第六話「人質救出作戦」②
とりあえず、老ナックルに視線を送ると、俺の方を見て、コクリと頷くと席を立ち、スタスタと外へと歩き出し始める。
うーん? ここじゃなんだから、二人きりで話そうってことか?
俺、ナックル語解んないんだがな。
しっかし、コイツ……革鎧なんかも着てて、ナタみたいな剣も持ってて、どう見ても農家で飼われてるような連中じゃないぞ? 相当な修羅場くぐった歴戦の勇士とかそんなのっぽい。
やがて、ギルドの建物の横の隙間みたいな裏路地に入っていくから、黙ってついていく。
結局、他の連中は置いてけぼり。
「……ここら辺にしとくか。おい、わけぇの……」
老ナックルがいきなり、しゃべったぁぁああああっ!
「え? なんで、お前しゃべってるの? きもっ!」
「うるせぇ、そりゃこっちのセリフだ。つか、わけぇの……おめぇさては、覚醒したてなんだろ?」
覚醒? そいや、ジジィが言ってたな。
覚醒種って。
「……覚醒? そういや、ジジィ……御主人様が言ってたな……俺が覚醒種って……」
「やはりな。俺達ナックルも長いこと生き延びて、経験を積むことで覚醒つって、人語を話せるようになって、能力も格段に上がるんだよ。俺はこう見えても20年は生きてる……色んなところを旅して色んなヤツの伴をした……。いいヤツもいたし悪いヤツもいたが、共通してるのは皆もう墓の中。本来、俺もとっくに引退してたんがね」
20年か……前世分を入れたら、俺も40年近くになるんだが。
ナックルとしては、4年くらいか? 俺、4さーい……若造ですまん!
けど、俺の前世含めてよりも、コイツの方が断然濃い20年だったと言うのは、何となく解る。
要するに、敬意を払うべき相手……それは間違いなかった。
「……あんたの過ごして来た長き時に……心からの敬意を」
「そうだ……それでいい。年寄りには敬意を払えよ……若造ってのは、何かと言うと無礼な癖に、危なっかしくていかん」
「確かにな……しかし、そんな年季の入った奴が初心者パーティなんぞで、何やってたんだ? まぁ、手伝いなのは解るが……冒険者稼業なんて、やりたいヤツに勝手にやらせとけばいいだろ。それでくたばっちまう奴はどうせ、それまでだったって事だからな」
「ごもっともではあるんだがな。世話になってる村の小僧が冒険者になるって言い出して、聞かなくてなぁ……。それこそ勝手にやれって言いたいところだが。馬鹿な兄貴に、妹の方まで感化されちまってな……。あの娘は俺が赤子の頃から子守りをしてたりで、なんと言うか……すっかり情が移っててな。最後のご奉仕ってことで、二人の見守り役に志願したんだ。まぁ、最初の仕事だから安全な地下水路のネズミ退治程度で楽に済ませようとしたんだが……間がわリィことに、とんだ騒ぎに巻き込まれちまった」
そう言って、老ナックルは細葉巻を咥えてマッチで火を付けると、美味そうに吹かして、ちらっとこっち見て俺に差し出す。
……一服付き合えってか?
「お、おう……いただくぜ」
ナックルになってタバコとか初めてなんだがな。
そもそも、ナックルはタバコの煙は嫌う……つか、鼻がいいんだよなぁ……。
地味に高性能だから、キツい匂いはたまらんものがある。
けど、これは試されてるな……ここで断ったら、つまらん奴だって言われて帰られそうだ。
火が点いたままのタバコ……細葉巻を咥えて、勢いよく息を吸い込む。
「ぐ、ぐふっ、がはっ……う、うめぇじゃねぇか……ごふっ」
めっちゃムセた。
人間だった頃は何気にヘビースモーカーだったんだが。
タバコも吸わねぇ健康体でいきなり葉巻はキツかったらしい。
しかも、超キツくね? 俺、ライトとかスーパーライトとか軽いのが好みなんだがね!
ああ、けど……この頭がくらくらする感じ懐かしいぜ。
もういっちょ……やっぱ、こりゃたまらんなぁ……やっぱ、タバコいいな。
今度、葉巻買ってこよ! 確か露天で売ってた!
「くっくっく、上出来だ……うん、お前さん、気に入ったぜ? 俺の名はダリオだ。で、何を聞きたい。アイツらに聞いてもどうせ、埒が明かねぇだろ? それに俺達が口を聞いてるのを人間に見られると、何かとめんどくせぇ……お前も気をつけな? 俺達はにゃーにゃー騒ぐだけって方が誰にとっても都合がいいんだ」
そう言って、ニヤリと笑うダリオ。
葉巻片手ってなんか渋いけど、こいつも猫だからなんかシュールな絵面だな。
「お、おうダリオか……俺の名はクロイノ、よろしくな。そうだな……会うヤツ、会うヤツ、俺が言葉をしゃべるたびに大騒ぎだよ。白ナックルって例外もいるんだから、いちいち騒ぐなって言いたいぜ」
俺も葉巻スパスパ。
狭い裏路地がたちまちヤニ臭い紫煙に包まれる。
いわゆる、タバコミニケーションってヤツだな。
職場の喫煙所やらで、毎日同じメンツと顔合わせてると、関係ない別部署のヤツと友達になれたりするし、上司や部下とも肩肘張らずに、仲良くなれたりするからな。
この不健康なちょいワルな趣味を共有してる感じ?
それが妙な仲間意識を生むんだよなぁ……。
「アイツらは、あくまで例外だからな。人間共はナックルと白ナックルは別の生き物だと思ってるらしい。実際は、あいつら生まれつき覚醒してるだけの話なんだがな。と言うか、そんな話を聞きたいわけじゃねぇだろ? そろそろ本題に入ろうぜ」
……そんななんだ。
要は、アマリリスとかは生まれつき、一歩リードしてるってことか。
なんかずりぃなぁ……。
「そうだな……直球で聞くが。政庁舎の地下かどっかに、女子供が監禁されてなかったか? お前らは、ワルツ派が占拠した政庁舎にいきなり飛び込んでったようなもんだ。そこで何かを見たんだろ? それが聞きたいことだったんだが……良ければ、話しちゃくれねぇかな」
直球で聞くと、ダリオもピクッと固まると、ゆっくりと葉巻を蒸す。
ちょっと迷ったようだけど、ボソボソと語りだす。
「ああ、見た……一応、口止めはされてたんだが、オメェは信用できそうだから、話してやるよ。俺らは地下水道のネズミ退治の仕事で三日くらい延々地下に潜ってたんだがな。行きは平穏無事だったんだが……。あそこは元々は城でな……地下に牢屋の跡があるんだが、俺らが戻ってきたら、そこに何人も人間の女子供がいて……ありゃ貴族だったな。俺らを見るなり、助けて欲しいとか騒いでてな。だが、俺らが要らぬ手出しするのは危険だと思ったんでな……ジルやアーニャには、何も見なかった事にさせたんだ」
若造連中の名前か? 小僧はジルで、三編み妹ちゃんはアーニャちゃんか。
んで、こいつはアーニャちゃんの子守係で心配すぎて付き添いと。
……イイやつじゃねぇか。
目の前で人質になってる奴らを見ておきながら、それを見捨てたことについては、責めるつもりは毛頭なかった。
勇気と無謀の違い、理想と現実ってもんをよく解ってて、その折り合いの付け方も解ってる証左だ。
俺はこいつを信頼していいと思い始めていた。
「……賢明な判断だな。それで妹ちゃんはあの有様か……。自分と同じくらいの年の子供が監禁されて助けを求められてるのに、見てみないふりとか確かにそりゃ酷な話だな。敵の兵力とかは解るか?」
「傭兵20人に、従騎士5人ってところだったな。すまねぇな……なにせ、俺達もギリギリだった。一歩間違ってたら、口封じに全員皆殺しだったろうからな。幸い俺が隠し持ってた金貨を賄賂としてくれてやって、何も見なかった事にするって約束したから、無事に解放されたんだがな」
「やるねぇ、さすがベテラン。ところで地下水道って言ってたが、それって政庁舎の地下以外にも入り口あるんだよな?」
ダリオの話だと、地下水道の出入り口から、その地下牢まで直行って感じだった。
そう言うことなら、別の入口から入れば、するっと地下牢まで、忍び込めるんじゃねぇか?
「そりゃ、あるにはあるが……まさか、おめぇ一人で行く気か?」
「俺は影潜りって、影の中に潜れる強烈な潜入スキルを持ってるんだ。どこだって忍び込めるぜ? 俺が一人で忍び込んで、人質は地下水道から逃がす……これなら、どうよ?」
見張りの一人、二人くらいなら、不意さえ打てれば、俺でも倒せるだろ。
例のスーパー猫キック……背後から忍び寄って、へばり付いてバコーンってやれば一撃必殺だぜ?
それにサビーネに、痺れ毒でも作ってもらっても良いな……別に相手を殺す必要なんてないからな。
毒で麻痺らせちまえば、殺すのと大差ねぇし、かすり傷でも負わせれば、勝負がつく。
「なんだそりゃ……? だが、覚醒種の中にはドえらいスキルを覚える奴も居るって言うからな」
「やっぱ、そんなもんなんだ……。まぁ、他に潜在解放みたいな技も使えるからな。俺ってナックルにしては、結構強いはずだぜ?」
「だろうな……グラドドドスに一矢報いた強者、テメェのことだろ? だが、一人で潜入して救出ってのはちょっと待て……いくらなんでも、それは無謀だ。地下水道はネズミ以外にもスライムだの、巨大ムカデだのモンスター共の巣窟だ。おまけに迷路みたいになってるから、お前一人じゃ迷子になるのが関の山だ。それにそんな女子供をゾロゾロと連れて……なんてやってたら、無事に逃げきれる保証は無いだろ」
うっ……そ、そっか、俺は簡単に忍び込めても、人質が居るんだよな。
主要なグラハム派の連中の人数から考えると、軽く10人か20人くらいは居そうな感じだし、全員非戦闘員となると、追撃されたら、俺一人じゃとても守りきれん。
それに地下水道なんてクロイノも行った記憶がないから、確かに別の入口なんて言っても、地図がないと道が解らん……。
地図があるとしたら、地下水路を管理してる政庁舎……思いっきり敵の占領下……こりゃ、どうしょうもねぇな。
うう、冷静に考えると問題だらけだぞ……どうしたもんか。




