血を吸う刃と切り裂きジャック
『明~、調子はどうだい?』
「対象は未だ現れず。やはり、現れるのは夜なのでは?」
明の耳に付けたインカムから、風斗の声が聞こえる。
『でも、目撃情報は夕方から夜なんだけど』
「はい、それは私も資料で確認していますが…。ですが、あくまで情報です。どこまで、当てにして良いか」
『直ぐ傍に星下君がいるんだから、本人に聞けばよくね?』
簡単に風斗は口にするが、相手は完全に正体不明の化け物に怯えている一般人だ。
質問にまともに答えるかどうかも怪しいのである。
「解りました。出来る限り、聞いて見ます」
「面倒だな…。まったく」
風斗と雷火は第一区画にある繁華街のビルの屋上にいる。
万が一何かあった場合、直ぐに駆けつけられるように明と幻徒の二人を監視しているのだ。
「隊長。自分で民間人に頼んだんでしょ?面倒なのは解るけど…」
「雷火、星下家は知ってるよな?」
「知ってるけど。まさか!?あの民間人が星下家の人間だって言うのかよ!?」
「もしそうだとしたら、部隊に欲しい」
「マジかよ…。隊長、それは本気で言ってるのか?」
「もしもだったら、雷火。うちの部隊の戦力不足は解消される」
風斗の口調は自信があるようだ。
「あの…、明さん。僕は何をすれば良いのでしょう?」
「貴様は、人の指示が行動が出来ないのか?」
明の口調は冷たく厳しいものだった。軍人なのだからかと納得するほど利口ではないのだ。
「じゃ~、僕。飲み物でも買ってきますね、暑いし喉渇きませんか?」
近くの自販機に足を向け歩き出す。その時、声が聞こえるが人混みにかき消されてしまった。
「ま、待て!勝手に行動するな!」
「はぁ~、早く帰りたいな…。このまま帰ろうかな…」
時刻は夕方の十八時を回っいて、繁華街は学生と社会人で賑わっていた。
その中で一人、自販機の前で愚痴を零した、その瞬間だった。
賑わっていた雑多な音が消えて、嫌な静けさだけが広がって行く。
「え…、まさか…」
この感覚をまた味合うとは知っていたが、こんなに早くに来るとは夢にも思わなかった。
完全に油断していたのだ、明と二人きりの空気が嫌で適当な理由を作り逃げ出したかった
そんな自分の幼稚さを今痛感している。
「見つけたぞ人形!今度こそ逃がさない!」
僅か数メートル先に死をまとった影が近づいて来るのが視界で確認出来る。
どれだけ自分を呪っても、数分前には戻れないのだ。
それを自覚して、額から頬にかけて冷や汗が伝わる。
「あぁ…」
逃げなければならいと頭では解っているのだが、身体が動かない。
『隊長!聞こえますか!?隊長!』
慌てた声が鼓膜に直接響いて、耳に一瞬痛みが走る。
「え?どうしたんだ、そんなに慌てて?」
『ほ、星下が消えました!』
動揺した声が伝わる。一瞬自分自身も動揺しそうになったが、隊長と言う立場を思い出し我に帰る
「落ち着け、明!それで、状況を報告してくれ!」
『は、はい…。星下は飲み物を買いに行くと行って、近くの自動販売機へ…』
「何?!俺にも察知出来ない速度で結界を張ったのか…」
余りにも早すぎる敵の行動に驚きを隠せない。
『はい。情けない事ですが、まったく気づきませんでした』
「了解した。明はそこを動くな、俺達も現場に向かう」
その声はいつものいい加減な口調ではなく、締まった声だった。
そして、目付きは鋭くなっていた。
「どうすれば…」
切り裂きジャックの結界の中に取り込まれてしまった、幻徒は恐怖で腰を抜かして動けずにいた。
「今日は昨日のように行かないぞ…」
恐怖が近づいて来るのが視界の中から確認出来る。
「これで鬼ごっこも終わりだな」
手が伸びて来たその時、身体が勝手に動いた。自分では何が起きたのか理解出来ないが、無我夢中に走った。
「何だ、今の動きは?!」
敵が戸惑っている内に全力で走って逃げる幻徒だが、昨晩と敵の行動と口調が違いに気づくわけがない。
「はぁ・・・、はぁ・・・」
息を荒げて、誰も居ない路地を走る。
「はぁ…、はぁ…」
路地裏で身を潜め、敵の様子を見ている。
「どうすれば…」
これでは昨日の二の舞ではないか、そんな自分が悔しくて奥歯を噛んだ。
「どこに行った、人形…。昨日のようには行かないぞ」
足音が直ぐそこまで迫っている、このままここで動かずに見つかってしまって良いのか。
自分に問いかけて見る。答えは、逃げてるだけじゃ駄目だ。
風斗から預かった刀を握りしめる、その時握ってる手に痛みが走るが構わずに歩き出す。
「僕はここだ、切り裂くジャック!」
敵の後ろ姿が見え、声を張り上げる。だが、身体は恐怖で震えていた。
「大人しくする気になったのか?」
直視すると切り裂きジャックと呼ばれいる、化け物はニーメートルはあるだろうと思われるほどに巨大だった。
だがそんな事は気にしていられない。勢いで刀を引き抜いた。
「うん?それで戦う気か?」
対峙している相手は鼻で嘲笑うがそんな事はどうでも良かった。
受け取った時に刃が視認で切れないだろうと判断できる物だったはずだ。
だが、鞘から抜くと刃が月明かりで照らされて妖艶に映し出されと同時に手の痛みが増して来る。
「どうした?恐怖で動けないのか?まぁいい」
敵の手が刀に直ぐ触れる所まで迫って来た。威勢良く敵の前に出て来たのは良いのだが、どうして良いか解らないのが本心である。
「何?!これは?!」
手が刀に触れた。切り裂きジャックの手が刀に触れた瞬間に手が消えた。
「え…」
自分は刀を敵に向かって振り下ろしたり、突き出したりは一切していないのだ。
敵が切り裂きジャックが勝手に刀に触れて、勝手に手が消えたのである。
幻徒が何かしたのでない。
「ぐぅっ!貴様、何をした!」
今起きた現象に呆然と眺めていたが、敵がさらに片腕で襲いかかって来るが身体が勝手に動いて相手の片腕を切り落としていた。
正確には切り落としていたと言うよりは切断されたと同時に消えていた。
この時幻徒は自分が何をしたか理解していなかった。気がつくと敵が両腕を失くし倒れていた。
そして、今にも消えそうな声が漏れる。
「ば、馬鹿な…、ただの人形ではなかったのか…。もう、手加減は出来んな」
両腕が無い状態で立ち上がり踏み出す。だが、こちらも動かずにはいられるない。
「もう、消えろぉ!」
精一杯の力で刀を振り下す。
「そんなものは当たらんよ。所詮は子供の太刀筋」
相手は軽々こちらの攻めを後ろに下がって、避けて見せる。
そして、着地したと同時に疾風の速さで突進してく来たのだ。それを避けるだけの身体能力を持っていないため、直撃を受けてしまった。
「うぅ!」
何メートルか飛ばされか解らないが、身体に激痛が走り動く事が出来ない。
激突した壁に寄りかかる状態で顔を上げる。
「まだ、動けるのか。やはり、ただの人間ではないのか…。まぁ良い、このまま連れて行こう」
敵が近づいて来たその時である。相手の姿が一瞬、霞んで見えたのである。
「ん?何だ、これは?!腕が無くなっただけだぞ!まさか、魔力切れか!そんなバかな…」
そのまま敵は消えてしまいその瞬間に視界が真っ暗になり、その後の記憶は無い。
意識を取り戻し目を開けると、そこは見知らぬ天上だった。
「いてっ…」
目が覚めると同時に痛みが走る。どうやら、自分は生きているらしい。
痛みで生きていると実感を得る。
「あ!目が覚めたのね!」
声がする方へ、目を向けるとそこには白衣を着た女性が立っていた。
「初めまして、星下幻徒君。私は清水涼子よ、よろしくね」
まるで女神のような微笑を浮かべるがその時、幻徒は一瞬痛みを痛みを忘れた。
「は、はい。よ、よろしくお願いします」
「緊張しなくても良いのよ。ここは病室だから」
「え?病室?」
突然の発言に唖然としてしまったのだ。起き上がると、自分の身体に包帯が巻かれていた。
「そっか、星下君は眠っていて何も知らないだっけ。あのね、切り裂きジャックとの戦闘で君はね」
清水女医の話の顛末はこうだ、切り裂きジャックとの戦闘で幻徒が生き残り。
その結果。結界が解けて傷だらけで発見されて、大日本帝国非科学医療施設に緊急搬送された。
「お、星下君。目が覚めたか!」
病室の扉が開き、男性が入って来た。
「隊長さん…」
風斗が病室に足を踏み入れ、幻徒の傍で立ち止まる。
「私はちょっと、席を外しますね」
「あぁ、悪い」
清水女医は何か察したのかのように席を外して、扉が静かに閉まる音が聞こえた。
「星下君、君には感謝している。それにすまない」
いきなり、大人の男性が頭を下げる事に驚きを隠せない。
「え!?頭を上げて下さい!何て、言ったら良いのか…。それに何があったのか、良く覚えてないし」
「なにより、君が無事で良かった。これで事件は解決だ、これで君は元どうりの生活に戻れる。協力に感謝する」
「は、はい。こちらこそ!お力のなれて、光栄です」
元の生活に戻れると聞いて、安心で身体が楽になった気がした。
「一つ相談なんだが…」
「なんでしょう?」
「軍に入る気はないか?君が嫌すら良いんだ、あんな目に合ったばかりだしな…」
「は?」
思わず、声が漏れてしまう。
「そうだ、君にはこの番号を渡しておこう。何かあったら、連絡してくれ」
誰にでも解ってしまう行動だが、これでもう危険な事も無いだろうと受け取ってしまった。
影が四つ、テーブルを囲んでいた。
「おい、ただの学生じゃなかったのか?話が違うぜ」
「隊長の話と全く違うな」
「予想外な事が起こるのは当たり前だ」
「使い魔が倒されてしまうとわな、私も予想外だった」
「次は俺が行ってくるぜ、面倒なのは苦手だ。どうせ、相手は素人だ」
一つの影が不適な笑みを浮かべる。