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第5話


 その誘いの意味が解らなかった。

 脳がその提案を理解できず、途端にショートしたかのように頭がぐるぐると回ったいるかのような酔った錯覚に襲われる。


「『衛士』は街の警備をよく受け持つ。街には怪異の他にも、野盗みたいな殺傷武器を持った人間が現れる。そいつらと戦うのが衛士の主な使命だ。そいつらに対しての覚悟、というのが持ててない奴が、神秘使いの中でも衛士は特に多い。お前には、その覚悟を育むのを手助けしてもらいたい」


 そう説明されて、ようやく言っていることが理解できた。


「…自分たちでやればいいんじゃ?」


「いいや。不殺宣言をできない奴相手じゃないと駄目なんだ。どこかで安心するから。内部の知り合いだとそれはより濃くなる。ついでに言えばこっちは不殺宣言を使おう。…どうだ?」


 …申し出の信憑性、向こうにとっての利益については解った。ただ、自分の腕前では役者不足だという気もするが…。


 団長はそれから少し近づき、彼にこっそりと“それを聞いた。”


「因みに、人を殺したことは?」


「…無いです」


「そうか」


 それは本当の事だ。ただ、不殺宣言不可というその性質を買われたのだから、今の場面はもしかしたら無言の方が良かったのではないか…なんて考えてしまうが。


「…申し出感謝します。喜んでお受けします」


 契約の成立、ひとまずの信頼関係の確保。そこには、彼以上に喜ぶ秋堅の姿があった。



 腕を切らずに武器を奪う…今後の課題はそこだろう。

 まだ今は一歩先だけだが、見える道が姿を現した。どこに続くのか、どこまで続くのかは解らないが…今はそっと、先程までよりも穏やかな気持ちで目を閉じた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「街の施設を確認しといてくれ」


「了解です」


 何食わぬ顔で衛士協会の扉を開け、外へ出る。


 あの面接から数日後、不可思議の薬草の力もあり怪我は完治。後遺症もなし。今は丁度、秋堅によって衛士達に今後30日の間好敵手としての役割を与えた、という紹介が終わった後。明日から契約履行の為、今日は街の施設の確認だ。本来は最初にやるべきことなのだが…まぁ、そういうときもある。


 そっと息を吐くと、その気は無かったのに溜息が漏れた。


 …よくわからないことになった。が、これは剣士を続ける気があるなら願っても無いチャンスだ。

 …いや?続けるのか?一生?神秘もないのに?…これは、ただのロスタイムなのではないか?


 冷静になってもう一度考え直してみた時。そして、先ほど衛士達に紹介されたときに感じた雰囲気で…彼は再び、目を覚まそうとしていた。


「おーい!北本さんっ!」


 駆け寄って来るその声に、思わず心臓が大きく跳ねる。


「ふぅ…よかったね!貴方ならみんな大歓迎だよ!」


 必死に振り返ろうとして…しかし、体は固まったように動かない。

 何か、言わなければ。

 声を出そうとして…先程まで問題なかったはずの喉が、急に機能を停止した。


「あ!私のこと…覚えてる?」


 前に回り込んだ彼女は疑問符を浮かべつつ彼の顔を覗き込むように首を傾けた。


 覚えているとも。当たり前だ。先程紹介されたとき、1人だけ明らかに、目を輝かせていた少女。いいや、それ以前にも何度だって…。


「ッ……」


 目と目は合わない。

 少女が見たのは、無表情、恐怖、緊張。


 青年は理解した。


 話してはいけない。


 きっと彼女は正しく生きて正しく死ぬ。


 ほぼ初対面で何を言ってるんだ?


 わかるとも。


 あの目が偽りだったとしたら、最早自分に光はないのだから。


 自分の手でそれを覆うようなことはしてはいけない。自然に距離を取って、離れろ。


 いずれ死ぬ時に、もう一度あの光を思い出すために。


 手を、手を。


 手を首へ。


 その衝動を堪え、少年はコクリと頷いた。


「…うん、そっか。…じゃあ!改めて自己紹介!」


 笑顔は何度でも咲く。優しく諭すようなその声音が、彼の動悸を落ち着かせる。

 少女は彼の手を取った。衝動で震えた彼の両手を、小さな両手で覆い、抑え、包む。


夕空(ゆうぞら)(あい)!よろしくね!街、案内させて!」


 そのまま、手を引かれるままに…太陽の照り付ける方へと歩き出した。



 誰にでもきっと、こうやって手を差し伸べて…そしていつも人を救ってきたのだろう。

 そのうちの1人、というだけ。なら、救われればいい。できない?なら、そう見えるようにだけ振舞えばいい。



 なのにそれすらもできやしない。


 叶うなら、それ以上彼女と関わりたくなかった。


 その生き方はずっと上手くいくはずがない。こんな汚い世界で、今までやってこれただけ運が良かった。

 それが堕ち逝く様を見たくない。


「ここが鍛冶屋でこっちが住宅街で~~」


『どうでもいい。』


「あっちには屋台が並んでて、果物とか、野菜の他にもアクセサリーとか!」


『どうでもいい。』


 唱えるたびに落ち着く呪文。心を殺して…いいや、心を包帯でぐるぐる巻きにして。そうしてようやく、彼は冷静さを取り戻す。


「あっ、そうだ!」


 少女は何か思い出したように、丁度通り過ぎようとした路地へ。そこを直進すること数秒。うきうきとした表情の彼女を、無言でぼんやりと眺める男。二人は路地を抜け…子供たちの集い場…ぶらんこ、滑り台、よくわからない城的な何か、が建った広場…公園に出た。


『…?』


 何故ここ?という顔を読み取られたのか、少女は得意げな表情になり、彼を握る手を少し強め、優しく引っ張った。


 公園内で遊ぶ少女達は夕空をみるやいなや駆け寄ってきた。


「あいおねぇちゃん!今日は遊べる?今おままごとやってたの!」

 男の子供たちは街の外まで遊びに行っているのか、家の仕事を手伝っているのか…、目に見える範囲には女児しかおらず、なんとなく肩身が狭い。

 少女たちに詰め寄られ、逢は咲いた花のような笑顔を見せるが…現状を思い出したのか、苦笑いになってしまう。

「あー…今日は」

 繋いだ手、元から少ししか入れていなかった力を彼がゼロにすると、夕空がちらりと彼を見た。

 頷いて返す。

 ゆっくりと手は離れ、逢は少女達に改めて笑顔を向ける。

「よーしっ!久しぶりに遊ぼっか!」

 少女たちに手を引かれ、彼女は公園の中央へ。

 彼は空いたベンチに腰を下ろした。


 …微妙に視線を感じていたが、おままごとが本格的に始まるとその視線は消えていた。


 街の散策のはずだったが、どうしてこうなったのか。だが彼にとっては今こそ目的のソレだ。じっと見つめているのがバレないように、なんとなくぼーっとした様子を演じる。

 少女の笑顔が眩しい。楽し気に話す彼女の顔を見ていると、それが嘘だとは思えない。

 典型的なまでに明るい彼女。ただ、こういう性格の人間はやはり、どうあってもこの世界では上手くいかない。上手くいかない、というよりも何処かで折れるはずなのだ。

 彼の予想が正しければ、保って後2、3年だろう。それを越えてもこのままの彼女が成り立つはずがない。その状態で彼と同じ状況の者と会っても、きっと手を差し伸べて、「元気出して」で終わりだろう。



 どうか、期待しないように。



 少女たちが意気揚々と笑い合いながら遊んでいる。どうやら彼女はお父さん役を請け負ったらしい。

 子供たちに慕われる姿が輝かしいが、どうもその姿はおねぇちゃん、というよりもどちらかと言えばお友達、の感覚に近いようだ。


「ねぇ逢おねぇちゃん」

「うん?なに?」


「さっきの人だれ?」

「う、んー…衛士協会で少しの間働くことになったお侍さんだよ。街を案内してたの」


「へー、ってそうじゃなくって!なんで手握ってたの?」

「え!?…あー…えっと、そのぉ…」


「…」


「ち、ちがうよっ!そうじゃなくて…!」


 距離もあって彼にはその会話は聞こえていないのだが、大事を取ってか耳打ちしてきた女児の質問に、ぶんぶんと首を大きく振って否定する。

 わたわたと慌てふためく夕空。からかうような雰囲気ではなくすぐに、なぁんだ、と素直に少女たちが引き下がってくれたのは、彼女の人望によるものなのか、無知故なのか。


「あんまりかっこよくないもんね!」


 1人の少女が一際大きな声でそう言った。


 それだけ聞こえてきて彼は思わず吹き出しそうになったが、なんとか微動だにしないことに成功する。


「え、えぇえっと」

 思わずベンチを振り返る。


 目と目が合うが、彼は特に何もできず首を傾げてしまう。


「手握ってたのは、えっと…なんて言ったらいいのか…」


 別に照れているわけじゃない。なんて言えばいいのか、彼女にはそれをうまく説明できる言葉がまだ無いが…子供というのは勝手なもので、気がつくとおままごとは再開しており彼女も慣れた様子で、一呼吸入れた後それに混じった。


 おままごとが再開ししばらくすると、そんなよくわからない雰囲気はどこへやら。普通に楽しみ始めた少女達の元を彼は静かに後にした。



 彼が居ないことに気が付いたのは、それから数分経ってからだ。


「あれ!?」


「あ、さっきのお侍さん、先に戻るって伝えてって言ってたよ。1人で戻れるからいいって」


 途中参加の少女が告げたその言葉に、一瞬ホッとしかけたが、

 彼なりの気遣いのつもりなのか、どうしよう、逡巡していた彼女の脳裏に、彼のあの緊張した表情が浮かぶ。


 追おうとして、止めた。


 追うべき時、追わざるべき時。その違いを、なんとなく理解した。


「あのね、確かにあの人は疲れた顔をしてるけど…明日の朝、たぶん稽古してると思うから見に行ってみて。きっと、かっこいいよ」


 教えてくれた少女の頭を優しく撫でて、彼女はそう微笑んだ。

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