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Ragnarok 廻る世界  作者: 腕曲がり肘男
1/5

1話:日常

螺旋階段が続いてる。

壁も何もない、ただ暗闇に段差があるだけ。

下を覗いても、何も見えない。

――この先には何があるのだろう。

人間とはすごいものだ。

そんなことを想像できるようにうまく作られている。

過去を振り返ることもできるし、未来を望むこともできる。

……でも、何もなかったとしたら?

ただ永遠に続くだけの階段だったとしたら?

俺は歩くのをやめるのだろうか。

それとも、暗闇に身を投げだすだろうか。

それとも……朽ち果てるまで歩きつづけるのだろうか。


  「くくく、選ばれた……俺は選ばれたのだ……くくく、あーっはっはっは」


不意に背中に衝撃が走る。


  「ま~た、朝っぱらから飽きないね~」


  「お、お前は……」


  「言っとくけど……この世界の救世主でも巫女でもないからね」


  「……」


  「黙っちゃったよ……どうする、日奈子」


  「千恵、あんまり、その……いじめないであげて」


可憐でお淑やかな声が、ガサツな声の持ち主の隣から聞こえてきた。


  「日奈子っ!? い、いたのか……」


  「うん、おはよう、祐一」


  「おはよう」


……妙な笑みを浮かべながら、千恵が日奈子と俺の顔を交互に見比べる。


  「ほほぉ~、なるほどなるほど」


  「な、なんだろうか……邪なるものよ」


  「祐一……どつくよ?」


  「……」


黙るしかなかった。

しょうがない、千恵のパンチはゴリラを凌駕するほどなのだから。


  「それは、まさにトールのハンマーのような一撃なのだ!」


  「頭……大丈夫か?」


  「ううむ」


凡人には分からないか、まあしょうがない。


  「……それより、祐一さ」


千恵が俺の耳元に口を近づけて囁いた。


  「そろそろ、告白……してみれば?」


  「なっ!? はぁ? そ、そそそ、そんなんではありませんが?」


  「うわぁ、なんて分かりやすいリアクション……さすがに引くわ……」


千恵が侮蔑の目をこちらに向ける。


  「日奈子はただの幼馴染であってだな……」


  「またまたぁ~、HDSなんでしょ? 分かってるって~」


聞き覚えのない単語が耳を掠めた。


  「なんだ、それは……」


  「ひなこ……だい……すき」


どきりと胸が跳ねる。


  「……あ~、なんだ、俺はてっきり……星空に舞う……大宇宙の……雫たち……の略かと思ったよ」


千恵「うそつけ」


  「……これ以上反論すると、きっと俺の背中に風穴が開く……そう思って俺は口を閉ざした」


  「口に出てますが?」


明らかに他意のある笑顔をこちらに向ける千恵。


  「すまん」


  「……ふたりとも、授業遅れちゃうよ?」


時計を見る。

冷や汗がたらりと頬を流れた。


  「げっ……」


  「トイレ掃除は、もうしたくないな」


  「走ろう」


  「そうだな」


六本の足が忙しなく動き始める。

――ぎりぎりのところで校門をくぐり抜けた俺たちは、いつものように自分の席に着席する。

ガラガラとドアが音を立て、教室に担任の姫子先生が入ってきた。


  「出席をとります、え~、安倍翼君――」


先生は挨拶もせずに、生徒の名前を次々と呼び始めた。

呼ばれたものは、まるでゾンビのような気怠そうな声で返事をしている。


  「はい、次……え~、相模祐一君」


立ち上がる。


  「漆黒の闇に消える……終末を告げる吟遊詩人とは俺のことです。はい」


  「……はい、じゃあ、次、柴田亮子さん――」


  「……」


ゆっくりと腰を下げる。

右に一つ、前に二つ離れた席に座る千恵が、後ろを振り返った。


  「ば~か」


  「馬鹿ではない、漆黒の闇を司る……え~と、終末の鐘をならす者だ」


  「さっきと変わってんじゃん……ちょっと前の記憶も怪しいなんて、やっぱバカだねぇ」


  「黙れ、ゴリラ」


  「……あとで絶対ぶんなぐる」


  「こら~、委員長、静かに……」


  「あ、はぁい! てへっ! ……チッ」


舌を出し、自分の頭を小突く千恵。

……最後に舌打ちが聴こえたような気がするのは、多分、俺の気のせいだろう。


  「え~、次……大江日奈子さん」


  「……は、はは」


がたがたと日奈子の机と椅子が振動し始める。

またか……というような皆の視線が日奈子に集まっていた。


  「ん、日奈子さん?」


  「はっ、はっつ、はひぃいいい!! 元気ですぅ!」


顔を赤らめ、右手を直角に曲げる日奈子。


  「うん、元気でよろしい」


  「あの、私、元気です! ちょっと遅刻しそうになったりもしましたけど、元気ですっ!」


  「あ、うん……分かったわよ、日奈子さん」


流石の姫子先生も対処に困っているらしい。


  「あ、は、はいぃ」


恥ずかしそうに俯く日奈子。

もしこの世に上がり症グランプリがあったなら、間違いなく優勝候補の一人だろう。

そんなこんなで、騒がしい一日が過ぎていった。


  「ふぅ~、やっと終わった」


夕陽を浴びながら、千恵が伸びをする。


  「お疲れさま」


  「あ……今日は委員会で集まる日だった……たはは」


  「大変だね」


  「祐一、代わりに行ってくれない?」


嫌に決まっている。


  「……」


  「そうかそうか……行ってくれるか」


  「そんなとこ行くくらいなら、ハッテン場に行った方がマシだ」


  「ハッテン場?」


  「あんまり変なことばっかり言うと、ほんとにどつくよ」


千恵の岩のような握りこぶしが、きらりと光った。


  「……ごめん」


  「さてと……じゃあ、アホはほっといて、そろそろいこうかな」


  「頑張ってね……千恵ちゃん」


  「ありがと……日奈子も帰り道は気をつけてね」


  「うん」


  「頑張ってね……ゴリラ」


  「うん……祐一は帰り道に豆腐の角に頭をぶつけて逝け」


笑顔で呪詛を唱える千恵。

なんとも愛のこもった言い回しだ。


  「じゃね、ふたりとも」


最後にそう言い残して、廊下に消えていった。


  「ほへ~」


日奈子がほへ~という息を漏らしながら、千恵が出ていった扉を見つめている。


  「どうした?」


  「……なにかいたような」


扉をみてみる。

……これといって何もない。


  「瞼に映るは夢か現か……」


  「気のせいかな……ま、いいや」


きっと気のせいではない。

奴がいたのだろう。


  「記憶を司るもの……ムニン、か」


  「何言ってるの?」


  「くくく、わーあっはっはっは」


  「え?」


  「面白い……面白いじゃねえか……あーっはっはっはっはっは!」


そのとき、扉から何者かの影が現れた。

姫子先生だ。


  「相模君、静かにして……隣の教室で補習やってるから」


  「……すみません」


なんだか謝ってばかりの今日この頃。


  「日奈子さん、彼がまたよく分からないこと言い始めたら止めるように……」


  「は、はい……」


  「ご心配には及びませんよ……せんせぇ……もう、帰りますから……くくく、あーはっはっはっは」


  「……」


姫子先生が、ただただ冷酷な目でこちらを見つめている

なにか得体の知れないものが潜んでいそうな眼だった。


  「とりあえず……静かにして」


  「……はい」


  「……」


やれやれ……といったような溜息を吐き出し、千恵と同じように廊下に消えていった。

橙色が滲む教室に二人、取り残される。


  「じゃあ、帰ろうか」


  「うん」


俺は素直に頷いた。

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