第七話「「夏目雄馬」としての信念」①
今いる角から直線でおよそ30m……緩やかな坂道のどん突きに階段があって、その階段の前に居座られてる。
なかなかに、嫌な地形だ。
これだと、普通に行くと階段に辿り着く前に余裕でみつかる。
そうなったら、多分、ワラワラと増援が降りてくるだろう。
ここは……エレガントに毒を使うか。
「サビーネ、麻痺毒は持ってきてるな」
サビーネが懐のポケットから茶色い小瓶を取り出して、ポンと手の上においてくれる。
赤いのはこないだの猛毒。
アレは掠っただけで軽くあの世行きだけど、こっちは全身が痺れて、動けなくなるだけで済む。
医療用の麻酔薬と同じようなものだけど、それを更にギュッと濃縮してるので、ごく少量でも効く。
かすり傷程度でも、ほんの少量身体に入るだけで、軽く半日は動けないそうなので、殺すよりは気楽でいい。
他に青やら緑やら紫やら、やたらカラフルな小瓶が見えたけど、効果は怖くて聞けない。
サビーネ麻痺毒を短剣の刃に塗ったくる。
と言うか、サビーネの毒……やっぱ、使えるな。
奇襲専門の非力なナックルとしては、掠っただけで無力化出来るなんて、相性よすぎるだろ。
毒塗りやすいように細かい溝を切った短剣でも、武器職人に作ってもらうかな?
おまけに、今回は牢屋の鍵が開かなかった時用に、爆薬まで用意してくれたからな。
なお、二液混合式の液体爆薬。
混ぜてしばらく放置するとドカンと爆発する……なかなかに危険な代物。
かたっぽの液体は、酸性なので銅板なんかで仕切っておけば、時間を置いて混ざって爆発する……時限爆弾としても使えるらしい。
それなんだっけ? 鉛筆爆弾だっけかな。
第一次世界大戦の頃、ドイツのスパイがそれ使って、アメリカで船燃やしたりとか、破壊工作とかやってたらしい。
この世界って、ローテクなファンタジー世界かと思いきや、化学技術に関しては、二十世紀並ってことじゃねぇか……正直、侮れんね。
「さんきゅー、サビーネ! アーニャ、すまんが早速仕事してもらうぞ。左のやつは俺が仕留める。お前はそのクロスボウに麻痺毒を塗って、右のを狙撃しろ。いいか? 当てるのは手足か肩にしとけよ、眉間とか心臓ぶち抜きとかはヤメとけ……さすがに、子供に人殺しはさせたくねぇからな」
このコ、12歳とか言ってたからなぁ。
この世界、12歳超えたら、一人前扱いとか結構無茶してる。
人殺しをするなって言うのは、ただの綺麗事だって事は解ってるんだ……。
けど……以前はともかく、今のクロイノは、元日本人の俺なんだ。
だからこそ、綺麗事くらい言いたい。
こんなお子様をこんな修羅場に向かわせてるだけでも、罪悪感が酷いんだ。
その上、人殺しをさせるなんて、さすがに俺の良心って奴が持たねぇ……。
せめて、子供と言われる年齢でいる限り、この一線だけは守らせなきゃいけない。
この世界じゃ、人死にや殺人も日常茶飯事だってことは知ってるけど。
自分の目に届く範囲でくらい、そう言うのはナシにしたい。
単なる自己満、偽善ってのは解ってるけどな。
なんにせよ、今回はアーニャを使う他に選択の余地がない。
いかんせん、見張りが二人いるからなぁ……。
一人仕留めてる間にもう一人が増援呼んだら、詰む。
……ここは、一瞬でまとめて倒すしかない。
サビーネの麻痺毒ならかすり傷ひとつで一発だろうから、アーニャに一人を撃たせて、俺が影潜りで近づいて、もう一人を仕留める……コレで行く。
「ば、馬鹿にしないでください! 私だって、人くらい殺せますから! お兄ちゃんと一緒に冒険者になるって決めたときから、覚悟なんて出来てますっ!」
アーニャちゃんに抗議される。
けど、そこは素直に受け入れて欲しいぞ……?
「ばーかっ! 殺しなんてやむを得ない限りはやめとけ……。第一、そんなもん誰も求めてねぇよ。なぁ、ダリオ、ジル、お前らもそう思うだろ?」
俺がそう言うと二人共真面目な顔で頷いて、同意してくれる。
うん、俺は間違ってない……こんなお子様が無慈悲にヘッドショットキルとか世も末だろ。
俺だって、人殺しなんてゴメンだ。
人間だった頃も含めて、今まで人殺しなんて考えたこともない。
けど、この世界は割と容赦ねぇからな……。
どうしょうもねぇ外道や悪党だって、ゴロゴロいる。
その時が来たら、俺だって迷わねぇつもりだ……でも、それは今じゃねぇ。
なんせ、見張りの無力化なんて、サビーネの麻痺毒使えば一発だからな……。
殺さねぇで済ますって選択肢があるんだから、そうするだけの話だ。
とにかく、俺は、積極的には殺らんぞ……絶対にな!
もちろん、他人に人殺しを命ずるなんてのもやりたくない。
甘いかも知れんけど、甘くて結構!
身勝手な話だけど、コイツは俺の……「夏目雄馬としての信念」なんだ。
コイツを捨てちまったら、今度こそ俺の中に残った夏目雄馬は死んじまうだろうからな。
言ってみれば、夏目雄馬の生きた証、それ故の信念ってところだ。
……だからこそ、守ってやらねぇとな。
そんな訳で、ミッション! スターッツ!
……影に潜って、ニョロニョロと坂道を進み、最後の階段前。
もう見張りは目の前だけど、俺は天井にへばり付いてる。
松明の明かりで、天井に猫の影だけが浮かび上がってる様になってると思うが……。
大丈夫……人間ってのは頭の上は死角だからな。
別段、気付かれた様子はない。
どっちもどっかりと座り込んで、暇そうにしてる。
いっそ居眠りでもしててくれれば、楽なんだが……。
さすがに、そこまでアホじゃない。
もっとも、かなり油断してるようで、手をついて、武器もそこらに転がして、今もあくびを噛み殺したりしてる。
なんせ、基本的に、前にだけ注意を払ってればいいんだからな。
敵が現れても、角からこれだけ距離があるなら、余裕で対応できる。
簡単なお仕事だけど、そう言う仕事で集中力を維持するってのもなかなかどうして、難儀な話でもあるよな。
アーニャは、通路の角から顔と黒塗りのボウガンだけ出して、伏せたままで狙撃体制に入ってる。
顔と髪に煤を塗って真っ黒くしてるせいで、俺から見ても、暗がりに完全に溶け込んでて、言われないと解らない程度には、偽装出来てるし、微動だにしてないから、動きでバレることもない。
ボウガンの利点はまさにこれ……一度弦を引き絞れば、機械的に固定されて、トリガーを引かない限りは発射されない。
射撃準備体勢を長時間続けていても、何の問題もない。
弓矢だと、弦を引き絞ったまま待たなきゃいけないから、こうは行かないだろう。
俺も飛び道具使うんだったら、ボウガンかなぁ……?
……明かりは、見張りの横に松明が置いてあるだけでかなり暗い。
これでは、暗がりに伏せてるダリオ達はまともに見えてないだろう。
通路の壁にも、松明辺りを置かれていたら、さすがにバレバレだったんだが、そこまで考えが回らなかったんだろうな。
敵の落ち度は、徹底的に利用するぜ?
すでにこっちの明かりは消してるし、物音を立てずに皆、息を殺している。
真っ暗闇の中、緊迫した時間が過ぎていく。
傭兵の装備は、肩と胸を覆う黒鋼の胸甲を着込んで、肘やら膝やらにもアーマーがある。
いわゆる部分鎧ってタイプだな。
どのみちボウガンの威力なら、黒鋼でも余裕で抜けるからどこでも当たれば一撃だろう。
万が一、やべぇ所に刺さっても、ナスルさんが治療してくれるそうなので、問題はない。
もしも、外しても、俺が二人まとめて始末するだけの話。
天井から壁を伝って、左側で座り込んでる傭兵の背後に回り込む。
……影から手だけだして、後ろからその二の腕を軽く斬りつける。
「いてっ! な、なにが……。な、なんだこれ! し、痺れて……アブバババ!」
さすが……傭兵はあっという間にクタッとなって、大の字にひっくり返ってビクンビクン状態。
「ど、どうした! つっ……」
慌てて立ち上がろうとしたもう一人も、肩口を押さえるとそのままバッタリと倒れる。
肩口をクロスボウの矢が掠めていったみたいなんだが、それだけで毒が回ったらしく、やっぱりビクンビクン。
……おいおい、掠っただけで、これかよ。
サビーネの毒、どれもこれもタチ悪い……。
サビーネって、戦闘力とか皆無で、ゴミ拾いが趣味みたいなヤツだけど。
確実に俺らの戦力になってるな……。
アーニャに向かって、親指立ててやると、真っ黒な顔で立ち上がってドヤ顔してる。
結構、良い腕してるじゃん……割とギリギリだったけど、結果オーライ。
サビーネも胸を張ってドヤ顔。
こっちにもサムズアップ!
動けなくなった傭兵共を通路の角の向こう側まで引きずっていって、そのままふんじばって放置。
なお、アーニャに撃たれたやつは、肩のあたりをピッと掠めただけ。
直撃すらしてないんだが、それだけで十分だった。
サビーネ、恐るべし!
けど、余計なおしゃべりは無用。
無言で、もう一度影化して、地下室へ続く階段をするすると登っていく。
他の連中は、ゆっくりと姿勢を低くしつつ俺の後に続く。
影化してると重力すら無視できるからな……壁を垂直にだって登れる。
俺、偵察奇襲要員としちゃ、超一級って気がする。
なんだっけ……スニーキングミッションだっけかな?
……階段上がってすぐが地下牢だって言ってたけど、マジだった。
10m程先に地上へ続く階段があって、その手前に牢屋があって、そばにやっぱり黒い鎧の傭兵が立ってる。
けど、地下で何かあったと勘付いたらしく、すでにこっち向いて、剣も抜いて警戒態勢に入ってる。
だが、甘い……俺はすでに天井に張り付いて、そいつの頭上を取ってる。
地下室だから光源と言っても、牢屋の中と通路にあるランタン程度……影なんていくらでもある。
傭兵の背後にストンと降りて、目の前にあった兵隊のスネを短剣でチクリ。
傭兵もすぐさま振り返るのだけど、もう手遅れだ。
「く、黒ナックル? てめぇ、どこから湧いたっ! クソっ!」
振り返りつつ、身構えようとしたようなのだけど、あっという間に脱力して、足をもつれさせて、そのままばったりと倒れる。
やっぱ、すげぇなぁ……これ。
まともに正面から戦ったら、こんな図体もデカいフル装備の傭兵。
苦戦は免れないんだが、こうもあっさり無力化出来ると、拍子抜けする。
「……わりぃね。別に死にゃしねぇけど、半日くらいは、喋れないし動けない。もう諦めて目を閉じて、そのまま、そこで寝てればいいぜ」
「な、な……な? あべばべべ……」
やっぱり、白目剥いてビクンビクン。
俺、サビーネの事、好きになれそう……これぞまさに、不殺ってやつよ!
予告:次回、噂の問題児ヒロイン登場。(笑)




