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世界の果て

作者: うーさー

 靴を履いて、外に出た。

 きっとここは、世界の果てに違いないと、昔はよく思ったものだ。

 空は一日中宇宙のように暗く、星々が控えめに煌めいている。眼前には、息を飲んでしまうほど巨大なステンドグラスが壁のように広がっている。何処からか光が差し込み、大地に写し出されていた。その大地さえ、地面ではなく水面(みなも)だ。歩く度に、波紋が浮かび上がる。

 そんな、幻想的な世界しか広がっていないのだから、世界の果てと思うより他がない。

 初めの内は、この光景が信じられなくて、ただ呆然とステンドグラスを眺めていた。その内、あそこまで行けば何か分かるのではないかと、歩くようになった。結果、あそこには辿り着けない事が分かった。進んでも進んでも、あれは遠ざかっていくのだ。

 まるで、虹のように。ステンドグラスが反射された水面にすらも、到達できない。

 どこまで行っても、暗い水面に波紋が作られ消えていくだけ。振り返っても、自分の足跡は無いが、遠くなっていた屋敷だけが歩みを教えてくれていた。

 その内に、自分の事が分からなくなってきて、その場に座り込んだ。水面の地面は、不思議と服を濡らさない。

 この世界の果てで、自分は生まれたのではないと識っていた。だが、この世界の果てで、生活しているのも識っていた。記憶の混同どころの話ではなくて、知らず知らず涙が零れた。自分がどうなっているのかも分からなかった。ただ、あれを眺めながら泣くしか出来なかった。暫くして、屋敷からの迎えに、背負われて帰ったのだ。

 そして、今日もあのステンドグラスは何処からか光を受けて、水面に写っている。

「あ!お嬢!」

「ナギ、お帰り」

「うっす!お嬢はお散歩ですか?」

「そんなところ」

 呼び止める声に振り返れば、どこからともなく彼は現れた。まるで、空間を割いたように。これにも初めは驚いたものだ。

「また、リアムさんに怒られますよ?」

「あり得る話ね」

 小さく笑いながら、屋敷に向かう彼に続いた。

「先に帰っていてもいいけど」

「えー?そんな事したら、リアムさんに殺されるっす」

「大丈夫。私から言っておくから」

「いやいや、その前に絞められるんで」

 空間を割くように移動するのは、なにも彼の特殊能力ではない。この世界では、誰しもそうやって移動しているのだ。だから、昔歩き潰した距離はひとっ飛びだし、苦にはならない。

 しかし、どうやっても私はそれができない。それが逆に、この世界の住人ではないと言われているようで、寂しい気持ちになる。

「もう子供じゃないっていうのに」

「お嬢に何かあったら、俺達みーんな死んじゃうんで」

「だから、そんな事あるわけないじゃない」

「あるんですぅー」

 時折、屋敷の人間は私が死ぬと皆死ぬと言う。比喩でも何でもなく。彼らのボスであり、私の庇護者であるリアムも口にするのだ。信じがたいとは思っているが、冗談とも取りにくい。

「何だ、ナギ。お嬢とデートか?」

「フ、フェリデ!お前、そんな訳ないだろ!俺はお嬢が一人で居たから…!」

 また、空間が割けた。声が先に届いているから良いものの、それがなければ心臓に悪すぎる。隣で慌てているナギの首に腕をまわして、フェリデは笑っていた。

「そうかそうか。お嬢、ナギの奴に何もされてませんか?」

「何も。今回は長かったわね、フェリデ」

 空間を割いて、彼らは外に出ている。そこで仕事をして、こちらに戻ってくるのだ。誰に聞いても、知らなくていいの一点張りで詳しくは知らないが、仕事というのが危険が伴う事なのはなんとなく察している。

「ええ、まぁ…寂しかったんで?」

「皆が揃った方が良いに決まってるわ」

「それは嬉しい限りですが、中々の難題で」

「本当にね」

 屋敷に住む全員が、一同に会することは滅多にない。誰もが、少し休んですぐに仕事へ向かってしまうからだ。リアムによれば、外で好きにやってるからいいらしいが、私からすると働かせ過ぎだと思ってしまう。

「ナギ、拗ねるんじゃねえよ」

「拗ねてねーですよ!」

「ふふ、今日は楽しくなりそうね」

 じゃれあっている二人を見るのも久しぶりだ。それにしても、二人を随分と歩かせてしまった。いつもの空間移動なら、あっという間だと言うのに。屋敷の皆は、いつも私に合わせてくれる。リアムの庇護者だからなのか、生命に関わることだからなのか。そう考えると、個性など価値が無い気がしてならない。人形なら、出歩く事もなく彼等を煩わせる事もない。

「お嬢、どうかしました?」

「え?」

 色々考えてはいるが、聞いてはいたし相槌も抜かりない。それなのに、心配そうな声がして顔を上げれば、ナギの鈍色の瞳が真剣な眼差しで見下ろしていた。

「いや、なんとなーく」

 合った視線は直ぐに戻されて、何だったのかと目を瞬かせてしまう。当の本人は、頭の後ろで手を組んでどこ吹く風だ。

「なんだ、ナギ」

「だから、なんとなーくさ」

「何となく何だ」

 見かねたフェリデが彼を問いただすも、言葉は濁されたまま。ああ、フェリデの眉間が寄せられていく。

「なんでもねーですよ!お嬢、行きましょ!」

「ナギ!」

 気付いたときには、手を引かれて走り出していた。振り返れば、フェリデが手で顔を覆っているのが見える。

「屋敷まで競争します?」

 フェリデが見えなくなってから、漸くナギは足を止め笑顔で振り返った。

「勝ち目がないわね?」

「ええ、まあ」

 コンパスがそもそも違うんで、と続けたしたり顔に足を踏んで返事をする。

「いった!?」

「ゆっくり帰りましょう。あと少しよ」

「うっす」

 大人しく返事をしたナギは、気まずそうに手を離して頬を掻く。屋敷まで目と鼻の先だ。

初投稿です。

この度はお読みいただきありがとうございました。


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