……」
俺がそう呼びかけると、ユリアちゃんが立ち上がると、ダンテ達の前に立つ。
俺が座ってた席を空けて、座るように促すと、まずはフードを上げて顔を見せる。
なんともご機嫌な様子でニッコニコ笑顔のユリアちゃん。
対称的に、ダンテ達はピキッと固まってて、ナスルさんですら、口をあんぐりと開けてる。
「はぁ……実に良いものを見せていただきました。熱き絆で結ばれた冒険者パーティとは、かくあるべきですね。まるで、冒険譚の一シーンを見ているようで、ユリアお腹いっぱいです。あ、皆様、始めまして……でもないですね。一応、お忍びなので、この場ではただのユリアとお呼び下さい」
そう言って、ペコリとお辞儀の上で綺麗なカーテシーでキメる。
その上で、しずしずとスカートを整えて、チョコンと椅子に座る。
カッケーなぁ……。
相変わらず、見事なお嬢様っぷりですこと。
「……お、おい……クロイノ。ま、まさか、依頼人って……」
「うん、ユリア様……我が御主人様だ。なんだよ、ダンテは別に初対面って訳でもないだろ? ダリオも政庁舎で会ってるから、顔は知ってるだろ?」
「あ、ああ……あの時、純正騎士を背後から一撃で仕留めた娘か。ユリア様……そう言えば、正式にこのグラハムアイランドの領主になったんだったな。……お忍びとは言え、こんなところに堂々と……。おい、尾行や間者は大丈夫なのか? それにまさか……護衛はお前だけなのか?」
「まぁ、ユリアちゃんに護衛なんて要らんと思うがな。間者の類もこの子には近づくことも出来んようだからな……」
なんせ、俺が影化しても、あっさり見つかったしなぁ。
……この子、敵意とか殺気に対してやたら敏感な上に、完全に存在感消せるから、間者や暗殺者相手には滅法強いんだわ。
その手合って、忍んでなんぼなのに、向こうがユリアちゃんを視界に入れた程度で、ユリアちゃん感づくみたいなんだよな……。
どこの手のものかよく判らんけど、すでに二桁くらいの間者がユリアちゃんに捕獲されてる。
まぁ、その手合も、ブルックリンに引き渡しとけば、例の鬼の笑顔で後は任せろつって、どっか連れてって後始末もしてくれるからな……。
奴等が、どうなったかは俺もよく知らないし、まぁ、知らないほうが多分幸せなんだろう。
「そ、そうか……。だが、一体俺らに何をやらせる気なんだ? 今の俺らの実力じゃ大したことは出来んと思うんだがなぁ……」
そう言って、ダリオがジルとアーニャちゃんにちらりと視線を送る。
まぁ、この二人は思いっきり初心者冒険者だからなぁ……。
「あ、ああ……。俺らは今んとこ、C級パーティ扱いだからな。ジルもアーニャもこないだF級卒業したばっかりなんだ。あんまデカいヤマは正直、キツイと思う……。それに指名依頼ともなると一応、ギルドを通して欲しいんだがな……。でもまぁ、とりあえず、話は聞かせてくれ……まずは、それだな」
「そうりゃそうか。まぁ、これは面接みたいなもんだったんだが、ユリアちゃんはもう合格ってことでいいんだよな?」
「はい! クロイノ様と共に戦った戦友って時点で、もう十分でしたけど。お話を隣で聞いていて、ユリア感激しました。それに、私もあの時、皆様と一緒に戦った仲じゃないですか! 共に戦い、心から信頼出来る仲間だから……ご指名させていただく理由として、それじゃ駄目ですかね?」
アーニャちゃんはもう感激って感じでユリアちゃんを見つめてる。
なお、ジルは……ユリアちゃんを見ても首かしげてるけど、お前、確実に何度か会ってるからね?
もっとも、あの時のユリアちゃんはステルスモードで、オリスが近づいてくるのを虎視眈々と待ち伏せしてたからな。
俺も見えてたはずなのに、軽くスルーしてたし、多分ジルなんか目の前を通り過ぎてると思う。
ダンテはユリアちゃんの言葉に、苦笑するとそうかそうかと頷いてる。
あのユリアちゃんに仲間認定……さすがに悪い気はしないだろうさ。
まぁ、これで断るという選択肢はないだろうな。
「……信頼はお金じゃ買えませんからね。私達はもう共に戦った仲間……そう言われると、私もイヤとは言えません。私達に出来ることなら……そんな返事になりますが、私はいいですよ。後はギルドがどう判断するか……ですね」
一応、この手の指名依頼はギルド側で、依頼内容を聞いて、明らかに荷が勝ちすぎてると判断したら、ギルド側で相応の冒険者を紹介してくれたり、助っ人メンバーを斡旋して、戦力増強してくれたりとフォローはしてくれるんだよな。
もっとも、今回同行者に求めるのは、信頼度だからな。
戦力とかはユリアちゃんとミレニアムちゃんの二人が出る時点で、もうお腹いっぱい。
ぶっちゃけオーバーキルって気もするんで、他がやることなんて、細かい所のフォローやバックアップがお仕事って事になる。
それこそ、ジルやアーニャでもやれる事なんていくらでもあるからなぁ……。




