第三十二話「聖女と愉快なフォロワー達」①
「……ナ、ナックル? な、何故ここに! こ、これを見られたからには……」
もうアワアワ。
だって、想定外もいいところ。
こいつらが何者かはひと目で分かる。
ナックル……。
帝国から入り込んだ猫型のモンスター種族だった。
帝国はこのナックル達を国民同様に扱うことで、人口チートみたいになって、ほんの10年足らずで三大国で最も強大な国力を持つに至った。
もっとも、我が聖国も臆面もなく帝国のマネをすることで、衰えつつあった国力を補強するつもりで帝国からのナックル移民を受け入れた。
当初はいわば、体の良い奴隷階級を手に入れたつもりでいたのだけど。
ナックルは見た目通り猫そのままの気質で、人間の命令とかまるで聞かず、衣食住や賃金と言う報酬と引き換えに労働や奉仕をしてくれる……そんな存在だった。
無償での強制労働とかやらせようとした所で、揃って逃げ出したり、中には飼い主を殺害するケースすらあった。
要するに、聖国上層部が思っていたようなヌルい連中じゃなかった……。
慌てて、こんな奴ら要らないと帝国につっかえそうとはしたみたいなんだけど、その時点ですでに手遅れだった……。
ほんの数年程度の間に、国中にあちこちから脱走したナックル達が勝手に独自の村を作ったり、街中にコロニーが出現して、勝手に商売を始めるやら、徒党を組んで商人を襲撃するなどあっという間にコントロール不能の状態になってしまった。
もっとも、最近は帝国からの助言を受け入れ、二級市民扱いながら市民権を与え、相応の報酬も与えるようにした結果。
帝国ほどとは行かないまでも、劇的に景気が良くなって、ナックル達も大人しくなって、どん底の共産主義国家のような状態だった聖国の経済がまともにまわるようになったのだった。
なにせ、ナックルにお金を与えれば、物を買う側、消費者になるのだから。
そして、彼らは宵越しの銭は持たないとばかりに、お金があればあるだけ派手に使うと言う刹那的な消費者でもあった。
要するに、ナックルにじゃぶじゃぶお金を回せば、市中にもお金が回るようになる。
お金が回るようになれば、経済は活性化して景気も良くなる。
言ってみれば、当たり前の結果であり、それもまた帝国でとっくに実証されていた。
もっとも、それまで厳格に統制された宗教国家……要するにある種の社会主義国家でもあった聖国は……そんな享楽的な気質のナックルたちを受け入れたことで急速に変質していった。
なにせ、ナックル達は神に祈らない。
刹那的で今日が楽しければ、明日のことは知らない……そんな姿勢は確実に一般市民にも伝染して、この聖国を支えてきた宗教の権威というものが薄れ、清貧を潔しとする共産主義の出来損ないのような統制経済もあっさり崩壊して、ごく普通の資本主義国家のようになりつつあった。
帝国もかつては足りないものは他所から奪えと言う、蛮族じみた拡大主義一点張りの軍事国家だったのだけど、ナックルを国民化した途端、一気にユルくなった。
未だに三大国最強の軍事力を誇るものの、それをむやみに他国に振るうことも無くなり、ひたすらに自国の繁栄に専念する……言ってみれば、普通の超大国になった。
そう、超大国なのだ……軍事力も国力もあっちはうちの倍は行ってる。
科学力も聞いた話をわたしの知識と照らし合わせた限りだと、蒸気機関車や飛行船が空を飛ぶ……まさに産業革命真っ只中と言った調子で、おそらく20世紀初頭相当まで進歩してる。
反面、我が国は軽く数百年は遅れてる……おそらく、十七世紀とかその程度。
名ばかり大国でバリバリ中世暗黒時代真っ只中のタレリア辺りと比較したら、5倍だか10倍くらいの差がある正真正銘、人類最強の大帝国だった。
なにせ、曲りなりにもアリシュエルは、この国のトップ、教皇猊下の実の娘ですから。
そう言う政治経済や国外の話は結構詳しかった。
そのくせ、帝国ときたら続々とナックルたちや自国民の移民希望者を送り込んできたり、せっせと自国製の飛行船や石炭やらを格安で売り込んできたり、虎の子のはずの蒸気機関すら便利だから使ってみてくれと、売り込んでくる始末。
領有権問題で長年揉めていたサンドアイランドの統治権も、なら仲良く半分にすればいいと言うことで、両国共同統治と言うことで落ち着いた。
元々、中継港として重要な位置にある以外、砂しか無くて利用価値なんてない島だったから、共同管理という事なら、誰も損はしない。
どちらかの統治下に置くから、ギスギスするのであって、仲良くはんぶんこするなら、なんの問題はない。
そんな思い切ったことをさも当たり前のように提案してきたのだから、もう訳が解らないと誰もが思った。
他にもいくつか聖国寄りの帝国が実効支配する浮遊島もあったのに、どれも揉め事のもとだからとスパッと無償返還までやってのけた。
その変質には、先代皇帝の尽力もあったようなのだけど、以前ならば、こんな事あり得なかった。
未だにあちこちで、帝国とは貿易摩擦とかナックル絡みの騒ぎだの、色々と問題は起こっているなのだけど、譲れる所は譲ってくれるし、お金の力で解決できる事は、札束で黙らせにかかってくる……もう万事が万事そんな調子になってしまった。
もはや、かつての粗暴な軍事大国の面影もなく、まるで調子のいい商人のような国……。
そんな事を言うものも居るくらいだけど、あながち否定できない。
最初は誰もが困惑していたのだけど、聖国にも相応の恩恵があったので、最近では帝国は気のいい隣人……そんな風に評されるようになった。
結果的に、聖国も帝国同様に、緩やかに変質しつつあったのだけど……。
そんな流れに抵抗するように台頭してきたのがメルキュリオス原理主義者と呼ばれる狂信者達だった。
異端審問官達は、その最たるものに過ぎない。
言ってみれば、このわたしもその変質の煽りを受けたようなものではあるのだけど。
それはまぁ……しょうがない。
聖力をこれっぽっちも扱えない教皇の娘など、後継者としても割とどうしょうもない。
本来なら、どこか辺境の神殿にでも預けられて、始めから居なかったことにされても文句は言えなかった。
異端呼ばわりは、半ば言いがかりのようなものではあったのだけど、いつのまにか異端審問官には誰も逆らえなくなっていたのだから、それも致し方ない。
そして、この国の良識とも言えた父上の失脚……グレゴリオ新教皇の誕生。
そんな事になっていたら、聖国の命運は、本来ならば終わっていたようなものだったのだけど。
そうは問屋が卸さなかった!
このわたし、アリシュエル覚醒……まさに大逆転ッ!
グレゴリオの野望は潰えて、残ったのは生首だけ。
そのトップが異端として公式に裁かれたとなれば、如何に異端審問官達でももうどうしょうもないだろう。
いずれにせよ、異端審問官共は徹底的に潰すつもりだった。
アレだけ酷いことをされたのだ……奴らがのうのうと生き延びてるとか、わたしの気がすまない。
この部屋にいた異端審問官の中枢メンバーは、この場でわたしが皆殺しにしたし、神都にまだ残っている奴らも生かしておくつもりはサラサラ無い。
それにしても、実に都合よく中枢メンバーが一同に集まってくれていたものだと感心する。
どうやらわたしは本来なら、拷問中に異端であることを自白して、自ら処刑するように嘆願する……そんなシナリオだったようで、わたしの最期の言葉を耳にした上で、わたしの首を掲げて教皇を引きずり下ろす……要するにクーデター決起集会も兼ねてたようで、ご丁寧に幹部たちがまとめて集合していたのだ。
だからまぁ、実のところ、残っているのは枝葉程度の雑魚ばかりではあるんだけど。
雑魚だからって、許すつもりはない。
生き残った奴らは、ひとりひとり、追い詰めて生きてることを後悔させながら、念入りに殺すつもりだった。
他の州都の分室や帝国やタレリアに派遣してる連中やらも始末するとなるとなかなか面倒ではあるのだけど……まぁ、それもおいおいやる。
名目上は、未だに父上がこの国の最高権力者なのだ……。
諸外国、帝国やタレリアは、そう言う認識であり、わたしも外国に出れば、お姫様扱い。
国内で異端扱いされた以上、対外的には居なかった事にされてそうだけど。
わたしは、生き延びてここにいる。
おまけに、おそらくこの世界でも向かうところ敵なしの至高なる神の加護と、神聖騎士の管理者権限なんてものまで手に入れた。
そう、神の権威は我が手にありなのだ……。
仮初とは言え、聖力もばっちり使える。
こんなの聖国の支配者でなくて、なんだっての。
でも、国を支配とか統治とか考えただけでも面倒くさい。
そう言うのは、お父様や官僚に丸投げ……それでいいよね?
つまり、なんの問題もない。
いずれにせよ、今日から異端審問官はわたし一人。
神の意に沿うものかどうかの審判はこのわたしが下す。
なお、異端審問官は全員異端で、全員死刑決定。
どうせ、あいつらは、皆の嫌われ者だったのだから、まとめて粛清した所でどこからも文句は出まい。
もっとも、グレゴリオは神聖騎士の筆頭でもあったから、神聖騎士達がガタガタ騒ぐかも知れないけど。
わたしに逆らうようなやつは全員加護ボッシュートで粛清でよろしい。
身勝手な事ばかり言って、お父様を困らせてばかりだった枢機卿達もまとめて粛清して、教皇たる父上に権力を取り戻させるのだ。
何もできない無能ものと呼ばれていたこのわたしだけど。
この際、聖女とか名乗ってもいいかも知れない。
実際、至高なる神の使徒なんだから、それくらい名乗る資格は十分あると思う。
どうやら、わたし始まったかもしれない。
『元いじめられっ子のわたし、転生したら至高神の聖女になりましたので、とりあえず世直し始めます』
こんな感じのタイトルとかどうかな?
ああ、いけない、いけない。
驕れる者久しからず。
うん、これはわたしの座右の銘にしよう。
そして、人生楽しく、世の中楽しく。
これはいわば神命なのだから、堂々と主張するとしよう。
「あ、あのー。使徒様? 随分と長考気味のようですが、驚かせてしまいましたかにゃ?」
それはともかく、色々考え込んでしまったけど。
そうだよっ! 当面の問題はこのナックル達。
なんか、リーダーっぽい一回り小さいの黒ナックルが揉み手とかしながら、下から覗き込んでる。
ううっ! ……こ、こいつ、どうしよう。
完全に見られてはいけないものを見られてしまった。
確かにこの大神殿にも何匹か入り込んでいるのは知っていたけど、言葉を話すものを見たのはわたしも初めてだった。
それになんなの? 唐突にこの影から湧き出した能力は……。
そんな話聞いたこと無いよ! 気配なんて無かったのに、本気で突然ここに湧いてきたよ……コイツ!
こんなのどうやっても、侵入されるのを防げない。
コイツらが本気になったら、暗殺とかも余裕だろうし、24時間どこにいたって、安心できないってことだ。
ヤバいな……出来れば、敵に回すとかは無しにしたい。
幸い敵意とかは無いように見えるけど……。
でも、この惨状を見れば、何が起きたのか嫌でも解ってるだろう。
果たしてどうしたものか……。
「ええとですねっ! 使徒様、使徒様っ! どうか警戒しないでくださいな。ボクらは至高なる神の下僕……といえばそれで解りますかね? にゃ? にゃにゃにゃー?」
その言葉で一瞬で警戒心が霧散する。
なんだ、至高なる神の下僕って、要するにわたしの味方って事じゃないの。
と言うか、なんかわたしの能力……影を無理やり動かすってのに通じるものがあるとは思ったんだけど……。
やっぱり、そう言うことだったんだ。
「至高なる神の下僕……なるほど、そう言うことですか」
思わずにぱーと笑顔になってしまう。
……さすが、至高なる神。
確かにフォロワーを付けてくれるとは言ってたけど……どうやら、彼らがそのフォロワーということらしい。
この子たちの能力のヤバさはわたしでも解る。
けど、味方ってことならめちゃくちゃ頼もしい。
ありがたや、ありがたや。




