65.サファイアの過去
これは、ある少女の話。そう。ある魔族の悲劇の話。
サファイアは村の片隅にぽつりと住む一家の一人娘だった。
村の中にあるとはいえ、独立をしており、畑に、牛や豚、鶏などの家畜もいた。
父は元気で毎日家の周りを走っていて、母はとても綺麗な人だった。
そんな順風満帆な生活をしていた時、悲劇が起こった。
それはまるで、幸せな生活を誰かが憎んでいるようだった。
そう。あれは、雲一つ無い、よく晴れた日の事だった。
いつもと同じように、朝起きて、父は走りに、母は朝食を作っていた時の事だった。
突然、村の方からモンスターが襲って来た。
元気があるとはいえ、モンスターと戦った事の無い父は呆気なく殺され、母は自らを囮りにして殺された。
それは、突然の事ですぐに終わった。
残ったのは、誰もいない家。そして、生き残った私。
何度も死のうと思った。だけど、死ななかった。父と母が残してくれた命を、簡単には諦められなかったからだ。
「ううぅ、どう、して……どうして、かみさまは、私を傷つけるの……?」
私は泣いた。その頃からだろうか。私の喋り方が流暢では無くなったのは。周りを警戒して人見知りになったのは。
そんなある日。誰かが家を訪ねた。
筋肉質の中年の男性だった。
その男は突然家にやって来て、突然こう言った。
「今日から私の事はパパと呼びなさい」
私はその男に引っ張られるようにして連れて行かれた。
私は何故か引っ張る手を拒む事が出来なかった。
何故なら、その男からは母のような暖かさを感じたからだ。
私はその男に知らない土地に連れて行かれ、何故か良く扱ってくれた。
ご飯も求めればくれるし、本を読んで欲しいと言うと私の近くで読んでくれた。
私はいつしか、その男に親近感が湧くようになった。
そして、気付いた。男はーーパパはずっと私に寄り添っていてくれた。そう。まるで母親のように。
そうして、私とパパの間には親子のような関係が出来た。
しかし、最近になってパパの様子がおかしくなった。
何かをぶつぶつと呟くようになった。まるで、操り人形のように。
その日からパパは私に寄り添ってくれなくなった。本も読んでくれなくなり、何より、私と話さなくなった。すれ違っても、他人のように通り過ぎ、声を掛けても、無視をされた。
だけど、私は気付いていた。パパは苦しんでいる、と。
毎晩、泣くようにして呻くのだ。私の名前を連呼しながら。
そして決心した。ーー私がパパを助けようーーそう。私がパパに助けられたように。
しかし、それは容易な事では無かった。私が魔王の娘とはいえ、四天王という存在がいる限り、あまり下手には動かなかった。
そんな時、朗報が届いた。私のお付きの十魔族から、私と同じ考えを持つ人間が現れたと。
私はすぐに会いに行きたかったが、魔界と人界の境界を領地とするエンガがそれの邪魔をした。
そして、私が待ちくたびれる事2ヶ月近くが経った頃。
エンガが失脚したと聞かされた。私はすぐに行動に移した。
アンガの領地を3分の1にまで追いやり、人界へ行きやすくしたのだ。
こうして、私は優夜という人間に出会った。
しかし、その頃の私は既に考えが変わっていた。軍に嫌でも入れさせられる魔族の人々。失われていく幸せ。
それを見ているとだんだん苦しくなってきたのだ。
そして、「パパを殺そう。でないと、みんなが苦しむ」苦渋の決断だった。
しかし、私の決断は呆気なく敗れた。本当に、呆気なく散って行った。それも、優夜という人間の言葉によって。
「俺なら、君の親を救える」
その言葉によって私の、魔王の娘、サファイアの思考は停止した。
やっと。助けられる。また、本を読んでもらえる。そう思った瞬間、頬に一滴の水が流れ、また一滴と流れ、いつしか洪水となっていた。
泣いたのはいつぶりだろう。
……ああ。あの時、パパに拾われた時以来か。
ありがとう、優夜……。
◇
時は優夜がサファイアと出会ってから一時間後。
優夜は宿のベッドで横になっていた。
……はあ。なんか雰囲気であんな事言っちゃったけど、今の俺ならって、今の俺でも無理だろぉ。魔王を救うとか……。
優夜は自分の発言に後悔していた。
魔王が攻めてくるまであと二週間。サザンガ達には帰ってもらって、二週間後にまた会う事になってる。
今、エリーさんに頼んでフェザードさんに伝えに行ってもらってる。
だから、そっちの方は大丈夫だろう。
問題は……あと二週間でどれだけ強くなれるか、だな。
今の俺じゃ四天王一人相手に出来ない。それなのに魔王を救うとか、無謀にも程がある。
でも。諦める訳にはいかないよな。異世界に来てから2ヶ月。短くも感じたし、長くも感じた。
それに、沢山の仲間や、友達、知り合いも出来た。ティーネなんかは居て当たり前の存在だ。
俺には戦う理由がある。
だから、強くなる。
「ホーラ。見てるんだろ。今の俺は力が欲しい。魔王を救える程の。図々しいと思う。ずるいと思う。だが、俺はやらなきゃいけないんだ。なんと言われようが、罵倒されようがどうでも良い。今だけで良い。俺に力を貸してくれ」
優夜が言葉を言い終え、部屋の中が沈黙に包まれる。
「無理……か……」
優夜は落胆する。
それもそうか。俺が呼んで、はい、では力を貸します。っていく訳ないよな。
『貸すだけですよ?終わったら返してくださいね』
突然声が聞こえた。それも、聞き覚えのある声だ。
そして、次の瞬間、優夜は淡い光に包み込まれる。
「……これって……!」
優夜は驚きと喜び、そして、申し訳なさが入り混じった声を出す。
視界が一瞬真っ白になり、次に目を開くとそこはどこか懐かしげのある場所だった。
「でも、やっぱ慣れないな。ここに来ると一瞬死んだって思っちゃうから」
「いえ、実際死んでますよ〜?」
のんびりした女性の声が背後から聞こえる。
え、てか嘘だよな?
「はっはっは、、、嘘でしょ?」
優夜は焦りの表情を見せる。
「はい、嘘です」
ホーラはあっけらかんと言った。
「おい」
いや、まあ。死んでないのは良かったけどさ。人を死んでるって騙すのはやめよ?一瞬信じちゃったよ。神が言うと信憑性増すから……。
「それで、懐かしむために来たのですか?優夜さん」
俺はその問いに呆れる。
「んな訳無いだろ。お前だって分かってるだろ?……俺は、仲間を助ける。そのために戦う。異世界に来た時はさ、何となくやってたんだよ。ミノタウロスの時とか、ヒュドラの時とか。だけど、」
優夜は一度口を閉じる。
ーーだけど、
「今は違う。ティーネが、グレン、ミルが、そして、仲間達や世話になった人達がいる。俺には守る理由、戦う理由、そして、生きる理由を見つけた。だから、力を貸してくれ、ホーラ」
優夜は頭は下げず、誠心誠意のこもった声でお願いをする。
「本当に貸すだけ、ですよ〜?」
ホーラは優夜に念を押す。
「ああ。終わったらちゃんと返すさ」
「なら、良いです。ちゃんと使いこなしてくださいね」
「ああ、任せろ」
俺はどん、と胸を張る。
……任せろ。
優夜は心の中で二回言った。
【投稿予定】
6/29 66.優夜、神になる




