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疲れた探偵のように BEHIND THOSE RAINY DAYS, WHERE CERBERUS LAUGH

作者: 恵師 顕

21年前に執筆したものを推敲したものです.

装甲騎兵ボトムズVoodo編のような雰囲気を出せればと思います。

楽しまれんことを。



 疲れた探偵のように BEHIND THOSE RAINY DAYS, WHERE CERBERUS LAUGH


『私にとって創作活動は、現実を再定義する試みに他ならない 』 恵師 顕

『目覚めよ地獄の犬、その狂気もて、死すべき者どもを狩り立てよ』 アノニマス



 11月の雨は冬の訪れが間近いことを告げるべく、冷たさをもって我々を打ちのめしてい

た。

地下鉄の出口、地上への階段を昇りきって、折り畳みの傘を取り出した時、軽い失意が

寒気に追い撃ちをかけた。軽量であることのみが取り柄であるその安物の傘の、余りに脆

弱な骨の部分の一本が、なにゆえか折れてしまっていたのだ。

軽く舌打ちをくれると、記憶が蘇った。


 かつて、モンスーンがその長い腕を拡大上海に伸ばし、世の終わりまで続くかに感じら

れた雨季がちっぽけな戦場を包み込み、強硬偵察用ヘリから降り立った私達派遣部隊兵士

を警戒活動区の外縁に打ち据えた雨もまた、よく似た敵意で歓迎してくれたものである。

あの暗い雨の午後、哨所へと疲れた足取りで向かう私は、左肩を後ろからどやしつけら

れた様なかたちで衝撃を受け、前のめりに泥濘のなかへ突っ伏した。

対戦車ライフルの強徹甲弾を食らったのだ。が、駐留日本軍の重装甲騎兵用の防弾服は

それを易々とはじき、私は体をひきちぎられる代りに、酔っぱらいの如く無様に転がされ

た訳だった。

国連治安維持軍陣地の目と鼻の先に、狙撃兵が待ち受けていたのだ。

しかし、陣地守備隊と、私のチームメイトである強行偵察部隊の反応も迅速かつ容赦な

いもので、続く数十秒の間は、狙撃手の潜在位置と想定される地点に重火器の火線が集中

し、雨に打たれていたもの全てに、閃光と爆発による衝撃波の追加オーダーを食らわせて

いた。

砲撃が止んで後、私はなお数分の間、呆然自失の態で泥水の中に横たわっていた。シェ

ル・ショック。涙が雨に混じり、泥の海へと注いでいた。屈辱の中で数十年もの時間が経

過したかに感じられる間、私は微動だに出来ずにいた。

図らずも作戦地域へ送り込まれた当日に、目を見開いた姿で溺死体になろうとしていた

私の視界に、陸戦隊の泥塗れのブーツが迫ってきた。

どこか天上から、声が降って来た。

「立て」

雨を司る冷酷な神の言葉も、私の意識では意味を結ばなかった。私は、ただ、経過した

数百年を数え、幾億の雨の粒子を数えていたのだ。

「死にたくなかったら、立て」

再び神の声。私は訝った。「雨粒を数えるように」と命令されたのは、神よ、あなたで

はなかったのですかと反論しようとしたが、言葉はどこか失われた楽園に置き忘れて来て

いた。

突然、神の手が私の襟首を掴み、私は泥の海からサルヴェージされた。

兵士の瞳が、冷たい怒りの炎を湛えて私を見据えていた。

私を引き摺り上げたのは神ではなく、私とさほど年齢や背格好の変わらない下士官だっ

た。

「・・・あ、う・・・」

私は礼とも文句ともつかない言葉を紡ごうとしたが、なお数千年、その冷たい炎が放つ

光を見つめる結果となった。

そして、頬に兵士の右ストレートを食らい、再び泥の中に転がった。口内が切れ、唾に

血が混じり、痛みとともに通常の時間感覚が戻って来た。

「衛生兵、こいつの面倒を看てやれ」

下士官はそう言うと、私には目もくれず、哨所へと歩み去った。

「けっ、相変わらず乱暴な狂犬野郎だぜ・・・よお、新米、これでも一口やりな」

中年の衛生兵が、スキットルを差し出した。

私は黙ってそれを受け取り、一口を含むと、安物のバーボンが頬の内側の傷を焼いた。

「消毒にゃあ丁度いいだろーが。あの特尉はマッド・ドッグって渾名でな。戦闘中毒の死

神みたいな奴だが、一応は上官だ、逆らわん方がいいな。お前さんも糞みたいな部隊に

来ちまったな、新米さんよ。まっお互い死なない程度に頑張ろうや」

島野と言う名のその兵士が、その日の私のお守り役となった。戦闘領域への水先案内、

夕食どきの食堂での、小隊の面々への紹介等々。

「お前を撃ったのは、ガキだったらしい。やっこさんはバラバラになっちまったが、片手

だけは見つかったんだと。ほんの十歳ぐらいじゃねえかって、言ってたぜ、そのお手々

を拾った奴がな。いや、結構笑わせてもらったぜ、お前さんのあのコケざま・・・・」

私はその日の残りの間、部隊の連中の格好のお笑い種になった。

終わりなど無いのではと思わせる無意味な戦闘に、また一つ無意味な死が戦果として書

き加えられ、生き残った者達の酒の席での肴程度にしかならなかったのだ。

多分、私をライフルのスコープに捉えたゲリラの少年兵は、私を倒せると確信して銃爪

を引き、私を葬ったと信じたまま、この世から消し飛ばされてしまったのだろう。

彼がその瞬間、満足を感じていたのかどうか、それは最早、誰も知りようが無い。


ハマー・ライダーズ。強襲降下し、敵を殲滅するのが任務で、一説では「捕虜は決して

作らない」というのが方針だったらしい。彼らを満載したダッシュ・ボート=改装された

ガンシップは強襲突撃用の空挺支援機に生まれ変わり、友軍が撹乱用に降らせる地対地ミ

サイルの豪雨を眼下に見ながら、重装甲騎兵部隊という血に飢えた犬どもを、死という名

の樹木の種子の如くに大地へとばら撒く。

「さっさと降りろよ糞犬野郎、バリバリ殺して来い、けっ、くたばりやがれ、コミュニス

トどもがっ、急げよ、さっさと降りてあの糞ゲリラを食い殺して来い・・・」

コプタ・パイロットは大地と、そこに根づくゲリラ勢力を等しく憎んでいた。本来神に

も似た視点で空を翔ける彼らを撃墜しようとする行為は傲慢だ、というのがその理由で、

そのゲリラを産み出すような大地は月面の様な風景に変貌させるべきであると常々主張し

ていた。

砲兵部隊もその意見を積極的に否定などせず、黙々と攻撃座標へ向けて、幾億発もの死

の宣言を叩き込むことに従事していた。それは、目標地域の敵の火力を沈黙させるため、

というよりも、目標地域自体を地上から抹消し、地図に新たな空白を付け加えようとする

昏い情熱に支えられていたかの様だった。

ハマー・ライダーズ。ミサイルに乗って敵地へと降り立つ彼らにも、悩みは多かった。

友軍の支援攻撃にも誤射はあるだろう。とすればいかに日本軍装備研が誇る機械化装甲

ユニットといえども、ただでは済まないのでは、というのが降下部隊員の共通の疑問だっ

たのだが、技術将校は笑顔で答えた。

「大丈夫だ。直撃でなければな」

従軍詩人という任職があるとすれば当時の私こそ、そうだった。軍の広報紙の特派員と

言えば幾らか聞こえは良かったが、実態は、提灯持ちの記事を書くために、海外派遣部隊

の最前線に送り込まれた道化師以上のものではなかった。

ましてや、先鋭装備であるバトリング・メイルユニットなどに搭乗する破目になろうと

は、夢にも思っていなかったのだが、どういう訳か偵察部隊用のタンデム機の銃手席に無

理矢理押し込まれ、挙げ句、強硬偵察任務に同行し、見たくもないものを目撃することに

なったのだ。

拡大上海では、何か異常な事態が進行していた。「地獄の犬」と、敵からも味方からす

らも恐れられていた重装甲騎兵部隊が、その状況に深く関わっていたと知ったのは、あの

狙撃事件から少し後のことだった・・・


神保町の古書店街から路地へと折れ、裏通りに面した雑居ビルの一つへ滑り込む。薄暗

い階段を二階へと上り、歯科医と中古楽器店の間にある「時計修理」というプレートが貼

り付けられた摺ガラスの「手動ドア」を引き開けると、何やら作業をしていた店主が手を

止め、顔を上げて片眼にかけていた拡大鏡を外した。

「そうとう強く降ってるらしいな」

「時計職人」という職種の人間が全てこうなのかは定かではないが、この男はいつもぼ

そぼそという感じの話し方をする。

普段なら徒歩数分の距離を、崩れた茸然としたボロ傘を頼りに急ぎ足で抜けて来たせい

か、肩のあたりが濡れている私のトレンチコートを見咎めて、その初老の男は呟いた。

「ああ、ったく毎日うんざりさ。雲の上の奴等は気前がいい。夏場の埋め合わせに大量に

水を撒いてくれる」

今年の夏は異常気象とかで極端に雨が少なく、首都圏では給水制限が行われた。その反

動という訳でもないのだろうが、長期予報によるとこの冬の降水量は例年よりもだいぶ多

くなりそうだとのことだった。

「あいも変わらず訳の解らん減らず口をきく」

「職業病なんでね」

「頼まれていた品だ。分解掃除は済んでる」

ライトグレイのシリコンクロスに包まれたそれを受け取る。眼鏡を拭くのに使う様な布

より二回りほど大きい覆いを取ると、コルト・ガヴァメントの形をした「品」が重量感を

主張し、ずしりという感触が掌にのしかかった。

「モデルガンと言っても、重いんだな」

正しくは、改造モデルガンだ。


私の事務所の表向きの共同経営者だった相田という男は、半島にある国の諜報機関所属

の人間だった。何ゆえか相田は、その職業から足を洗いたいと思い立ち、駆け出しで人気

のない私立探偵であった私に、偽装事故の手伝いを依頼した。相田探偵事務所の共同経営

者というポストが、その仕事の報酬だった。

最初相田は、探偵事務所の助手として私を雇い入れたのだが、半年程の期間が過ぎ、私

が彼をこの職業の師と見做し始めた頃に、真実を打ち明けたのだ。

彼はカムフラージュとして様々な顔を持っていた訳で、相田探偵事務所はそのヴァリエ

ーションの一つだった。

メインのカムフラージュである外資系商社マンが、たまさかの休暇にドライヴへ出かけ

たのは良かったが、ハンドル操作を誤って海中に車ごと姿を消す、というのが彼のプラン

だった。

意外にも事は上手く運び、公式の記録では死者となりおおせた相田は東アメリカへ高飛

びし、表向きは筆頭経営者が長期外遊中となった相田探偵事務所を、私が引き継ぐ形とな

った。数年前の話だ。

相田と名乗っていた男から引き継いだのは、都区部の郊外にある住宅街の中の貸事務所

だけではない。

相田はカムフラージュとは言え、結構まともに探偵稼業をこなしていた。悔しいことに

当時の私よりも格段に腕は良かったのだ。その過程で相田が築き上げた情報屋、故買屋と

いった結構重宝な人脈もまた、私に託されたのだ。

「大方、あんたのお国の息がかかった連中なんだろ?」

私としても、内閣調査室とか何とかいう、スパイのあぶり出しに躍起になっている連中

に尾け廻されたくはなかったので、相田の申し出たリレイションとやらは丁重に断ろうと

したのだが、彼の意外な発言が、私の意志を覆した。

「まあ、信じてもらえんだろうが、私は探偵という職業に、生き甲斐の様なものを見出し

たのだよ。言ってみれば趣味が昂じたってところかな。人間を追う、という行為の意味

と言うかね、追跡者の精神がよく解った。スパイの道楽と笑わんでくれよ。探偵であっ

た、いや、今でも探偵であると自負している私は、私を追っているであろう連中の意識

も嫌と言うほど実感せざるを得なかった」

「それで?逃げ廻るのに嫌気がさした、とそういうことなのかい?」

「ああ・・・ああ、そうだ。うんざりさ。何故逃げ続けなければならん?私は私なりの信

念を持ってあの機関に入った。国家のために、という誇りが、意義があった。しかし、

だ。それから四半世紀程経ってみて、結局国家は私に対して何もしてくれやしないとい

う事を思い知らされてしまったのだよ」

そう言うと寂しげな微笑を浮かべた。

同僚がいたそうだ。友だったという。しかしその男は、とある任務の進行過程で敵陣営

の手に陥ち、生命も堕としたらしい。

「救出作戦ぐらいはやるべきだった。我々程のキャリアのエイジェントなら、当然の処置

だと思っていたんだがね。結局奴は見殺しにされてしまった。上司は言ったよ。時代が

変わったんだとね。お前も消耗要員だと宣告された気分だった」

「諜報機関内の二人の男の友情物語?御伽話かい?あんたらみたいな職業の人間は、任務

のためなら親兄弟でも売るんだと思っていたがね」

「君はエスピオナージュの読み過ぎだよ、若いの。冷戦以降は業界でもヒューマニズムが

流行っていたんだ。エイジェントをた易く切り捨てるのはどこぞのファシスト国家のや

り方として時代遅れになったのさ。それに比べ民主国家である我が国では、スプークと

いうのは希少な人種だったからね。ともかく、信義の問題ってやつが幅を利かせていた

のだよ」

「絶滅寸前の種として保護運動でも起こせば良かったんだ。その人道主義の黄金時代だっ

て十年ちょいしかもたなかったってことになる。そして時代が変わった、と」

「そうだ。そして時代が変わり、冷たい戦争よりももっと寒い民族主義の氷河時代が到来

して、人間はマイクロ・チップより価値の低い存在になったという訳さ」

珍しく、相田の笑みはシニカルなそれに変わっていた。民族の独立を標榜していた彼の

祖国にしてからが、真っ先に時代の混乱の波を被り、再び軍事政権を祭り上げることにな

ったことが、皮肉に感じられたのかも知れない。笑えないジョークに嘲りを贈ってやると

寒さだけが胸に残る。

「驚きだね。あんたは民族主義者じゃなかったって訳だ」

ふっ、と溜め息にも似た笑いを飛ばすと、相田は淡いグレイのヘリンボーンのジャケッ

トのポケットから、潰れかけた煙草の水色のパッケージを取り出し、両切りの一本を咥え

た。喫茶店の紙マッチで火を点けると、深く吸い、吐息交じりの紫煙で私のものとなりつ

つある事務所の空気を汚した。

「ご明察。『私には家族はない。友人も少ない。少しばかりの権力がある・・・』」

「聞いたことがある。Xファイルのシガレット・スモーキング・マンの台詞だ」

「そう。国家のためにどんなことをしても許される時代も終わった。さりとて私は、不死

身のFBI捜査官でもなし、北極まではるばるエイリアンの殺し屋を追って行くよりも

東アメリカ辺りに逃げることを選んだのさ」

「ひとつ尋いていいかい?東アメリカ辺りで女が待ってるんじゃないのか」

相田は私のその問いには答えず、おどけて肩をすくめて見せた。

「ゴロワーズを吸ったことがあるかい。って唄があったね。小学生の時最初に買ったシン

グル・レコードのB面の曲だった」

「知っている。私が駆け出しの若造だった頃、初めてこの国にやって来た時に、ヒットし

ていた曲のB面だ。私もシングル・レコードを買ったっけな」

「歌詞にあったろ。あんな感じかい?『全てのものが珍しく、何をしても何をやっても嬉

しい赤ん坊が羨ましく思う』って心境なのかね」

「若いの、貴様も私ぐらいの年になれば解ることさ。大切なのはただ一つだけだ」

「ただ一つの、何なんだい?」

「決まっているじゃないか。愛だよ、愛」

それさえあれば、何とかやって行けると、相田は真顔で言った。

衒いもなくそう言ったので、本心なのだろうと私は思った。

そして、相田の数少ない友人関係を引き継ぐことにした。


「ヴァイパー。暗殺用のフレッチャーと、ショット・ピストルの合いの子だよ。ニードル

の方は世界中が手前の庭だと勘違いしてた国のスパイがよく使っていたし、ハンディー

ショットガンはアフリカの南側でびびっていた奴等が暴徒鎮圧のためと称して持ち歩い

ていた代物で、どっちにしても糞野郎が使う得物だ」

「時計職人」が胡散臭い質流れ品を評するような口調で言った。

「威力は?」

ふん、と鼻を鳴らし、「時計職人」は作業台の下にあるらしい引き出しに手を伸ばし、

単三電池よりもひとまわり大きな円柱を二本取り出すと、ムーヴメントの剥き出しになっ

た腕時計の隣に並べた。リップスティックに見せかけられているが、勿論口紅ではなかっ

た。手に取るとこれもずしりと来る。凶悪な殺意の秘める重さと言ったところか。

「カートリッジは二種類。そいつが最後の一本ずつだ。強化プラスティックのバラ玉と、

六ミリ径のボールベアリングだよ。プラ散弾なら1メーター、ベアリングなら5メータ

ーの距離で、板をぶち抜ける」

「板?バルサ材じゃないの?」

「指向衝撃性炸薬を使ってるから・・・こいつぐらいのやつだな」

「時計職人」はそう言うと、こつこつと拳で作業台を叩いた。5センチぐらいの厚さの

合板だった。

「上等だ」

「で、そんなもんを呑んで、殺し屋にでも商売替えか?」

「店主。それは誤解だ。我々騎士にはそんな下衆に成り下がる様な真似は許されてはいな

い。飽くまで護身用だ」

「顔馴染みのよしみだから言うが、命は粗末にするもんじゃないぞ」

「ご忠告、痛み入る。それでは失礼する」

「ああ、元気でな」

珍しく「時計職人」は、手動ドアを閉めるまで私を見送っていた。彼は彼なりに私の身

の上を案じてくれているのかも知れない。


地下鉄に乗る。社内アナウンスが乗り換え駅を告げる。

「次は飯田橋、飯田橋、JR線、地下鉄有楽町線・・・」

合成音声を思わせる女性の声は、出撃待機中に、外部環境モニタのスピーカーから流れ

た作戦オペレーターの指示を思い出させる。

「ストラクチュア・ナイン進行中。スクランブル・エコー。ポイント・・・」

コード「ストラクチュア・ナイン」は、友軍部隊が消息不明であることを示すものだっ

たが、この場合は、軽装のレコン・ヘリが事故により墜落・或いは撃墜されたことを指し

ていた。週次偵察の出撃待機中だった我がエコー・グループことE小隊がスクランブル出

動を割り振られ、小隊長から手短かに状況説明が為されたのだ。

「敵さんの遊撃部隊ですかね?西アメリカの連中が躍起になって追っているという」

「或いは、な。どうであろうと、貴様らマッド・ドッグズの前衛先行は変わらんぞ」

軽い気持ちで尋いたのだが、小隊長はやや苛立たしげに即答した。

それに先立つ数週間前から、ゲリラ側の動きが活発化していた。

大攻勢に出る前兆であるとか、奴等もメイルユニット部隊を編成して運用を開始した、

と言った未確認情報が部隊内でもまことしやかに語られていた。

日本軍の第5次中国派遣部隊には一個中隊の重装甲騎兵部隊が含まれていた。十二騎の

バトリング・メイルユニットから成る小隊がしめて6個という構成だった。

E小隊には「マッド・ドッグ」と渾名された兵士が2人居た。「狂犬」と「泥犬」。

「狂犬」は宮城崇/従三特尉。レンジャー上がりで制圧降下のエキスパート。メイルユ

ニット操機手としても極めて優秀で、重装甲騎兵部隊の本拠地朝霞ベースでは訓練教官を

務めた事もある古参のユニット騎りだ。性格は極度に好戦的で、前線では常に先陣を切っ

て作戦領域に突入することで知られていた。「奴は死にたがっている」というのが中隊内

の専らの噂だったので、宮城が強硬偵察専任を望んだ時には、誰もが納得し、誰もが彼の

パートナー銃手となることを尻込みした。

そこで白羽の矢が立ったのが、高城雅樹/上級特士。大学卒業直後に応召し、PKO部

隊なら義務兵役期間が一年に短縮されるという甘い餌に釣られ、しかも公聴広報部隊の事

務屋だから戦闘とは殆ど無縁だなどと言いくるめられ、のこのこと拾われた仔犬よろしく

拡大上海くんだりまで送りこまれた世間知らず。そう、当時の私だ。

シミュレーターでのユニット搭乗時間が50時間ちょっとにしては、優秀な方だったと思

う。特にガンナーであれば、ひたすら目標を照準サイトのセンターに捉えて撃つことに専

念すればそこそこの評価はもらえた。往年の人気アニメ「ゲバルタカス」でパイロットと

なることを無理強いされた主人公の少年よりも腕の良いシューターだったのだ。そう、ア

ーケードのゲームと何ら変わりの無い状況下だったならば。

警戒活動区では何もかもが違っていた。

非日常という訳ではない。ジャズ・レコードを聴き狂っていた学生時代とて、日常とは

かけ離れていたと言える。しかし、生ぬるい日々に狎れ過ぎた私は、戦場の空気に触れた

途端、眩暈に襲われたのだ。

任地到着の当日、「新入り様歓迎クルージング」と呼ばれる強硬偵察用ヘリ搭乗任務を

申しつけられた私は、山岳部上空で微熱に冒されていた。

歩兵用の地対空ミサイルを東アメリカからごっそりと仕入れたばかりの共産ゲリラが跋

扈するレッド・ゾーン。

ランクAの脅威評価であれば、高機動のダッシュ・ボートにユニットを積んで行く習わ

しだったが、ランクB区域を遊覧飛行とあっては、プロテクターの装着のみで、やや小振

りのレコン・ヘリに揺られなければならない。たいした歓迎行事だ。

私は巡回コースの終わり近くには、嘔吐していた。胃液まで、雨季に包まれたゲリラ潜

伏地帯の上空にぶちまけたのだ。

漸くにして基地へ帰還し、足許も覚束無い私を、ゲリラの少年兵が狙撃した。他のヘリ

搭乗者と明らかに異なる装いだったので、上級将校と思い込んだのだろう、というのが大

方の見解だった。少年兵は粉々に吹き飛ばされ、私は無傷でヘリポートの外れの泥水の中

に転がった。最早吐き出すものとてなかったが、涙は溢れた。ショック状態で泣きながら

雨に打たれ、泥濘を泳ぐ新兵。その日から私は「泥犬」と呼ばれるようになった。

「他に質問は無いな。各員ユニット騎乗。5分後にボートに搭乗し、出撃」

ハンガーへ向かい、待機所から一歩足を踏み出すと、折りしもしのつく雨が上がり、遅

い午後の光が山岳地帯を無慈悲に照らす中、巨大な昆虫を思わせるダッシュ・ボートがヘ

リポートへ降下して来た。


最近、従軍当時の夢をよく見る。自分の搭乗するレコン・ヘリがゲリラの有線ミサイル

に直撃され、ジャングルが目前に迫って来る。叩きつけられる、という瞬間に眼が醒め、

全身が汗ばんでいる。御馴染みの悪夢。

あの電話がかかって来た時から、何かが変わった。まるで悪夢をエンドレスで反復上映

する装置のスイッチが入ったかの様に。

「拡大上海の件に関わるな。死ぬぞ」

一週間程前の昼下がりに、記憶の奥底に眠っていた声が、電話の向こうから一言だけそ

う囁いた。

あの声は、従軍当時の戦闘時、ユニット内での通話回線を通して意識のどこかにこびり

ついていた声だ。

「左だ左、タカギ、あの左の砲座から黙らせろ・・・」

常に的確な射撃指示。我がパートナー、ミヤギ「マッドドッグ」タカシ。

兵役を終えて帰還して以来十年が経つが、その間、部隊の面々と連絡を取ったことなど

皆無だった。

もとより住所や職業もまちまちな徴募兵達には共通の接点など少なかったのだ。増して

や、従軍経験など、酒の席で語り合う類いの話題ではない。とあれば、疎遠になるのも当

然だ。

同じユニット・クルーとは言え、宮城と私の交流も同じで、賀状のやり取りその他の、

社交辞令も一切無かった。誰もが地域紛争という狂った季節から遠ざかり、互いの距離も

また幾万光年も離れた星々と同じ様に遠ざけながら、日常と言う名の別の意味での戦場へ

と還って来たのだ。

しかし何故、今ごろ拡大上海などと言う忌まわしい土地の名が浮かび上がるのか。

「何故だ?」

答えなど得るべくもない質問が独り言となって、繰り返し口を突いて出たが、それは魔

除けの呪文とはならなかった。「無知であることは免罪符とはなり得ない」と哲学者か誰

かが言っていたが、性質の悪い悪戯電話が原因とあっては、不満のぶちまけようもない。

しかも、私の知っていた宮城と言う男は、その様な悪戯をして喜ぶ様な人間像とは余り

にかけ離れた存在である。彼は何よりもまず兵士である/であったのだ。

疑念と憤りがない交ぜになり、落着かない日々が続いた。

今朝方もいつもの夢で目を醒ますと、電話が耳障りなトレモロ音で吠えていた。

「はい」

「チャンネル8。朝のニュースを見ろ。5分後だ」

再び宮城の電話は、一瞬で切れた。

「糞っ、くそくそくそっ、貴様はいったい・・・」

無機的な信号音を繰り返す受話器を叩き付けると、TVを点けた。

ローカル局の7時のニュース。

「まずは交通事故のニュースから」

これと言って特徴のない男性アナウンサーが面白くもない出来事を伝える。

「本日未明、埼玉県所沢市緑町3丁目の県道6号線T字路で、自家用車がガードレールに

激突し、運転していた男性が死亡するという事故が起きました。死亡したの は所沢市

美原町の会社員磯上良重さん35才で、所沢警察署の調べによりますと・・・」

イソガミヨシシゲ。どこかで聞いた名前。

コプタ・パイロットだ。レコン・ヘリ「ノイジー・レイヴン」。あの日、消息不明とな

り、我々が救出したヘリのクルー。

どうやらこれが、宮城が言った「拡大上海の件」らしい。

好機心は猫をも殺す。「関われば死ぬ」と狂犬は言った。そして私は憤った探偵。

「ふざけやがって」

そう呟きながら、調査日程を立てる。まず、イソガミの線から洗うことにした。所沢な

ら私の住む都区部の西のこの街からもさほど遠くはない。黄色い電車の私鉄に乗って20分

程の距離だ。

しかしそれは、トラブル行きのミステリー・トレインだったのだ。

























光瀬龍先生、矢作俊彦先生、関川夏央先生をリスペクトしております。

ハードボイルドを40年来愛読しております。

趣味が昂じてのパターンです。

本短編はオムニバス作品群の導入部として構想しております。

蘇る第三次PKF日本軍の拡大上海での作戦行動とその悪夢。

ギリ剽窃、どこかで見た設定と人物造形ですが、お目汚しご容赦の程を。

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