第一章《零と佰》(第四部 前編)
翌日、三人は昨日のように集合し、学校へと向かった。今日は、昨日渡された紙に書かれていた通り、一時限目の自己紹介などを終えたあと、二時限目に精霊力検査を迎えることとなる。登校途中、二人は、刹那の事をまだ心配していたが、当人は音楽を聴きながら歩いていた。大丈夫かな、と心配しながら二人は見ていた。どうしたの、と顔をしながら刹那は二人を見たが、特に深く気にせず、そのまま歩いた。
学校へ着く頃には、いつも通り、三人仲良く話していた。本校舎に入り、教室へとそのまま向かった。教室に入ると、まだ少し新しい環境になれていないせいか、独特の静けさが漂っていた。入学式を迎えた暫くの朝は、まだ知らない人同士の為、このような静けさが漂う。中学の頃にもあったな、と思いながら三人は席に着いた。
それから数分後、クラスメイトは全員席に着いていた。その直後に、イリスが入って来た。
「ういーっす、おはよう」
「「おはようございまーす」」
イリス先生の挨拶に、少し小声ながらも、皆挨拶を返した。
「まだこの時間はSHRだからいいが、終わった後の数分後には一時限目だからな。早めにトイレに行っとけよ。場所は、この教室を出て左側な」
その後、今日の説明を簡単に終えると、職員室へと向かっていった。SHRが終わると、蒼唯と紅明は、刹那の席へと向かった。話は紅明から始まった。
「ねぇねぇ、自己紹介どうしよ。何も考えてないや」
「別に自己紹介だから、そこまで考える必要ないと思うぞ?」
そういうと蒼唯は、中学時代を思い出しながら話した。
「自己紹介かぁ……結構第一印象決まりやすいからね。そのおかげで中学の時、皆にお母さんとか呼ばれちゃったなぁ。同年代なのにね」
笑いながら、蒼唯は話した。
「確かにな。家事全般出来て、幼稚園児の面倒もしっかり出来てるからなぁ。言われるのも分かる」
「でも、その自己紹介したら、またお母さん呼ばわりだね」
一人納得してる刹那をよそに、紅明はそう言った。確かに、と言った表情で蒼唯は自己紹介の内容を考え出した。それを見て二人は、おいおい、と思った。そうしていると、一時限目の始まる一分前を告げるチャイムが鳴り出した。それぞれ席に着いた。それから一時限目の開始を告げるチャイムが鳴ると同時に、イリスは教室に入ってきた。
「全員いるなー。はい、起立、礼、着席」
挨拶を終えると、イリスは話を始めた。
「とりあえずだ、まずは簡単に出席番号順に、前に来て自己紹介を始めてくれ。名前と趣味だので一つ付け加えるだけで十分だ。質問は面倒だから、あとで個々に聞いてくれ。それじゃ一番の東谷から」
自己紹介が始まった。イリスは、教壇の隣にある椅子に座った。前の生徒が終わると、次の生徒を呼んだ。それとなく、全員緊張をしている様子であった。自己紹介が終わると、皆拍手をした。前の七人が終わると、刹那の番となった。
「じゃあ次」
返事をし、前へと向かった。
「名前は、黒飾刹那です。趣味は、運動が好きなのでランニングをしてます。あとは家事が好きです。短いですが、以上です」
自己紹介を終えた。それから二人の自己紹介を挟み、蒼唯の番となった。
「私の名前は、細流蒼唯です。趣味は料理研究です。様々な国の料理を作ってみて、自己流にアレンジなどをしています。終わります」
蒼唯の自己紹介を終え、後ろの人が終わると、紅明の自己紹介となった。
「私の名前は、高宮紅明です。趣味はスポーツで、体を動かすことが好きです。けど、勉強は苦手なので、そこら辺はよろしく!終わり!」
終わり掛けになると、いつも通りの紅明のテンションで終わっていた。言い終わった後に、紅明は頬を赤くしていた。
三六人、クラスメイト全員の自己紹介は終わった。すると、イリスは教壇に立ち、係り決めをすると言った。これは予想より、早く決まった。委員長に、蒼唯ともう一人。体育委員に紅明。刹那は無し。
係り決めが終わると、イリスは、時間になるまで適当になんかしとけー、と言って教壇の隣の椅子に座った。個々に読書やスマホを触りだした。また、隣の席の人や、前の人に話かけている人もそれなりにいた。紅明は睡眠を始め、蒼唯は読書を始めた。刹那は特に何もやることがなかった為か、スマホを取り出し、音楽を聴き出した。
個々に時間を潰していると、一時限目が終わった。挨拶を終えると、イリスに教室で待つように言われた。休憩時間になると、蒼唯と紅明は、刹那に近寄った。紅明から話が始まった。
「ねぇねぇ刹那、大丈夫?」
「いきなり大丈夫と言われても、何に対して大丈夫なんだ……?」
「えーっと、精霊力」
「あー、大丈夫だと思うよ。自分でも分かってる。どんな結果になるか」
刹那は、少し視線を落としてそう言った。
それを見て蒼唯は、刹那に聞いた。
「無いって事が?」
刹那は、驚いた表情はあまり出していなかったが、間をおいて小声で、うん、と答えた。それを聞いて安心したのか、蒼唯は続けて言った。
「そっか……でも、もしその結果になってもちゃんと私達に言ってね。何があっても私達は幼馴染だから」
少し嬉しそうな表情を、刹那は浮かべていた。それを見ていた紅明が、微笑みながら言った。
「おアツいですなー」
このっ、このっと言った感じで、蒼唯に肘を当てた。否定している蒼唯と揶揄う紅明を見て、刹那も楽しそうにしていた。そうしている間に、休憩時間は終わり、二時限目が始まろうとしていた。
二時限目が始まり、イリスが入ってくると、挨拶をして席に着いた。すぐにイリスは話を始めた。
「えー、二時限目だが、昨日配った紙にもある通り、精霊力の検査を行う。異常が既にあるものはあとで申告してくれ。言いにくいと思うからな。別に気にしてない奴は今言ってくれても構わないからな」
そういうと、刹那は手を挙げた。それをクラスメイト全員が見た。
「どうした黒飾。何かあるのか?」
席を立つと、隠すこともなく言った。
「無いです」
「え?」
突然の、無いです、全員困惑していた。紅明と蒼唯は、遅れて理解をした。刹那はお構いなしに、繰り返し言った。
「無いです」
「何が?」
「精霊力が」
「あー、なるほど……は?ホント?マジ?」
イリスは驚いていたが、二人を除く三三人も同様に驚いていた。今まであまり聞いたことが無い例の為か、イリスは少し焦っていた。元来、精霊力が無いものは、意図的に姿を消している精霊は見えない。しかし、刹那は精霊力が無いのにも関わず、意図的に姿を消している精霊が見えている。このテストは、入学式に行われていた為、異常ではないが、非常な状況である。
次第に、落ち着きを取り戻したイリスは刹那に言った。
「とりあえず、検査は受けるんだな?」
「五年前に調べてから、それ以降調べてないので念のためと言う事で」
イリスは少し考えたあと、答えた。
「こっちから担当には伝えておくから、順番通りにな」
そう言われて、刹那は返事をして席に着いた。イリスは、その流れで検査での話をした。
話が終わりかけの時に、他の先生がクラスにやってきて、多目的室に来るように言われた。クラスメイトは、廊下に出ると、イリスと呼びに来た先生の二人に着いていく形で、向かった。多目的室に着くと、出席番号順に検査する形となった。検査が始まり、少し時間を置いた後、刹那の番となった。多目的室に入っていくと、五年前の機械より物凄く小さくなっており、携帯出来るぐらいの大きさであった。担当医が刹那に聞いて来た。
「イリス先生から聞いたけど、精霊力無いんだって?」
「はい、五年前に調べたっきりなので、完全に無いわけではないとは思いますが」
「昔の機械はちょっと大雑把に調べてたから、そうかもね。あっ、これ腕に着けるからそこに腕置いて」
言われた通りに腕を置くと、着けるものは、コードで繋がっている大き目なブレスレットのようであった。それを取り付けると、自動的に検査が始まった。すると、担当医が話を始めた。
「ここ最近できた機械だから、昔に比べたら間違いは無いだろうね。検査項目も三つだからね」
「三つもあるんですか?」
「うん。細かく分けるといろいろとあるけど、その三つを調べれば分かるからね。っと、検査終わったよ。とりあえず結果だけど……おぉ……凄いね」
担当医は、検査結果を見ながら驚いていた。
「どうかしましたか?」
「いや、これ見て」
その紙には名前などが書かれている以外に、検査結果が三角形のレーダーチャートで結果が出ていた。具現能力、付加能力、均衡能力の三つ項目があるが、刹那は、具現が零であるが、付加と均衡は少なからず残っていた。そのため、今回の結果で刹那は完全に零ではないということは証明された。
「零じゃなかった……よかった」
安心していると、担当医は続けて言った。
「って思うけど、寧ろ問題。本来、均衡ってのはその名の通り、二つの力を保つもの。二つがないと均衡ってのは行われないの。でも今回の結果で、均衡はないはずのに何故か一つの力で均衡が働いているの」
「つまり……?」
「簡単に言うと、具現能力が異常に高くて、他の二つも高い数値の精霊でもいない限り、君の能力は完全には発揮されないってこと。細かいことはイリス先生に聞きなさいよ?」
「は、はい」
刹那はそのまま挨拶をし、多目的室を出た。
全員の検査が終わり、今日は二時限目で終わり、下校となった。明日からは四時間で対面式などを行った後、精霊科のクラス達と合同授業になる。
下校中、偶然ルナと出会った。
「あっ!この間の!」
「あっ……仙娥さんだっけ?」
「うん!いやぁ、まさか会うなんてね。因みに後ろのお二人は?」
「えーっと、こっちが蒼唯で、こっちは紅明。幼馴染なんだ」
「へぇー幼馴染かぁ」
物凄く興味津々でルナは刹那に聞いて来た。後ろで蒼唯と紅明は、誰かな、と話していた。すると、ルナは二人に近付いて聞いて来た。
「えっと、青い髪の子が、蒼唯ちゃんで、赤い髪の子が紅明ちゃんね!私は仙娥ルナ!よろしく!」
そういって両手を差し伸べた。
「ルナちゃん!よろしく!」
「よ、よろしく、仙娥さん」
紅明は、元気よく握り返し、蒼唯は軽く握り返した。ルナは三人に聞いて来た。
「あっ、皆帰り電車?」
「そうだけど、仙娥さんも?」
「うん!ここから見て右側方面だったかな」
ルナはその方向を指した。それを見て三人はもしかしてと思った。何駅で降りるのかと聞くと、三人がいつも乗る駅であった。ルナと四人で驚いていると、四人で帰ることとなった。ルナは、無邪気っぽさが漂っており、相手をしている刹那は少し手を焼いている様子であった。
それを見ていた蒼唯は少し頬を膨らませていた。その様子を見て紅明が蒼唯に聞いて来た。
「妬いてる?」
「別に」
妬いているのが隠しきれていないが、否定はした。が、無意味であった。紅明はそのまま聞いた。
「そりゃねぇ。刹那の事は幼馴染の私たちの方がよく知ってるからねぇ。うんうん。でもいきなりあんな子が現れて、隣で話してた男の子が取」
続けて言おうとしたが、紅明を見る蒼唯の視線に恐怖を覚えたので話すのをやめた。
「ご、ごめん。つい……」
「いいよ、別に……どうせ幼馴染程度だし……」
暗そうな表情をした。前でルナと話していた刹那が後ろに目をやると、蒼唯が悲しそうな表情をしていたのが見えた。紅明にルナを頼んで、蒼唯に近付いた。
「どうしたの、蒼唯?」
「別に……」
中々目線を合わせてくれない蒼唯に、刹那は困っていた。何かしたんじゃないかと。紅明と何かあってもすぐに仲直りしているが、今日のそれはいつもとは違っていた。その為、刹那は自分自身が何かしたのではないかと思った。
「あー……そうだ、今日の夜、料理作って持って」
「今日はお母さんが作ってくれるからいい……」
「そ、そっか……」
どうすれば機嫌を直してくれるか分からないまま、気が付けば既に家へと着いていた。まだ姉と両親が帰っていないため、静かであった。部屋へと戻ると、そのままベッドに倒れた。
「はー……」
深いため息を着くと、仰向けになり、天井を見つめた。未だ、理由が分からないまま帰ってきてしまった事に後悔をしている。どうすればよかったのか、一切分からないまま、その日は終わってしまった。
同時刻、蒼唯宅――
気が付けば家へと着いていた。しっかりと言えばよかったものを、と一人後悔をしていた。
「ただいまー……」
玄関を開けて入ると、母親が来た。
「あら、おかえり、蒼唯。どうしたの?」
心配されたが、蒼唯はなんとか隠そうとしていた。
「ううん、何でもないよ」
「そう?ならいいけど……あんまり無理しないでね?」
「うん」
蒼唯はそのまま部屋へと戻り、ベッドに倒れこんだ。
「うー……何でちゃんと言えないんだろ……」
後悔をしていた。素直になれない自分が、蒼唯は嫌いであった。素直になれば、今よりも楽しく刹那と話せると思っていたが、今日はそれとは真逆の事となってしまった。明日もこんな様子だと、悪化してしまうと思い、蒼唯は明日、刹那に謝ろうと思った。そうして、その日は終わった。