第三話「冒険者達」②
「と言うか……君、流暢にコモンワーズ話してるけど。黒ナックルで話が出来るなんて珍しいし、行きで一緒になった時も喋ってなかったよね?」
またかよ……。
……ナックルってのは、器用な生き物で知性も高いから、人語は解すし、文字とかも読み書き出来るのも多い。
しゃべれないのは、単に声帯構造の問題らしく、ナックルも訓練次第で人語を話せるようになるんだけど、割と片言。
例えば、「おはよう」が「うにゃおー」ってなるとかそんな調子。
これが言葉と言えるかは、ちょっと微妙だけど。
慣れると結構通じるとかなんとか。
それに、筆談とかジェスチャーとかもあるから、ナックルと人のコミュニケーション自体は、結構なんとかなるもんらしい。
白ナックルは、はっきり言って別格で、どうも魔法で空気を振動させて人語を発声してるらしい。
確かに、アマリリスも口動かさずにペラペラと流暢に話してた。
なお、本人達は割と無自覚でやってるから、理屈もよく解ってない。
ホントに、ナックルと同一種なのか? なんて議論が起きてるくらいには別格……白ナックルすげぇ。
まぁ、いずれにせよ珍しいと言ってもそこまでレアじゃないと思う……。
敢えて言えば、意思の疎通が楽になるから、重宝されるとか、そんなもんじゃないかなぁ……。
「うん、良く解らんけど。元々俺達ナックルって、コモンワーズも理解してたからな。頭打ったら、急にしゃべれるようになった……ってのじゃ納得行かないかい?」
「現にお話してるものねぇ……うん、とりあえず納得しておくね。けど、頭打ったのなら診ようか? 頭強く打つと後になって突然倒れたりとかするから、甘く見ちゃ駄目よ?」
ああ、うん。
そんなもんらしいからなぁ……たんこぶ程度だから、平気平気ーって言ってたら、突然死んだとかな。
ホント、ナスルさんって優しいなぁ……美人さんだし、おっぱい大きいし。
こう言う人って、俺タイプよ? マジ天使!
「大丈夫、大丈夫! 一応、アマリリスに見てもらってるし! つか、腹減ったぜ! 何か食わねぇか? どのみち、今夜はここで野営する予定だったんだろ?」
実際、ダンテと取り残されてた日雇い料理人がすでに鍋囲んで何やら煮込んでる。
ガハハと笑ってたり、全然深刻そうな雰囲気じゃない。
まぁ、ダンテ達も再突入とか言ってたけど……。
実際はそこまでせずに、明日くらいまでここで様子見て、誰も戻らなかったら取り残されてた連中を連れて、街に帰るつもりだったんだろうな。
一晩も待てば、義理としちゃ十分だし、非戦闘員や怪我人を保護して戻れば、それはそれで称賛されるには十分と言えるだろう。
なんだかんだで、よく考えてんだよなぁ……感心するぜ。
怪我人の応急処置もあらかた終わってるみたいだし、この近辺やダンジョンのモンスター共はあらかた狩り尽くしてるから、夜間行軍とか自殺行為みたいな真似をするくらいなら、潔くこの場で野営が無難……この判断も正解。
なんとなく、急いで帰ったほうがいい気もするんだが、この世界の夜道なんて碌なもんじゃない。
照明ってもランタンくらいだから、足元すらままならん。
暗い夜道を無理に進んだ所で、馬車も馬も潰れて、立ち往生ってのが関の山。
そう言うのも考えて、ダンテ達は、ワルツ達に便乗して逃げ帰るんじゃなくて、一旦ここに留まると言う決断を下したんだろうな。
……このなんだかんだで、一番無難な選択肢を選ぶってのは、ある意味凄い。
経験の差ってもんがよく解る。
俺、ちょっとダンテのおっさん、尊敬するわ。
「……そ、そうだな。本来は夜が明けてから、再突入パーティを編成してだな……」
「うん、そう言うことにしといてやるから、それはもういいよ……アンタは別に悪くない。まさにベターな選択ってヤツだ。まぁ、せっかくだから、ここはひとつ仲良くしよーぜ?」
そう言って、ニヤッと笑うと向こうも苦笑しつつも、ニヤッと笑う。
こう言う正直なやつは嫌いじゃないぜ?
「そういや、アンタは領主様の子飼のナックルだったな。んじゃま、今後も是非ご贔屓にってことで……よろしくな!」
猫の手だけど、ダンテとガッツリ握手を交わす。
全く思わぬ拾い物だ……苦しい時こそ、使えるやつが頭角を現すってのもまた事実だからな。
まさに、今後ともヨロシクってヤツだ。
「……するってぇと、クロイノ……お前ら、あのグラドドドスをひっくり返して、そのままほったらかして、逃げてきたってのか?」
「そーそー! サビーネの作った毒、思いっきり傷口にネジ込んでやったら、めっちゃ効いたらしくてな! 二本足で立ってそのまま後ろにひっくり返っちまったんだ! 見せたかったぜー!」
それから、元気そうな連中を集めての晩餐。
怪我人が大半なんだが、普通に動けて飯も食えるやつは結構居た。
そう言う奴らでも野営中の見張りだの、撤収準備だの仕事はいくらでもある。
何より、モンスター共が襲撃してきたら、頭数が重要だからな……野営するならなるべく大勢でってのは、基本中の基本だ。
御主人様の敗退……負け戦で皆落ち込んでて、お通夜状態だったから、敢えて俺の武勇伝を語ってるところだったんだが。
ちっぽけなナックルがグラドドドスなんて、超巨大なモンスターを文字通りひっくり返した……なんて、割と景気のいい話のせいか、皆の目に明るさが戻ってきてる。
「そりゃいいな! 同じ逃げ帰ってきたにしても、お前らは大将を脱出させて、おまけにあの亀野郎に一矢報いてきたってのか! そいつは痛快だ……しっかし、ひっくり返ると起き上がれないとか、案外マヌケな野郎なんだな! はっはっは!」
ダンテが大げさに腹を抱えて笑うと、他の連中に伝染する。
「なぁに、あんなのデカいだけだよ。いっそ落とし穴とか掘って、埋めちまうのも手なんじゃねーのかな。もしくは……そうだな。確か水場っぽいのがあっただろ? あそこに毒やらウンコやらをボンボン投げ込んで汚染してやるとか、川から水路でも掘って入り口から水流し込んでやるって手も悪くないかもな。手段さえ選ばなきゃ、ダンジョンをぶっ潰す方法なんて、いくらでもあるんだぜ?」
もっとも、そう言うド汚い手でダンジョン潰すと、今度は神殿の方々が黙っちゃいないからなぁ。
バケモノ共を殺すのに、クリーンなやり方にこだわるとか意味が判らんのだけど。
ダンジョンの出現は、神が与えた試練だから、卑劣な手段で破壊すると神罰が下るんだとか。
俺はとっても眉唾だよなーって思ってるんだが。
神殿は、俺達にとっても有力な支援者だから、あまり機嫌を損なっちゃいけない。
何よりも、狩猟神イーファサークの加護を失うような卑劣な真似は、狩猟騎士にとってはご法度だからな。
ただまぁ、狩猟騎士に楽をさせるためにこそーっと毒を盛っとくとかは、ノーカンだったりするから、そこら辺は臨機応変にってヤツだ。
どうせ勝つんだったら、楽勝で余裕ってのが理想だろ?
「なるほどなぁ……。つか、お前……呆れるほど、酷いやり口ばっかり思いつくんだな。けど、グラドドドスがひっくり返ると動けなくなるってのは初耳だったな……。もしかして、このままほっとけば、干からびて死んだりしねぇかな?」
「さすがに、死ぬまであのままってことはないだろう。亀だって、ほっときゃ自力で起き上がるからな。ただ相当消耗しただろうから、今が攻めどきじゃあるんだが……俺らだけじゃ、これ以上は無理そうだからな。もっとも、しばらくはグラドドドスも大人しくしているしか無いだろうから、時間稼ぎは出来たと思いたいな」
「そうだな……残念だが、ここは潔く撤収あるのみだと思うぞ。死人が出なかっただけ、まだ良かった。だが、巨大魔獣に一矢報いたのは確実だ……まったく、ナックルってのも侮れんな。けど、傷口に毒を塗り込むって、そりゃまたヒデェ話だな。サビーネ、お前……どれだけ凶悪な毒を仕込んだんだ?」
サビーネが両手の指を広げて、苦しそうに倒れるようなジェスチャーをする。
10人は軽く殺せるくらいの猛毒だって言いたいらしい。
サビーネの様子から、それを悟った奴らが一斉に青ざめる。
「やべぇな……。それ間違っても俺達に使うなよ? しかしまぁ、クロイノもよくやるなぁ……あのクソガメの背中に飛び乗ろうなんて……俺だと多分軽く死ぬな」
「なぁに、弱者には弱者なりの戦い方ってもんがあるんだよ……クックック! なんなら、色々教えてやろうか?」
この世界では、巨大モンスターには狩猟騎士でないと対抗できないって言われてるけど。
俺はやり方次第では、俺達ナックルでも勝てるんじゃないかって気がする。
と言うか、狩猟騎士頼みって状況をなんとかしたいもんだよなぁ。
このままだと、狩猟騎士の御主人様にばかり負担が集中しちまうよ。
毒もあんな現場で適当に作ったものじゃなくて、蒸留精製とかすればもっと凶悪な代物になるだろうし、爆発物とかもあるみたいだからな。
この世界の技術力も、飛行船が空を飛ぶとかその程度には進んでるからな。
地雷とか銃砲火器みたいなのも作ろうと思えば作れると思う。
狩猟騎士は、女神の加護の関係であくまで正々堂々と戦わないといけないけど。
俺達外野は、別にそう言うの関係ない。
ド汚い手段や卑怯な真似もどんどん使って、弱体化させたり、あわよくば倒してしまう。
俺の知識を上手く使えば、そんな今まで絵空事とされてた事も不可能じゃないと思う。
つか、こんなファンタジー世界で現代人の知識を持ってるって時点で、色々とチート成り上がりの予感ってヤツじゃん……これは、ちょっと色々と妄想が捗るぜ。




