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    第十話 色

 一体、僕は何処まで走ったんだろう

 走って走って、もう自分がどのくらいの時間こうしていたのか忘れるほど、僕の足は止まらなかった

 もしかしたら、もう明日になっているのかもしれない

 そんな事を考えるよりはやく日はとっくに落ちて、もう月が昇り切っていた

 絵に描いたような満月だった

 もう 声も出ない

 本当は僕は母さんの息子じゃなかった。父さんはそれを知ってて、それでも母さんに僕のことを頼んだ

 無責任じゃないか、そんなの。結局二人とも、自分が悪者になるのが嫌だったんだ。僕に批難されるのも、後からいろいろ詮索されるのも

 そこまで考えたとき、不意に目の前に人影が見えた

 少し驚いた

 こんな夜だったから、尚更だったのかもしれない

「ねぇ 誠くん、もうすぐタイムリミットだよ?」 

 ドキリ、と心臓が跳ね上がった

「また、お前か」

 僕の目の前には少年がにこやかな笑みを浮かべて立っていた

 片方の手をひらひらと振りながら















「今日の零時になったら、って話だったな」

「よく覚えてるね誠くん、さすが」

 少年はニコニコと笑いながらへらへらと回って、そのまま僕に背を向けた

「君が何処で終わりを迎えようと勝手だから、もう僕は何も言わないね」

 訳の解らない少年の言葉は僕の耳を流れていく

 僕が少年に向き直ろうとした時、不意に薄らと何かが目の前を覆うような感覚がした


 そういえば、母さんはどうなるんだろう 


 聞こうとした僕が口を開いた瞬間に少年の瞳と視線がぶつかった

「何?裏切られたって勝手に喚いてたくせに、まだそんな心配できる余裕なんてあったの?」

「・・・・っ!」

 見透かされたような瞳に、僕はいてもたってもいられなくなって、視線を外した

 畳み掛けるように少年はシニカルな笑みを浮かべる

 地面のコンクリートを手らす月明かりがいつもよりも眩しく感じた

「誠くんそーとーなマザコンなわけ?違うでしょ。だって本当は君、」

「うっ五月蝿いんだよ!それ以上何も言うな!!」

 僕は、自分の心を先に少年に言われてしまうのが嫌で、声を荒げた

 息がぜえぜえと畝って、そのまま喉の中を支配していく

 呼吸が荒い。耳鳴りが酷くて、僕はもうその場にへたり込んでしまいたいほどに疲れ切っていた

「本当のことでしょ?今更隠しても意味ないよ」

 それに、僕に隠しても意味無いよ?

「誠くんが自殺したいと思った本当の理由は、もう自分の母親だと思ってた人に裏切られたって、あの人が―――――――お母さんが死ぬ前から解ってたからじゃないの?」

「っ!」

「そうでしょ、大方お父さんにでも説明されたんだ?」

「な、んで・・・・そんなことお前がっ」

「僕? 僕は何でも無いけど、誠くんのことは少し知ってただけだよ」

 別に興味の欠片も無いけど

 と言いながら、少年はクスクス笑った


 痛いくらいに少年の冷たい視線が、僕の瞳の中に突き刺さった


 声も出ないまま、僕は反論も何もできずに立ち尽くしていた

 図星を突かれたことに 何か感じた訳でもなくて、

 だた少年に射抜かれたような感覚を覚えたからだった


 お前はどうしてそんな選択じさつすることしかできないの?


 まるでそう言われたみたいに

 僕の心臓をまるごとつかまれたような



 そんな気がした



「だ、から・・・・なんなんだよ」

 切れ切れの声で出した言葉はこの程度だった

 少年に きっとこの言葉は届かないだろう

 だって、この言葉はただ少年に言われたことに対しての言い訳のようなもので、


 僕の意思も、考えも、思いも

 なにも詰まってないただのガラクタだから


 カラッポの言葉をぶつけられたって、きっとどうってことない

 そんなこと 僕が一番わかってた

 なのに・・・・


 そこまで思って俯いたとき、少年の声が耳元を掠めた


「君が望んでいることは本当なの?ってことだよ」

 言われた意味を理解するまでに時間がかかって、僕は上手く空気を吸うことができなかった

 僕の望んでいること、

 それは、考えただけで言えるようなものじゃなくて

 ぐちゃぐちゃにからまった心臓にただ埋もれているだけだったから

 言えそうにないものを言えるような元気もなくて、僕はそのまま黙り込んでしまった


 ただ、僕は自分で見つけたかっただけなんだ。きっと


「世界はまだ殺すことができるって?」

 少年に、言葉の続きを言い当てられてハッとした

 少し驚いた

 その時の少年の笑顔は、今までに見た事がないくらいに

 酷く優しいものだったから


「うん、僕は知ってた。自分の母親が母さんじゃないこと」

 驚くくらいに、僕の口はいとも簡単に開いた

 躊躇ためらいも、躊躇ちゅうちょもなく

 ただひたすらに目の前の少年に向かって

「父さんが母さんが事故に遭う一ヶ月前の晩に僕に話した」

 

 その日は僕の誕生日で、

 母さんはごちそうを作ってて

 父さんの帰りはいつもより早くて

 3人で食事をして

 僕はどうしてか こんなことが一生、普通に僕の隣に居座り続けるんだと思ってた


 心の隅でそう願ってた


 なのに、父さんは僕に全部話した

「真っ暗になった 気分だった、」

 もう僕は、なにもかもが全部信じられないと思った

 勝手な話かもしれない

 だって僕は、散々母さんに育ててきてもらったのに


 本当の母親なんかじゃなくてよかった


 僕を見てくれてるのは痛いほど知ってた

 解ってた

 だんだん会話は減ったけど、母さんとはちゃんと解り合えてるって

 家族だって思ってたから

 

 でも、父さんとの話が嫌なくらいに耳の中に残ってて


「裏切られたような気持ちになったんだ」

 全部が全部世界から

 僕の存在も理由も全部 全て

 いらないって投げ出されたように感じて、


「母さんを憎むことでしか、晴せなかった」


 汚い気持ちを僕の中だけじゃ受け入れられなかった

 本当は後悔してた

 次の日の朝から、わざと早起きをして

 母さんと顔を合わさずに学校に行った

 そのほうが父さんともギクシャクしないで済むって勝手に自己完結させて

 そのまま早足で家を出た


 学校で、血相を変えて先生が僕の名前を呼ぶまで

 僕はその日どうやって母さんと父さんに会わないで済むのかを考えてた


 もっと、なにか出来たのに

「本当は、あの日いってらっしゃいって言ってあげればよかった。朝御飯を食べてあげればよかった。もっと、出来た。なにかもっと―――――――」

 しゃくりあげながら出る声が虚しく響くように頭の中を通過した

 瞳の中に何かが溢れて、僕は上手く声を出す事が出来なかった。


「もう僕は、自分せかいを殺してしまうことでしか許せなかった」


 自分のことを

 世界のことを

 

 許す事ができなかった


 僕は知ってた

 人間には 人には 取り返しのつかない時もあるってことを

 よくわかってた


「なのに、」


 自分が一番嫌いなくせに自分のことを最初に守った

 死んでしまえば良いって思うのに、最後にはしっかり自分の場所だけ抱えてた

 弱いくせに

 僕のこと重荷で、ずっと僕の事真っ直ぐ育ててきた母さんのほうがずっと強い

 だから、僕は言えなかった

 本当の母親じゃなくても、僕は家族だって思ってるって

 伝えてあげれば良かったのに

 できなかった

 

「何も出来なかった・・・・」


 涙がただ、僕の頬に流れてた

 目の前の困ったように笑う少年の顔が見えないほど

 目の前が霞んで見えた

 

 不意に少年が僕に近づいて、片手をひらひらさせた

「わかった、君の望んだこと」

「?」

「もうすぐタイムリミットなんだ。誠くんがしたいようにすればいい」


 選択肢は君にあるんだよ、誠くん


 そこまで言ってから、少年は音もなく消えた

 目の前には、いつかの日記を拾った


 僕が自殺しようとしたあのビルが建っていた

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