第一章《零と佰》(第一部)
刹那と真希が、黒い布で包まれた男に襲われてから、五年後。精霊力を奪われた刹那は、その時の事件がきっかけで暫くの間、人と精霊達を恐れていた。しかし、友達や、姉の協力もあって克服をし、人と精霊達への考え方も変わった。
それは、刹那は多くの人と精霊達と、新たな関わりを結ぶことになった……
西暦二〇二七年四月五日月曜日
「ピピピッ……ピピピッ……」
住宅街にある、とある一軒家。その家で小さな電子音が鳴り響いた。その近くのベッドで寝ていた黒髪の少年は、布団の中で唸りながら、それに手を伸ばした。
「うぅ……あれっ……ってうわっ!!」
ベッドの端の方にいた為か、少年は滑り落ちた。そのおかげで、目が覚めた少年は、腰に手を当てながら、目覚ましを止めた。時計の短針は、午前六時を指していた。
「朝から災難だな……」
ため息を吐きながら、独り言を話すと、少年は南日がよく指す、掃き出し窓のカーテンを開けた。太陽の光が一気に迫った。目を少し細めながら、窓も開け、ベランダに出た。空は快晴で、時折吹く風はまだ少し肌寒い。既に出勤途中の人もいた。
「さてと、僕も準備するか」
少し眺めた後、部屋に戻り窓を閉めて、ベッド近くの壁に貼ってあるカレンダーを見た。
「四月五日……精霊学園での生活……楽しみだな」
口元を少しニヤつかせていると、一階から声が聞こえてきた。
「刹那ー、朝ごはんにするよー」
「はーい、分かったよ姉さーん」
黒髪ショートヘアの彼の名前は、黒飾刹那。不思議な過去を持つ少年。
部屋から出て、一階へと降りリビングへと向かうと、黒髪ポニーテールが特徴的な姉――真希が朝食を作り終えて、既に食べ始めていた。
「おはよ、姉さん。いつもより早いね。」
「おはよ!刹那!今日は現場に直行してって上から頼まれたからね。少し遠いから早めに出るってわけ」
「なるほど」
「って、先に顔洗ってきなさいよ?」
「分かっているって」
話に一旦の区切りをつけると、刹那は直ぐに洗面所へと向かい、やることを済ませるとリビングに戻った。寝癖が厄介だったためか、少し時間がかかった様子である。
「いただきます」
「あっ、そうだ刹那、これ見た?」
真希から刹那に新聞を渡して、その記事を指した。そこには、最近起こった事件についての事だった。
「昨日の夕方にあった事件だね。確か、その後直ぐに犯人捕まったのじゃなかった?」
「それが、どうやら逃げたらしいの」
「えっ?」
疑問に思うのも当然。最近の警察署は一度入ったら逃走は不可能。そこから逃走したのだ。その謎の出来事に、真希は続けて説明をした。
「多分だけど、霊じゃないかって言われているの。えぇっと、幽霊じゃなくて、精霊ね」
「精霊なら出来なくはないけど……あっ、姉さん、もしかして今日の現場ここ?」
刹那がそういうと、笑みを浮かべながら真希は頷いた。
「正解!とは言っても、大体目星は付いているけどね。邪霊だと思うよ」
「邪霊か……」
精霊と言うのは、八百万の如く存在しており、様々な物に宿る魂が人の形となったもの。邪霊も同じであるが、人の欲望を狙う為、精霊とは別の存在とされている。
真希は続けて、話をした。
「でも、位の低い邪霊だといいけどねぇ」
「えぇっと……Eランク帯だっけ?」
「そうそう。1つ上のDランク帯になるだけでも、かなり面倒だからね。書類的な面で」
真希は、精霊、主に邪霊に関する事件を担当する仕事をしている。一部市の公務員になるぐらい難しい職業に簡単に受かったらしい。当人によると、精霊が好きなら出来て当たり前、とのこと。
真希が腕時計を見ると、既に六時二〇分となっていた。
「あっ、そろそろ行かないと。ごちそうさま!刹那、洗い物頼める?」
カバンを手に取って、椅子をしまうと玄関に向かって行った。
「やっておくよ。気をつけてね、姉さん」
「じゃあ、行ってきまーす!」
颯爽と真希は、現場へと向かって行った。
「行ってらっしゃーい。さてと、僕もそろそろいかないとな。ごちそうさま」
食べ終え、洗い物を済ませると自室に戻った。
新しい制服に着替えると、鏡の前で立って見た。一度、試しに来てはいるものの、まだ馴染めない感覚がある。その後、カバンの中身を確認したあと、手に取り、玄関に向かった。
「忘れ物無いかな……姉さん今日遅そうだし、鍵はあるな……あっ、スマホ忘れた」
カバンの中身を確認したが、肝心な物の確認を忘れていた。部屋にスマホを取りに行き、玄関に戻ってきた。
「危うく連絡手段が絶たれるところだった……確か2人との待ち合わせ場所は……後で聞こ」
行く約束をしていた友達との、待ち合わせ場所を忘れたのを気にせずに、ローファーを履いた。まだ慣れない感覚であるらしく、違和感を覚えていた。準備を整え、カバンから取り出した鍵を手に、玄関を開けた。
外に出ると、玄関に鍵をかけた。刹那は、待ち合わせの予定をしていた場所を、スマホで約束していた子に聞き、急ぎ足で向かった。途中、近所の人に挨拶をしながらその場所に向かって行った。それから数十分。最寄りの駅に到着した。刹那は、スマホをポケットから出し、時間を確認した。
「ピッタリか。確かこの付近に……あっ、居た」
待ち合わせをしていた場所に、二人の少女が立っていた。一人は高身長な青髪のロングヘアーに、ツインテールが特徴的な子。もう一人は小柄で華奢に赤髪のショートカットが特徴的な子である。
駆け足で刹那は二人に近付いた。近付いてくる事に気付いた、青髪の子が手を振った。
「刹那―遅いよー」
「ごめんって蒼唯」
青髪の子に謝ると、赤髪の子が肩に腕をかけ、首を軽く絞めてきた。
「相変わらずだね、もうちょっと時間気にしようねー」
「はい、気を付けます……」
刹那は、苦笑いしながら、赤髪の子の腕を軽く叩きながら答えた。
青髪の子は、細流蒼唯。刹那とは幼馴染。赤髪の子は、高宮紅明。蒼唯と同じく幼馴染。
蒼唯が腕時計を見ると、電車の発車時刻の数分前となっていた。
「あっ、もう行かなきゃ。二人共行くよー」
「「はーい」」
刹那と紅明は声を揃えて答えた。
改札口を通り、プラットフォームへと向かった。同じような制服を着た生徒が沢山居た。その光景を見て、紅明が刹那に聞いてきた。
「そういえば、刹那ってどうしてこの学校選んだの?」
「んー、そうだなー」
刹那は、唐突な質問に驚いていたが、腕を組んで、選んだ理由を思い出そうとした。
「正直、なんで選んだのかよくわかってない」
「えっ」
紅明は、声に出して驚いた。蒼唯は声に出してはいないものの、少し驚いた表情をした。それもそのはずである。刹那は、二人には合格通知を貰ってからは、説明会で会うまで何も言っていなかった。
蒼唯が、確認を込めて聞いて来た。
「本当に良いの?」
「……良いんだよ。何も出来なかった自分への戒めでもあるし、精霊力が無いからって何もできない訳じゃないからね。精霊に関する仕事でも見つけられると思ってね」
「そっか……」
蒼唯と紅明は、相槌を打った。
話に切りが着いた頃、丁度電車が来た。大勢の人が降り、大勢の人が乗った。3人が乗り終えた頃には、車内に大勢の人がいたが、満員という程では無かった。
3人は手すりに捕まり、他愛もない話をした。しかし、気付けば、蒼唯と紅明でちょっとした女子会を始めていた。
「そういえば、数か月前に買った服がさ、ちょっとこの辺りがキツくて……」
「うわー、出たー。このやろー。こっちはそういう悩みが無いからいいけどね!」
「ごめんって……あっ、紅明がおすすめしてくれたお店に行って来たけど、スイーツ美味しいね」
「でしょ?あそこ最近行けてないから休みの日に行こうかなぁって」
刹那は一人、話に取り残された為、車窓からの景色を眺めていた。
「大丈夫かな、ホントに」
何かを思いながら、そう独り言を呟いた――