子ども部屋
風邪が治り、様子を見て、
「そろそろ、歩く練習しよっか。」
キルヴィにそう提案した。
しばらく歩いていないというのは本当らしく、最初は一人で立つこともできなかったが、一ヶ月たらずであっという間に歩けるようになった。
半年くらいかかるのではないかと思っていたのでかなり拍子抜けした。
とは言えまだ足取りが覚束ないので外には出せない。
ある日、好奇心に満ちた目で春子を見て、
「二階に上がっても構いませんか?」
そう言ってきた。
春子は一瞬言葉に詰まった。
「…いいわよ。案内する。」
少しの間を疑問に思ったのかキルヴィが首を傾げたが気づかなかった振りをして先に階段へ向かった。
手前から子ども部屋、寝室、左手側には夫婦二人の部屋がある。
夫婦の部屋から寝室へと案内して、最後に子ども部屋に来た。
ドアノブに手をかけて押し開ける。
「わあ!!しょうたの部屋ですか?」
「ええ、そうよ。」
「こっちのは…」
「そっちは」
亡くなった娘の、と言いかけて、口元をおさえた。
何故なら、彼が目を見開いて涙を流し始めたからだ。
「しょうたから、何か聞いた?」
「……」
「キルくん?」
キルヴィはよろよろとベッドに歩み寄って娘の大事にしていたクマのぬいぐるみをむぎゅうっと抱きしめた。
「私の…かわいいマフ」
「え?どうかしたの?」
「この、クマさん、可愛いなって」
キルヴィが泣き笑いしていることに驚きつつ、
「娘が、大事にしていたものなの。今のキルくんみたいにむぎゅうってして、いつも一緒に寝てたわ。」
「ぼくも、家にクマさんあります。マフっていって…」
「あら!同じ名前だわ。」
「そう…なんですか」
まるで知っていたように、驚かなかった。
ただただ笑いながら涙を流して、愛おしげに手に取り優しく撫でた。
「それは二番目に可愛がっていた子ね。父さんが海外に仕事で行った時お土産に買ってきたの。」
私の子にしては出来すぎた子だった。
生まれたばかりの頃はよく笑って、周りを笑顔で満たしてくれた。
しょうたが生まれればよく面倒を見てくれて、家事の手伝いもお手の物だった。
「娘は…あかりは」
話し始めたとき、キルヴィがさっと顔をあげ、不思議な目をして春子を凝視した。
「私にはもったいないくらいの、良い子だったの。だからかしらね。分不相応だ、って、神様に連れて行かれちゃったのかしら。あなたにも会わせたかった」
私たちの自慢の娘に。
そう言った時、
「そうですね。お会いしてみたかった」
キルヴィはやはり泣きながら、にっこり笑って明るく言った。