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    第八話 世

 研ぎ澄まされた意識の中で、僕は眼を覚ました

 知らない間に眠っていたようだ。もう朝になっている

 珍しいな、こんな一ヶ月前の夢を見るなんて。あの、僕が自殺しようと思ったあの日をなぞっみたい。まるで映画館でモノクロ映画を独りで見終わった気分だ

あれから少しずつ変わった。僕も、世界も。僕は自分で自分を終わらせたいと思うようになったし、死んで、あのノートの持ち主のように輝きたいと思った。もうこんな酷く荒んだ世界で呼吸をするのに意味もないと思えたから。すぐに学校も行かなくなって、それで―――――――――

 あまり記憶がない。いろんなことがありすぎて頭の中が壊れていく感覚。もう僕じゃなくなっていく感覚。世界がどんどん僕を追い抜いて色褪せていく感覚。

 もう、僕は僕じゃないのかもしれない。

 そう思った途端に母さんの声がした

「誠ー!もう起きなさい、今日出かけるんでしょー!」

 少しドキッとして、身体の動きが一瞬止まった。

 なんで死んだ母さんの声が聞こえるの?

 でもすぐにここが夢物語ぼくのゆめの世界だったっていうことを思い出して、我に帰る。そうだ、この夢ここには母さんと僕しかいないんだった。忘れかけていた『今』の現実りあるを思い出して溜息をついた。空想なのだろうかこの世界は、それとも何か、もっと別の・・・・・・・

 僕はそれ以上考える気になれなくて、服を着替えて、階段を降りた

 母さんは休日の格好に化粧をして、僕におはようと言いながら朝食の準備をしていた















母さんに連れ出されて向かった先はいつもお盆の時に二人で行っていたお墓。でも俺はこの墓の中に誰が眠っているか知らなかった。けれど、母さんの大事な人だって事は嫌でもわかる

 だって、いつも手を合わせている時の母さんの横顔は真剣なんだ

 いつもみたいに笑ってない。ただ、本当に祈るだけのために存在しているようにも見えるくらい。僕にはよく理解できなかったけれど、この墓が誰のものなのかなんて聞く気にもなれなかったし、聞くつもりもなかった。母さんが大事にしていた人ってことに変わりはないと思ったから。

「ごめんね、せっかくお休みなのにこんな場所で」

 そういいながら、母さんは僕に向かって困ったようにへらへらと笑った。少し胸が痛い。もうそんな顔で笑わないでよ。

「別に、いいよ、何処でも」

 だって母さん、この夢には僕と母さんしかいないんだよ。僕達が電車に乗ってる間も、駅を出て歩いてからも、お寺に来てからも誰も会ってないでしょ?いつも出かける時に嫌でも顔を合わせてくる隣に住んでるおばさんも今日は見なかったじゃないか。それに、もう死んでしまった母さんがそんなこと言わなくていいよ。

 気を使わないでよ、こんな僕にまで

 飛び下りて自殺しようとした、命を、母さんがくれた僕の命を捨てようとしたこんな


 こんな汚い僕にまで


 そう思った僕は、母さんが持っていたシャクとバケツを「持つよ」と言って、先を歩き出した。顔を見られたくなかったのもあるのかもしれない。僕は今誰かと面と向かって話せるほど余裕が無かったから。

 正直、上手く言えなかった。今この夢の中の母さんに何を言っても伝わるどうか解らない。もしかしたら、言った瞬間にこの世界ごとなくなってしまうんじゃないかって少し怖い気もした。消えて欲しくなかった。もしあの変な少年の言ったことが本当なら、僕は明日、この世界から消えるのかもしれない。きっと選ぶっていう言葉の意味はそういう事だ。なんとなく解る気がして、僕は溜息を噛み殺した。それまで、嘘でもいい、母さんと最期まで一緒にいられればいいと思う。きっと、それが最期の罪滅ぼしおやこうこうなのかもしれない。

 その時、母さんが僕の後ろに居なかったことに気が付いた。どうしたんだろう?僕は振り返って、さっき手を合わせた墓のほうを見た。母さんはまだその前に立ち尽くしている。僕は駆け寄って声をかけようと思って、足下にシャクとバケツを置いて母さんの方へ駆け足で寄って行った

「どうかしたの?」

 もうすぐ日がくれちゃうよ、母さん

 僕がそう言おうとした瞬間、母さんの口が音もなく開いた

 瞳には大粒の涙が溜まっていた

「ごめんね、誠」

「え?何、どうしたの」

 僕が声を発しても、何も言ってはくれなくて

 母さんはそのまま僕のこと抱き締めて一人で泣きじゃくった

 泣いて、泣いて、もうどのくらい時間がたったんだろう

 日はもうとっくに暮れて、空の色はもう黒ずんでいて、夕日の色が確認出来ないほど霞んで見えた

 随分長い時間が流れた頃、母さんは僕としっかり向き直って、自分の両手で涙を拭いた

「あのね、誠にまだ言えなかったことがあるの」

 そして、信じられないような言葉を囁くように俺の耳の中へ落とした


「本当はあたし、誠のお母さんじゃないのよ」


 

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