第三十八話「タイトロープの果てに」②
「そうさなぁ……。こっちの要求はそんなに派手じゃねぇよ。まず、サンドアイランドの上陸調査への同意と、例の帝国でヤンチャした異端審問官共の行方調査団の受け入れ。後は前々から話してた帝国艦隊の聖国進駐の受け入れの同意とサバト達の帝国への立ち入りの無期限禁止……こんなとこかな? 姐さんはこの辺の要求を受け入れてくれたら、今回の件はまとめてチャラにするって言ってたぜ?」
まずは、交渉開始。
なお、交渉権は俺に丸投げられている……いいのかよ? そんなんで!
聖国艦隊が帝国主力艦隊よりも、一歩先に到着するってのは、すでに帝都の姐さんにも報告済みだった。
その上で聖国艦隊をどうするかを説明の上で、戦後処理に関しても俺らに任せてくれるって言質をもらったからな。
指揮権についても、要らん奴に引っ掻き回されるのはゴメンだったから、いっそ俺に全部任せろって言ったら、ほんとに指揮権寄越してくれた。
現場の艦長とか、隊長クラスの連中は、ナックルに仕切られるのかよ! って、なんとも複雑って感じだったが、姐さん直々に言われちまったら、連中も納得するしか無かった。
もっとも、姐さんも最初は難渋してたけど、俺らを聖国併合の戦争の引き金にするって意図がバレたって事もあって、俺の主張に納得はしてくれた。
まぁ、サバトの件と聖国の無法については、譲歩する代わりに、いくつか突っぱねられてた案件を受け入れさせる……そう言う条件で了解は得ている。
いくらなんでも、こんなん外交官の仕事だとは思うんだが。
俺に丸投げしたほうがいい結果になりそうだからって、一任してくれたんだから、さすがとしか言いようがかった。
ちなみに、異端審問官の行方調査ってのは、帝国で犯罪行為をやらかした奴らについては、帝国の法で裁くから引き渡せって言ってたんだが、聖国側で処刑したの一点張りだったんだよな。
帝国としては、処刑したとか言っときながら匿ってるとかなってたら、いい面の皮だからな。
だから、調査団を入国させて、本当に処刑したのか確かめる必要があったんだが、聖国は頑として反対してて、問題になってたんだよな。
まぁ、俺としてはサンドアイランドの上陸調査の件で、聖国が同意してくれなくて宙ぶらりんになってたのが気にはなってたからな。
そこは勝手ながら、姐さんに言って盛り込ませてもらった。
なお、一番ヤバいのは最後の帝国分艦隊の進駐の件なんだが。
相手に不利を悟らせた上で、チョロそうな条件にしれっと紛れ込ませたってのがミソだ。
でもまぁ、どれも基本的にはソコまで無茶は言ってない。
駐留艦隊の件も、実際聖国では航路警備の船の数が足りてないみたいだからな。
艦隊を送り込むっても半個艦隊程度で、向こうとしては拒めるような理由はないし、帝国としても聖国と帝国間の航路の安全に寄与するなら、その程度の戦力派遣安いものだと思ってるらしい。
いずれにせよ、帝国と聖国の風通しを良くする第一歩としては、なかなかに悪くない。
最悪武力併合まで視野に入れておきながら、こうやってすぐに戦略レベルで極端な方向修正をしれっとやってのけるとか、姐さんも大したもんだぜ。
「……ここで我らが全滅し、サバト殿も貴様らに奪われる。それを考えれば悪くない取り引きか……いいだろう。どのみち、無条件で全て受け入れねば、聖国に明日はない……そう言う事であろう? 相わかった……全艦に告げる……白旗を掲げよ! そうだ、この場は潔く降伏するのみだ……」
「あん? ここで無条件降伏とか、なんと言うか潔いな……」
「構わんよ……頭上を飛行戦艦を一撃で沈めるような化け物に押さえられて、それでどうにか出来ると思うほど、私も愚かではない。帝国の切り札か……恐れ入った。我々程度では戦ったところで意味がないのだろうな。正直なところ、戦って死ぬのがバカバカしくなるほどの相手ではある。となれば、さっさと降伏するのが賢明というものだろう?」
「お、おう……。そこまで評価されてるんだな……まぁ、うちのユリアちゃんは半端なく強いからな!」
「ああ、途方も無い相手……そう評価させてもらおう。だが、その上でそこまで譲歩の姿勢を見せられては、こちらも譲らねば、立つ瀬がないというものだ……。我々が降伏しても釣り合いは取れんと思うが、私も部下を道連れに死にたくないのでな……寛大な処置を期待する。それでは、全艦武装解除の上で一度空港に着艦させてもらおう……細かい話は後ほどということで構わないかな?」
そう言って、エルンストがなんとも清々しそうな顔で笑った。
なんつーか、イケメンは何やっても映えるな……クソッタレ!
それに……なんだ、コイツも上手い負け方ってもんを心得てるんじゃねぇか。
気に入った……こう言う色々と苦労してそうなヤツは嫌いにはなれん。
かくして、聖国との戦争は回避され、俺たちは、戦わずしての勝利をもぎ取った!
なんとも長い一日だったような気もするが……。
終わっちまえば、あっという間だった気もする。
まったく、やり遂げた感がハンパねーな!
「なるほどな。こう言う勝ち方もあるのだな……見直したぞ、クロイノ! 帝国軍諸君! 見たか! これぞ戦わずしての勝利た! 帝国万歳っ!」
敵艦隊の降伏宣言に帝国軍も沸き返る。
敵も味方も誰も死なずに、大勝利。
相手もきっちり、自分らの要求を通した上で誰も死なずに潔く降伏。
これって、最高の幕引きなんじゃねーかな?
どうよ? コイツはまさに奇跡のパーフェクトゲームだぜ!
イファタ・モル……どうせテメェの事だから、今も見てんだろ?
俺達の起こした奇跡……きっちりその目に焼き付けるんだなっ!
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「行っちゃいましたね……。でも、コレで良かったんですかね?」
夜が明けて、出立していく聖国第一艦隊の各艦艇。
俺たちは、サンドアイランドの空港でそれを見送っていた。
まぁ、エルンストって奴も話してみたら結構良いヤツだった。
ただまぁ、アリシュエルってヤツの信奉者みたいな感じで、キラキラした目でアリシュエル様のためなら死ねるとか言ってて、そこら辺はちょっとドン引きしたが。
もっとも、自分達が危ういところで命拾いしたって事はちゃんと解ってて、借りはそのうち返すとか言ってて、ちゃんと解ってるようではあった。
アリシュエルについても、姐さんから聞いてた話だと、虫も殺せぬお花畑の住民って感じだったんだが。
エルンストから伝え聞いた彼女の人物像は、まるで激情の革命家か何かのようで、まるで別人みたいだった。
何より、異端審問官への敵意が凄まじくって、話によると下っ端やら協力者に至るまで徹底的に弾圧して、殺しまくってたそうで、異端審問官と原理主義者みたいな奴らをほとんど皆殺しにしたらしい。
まぁ、それでも飽き足らなかったらしくて、次はその一族郎党も殺せとか言い出して、さすがにエルンスト達が口裏合わせて、関係者全員でスクラム組んで説得して、思いとどまらせたらしい。
……いくら自分が囚われて、拷問されたからってそこまでやるかって思うんだが。
ハンターナイツでも異端審問官共はクソオブクソって感じだったからなぁ……。
そこは……もうしょうがなかったんだろうな。
けど、それだけに総掛かりで暴走しそうになってたのを止めたエルンスト達は偉いと思う。
主君同然の奴を諌めて、思いとどまらせる。
簡単にできるようで、それが出来るやつってのは案外少ない。
会社なんかでもへっぽこな社長が黙ってればいいのに、鶴の一声で変なこと言い出して、微妙なことになるなんて話はよく聞くからな。
偉いヤツってのは、普段は聞き上手に徹して、皆が困ってから始めて口を出す……それくらいでいいんだって、例の俺の恩人でもある爺さん社長も言ってた。
ちなみに、アリシュエルの行方もエルンストから聞き出すことに成功していた。
なんと、彼女は聖国を不在にして、タレリアに留学中らしい。
どうもアリシュエル……異端審問官相手に荒ぶりすぎて、色々荒みまくってたみたいで、エルンスト達もしばらく国元から離して、その心の傷を癒やすべきとか思ったみたいでな。
しばらく、タレリアで留学と称したのんびり療養生活を送るってなったんだとか。
案の定、本人も疲れてたみたいで、周り中で色々言いくるめて、国外で静養ってなったらしい。
……なるほど。
なんともいい奴ら……その事は解るし、愛されてるってことも解った。
やり方には多分に問題はあったかもしれんが、アリシュエルは異端審問官と言う聖国のガンを撤去して、その上で少しでもいい国にしようとしたんだろうな。
そして、彼女を支える家臣達も。
彼女頼みだけじゃなく、自分達で彼女の理想を実現しようとしている。
姐さんは、聖国が何か妙な企てをしてるって、勘ぐってたけど、この様子だとそこまで無茶はしないと思うぞ。
ただ、アリシュエルがタレリアにいるなると……。
必然的にいずれ、俺たちと彼女の運命が交差する……そういうことでもあった。
「そうだな……。だが、コレで良かったんだと思うぞ。なんせ、次はラジエルとタレリアへ留学だからな。まったく……ここでサバトをどうにかしてたら、アリシュエルとの関係が致命的になってただろうからな」
「そうですね……ここはこれで正解だったんですかね。まさか、これを見越して?」
「ソレこそまさかだぜ? いくら俺でも未来は予想できても、見ることなんて出来ねぇよ。だが、終わってみたら、これしかないって位にはいい結果だったよな。なんせ、あのエルンストと仲良くなったおかげで、色々と面白い話を聞けたからな。そうなると……ちょっと俺も暗躍させてもらおうかな」
エルンストのヤツ……酒飲ませたら、やたらとご機嫌になって聞いても居ない聖国の情報をペラペラ話しだしたからな。
天井裏で聞き耳立ててたカザトの奴は、値千金の情報の宝庫だったとか大騒ぎしてたが。
誰も解ってなかった聖国の変質の原動力……それをアリシュエルと言う聖国の姫様が握ってるってのは、やっぱり驚きの情報だったよな。
どう言うことかよくわからんが、アリシュエルは神聖騎士を自由に解任したり、任命できる……そんな能力を持ってるらしい。
この辺は、エルンストがなんで神聖騎士になれたのかって聞いたら、あっさり話してくれた。
だが、なんだそれは? もはや、神に匹敵する力だよな……そんなの。
そんなマネが出来るやつなんて……。
ううっ……一応、心当たりはあるんだが……。
……とにかく、嫌な予感しかしねぇ。
そして、そんな彼女がタレリアに留学中ともなれば……。
なんと言うか、必然的にタレリアで何かが起こる……そう言うことだった。
となると、ここは裏方の暗躍の時間だよな。
「……暗躍ですか? あの……わたしにお手伝いできることはないですか? 出来れば、一緒に……」
「いや、ユリアちゃんはラジエルと留学の準備でもしててくれ。あまり言いたかないが、今のユリアちゃんは目立ちすぎてるからな。タレリアもよほどの大義名分がないと受け入れてなんてしてくれないだろうが、俺だけならダンテ達にでもくっついて行けば、あっさり忍び込めるからな。ちょっと軽く地ならし……ついでに、そのアリシュリアとも繋ぎを取ってくる……そんなところだな」
と言うか、この子……暗躍とか諜報とか、まるっきり向いてない。
ここは心を鬼にして、置いていくしかねぇよな。
「アリシュリアさんですか……。そうですね。エルンストさんの話だとそんなに悪い人には思えませんでしたからね……。でも、人が変わってしまうほどの拷問って、どんな酷いことをされたのでしょうね……」
まぁ……同情には値するんだよなぁ。
そんな異端審問官に囚われの身になって、無事に済んだ訳がない。
どんな目にあったかも、だいたい想像もつくんだが、ユリアちゃんには言うもんじゃないよな。
それこそ、憤慨してまた目が曇っちまうよ。
……異端審問官を殺しまくって、片っ端からさらし首にしたとかドン引きだけど、それくらいには恨みを持ってたって事だからな。
そして、そんなことをやってるうちに精神が疲弊して、ズタボロになっちまったんだろうな。
そんな傷ついた心と身体を癒やしてる……。
まぁ、そう言う事ならガードもユルそうだし、話し合いもできそうだからな。
ユリアちゃんはともかく、ラジエルも来るのに聖国の姫様が敵なのか味方なのか解らんって状況は避けたいからな……なら、ここは、俺の出番。
まぁ、そう言うことだった。
「とにかく、色々含めて、俺に任せときな……なぁに、俺のことなんて心配無用。違うか? なんせ、俺はただの黒ナックルじゃねぇからな!」
「はいっ! 本音を言うと心配ですけど……クロイノ様は絶対無敵! そして、例え敵とだって、解りあって、何故か仲良くなってしまう……今回の件で痛感しました。ホント、心の底から信頼してますよ……!」
まぁ、エルンストも俺のことをめちゃくちゃ気に入ってくれてたみたいだからな。
思わず、アツくなって、戦術談義とかしたりもしてたんだが、向こうも感心してたし、俺もこう言うシチェーションならどうする? とか、お題出し合ってめちゃくちゃ盛り上がっちまったんだよな。
つか、アイツ……まじで天才かよってくらいには、ぶっとんだ戦術眼の持ち主だった。
机上演習セット使って、艦隊戦の模擬演習とかもやったんだが、帝国の艦隊司令なんて、本職アドバイザー付けても、俺らの全戦全敗っ!
まったく、味方にしたら、頼もしいなんてもんじゃないし、敵にだけは回したくねぇって、思った。
もっとも、それを言ったら、それはお互い様だろうとか言われちまったがな!
「さて……野郎も行っちまったし、俺たちも次のステージに行くぜ?」
ユリアちゃんにぬいぐるみみたいに脇を抱えられながら、彼女の顔を見上げる。
ちょうど、日差しの逆光になって彼女の顔は見えなかったけど。
いつもどおりの笑顔で……。
「クロイノ君、おめでとう。ほんっとに長い道のりだったね……と言っても、君は覚えていなんだろうけどね。でも、この長き時の旅路でこの子は大きく成長したのよ……。引き続き、うちの子をよろしく、頼んだ!」
俺の知らない口調。
俺の知らない声色で……「彼女」はそう言った。
「ユ、ユリア……ちゃん?」
一瞬、風の音が止まった気がした。
沈黙。
俺も思わず、言葉を失う。
「あ、はい? なんですか……わたし、なにか言いました?」
何事もなかったかのように、ユリアちゃんがそう言った。
……今のはなんだったんだ?
いや、俺はその答えを知っているのに……何も思い出せなかった。
「さて、行きましょうか……君の往く道は遠く、果てしないけれど、共に歩く人がいるなら、きっと大丈夫! ……ですよね?」
懐かしい……向こうの世界の唄の歌詞。
なんで君が知ってるんだ?
……このたった一日で、俺はどれほどの時間を彼女と共に過ごしたんだ?
なにより、君は……一体何者なんだ?
いくつもの疑問を抱えながら、俺達は次のステージに進む……。
さて、クロイノ編も一旦終了。
次回からは、アリシュリア編です。
さーびす、さーびす! ぶいっ!




