第八話「ユリア180%!!」②
療養院前……。
まるで、流星のように空からかっ飛んできたユリアちゃんの登場で、辺りの空気は凍りついていた。
「……よぉ、ブルックリン! また来てやったぜ!」
賊軍共の前で大剣を地面に突き刺したままのブルックリンが相変わらずのフルプレート姿で佇んでいた。
「クロイノか……。それにユリア。その様子では政庁舎は陥落したようだな……人質は皆、無事……そう言うことだな……よくやってくれた!」
「はい、お父様! もう、そのような薄汚い賊に従う必要もありませんっ!」
ユリアちゃんが高々と宣言すると、賊軍共がさぁーっとブルックリンから距離を取る。
「ふむ、どうやらそのようだな……。だが、一体何があった? クロイノ……まずは説明を聞こう」
……とりあえず、抱っこひもから脱出。
ブルックリンの声が妙に怖い……この親父、何考えてんだ?
なんか、怒ってる気がするんだが……。
アマリリスが白目剥いたまま、ボロっと落っこちそうになってたから、一応抱きかかえてやる。
コイツ、この時点でクソの役にも立たない事決定っ!
何しに来たんだよ……まったく! だらしねぇな! ベロくらいしまえよっ!
「はい! お父様、クロイノ様は私の家族になったんです! もう、ずっと一緒です!」
先手、ユリアちゃんの空気読まない一言。
なお、やっぱりお目々キラキラ。
後ろに並んでる賊共は、何が起きてるか理解できてない。
けど、空気読んでくれてるらしく、全員気をつけの姿勢のまま微動だにしないし、誰も口を開かない。
ブルックリンは……兜の下で何考えてんだか解んない。
でも、なんだか黒いオーラが漂ってる。
「……貴様らっ!」
唐突に賊共に向き直ったブルックリンが怒声を発する
良かった……俺に怒りを向けたのかと思ってたけど、違った。
なにせ、これまで、さんざん調子こいてたみたいだからな。
……自分たちの運命を悟って、賊共が青ざめてる。
まぁ、さすがにブルックリンが賊どもを虐殺しようが俺は止めんぞ。
ブルックリンには、その権利がある。
俺がユリアちゃんやアーニャちゃんを止めたのは、あくまで子供だからだ。
大の大人が自分の責任と判断で殺す分には、俺に止める権利なんて無い。
こいつらも因果応報ってヤツだ。
「貴様らは実に運がいいぞ……。まずはそこの泥棒猫を始末する。貴様らはその次だ……だが、全員この場から生きて帰さんから、そのつもりでそこで大人しく並んでいろ……逃げようとなどと思うなよ? 逃げたやつから順番に始末する……」
ブルックリンから、オーラが立ち上った……気がした。
ゆっくりと振り返った無機質なフェイスガードの下で怒りをたたえた目がキラーンと光る。
「……ど、泥棒猫って……?」
思わず、キョロキョロしてると、ブルックリンがゆらーりと一歩踏み出しつつ俺を指差す。
「なんで、俺? ブルックリン……ちょっと待て! 俺は何も……」
「問答は無用だ。いずれにせよ……俺に為すすべなく殺されるような雑魚に、ユリアはやらんっ! いざ、尋常に勝負っ! 貴様も騎士ならば、騎士の誇りを見せてみろっ!」
そう言いながら、すでに突撃体制!
大剣の剣先をガリガリと地面に引きずりながら、ブルックリンが迫る!
「チェエエエエエエッ! 砕け散れぃッ!」
目前で豪剣が振り上げられ、地面に叩きつけられ、盛大に弾ける!
……地面に盛大な溝が出来てるっ!
とっさに避けてなかったら、真っ二つだった!
「てめぇえええっ! 何トチ狂ってんだ! ちげーだろ! なんで、俺が……」
「そうです! いくらお父様と言えど、クロイノ様を本気で斬ろうだなんて……許しませんよっ!」
ユリアちゃんの言葉なんて聞いちゃいないって感じで、ブルックリンが更に踏み込んで、大剣を掲げる!
親子揃って人の話を聞かない系とか、なんだそりゃっ!
つか、こいつと本気やりあって、ナックルの俺なんぞ、万に一つの勝ち目もねぇ!
「ええいっ! 黙れ、黙れ! クロイノ……貴様には死ですら生ぬるい! 天誅っ!」
ブルックリンの豪剣が唸る!
メチャクチャな大振りがドッカンドッカン振り出される!
俺は、その尽くを気合で回避!
「真剣白刃取りーっ!」
……迫りくる大剣を飛び上がって、両手両足で挟み込む!
でも、何の意味もなかった。
そのまま大剣は止まらずに地面にぶつかるのだけど、真ん中へんに取り付いたからセーフ!
ごめん、嘘ついた……これのどこが真剣白刃取りだと、小一時間……。
「ええいっ! クロイノ貴様っ! 大人しく斬られろっ! 貴様だけは……許さんっ! さっさと離れろ! そして、いいからそこに座れ! 一刀両断……叩き斬ってやる!」
「うるせーっ! こちとら問答無用で斬られてたまるかっ! つか、トチ狂ってんじゃねーぞ! このボケオヤジっ! こんな事やってる場合じゃねぇだろ!」
……思わず、大剣にぶら下がって逆さま向いたまま、抗議の声をあげる!
でも、こうしてても埒が明かない! 大剣から手足を離してその場で180度回転着地。
地面を蹴ってブルックリンの足の間をズザーッと抜ける。
「おのれっ! どこへ行く……待てっ!」
「待てと言われて待つ奴がいるか! このバッキャローッ!」
全力ダッシュ! 止まったら死ぬ! もう、俺……こんなんばっかだな!
「二人共! やめてくださいっ! お父様、ユリアの話を聞いてください!」
ユリアちゃんがブルックリンに掴みかかって抗議してくれる。
けれど、ブルックリンは乱暴にユリアちゃんを突き飛ばす。
ブルックリンもユリアちゃんを突き飛ばしてから、少し正気に戻ったようで、ハッとした顔をしている。
けれど、頭を振って、再び鬼の形相となる。
「……すまぬ、ユリア……。男には殺らねばならぬ時があるのだ……解ってくれ!」
カッコよく決めてんじゃねぇよ! 殺らなくていいよ! むしろっ!
ブルックリンがゆっくりと歩みを進めてくる。
無言で兜のフェイスガードをシュカっと閉じると、その暗がりの中で目だけがキラーンと光る。
駄目だーっ! こいつもはや殺人マシーン化してやがるっ!
一方、こっちは早くも息切れ……猫ってのは細長いから筋肉量の割に肺活量が低い。
長期戦には不向きだと思ってたけど、ここまでとは……もっと、鍛えとくべきだった。
「……もう、動けぬのか……。ナックル故に長丁場は耐えられん……それはもう致し方ないだろう。ならば、生き延びるチャンスくらい与えんとな……。クロイノ、我が渾身の一撃を……その手で受け止めてみせよ! さすれば、お前を認めようではないか! 行くぞ……ランスフィード流奥義「雷光斬」ッ!」
ブルックリンが大剣を頭上でぐるぐると回転させると、大剣に雷光がまとわり付き、轟音が轟く!
受け止めろって、それ……お前の超必殺技じゃんっ!
黒焦げになって、転がる未来しか見えねぇよ! 終わったーっ!
思わず、頭を抱えて目を瞑ると、ドグワシャッ! なんて、車が事故ったような音が轟く。
恐る恐る目を開けると、ひん曲がった剣を片手に俺の前に立ちはだかったユリアちゃんの姿が……!
そして……。
ボロ雑巾のようになって、派手に地面を転がっていくブルックリン……!
ユリアちゃんがぽいっと曲がった剣を捨てると、腰に下げてたもう一本の剣を抜く。
よく見ると、ブルックリンの鎧にはまっすぐ大きなへこみが……。
え? どうやったら、従騎士の重鎧があんなになるの?
あれって、ミスリル銀と黒鋼の合金製で尋常じゃなくかったいのよ?
「……お父様、私の話を聞いてください……! なんで、そんなに頑ななんですか! 酷いです! あんまりです!」
よよよっと泣き崩れるユリアちゃん。
……なんだこれ?
娘を目前に躊躇った……のだとは思うけど、あのブルックリンがワンパン?
ユリアちゃん……君、どうなってんの? 尋常じゃないぞ……ここまで来ると!
「……お父様? 聞いてるんですか? 人の話をちゃんと聞きなさいって、いつも言ってますよね? それに、お父様とあろうものがこの程度で倒れるなんて情けないっ! こうなったら、ユリアがお父様のお相手を致します……いざ、尋常に……勝負っ!」
ユリアちゃんがブルックリンをビシッと指差す。
けど、ブルックリン……もはや、動いてない。
鎧がベッコリと変形して、手足もなんだか、面白おかしい形に……。
力なくその右手が地面にクタッと横たわり、今頃になって手にしていた大剣が空から落ちてきて、地面に刺さる。 なお……その大剣も真ん中から曲がってる。
なるほど、一応ガードはしたんだな……そのガードを粉砕して、ミスリル製の重鎧もベッコリやったと。
……ユリアちゃん、手加減無用過ぎる。
あれ……死んでない?
「ストップ! ユリアちゃん! ちょっと落ち着こう! まずは深呼吸……いいね?」
ユリアちゃんを落ち着かせるべく、駆け寄ろうとしたら、今度はどこからともなく鎖が飛んできて、ユリアちゃんをぐるぐる巻きにする!
後ろに居た雑魚どもの一人……従騎士がその鎖を握っていた。
「へっへっへ! 脅かしやがって! ブルックリンならともかく、こんな小娘一人……どってことねぇ! おい、野郎共! ブルックリンを縛り上がろ……。トチ狂ってナックル相手に大暴れの挙げ句、あのザマとはな……鉄壁様も焼きが回ったな! こいつはワイバーンすらもふん縛る呪縛鎖だ……。あのブルックリンをぶっ飛ばすとは、見た目にそぐわず大した力を持ってるみたいだが、コイツは人間が振り解けるような代物じゃねぇぞ!」
「さすが兄貴ッ! 俺達だって、ブルックリンが反抗した時の備えくらい用意してたんだよ! ブルックリンの野郎がくたばったからには、もう怖いもんなんてねぇ! ちょっとガキすぎるけど、お嬢ちゃんにはたぁっぷりとお仕置きしねぇとだな! ヒャハッ! 野郎共! おっ楽しみターイムだぜ!」
……すっげぇ小物臭!
後ろの傭兵共もなんだか異常に盛り上がってるらしく、同じようにヒャッハー! とか合唱してやがる。
けど、どうする? ブルックリンはああなっちまったし、ユリアちゃんもそんな呪縛鎖なんて、どうにもならんだろ!
こいつら……大人しくしてると思ったら、機会を伺ってやがったのか……。
クソッタレ! 漁夫の利狙いとか調子に乗りやがって!
ここは……俺がなんとかするしかねぇ!
けど、相手は雑魚っぽいとは言え従騎士、それに傭兵も20人はいる……勝てるのか?
うん……コレ、無理臭くね? けど、ハッタリでも決めてやるぜっ!
「……てめぇら、何勝った気になってやがんだ? この俺様を忘れてもらっちゃ困るぜ? 予告しよう……5分後にはお前らは、全員地面とキスだ……死なねぇ程度には手加減してやるから安心しな!」
……まぁ、はったりなんだがな。
「兄貴……なんか言ってるみたいっすけど。どうしやす……? 黒ナックルで言葉しゃべってるみたいなんですが……何事なんすかね?」
「……ああ? 誰かと思えば、こいつ……グラハムのジジィの腰巾着じゃねぇか。生きてたのか……けど、気にするな……どうせ、雑魚だ、雑魚……。ほっとくとウザそうだから、ボウガンで狙い撃ちしてハリネズミにでもしてやんな。俺はちょっと手が離せねぇから、お前らやっとけ」
リーダー格の従騎士がそう言うと、ゲラゲラ笑いながら傭兵達がボウガンを構える。
「ああ、あの雑魚ナックルっすね……。なら、どってことねぇよな。ああ、矢玉がもったいねぇなぁ……。おい、野郎共……一発で殺しちゃかわいそうだから、まず足狙って動けなくしてから、順番に撃っていこうぜ。あ、なるべく殺さねぇようにしろよ……うっかり、殺しちまったヤツは、罰ゲームで今夜の一杯オゴリっつー事にしようぜ? ヒャハハッ!」
……俺もそれなりに有名人……従騎士ともなりゃ、雑魚って事もよくご存知って訳か……ちっくしょーっ!
だがしかしっ!
……メキャ、ブチブチブチ……。
唐突に背後から、そんな感じの音がして、大はしゃぎしてた賊共が一斉に凍りついた。




