第三十二話「聖女と愉快なフォロワー達」②
「にゃははっ! そう言うことですにゃー! 察しがよろしくて助かりますにゃ。せんだって、至高なる神の使徒たる貴女様にお仕えするよう神託がありましたので、ボクら一同これより、貴女様にお仕えすることをどうかお許しいただきたいですにゃー!」
小さい黒ナックルがそう言うと、その背後に並んだ同じ様に黒いナックル達が一斉にニャーニャー言って、ペコペコと頭を下げる。
なるほど、話が早いね。
まぁ、そうなると最初の命令は……ちょっと心苦しいんだけど。
このスプラッタな惨状の隠蔽……かなぁ。
天井にまで臓物の残骸やら血しぶきやらが飛び散ってて、エライことになってる。
鼻とかとっくに麻痺してるけど、匂いとかも多分凄まじいはず。
と言うか、今気づいたんだけど、肌にも返り血ベッタリで気持ち悪い……。
でも、ホントは……だね!
君、もふもふさせてって言いたーいっ!
何を隠そうこのわたし、前世から引き続き猫ちゃん大好きっ!
前世の日常は毎日が生き地獄だったけど、家で飼ってたヨシゾウ君とメリーちゃんと言う二匹の猫たちとの癒やしタイムは、まさにわたしの生き甲斐になってたんだ。
だから、猫ちゃん見ると、色々と理性が崩壊しそうになる……。
ああ……なんとなく、わたし本来の調子が戻ってきたよ。
と言うか、前世のわたしは典型的な陰キャ女子高生だったけど、アリシュエルって、わたしと違って快活で物怖じしない人懐っこい子だった。
なお、年齢14歳とわたしより、ちょっと若い。
でも、拷問三昧の毎日ですっかり精神がすり減り切って半ばぶっ壊れてて、その上、この世を恨んで死んでいった前世のわたしが混じり合ったせいで、もうメチャクチャ。
ひどく荒んだ気分になって、口調も突っ張った感じになってただんけど。
本来のアリシュエルは、こんな調子だったのだ。
と言うか、ネコ好きは前世のわたしとアリシュエルの共通項。
アリシュエルも猫大好きっ子でナックル達とも、路地裏でこっそり遊んでたりするような子だった。
水と油みたいな感じで微妙に上手く混ざり合ってなかったわたし達がこの一致で一気に混ざりあった。
今のわたしはまさにそんな感じ……そりゃ、テンション上がるでしょ。
たぶん、さっきまでは目のハイライト消えてたけど、今は戻ってきた感じ?
でも、それはそれ……とりあえず、使徒たるもの威厳を見せないといけない。
なにせ、わたしはかの至高なる神の代理人なのだから。
まぁ、少しくらい緩くなっても至高なる神はお許しくださるとは思うけどね。
でも、この子達の手前、出来る限り、かっこいい威厳ある使徒でいないと……がっかりさせちゃうかも。
なにより、これからわたしは、この国を浄化する使命があるのだから。
ゆるくなるのはまだ早いのだ……。
頑張れ! アリシュエル! もうちょっとだけ、キリッとしてなさい!
「許す……では、見ての通り、ちょっと派手にやりすぎたので、ここの全てをなかったことにしてください。ああ、その首は利用価値があるので、そのままでお願いします。でも、一応布にでも包んでもらおうかな……あまり見たくない顔なので……」
こいつの顔を見てると、おぞましいあの瞬間がフラッシュバックする。
よりにもよって、こんな奴に……。
あああっ! 本当は、スイカでも割るように叩き潰したい。
でも、グレゴリオは事実上、この国を牛耳ってたような立場にまでなっていた。
だからこそ、その死にはそれなりの意味がないといけない。
死んだ後も徹底的に使い潰す……ホントは目玉くり抜いて、脳みそ全部引きずり出して、さらし首にしたいくらいなんだけどね。
あああああっ! ホント、こいつ……魂すら滅したいよっ!
「御意ですにゃっ! それでは……我が眷属達よ、いでよっ! 我らが至高なる神の使徒様よりの勅命である。この場の全てをなかったことにせよとの仰せだ……可及的速やかに執り行うのだ! かかれっ!」
黒ナックルの言葉に答えるように部屋の片隅の影から、ぞろぞろと掃除用具やズタ袋を持った大きな猫達が出てくると手際よく、後始末を始めてくれる。
良く解らないけど、影をワープゲートにでもしてるのか、或いは随分前から影に潜んでて出待ちしてたか。
ホント、嫌になるほど準備がいいね。
こんな自在に忍び込めるなら、もっと早く……なんなら、助けに来てくれたって……って思うんだけど。
まぁ、それはちょっと言えないかな。
「……確かにこれはなかなか、派手にやりましたにゃー。それにしても、随分な思いをしたようで……。ボクらも神命が降らぬうちに勝手に動くわけには参らず、御身をお助けすることも叶わず……たいへん、申し訳ありませんでしたにゃー」
ああ……なるほど。
この子達も気にはしてたんだね。
多分、私が地獄の責め苦を味あわされてる時から、こうなることは予定されてたんだろうし……。
けど、私が死ぬまで手出しがなかった事は納得できるし、理解もしている。
「それはいいのですよ。あれは我が神がわたしに課した試練……わたしが使徒として目覚めるためには、一度死の淵を垣間見る必要があったのですよ。と言うか、もしかしてナックルさん達って……皆、そう言うことなんですかね」
チラッと拷問部屋を見渡すと、もう数十匹にまで膨れ上がったナックルでいっぱいだった。
悪臭に満ち血肉にまみれた空間を嫌な顔ひとつせずに、丁寧に綺麗にしてくれている。
けど、この子たち……ナックルと言ってもいわゆる通常種……トラ模様や白茶、キジ模様と言った猫ちゃんでお馴染みの模様の子たちもいっぱい居る。
要するに、そのへんを当たり前のように闊歩してるごく普通のナックル達。
その誰もが眩しいものでも見つめるように、わたしに視線を送っては、慌てて自らの仕事に没頭している。
なんと言うか……神の使いでも見るかのような……そんな感じだった。
ああ、でも確かにこのナックル達の享楽的な気質。
考えてみれば、至高なる神に通じるものがあるような……。
「お察しかも知れませんが、我らナックルは押し並べて至高なる神の眷属のようなものなのですよ。ボクのように明確に至高なる神の声を聞ける者……審神者は滅多にいませんが、ボクたちナックル族はかの至高なる神により、地上世界の住民となるべく生み出され、過酷な地上でほそぼそと暮らしていたのですが。ある日神命が下り、この天空に住まう人々の助勢となるべくして、人の隣にいることを選んだ。その認識で大体あってますね……まぁ、実際のところ、人間のそばって、地上と比べたら、全然住心地良かったですから、ボクらはなるべく楽をしたいから、そうした。まぁ、ボクらってのはそう言う種族なんですにゃ!」
……誰も知らないであろう衝撃の事実。
けど、わたしはそれをすんなり受け入れられる。
ナックルが至高なる神の眷属と言う事実も……確かに、あのお方……猫っぽい。
いや、そうじゃなくてさ。
なるほど、あの御方の壮大なる計画の一環を垣間見たような気がするね。
千年も前に捨てられ、毒の瘴気に覆い尽くされ、死の世界と言われるようになった地上世界。
帝国はそんな地獄のような世界に帰還しようとして、手酷い損害を被ったようだけど。
聖国もまた、いずれ地上を目指す事を国是としており、その日のために全国民一丸となって邁進する……それこそが本来、この国に限らず三大国に共通した思い……そのはずだったのだ。
なるほど、地上世界出身の彼らナックルを人の隣人として扱い共に歩み、地上を目指す。
帝国はちょっと時期尚早だったって、だけで根本的には間違っていなかったし、それを真似た聖国も間違っていなかった訳だ。
そして、このナックルの助勢こそ、至高なる神の人々への力添えだった。
実際、彼らの存在は帝国に革命をもたらし、傾きつつあった聖国に救いをもたらした。
改めて思う……至高なる神はやはり至高なる神だった。
……反面、ナックルの助勢を拒んだタレリアは酷いことになってるみたいだけど、そんなの至高なる神様だって面倒見きれないと思うよ?
そうなるとやはり、変わりゆく事を潔しとしない者達。
抵抗勢力は消すべきだろう。
聖国をタレリアみたいにしないためにも、それは可及的速やかに執り行うべきだろう。
そうなると……ここは手っ取り早く、父上に協力者になって頂く必要がある。
そして、このわたしが自ら大鉈を振るって回ろう。
粛清者としての憎悪も反感も全て、わたしが受け止め飲み込んでしまえばいい。
わたしだって、勉強熱心だったアリシュエルのおかげで、この国に限らず各国の情勢とかは理解してる。
この世界の人類は、立ち止まったり、逆走していられるような余裕なんて無い。
残された時間なんて、もうあと数十年とかそんなものだと思う。
わたしが為すべきことは決まった。
「解りました。これよりわたしは、聖国の大掃除を始めたいと思っています。そして、いずれこの世界を救ってみせます……それこそが、至高なる神がこのわたしに与えた使命なのです……」
「なるほど、結構な話ですにゃ。ボクらも当然、ご助力させていただきますにゃー」
軽いんだけど、その言葉は頼もしかった。
「ありがとう……そう言えば君のお名前は?」
「はい、我が名はサバトと申します。実を言うと元々は、兄のサガトと共に今は亡き、先代の帝国皇帝陛下にお仕えしておりましたが、神託により随分前から、この聖国に潜入し、同志を増やしつつ、この日が来ることを待ち望んでおりました」
「ふーん、サバト君かぁ……。うん、君は信頼できそうだ……だから、わたしも喋り方ちょっと変えるね。ふふっ、よろしくね……あ、毛皮触っていいかな?」
もういいや。
緩く楽しく……ですよね? 神様。
って、おおっ! なに、このすべすべふわふわな毛並みはっ!
例えるなら、シルクのような。
そう……新品の高級タオルのようなすべすべでいて、ふわふわな……。
思わず顔をうずめたいという衝動に駆られるくらいのもふもふ感!
「ああっ! もう我慢できなーいっ!」
そう言って、サバト君を抱きかかえる。
お尻を支えて、頭を肩に乗せてあげて、頬ずり、頬ずり……ふふん、元猫飼いだから、猫ちゃんの扱いに自信ネキってヤツですよ。
「おおっ! まさか、このような扱い……我、光栄でございますにゃー!」
サバト君……ボクっ子の割に厳格な子かと思ってたら、やっぱり緩かった。
なお、しっぽピーン! これはもうたまらんを意味するのだよ。




