病院
扉をくぐって入った建物は、お世辞にも大きいとは言えない診療所だ。
外見もだが、内装は更に年季が入っている。
五人掛けの椅子が並ぶ待合室で、しょうたは誰もいない院内へ大声で叫んだ。
「ヤーン!ちょっといいかー?」
薄暗くなんの音もしなかった院内に、ゴッゴッと鈍い足音が響き、
「ナに?」
ボサボサの頭を掻きながら若い男が出てくる。
「やあ、ヤン。この子を見て欲しいんだけど。」
「ヤあ、じゃナイ。今日休みなんだヨネ。表ニ掛かってタと思うケど。」
整った顔を不機嫌に歪めていたが、ゆりを見ると目を丸くして会釈した。
「あ、あの、ゆりっていいます。」
「ヤン・ソンミンです。…付き添いですカ?」
「はい。気になったので。」
ゆりの言葉に、ヤンははぁ、とため息を吐いて、中へ入るよう促した。
「眠いノニ…」
「だからそんなに中国訛りなのか。」
「ニコニコしやがっテ…」
中国語で短く悪態と思われる言葉を吐いてボサボサの頭を強く搔きまわした。
「ええっと、結論から言うとネ。まずいのは風邪より栄養状態。かなり悪い。と言うかよく今まで生きてきたなってレベル。」
「え、そんなに?」
「うん。この子どうしたのか知らないけど、親から剥がした方がこの子の為だネ。育児放棄の可能性がある。」
険しい表情で、ヤンは少年を見た。
「ショウタが連れてるってことは良くないことだよネ?」
「まぁな。」
「どういう事情かは知らないケど、入院をオススメするヨ。とりあえず点滴は打っておくから。」
「ありがとう。助かったよ。」
しょうたの笑顔を見てヤンは苦い顔をした。
「ああいつも巻き込まれるんだ。全く。」
「なんだかんだ言ってなんとかしてくれるからな。頼りにしてんだよ。」
「そーかい。」
点滴を打つ間、赤い顔で眠る少年のそばにゆりと二人で座って眺めていた。
ゆりとの沈黙は決して息苦しくない。
黙っていても何を考えているのかは大体分かるからだ。
「…いつまで預かるとかってあるの?」
不意にゆりが口を開いた。
「いや、ない。先輩と相談しつつになるかもな。でもちょっと特殊なケースだからなんとも言えない。」
「そっか。服とかどうする?」
「…俺の?」
「いやいや、デカすぎるって。一着だけでも買う?わたしが払うから。」
「何言ってんの。お金なら俺に任せて学生は学業に専念してください。」
「でも」
「あのね、10も年下の彼女にお金を使わせる男なんてろくなもんじゃないよ。俺の見栄。良いだろ?」
「…そこまで…言うなら」
しょうたが車を運転し後部座席にゆりと少年が乗る。
「ねぇ、しょうた」
「ん?」
「すごく苦しそう。熱、上がってるかも。」
「えぇっ、やーばいな、それ。明日はちょっと休ませて貰おうかな。」
「そんな、いいよ。わたしが看ておくから。しょうたは仕事して?」
「…でも」
「いーいーの!任せなさい!長女なめないでよね。」
「…分かった。ごめんな。」
「なんでしょうたが謝るの。この子可哀想じゃない!楽しいから平気!」
「あ、それもそうだな。ごめんな少年。」
「……ア、ル」
目をぎゅうっと閉じて、少年はまたその名を呼んだ。
「アルって人、よっぽど信頼されてるんだね。」
少年の頭を撫でながらゆりがぽつりと呟いた。