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第39話

 道場の扉を開ける。

 眼前に飛び込んでくる画は、他の協会とは違い木造の床。靴と靴下を脱ぎ、目を凝らす。

 神秘を刀に纏わせて、2人の剣客が斬り合っていた。

「…貴方は…何処所属でしょうか?」


 不審に思ったらしい。視界の端、扉の左手側にある小さな受付に座っていた男が彼の元へ歩んでくる。


「……水月菜葉が最後の弟子にして、非神秘。北本澪。道場破りに来た」


 ――――――――――――――――


 木造のくせにまるで鏡かのように景観を反射する床。神秘によって濡れても木材が悪くならないように何かしら施しているのだろう。

 天井はそこまで高くないが、5メートルはある。壁と天井の境の窓から漏れる光が、道場を明るく照らすが…その場にいる者達の面持ちは、暗い。


「「…よろしくお願いします」」


 ――――――――――――――――


 道場破りに対しては、原則的に不殺宣言は使用されない。そして、破られる側は戦うことを拒否することもできる。かわいそうなことに、1人目、というのは必然的に一番弱い者になる。相手の風格を見て、勝てなさそう、危険そう、と思えば拒否されるわけだから、実際に道場での最下位と戦うかは微妙なところだが…今回はまさに、最下位からとなった。


 剣を抜き、開幕で流撃を使用する男と、鞘から刀を抜かない彼。大剣もダガーも、今回は夕空に託してある。


 我慢大会に勝利したのは彼だった。飛び出してきた男の縦振りを、横に跳んで躱し、同時に男の右手を掴む。足を絡ませ軽く踊るように振り回せば、地面に転倒…まではいかなくとも、バランスを崩し、こける。瞬時に刀を抜き首にあてがうと、男はゆっくりと刀を手放した。


 ―――――――――――――――――


 …17人目。丁度半分。所々擦り傷があり、息も若干漏れてきたが…まだ、やれる。


 僅かに右足を前に出して立つ彼と、垂直不動な男。向き合い、どちらから剣を抜くかの停滞時間がこれでもかと続き…今回、折れたのは彼の方だ。


 少しずつ伸びていた手が柄に届き、音速の一撃を。


「―――っ」


 叩き込もうとして、一瞬足が止まったのは、運か、本能か。後ろへ跳んだ彼の手首には一筋の赤い線が伸びていた。…目では追いきれない、神速の太刀。それが神秘”太刀影”の真の姿。


 男はその場を動かずに、ただ鞘に太刀をしまい、まるで逆再生かのようにまたジッと、その場を動かなくなった。


「……」

 ふざけやがって。どうすればいい?ダガーがあれば間違いなくぶん投げているところだろう。


 だが…今、どう殺すか、は既に彼の中にあった。


『へし折ってやる』


 抜刀。彼は…ゆっくりと、まるで散歩中かのようにのんびりと、一直線に、男へ向けて歩く。


 刀を前に突き出し…刀身はすでに居合のリーチ圏内へ。惜しむらくは、男の背が高く、刀身もそれに見合う長さの為、そのまま突き刺す、ということができないことだ。投げるという手もあるが…撃ち落とされでもすれば、それこそ終わりだ。

 だから…彼もまた、待つことにした。

 ただ突っ立って待つのではない。そんな卑怯な真似はしない。いや、待つのも立派な戦術ではあるが。

 刀身は完全に危険領域の中へ。そして…指先も。そこから手首も、関節も、足の先も…。


 第七神秘『太刀影』、は…この世界には存在しないが”銃”とよく似た兵器だ。

『撃つ』と思ってから引き金を引き、そして弾が出る。その間は本当に極僅かな数秒だけで、『撃つ』と思われてからそれを防ぐことは実質不可能だ。

 ならばどうするか。


 1.軌道を予測して盾を張る。

 2.そもそも撃たせない。

 3.撃つタイミングを誘導した上で何かする。


 今回のケースでは、3だけが唯一彼にできる方法だ。


 一歩、大きく前に出る。先程までの歩幅の5倍は一気に前へ。そして、足が最も上がり切った時。つまり彼が一番避けづらい位置に来た時に、ソレは来る。


 ――――――――――――――


 突然現れた哀れな男に敗北していった仲間達。哀愁なんて可愛いものじゃない、憎しみと号哭だけで生きているようなその男を”殺す”ために。


 少しずつ射程に入ってくる北本。もう少し、あと10センチも無い距離で男の胸に刀が刺さる。


 …一歩、大きく前に出た瞬間に、体が強張り、瞬時にスイッチを押す。


 …太刀影の速度はまさに”光速”。だが果たして、人間の反射神経が、腕の振りが、光に勝ることができるか、と言えばそれは否だ。


 だがその”何故”が解らなくとも行える剣技…それこそが神秘”太刀影”だ。


『死ね!』


 斜めに一閃。先程は避けられてしまったため、今度はもう少し引きつけて、もうすこし避けにくいタイミングで、


「もうすこ、し…」


 味わったことのない感覚に汗が止まらない。

 光速の剣の手応えの無さは今に始まったことではないが、今回は違う。体が冷たい。視界が赤く、暗い。壁に刀が刺さっている刺さった刀の柄に右手が付いている赤い足跡がわたしから続いている私の手から血が溢れているワタシの手は其処には無い私の手はワタシから離れている切られたのだ斬られたのだkilあれtaのだ.


 ぐるぐる、ぐるぐると回る思考、廻る視界、周る世界。


 男はついに、意識を手放した。


 ――――――――――――――――


「…」


 銃弾ならば良かったのだが、太刀影はあくまで居合だ。放つのは銃弾ではなく刀で、銃口は自身の腕となる。

 ならば後は、腕が来る位置に刀を置いておくだけでいい。後は勝手に切れてくれる。咄嗟に光の軌道をずらす事なんて、人間にできやしない。


 血を見るであろうことは明らかであったため、入り口付近に待機していた医師達が駆け込んできた。


 上がった悲鳴は僅か4つ。他は皆、静かに息を呑むか、ただ流れる川の様に…静かだった。


 軌道がずれておかしな所に飛んでいった刀だったが、それでも僅かに彼の腕に傷を刻んでいた。手首と、腕。どちらも僅かな赤い線が流れるが…そんなこと、彼が止まる理由にはならない。


 運ばれていく男を横目で眺める。ちぎれた右腕は、運が良ければ繋がるだろう。


 刀の具合を確認。酷使してきたが、あと2人ぐらいならいけるだろう。それ以降は…その時に考えればいい。


 また1人、彼の前に立ちふさがる者が現れる。


「…」


 小さく息を吐き、心臓を抑える。


 開始の合図なんて無い、殺試合。彼の心なんて知らずに、開幕突っ込んできたその新たな獲物を…深く、深く、暗い瞳で飲み込んだ。


 ――――――――――――――――


 倒れた男が運ばれていく。刀は意外にもかなりもってくれたが、流石にもう限界だった。というか、既に折れていた。


「これ、借りてもいいか」


「…どうぞ」


 壁に立てかけてあった飾り用の木刀を手に取る。そも、彼の場合は神秘が使えないのだから真剣じゃなくこういった武器でも構わないのだ。むしろこちらの方が…ある意味”やりやすい”。


 24人目。雪色の髪の凛とした少女。


「っ…」


 鋭い目つきは何も言わない。ただ刀を抜き、ジッと敵を見据える。


『…似てる』

 初めて会った時の夕空の瞳と同じだ。


 縦に一振りすると水の刃が飛ぶ。

 横に跳んだ彼の元へ少女が飛び込み、勢いそのままの渾身の突き。

 刀を木刀で殴り、左へ逸らす。通り抜けた少女がすぐさま足でブレーキを掛けて向き直り、横一閃の水の刃が彼の元へ飛ぶ。


「ちぃっ…!」


 軌道を合わせ、木刀を振る。刀身の太さが幸いして刃を打ち消す。


 距離を取られ、刃の三重奏。走り回って避けるが、このままでは不利になる一方だ。


 …辺り一帯に水が敷き詰められれば、神秘の条件が達してしまう。


 刃を斬り落としつつ特攻。時に避け、時に撃ち落とし…ついに届く。


「つぅっ…!」


 加速のままに、一直線に突撃。納刀は許さない。


 貫け!!!


 ―――――――――――――――――


 受け流しに特化した侍に、そんな一直線の攻撃は効かない。が…神秘より鋭く、神秘より速くやればその限りでは無い。


 刀が水流を纏い、木刀を受け流す。瞬間彼は木刀を手放し、左ストレート。

 水が弾ける。

 刀を逆手に持ち替えた少女は、彼の方を見もせずにストレートを避け、彼の胸に刀を突き刺した。


――――――――――――――――――


 第六神秘、波音…他者の鼓動、リズムを読み取る神秘。使い道としてはカウンターや気配察知。使ったことのない彼には、この神秘の存在意義がよくわからない。


「ッ…あ…」


 目と目は合わない。

 睨み付ける彼には御構い無しに、少女は刀を引き抜いた。

 決着はついた、と数歩歩き振り返った少女。

 氷の様な瞳は決して彼を映さない。


「俺は、まだ…」


 死ねない。


 俺の時間はまだ、終わっちゃいない。


『生きたい?』


 理性がそう問う。


「違う」


 生きたいわけではない。幸せになりたいわけではない。


「…殺したい」


 報われたい。


「…殺したい」


 負債を取り消したい。


「…殺したい」


 それがダメなら、俺が…報いを与えたい。


『そんなの駄目だよ』


 理性が見知った形を成す。桜色の髪の少女。彼にとっての、理性の象徴。



 今となっては邪魔なだけの"首輪"。



「駄目じゃない。誰かを殺すことで俺が救われる」


『駄目だよ。その誰かは、誰かにとって大切な人かもしれない』


「そんなの知るか。俺がそいつを嫌いなら、それはそいつが悪いんだ」


『……』


 理性が黙る。胸が痛い。違う。目が痛い。喉が乾く。頭が痛い。首が痒い。

 冷たい。冷たい。胸に開いた穴が、温かさを欲して過呼吸になる。


『…もう、手遅れみたいだね』


 突き放すような視線。理性は小さな粒の様に霧散し…彼はようやく”目を覚ます”。


「っ…は、ははっ…」


 思わず漏れた笑い声。少女は目つきを鋭くすると、瞬時に駆け出し、影も残さぬ居合斬り。


 上から刀を叩き落とし、木刀を喉元に突きつける。


 すぐさま後ろへ飛び退いた少女に、落とした刀を蹴って返す。


 斜め32度。


 丁度少女の胸の下を貫き…少女は気を失った。


「……次はどいつだ」


 胸の穴に手を当てる。…空洞の感じはするが、思ったよりも血が吹き出していない。というよりも、数十秒しか経っていないのに、既にかさぶたになっていた。


『…”時”属性って、そういうことかよ』


 ――――――――――――――――――


 後日クォーリアが纏めた彼に関するレポートより…


 北本澪のこの覚醒状態の再現性については、理論上は可能であると思われる。

 新たな神秘の一種かとも考えられるが、出現条件から察するに、その可能性は低い。

 北本澪の人間性について、以下に示す。

 性格の構成要素は

 ・不器用

 ・我慢強い

 ・心配性

 の3つが顕著である。

 彼は例えば「『漢』という字を覚えてください。1週間後に、覚えてるかテストします」と言われた際に

 ・『漢』がどういう意味か、どういう使われ方をするのか、似た漢字は他にあるのか、既存の知識と関連づけられるか、なんてことを思いつかない。ただ書いて覚えて、頭の中でも書いて、書いて、書いて…ひたすら書き続けることで覚えようとする。

 ・ひたすら書き続けることを勿論苦痛だと感じているが、それでもやり続ける。我慢できない、やめよう。なんて逃げ方は選択できない。

 ・心配性が、全ての原因になっている。そもそも「覚えられなくてもいいや」という発想はありえない。心配だから100回書いて覚えよう、となるのは50回書いて失敗した経験があるから。50回書いても覚えられないのは不器用だから。50回書いても覚えられなかった時に諦める選択ができない愚かさは我慢強さと心配性から。


「はっきり言って…今すぐ死ぬべき愚か者じゃな」


 どうしようもない、救いようのない属性のニンゲン。

 不器用さが無ければ大成できただろう。

 我慢強さが無ければもっと早く死ねただろう。

 心配性が無ければ適当に見切りをつけて相応しく生きられただろう。


 じゃあ、今の、彼は?


「単純な話、狂っただけじゃ。

 我慢強さは限界を迎えて、ついに壊れた。

 心配性は吹っ切れて、理性を捨てた。

 不器用さは終に、獣としての生き方を提案した。」


 理性の首輪を外し、獣の強さを手に入れ、怒りという名の永久機関すらも持っている。


「他の人間との差は、生きる為に戦うのか、死ぬ為に戦うのか、という差じゃろう。そうじゃな…恐怖とか、焦りとか、躊躇いといった機能は、生きる為の機能じゃ。勝てない相手には挑まない。隠れる。逃げる。その為の機能。今のあやつにはそれがない。隠れる逃げる、の選択肢を持った相手と、「たたかう」しか持っていない相手。遭遇戦や集団戦なら兎も角、一対一、正々堂々の真っ向勝負なら、あやつに勝てる者はおらん」


「…なんというか……いよいよ、怪異と人間の区別がつけられなくなってきたのぅ」


 ――――――――――――――――


 人の呼吸は、1つだけ。その戦場に、北本澪以外に立っている者はもういない。

 心地良い血の匂い。涼しくも安心させる、胸に空いた穴。鼓動の声はいつも通り。止まない。止めない。


「あっは…」


 溜まった物を吐き出すように、漏れた声。


 その瞬間に、ふと、目元に熱が集まってきた。


「あれ、なんで…」


 思いも寄らないことが起こった自分の体に、誰に聞くでもなく疑問符を投げる。


 もう理性は帰ってこない。彼はもう、ブレーキを掛けられない。


「ぅ、ぁああああああああああああああああ!!!」


 こんなことがやりたかったわけじゃない。


 いいや、ずっとこうしたかったんだっけ?


 もう解らない。もうしらない。


 なんでもいいや。どうでもいいや。


「…あはっ、ははっ……」


目を閉じ、微かに思い出す。"理性"と出会った日のことを。首輪を付けられたあの日なことを。


 あの日と同じ、夕焼けの光が差し込む血溜まりで…ただ呆然と、赤黒い影が立ち尽くしていた。


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