第三話 の
僕は、着替えを済ませて階段を降りた。何も変わらない僕の家そものもだったけれど、捨てたはずの制服や、ネクタイが僕の部屋にあった
階段を降りると、母さんが僕のことを呼び止めた
「ご飯できてるよ、誠。食べちゃいなさい」
「うん・・・・、ありがとう」
僕のぎこちない返事にきょとんとしながらも、母さんは自分の仕事の準備を進めていた
温かい食事は現実そものもで、さっきまで僕が屋上にいたのが嘘のように感じられた。母さんも本当は生きていて、事故になんてあってなかったんだと思えるほどに
僕はどうして屋上にのぼったのかさえ思い出せなくなりそうだった。僕の毎日が掌の中に戻って来たとさえ思いはじめていた
学校へ行く支度を済ませると、母さんと一緒に家を出て、学校に向かう通学路へと急いだ。別れ際に「いってらっしゃい」と母さんの声が後ろでした。手を降り返すと、母さんは笑顔で僕を見ていた
僕は死ぬ前に夢でもみているのかもしれない。だとしたらなんて幸せな夢なんだろう。僕はこうして、最高の毎日の夢をみて死ねるなんて
神様にこうも感謝したことはない、と思った
その時、背後で声がした
「飛べた?」
振り返ると、屋上にいた女の子のような少年が僕の後ろに立っていた
僕は一瞬驚きで声が出なかった
「お、お前!どうしてここにいるんだよっ」
訳もなく、僕の身体は震えだした。少年は僕へゆっくり歩み寄って来て、屋上のときのように訳もなく嬉しそうに笑っている
「どう?空を飛んでる気分は、誠くん」
「は?何言ってるんだよ。それに――――――――――」
なんでお前は僕の名前知ってるんだ?
「だって君飛べないのに、落ちようとするから」
少年は僕に向かって何事も無かったかのように笑いかける。ここは僕の夢の中じゃないのか?そうじゃなかったとして、どうしてこいつは僕の飛び下りた瞬間を見てるのにこうも冷静なんだ?どうして―――――――、ここは夢じゃないのか?
「飛ぶとか落ちるとかさっきから何なんだよ一体!僕の中を掻き乱すなよ!」
ありったけの声で叫んだ。喉の奥が焼けたように痛くて、息苦しくなる。目の前の少年は驚いたように瞳を大きく見開いて、かと思ったら少年は何かを見つけたようににんまりとシニカルに笑って、腕組みをした
大きな紅い両目が細く弧を描いた
「そんなに死にたかったの?」
綺麗な声が少年の口から漏れて、僕の中をずたずたに切り裂いた。死にたかった本当に僕は死んでしまいたかったのに。でも今ここで呼吸をして、立っている。どうしようもないジレンマが僕を切り裂いていく。母さんの顔が頭の隅にちらついて離れないのに・・・・
自分で自分を殺してしまいたかったくせに、僕は・・・
「ふぅん、君飛びたいんじゃなかったんだ。唯単に死にたかっただけなの?」
つまらなそうに言う少年の顔がむかついて、僕は彼の胸ぐらを掴み掛かった
「わっ悪いかよ!僕がそう思ってたんだ!お前があんな所で邪魔しなければ、僕は―――――!」
飛び下りることができたのに!
どうしようもない気持ちが溢れ出して、僕は声を荒げていた。そうだ、僕は死にたかった。この世の中から消えてしまいたかったんだ。誰に必要とされているのかもわからないで生き存えているなんて嫌なんだよ。生まれた意味も、生きている意味も知らないままで、呼吸をしているだけなんて。そんなのは死んでいるのと同じだろ。僕はもう生きてない
僕が死んでるんだ
その時、僕の手を少年が叩き落とした
両手に痛みが電気のように走って、僕は低い声を出して胸ぐらを掴んでいた手を引っ込めた
「君面白いね」
「は?何言ってるんだよ」
「自殺したい、死んでしまいたい、自分から人生を投げてまでそれを成し遂げたいと思ってるのに、この環境を幸せだとさえ思ってる。君の以前の生活では自殺まで結びつかなかった。なのに今では厳重に人の踏み込まないような場所で自殺をはかる・・・・矛盾してると思わないかい?」
少年の瞳の赤が濃くなったように思えて、僕は眼を剃らせなかった
「君は誰の為に、何の為に死ぬという選択を選んだの?」
「それは・・・・」
全て悪いことから解放されたかった。死んでしまえば何もかも無くなるから。僕が僕でなくてもいいとさえ思った。今楽になれるならどうだってよかった
全部自分の為
でも上手い言葉が見つからない。僕の言葉が足りの無いのだろうか、今少年にどんな言葉で説明しようとしても方法も手段も何一つ思い付かなかった
その時、少年が唐突に僕の目の前に手を差し出して来た
「いいかい、綾瀬 誠。この世界は君の人生だ」
「だから、さっきから意味のわからないことばっかり言うなよ」
「でもこの人生は期間限定の期限付、明後日あの太陽が沈めば君は選ばなくちゃいけなくなる」
「は?さっきからお前何言って――――――――?」
「飛ぶのか落ちるのか」
不意に少年が薄くなっていく
空気と同化するように薄れていく
「おい!どこ行くんだよ!?」
「君が落ちるまであと二日ある、それまでに翼を手に入れればいい」
少年は笑顔でそう言い残すと、音もなく消えていった