閑話休題Ⅱ「割とドタバタなアリシュエルの日常」⑦
「あ、ありがとうございます。ローゼスさん。はぁ、この私が帝国の英雄呼ばわりだけでなく、名誉伯爵とは……もったいない限りですよ」
「別にいいじゃないの……そんな畏まらなくても。それよりもラジエル、三国航路の話……もっと続けなさいよ。もちろん、無粋なネタバレとかしない限りでって、一応言っとくけどね!」
「えっと……私、そんなに詳しくはないんですが。要するに、架空世界の英雄叙事詩……なんですかね。私、自分で言うのもなんですが、知識とかかなり偏ってるし、お恥ずかしい話ながら、学はまったくありませんからねぇ……」
メルシナが申し訳無さそうに告げる。
一応、字は読めるし書ける程度の学はあるのだが。
そんな本格的な小説など読んだこともなく、割りと前のめり気味なアリシュエルと違って、ちょっとばかり引き気味ではあった。
「大丈夫です! 三国航路ファン……またの名をルーティストは、国境もなく、あらゆる世代、どんな身分の者であっても平等なのです……。必要なものは作品への愛……だからこそ、聖典と言われているのですよ」
……なお、ラジエルの言っていることはある意味正しいのだが。
ファン層の性別については、圧倒的に女子と大幅に偏っていた。
なにせ、三国航路とはひたすらに、男臭く暑苦しいまでの漢達の熱き友情の物語なのだから。
著作権もへったくれもない世界なので、当然ながら勝手にいかがわしい二次創作作品なども出回っているのだが。
そこはそれ……決して表に出ることはないので、さしたる問題ではなかった。
なお、基本お子様のユリアなのであるが、興味本位でその手のいかがわしい系を入手してしまって、真っ赤になりながら、食い入るように読んでいたこともあったのだが。
この辺は彼女にとっては、シークレット……のつもりだったのだが。
ラジエルとの恒例のルーティストトーク中に、シレッとその書籍の二次創作エピソードを語ってしまったことがあって、ラジエルにはバレバレだったりもする。
なんでラジエルも知っていたのか?
それは、帝国国家機密なのだから、アンタッチャブル案件に決まっている。
ラジエル様だって、お年頃なのですよ……。
「……聖典っ! ラジエル様をして、そこまで言わしめるとは……不肖このメルシナ! とても興味がわきました!」
「ふふ……わたしも、あらすじ聞いただけで、その尊さが理解出来たわ……。むしろ、今まで興味を持たなかった事が悔やまれてならないわ……。いいわ、続けてっ!」
アリシュエルも大概掌返しも良いところだったが。
本人は、全く気にしていなかった。
「はいっ! まず、この三国航路……生まれた国も違う三人の熱き男達が相争う三国の垣根を超えて魂の誓いを成し、熱き友情と絆を武器に、共に悪と戦い、真の平和を取り戻す物語……まさに我が聖典! ああ、何処から話すべきか、迷ってしまいます……。ちなみに、私の推し場面はこの第七巻、第六章……「決戦の日、我が友の背中に勝利を誓う」……ですね! この場面はリャン・クー・リン様の見せ場中の見せ場!」
もはや、とどまる所を知らぬと言った調子で、聖典を片手に、アツく三国航路について語りだしたラジエル。
ちなみに、現時点で全10巻。
8巻辺りで切りもよく完結したように見えたのだが。
続きはよと言う熱烈な読者コールに、作者も根負けして、続編が刊行され、まだまだ続くよ状態なので、三国航路熱は当分続きそうだった。
なお、作者を動かしたのは、とある皇族からの一通の熱烈なファンレターだったとも言われている。
そのとある皇族が誰なのかは、もはや言うまでもない。
割りと女子ネットワークから外れたところにいたアリシュエルは、三国航路についてタイトルを聞いたことある程度で、まったく詳しくはなかったのだが、ラジエルの熱を帯びた推し演説の前に、徐々に前のめりになっていた。
と言うか、この辺りはラジエルの聞く者を自然に惹き込み、自らの虜にさせる謎の洗脳術が発動しているようで、アリシュエルもまんまとその術中にハマっていたのだった。
しかしながら、ラジエル本人には、そんな悪魔的洗脳術を発動している自覚はなく、アリシュエル本人も自分が順調に洗脳されているとはこれっぽっちも思っていなかった。
このナチュラルに、他者を惹き込む能力……これぞまさに皇女ラジエルの真骨頂と言えた。
「ふんふん……で、それで! やっば! なんか触り聞くだけで、めちゃくちゃ面白そう! で、ラジエル様は誰推しなの? と言うかその様子だと、リャン・クー・リン様ってとこ? 確かに最弱なのに、三人のリーダー格ってイケてるよね!」
「はい! 私にとって、白の騎士リャン・クー・リン様は理想の殿方であり、我が人生の道標……その聞くもの全てを鼓舞する数々の名演説は、実際に皆様の前で真似した所大好評でした。さすがです!」
アリシュエルもラジエルの要所要所で将兵達の心を鷲掴みにしたと言われる名演説の数々の噂は聞いていたのだが。
こうやって、思いっきりパクリ演説だったと白状されると、なんともいたたまれない気分になった。
「えっと、もしかして……リアルにリャン・クー・リン様の演説をその……流用したと?」
さすがに、パクリとは面向かって言えずに、ドン引きながらもようやっとアリシュエルもそれだけを言えた。
「はいっ! リャン・クー・リン様の演説を参考にさせていただきましたが、さすがでしたっ! 実は、いきなり士気鼓舞の演説をしろとか無茶を言われて、渋々ながら、皆さんの前に立った時、もう頭の中が真っ白になってしまったんですよ。でも、三国航路の演劇も何度も見に行ってたおかげで、リャン・クー・リン様の演説なら、口調も含めて完璧にソラで言えるって気づいたら、もう夢中で半ば成り切ってしまっていました!」
「うわぁ……。なにそれ……。でも、アンタもボルテクス・ノヴァとの決戦で、帝都防衛艦隊を直率してとか、一端の将軍様みたいな事やってたのよね……。見た目は、ポワポワしてて強そうでもないのに、土壇場でそんなマネやってのけるとか……もしかして、それもリャン・クー・リン様を見習ったとか?」
「いやはや、実を言うと帝都最終防衛ラインの攻防戦も本来は私……聖国へ脱出しろと言う事で、真っ先に帝都から脱出させられてしまったんですよ」
「な……なるほどね。確かに……あの時点で、帝国って結構絶望的な状況だったし、帝都が陥落しても皇族の誰か一人でも落ち延びれれば、帝国として再起の目がある……聖国も帝国の皇族が亡命ってなれば、断ると言う選択肢はない……確かに、そういう流れにもなるわね」
このあたりの裏事情は、一応アリシュエルも知ってはいたのだが。
色々と状況を聞けば聞くほど、帝国がどれほど危うい状況だったのか、実感していた。
ヴォルテクス・ノヴァと砂唄と言う恐るべき巨大魔獣相手の二正面作戦。
切り札たるユリアとメルシナを砂唄制圧へと向かわせる事で、最悪の状況は回避したものの、緒戦で雷竜の群れ相手に帝国主力艦隊は壊滅……。
それでも、かろうじてミレニアム達の乗ったガランドウ号の雷龍の島への突入は成功したものの、支援上陸部隊も支援艦艇も全滅し、何よりも帝都へと進撃する雷龍の群れを止めることも出来なかったのだ。
そして、迎えた最終防衛ライン決戦。
帝都防衛艦隊と言いながらも、実際は緒戦で逃げ延びて来た敗残兵と、練成中の新兵達の寄せ集め。
まさに、国家滅亡の崖っぷち。
そんな状況ともなれば、ラジエルが強制的に落ち延びさせられたのも納得だった。
「はい、実際……私ではなんのお役にも立ちそうも無かったので、素直にそうするつもりだったのですが……。艦長さんの操艦ミスで風に流されて、最終防衛ライン艦隊に紛れ込んでしまったんですよ……」
「……ああ、もうっ! そっから先は知ってるわよ! さっさと逃げればいいものの、いきなり「我がラジエル・フィア・バルナスガルの名において、帝国軍全将兵に告げる!」とか、言い出して、なんだかやたら偉そうな堂々たる演説カマして、兵隊たちをまとめてヒートアップさせて、雷龍達の先遣隊に全軍挙げての後先顧みない逆襲して、軽く撃破! そこまでは良かったけど、その時点で被害も甚大……。どう? ここまで合ってる?」
「流石によくご存知で……。あの戦いは、逆襲に出たものの緒戦で残存艦隊の1/3もの大損害を出してしまって……。あのまま、雷竜の主力との本格的な交戦となっていたら、艦隊の全滅は免れなかったでしょうね。なんというか……思った以上に、皆さん盛り上がってしまって、我が身を省みないような無茶苦茶な突撃を仕掛けてしまいまして……」
通常最終防衛ラインの戦いとなると、絶対に負けられない戦いということで、積極的に打って出ることはまずなく、消極的な戦いに終始するものなのだが、ボルテクス・ノヴァ決戦での最終防衛ラインの戦いにおいて、帝国軍はどっちが攻め込んでいるのか解らない程の果敢な戦いぶりを見せ、雷竜の群れの先鋒を軽く撃破しせしめたのだった。
もっとも、その代償は決して安いものではなく、彼女の言うようにおよそ全軍の3割もの損害……これは通常ならば、組織的戦闘は不可能とされ、全滅と判断されるほどの大損害だったのだが。
それでも、帝国軍艦隊は前進を止めようとせず、もはや、一兵たりとも残さず全滅しても一向に構わないような尋常ならざる戦意と気迫で、雷竜の第二陣へ迫ってみせたのだった。
「あら、ちゃんと解ってるじゃないの。もっとも、ちょうどいいタイミングでクロイノやわたし達がボルテクス・ノヴァのコアに襲撃仕掛けたせいで、雷龍共は慌てて引き返していった……。一方帝国軍は、敵がビビって逃げ帰っていった! 我が軍大勝利ーって勝手に盛り上がってたらしいけど、普通に考えて、勝ち目なんて初めから無かった。裏舞台知ってるわたしにとっては、確かに一見帝国軍が勝ちを拾ったように見えるけど……なんというか、勝利と言うには微妙って感じで、それで無敗の将軍様とか偉ぶられてもねぇって思ってるのよ。そこら辺どうなの?」
唐突にふんぞり返って、足を組み、今にもテーブルに足を乗せんばかりの勢いになるアリシュエル。
このあたりの駆け引きはアリシュエルもなかなかの役者だった。
主導権を渡すのは、やぶさかではないが、盲目的に従う気もさらさらない。
そんな彼女の反骨心がその態度からも垣間見えていた。
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