早朝の会議
剣戟が止み、静かになった辺りから数キロ離れた位置。そこからサイレンのような音が響き渡る。見れば遠くの方に赤いランプが点滅しているような明かりがこちらに向かってきているのが分かった。
「──流石に今のは目立ちすぎたみたいだね。…警察に気づかれた」
「え、マジで?」
秀久は焦って澪次の視線を追いかける。
すると同じように点滅しているような明かりがこちらに向かってきているのが見え、――後から続々と同じような明かりが近づいて来る。
「うげ。何っつう数だよ…!? 直ぐにここを離れねぇと──」
反対方向に走り出そうと足を踏み出したら、後ろからとんとんと肩をつつかれる。
振り返れば、微笑を浮かべている澪次が見えた。
───目が笑ってない。
「どうしたんだ。――早く逃げないと!」
「うん。確かにこの場で起こったことは秘匿しないとね。──でもその前に」
そう言って澪次が指差した所には、秀久が斬り倒した老人の屍。
「──ちゃんと後処理はしてね」
死体が残っていたら、ここで殺し合いが起こったことが発覚するのも時間の問題になる。
発つ鳥跡を濁さず――というのは少し意味合いが違うかもしれないが、数々の死体を呼び覚ます神秘なぞ一般の人間に知られていいものではない。
──ましてやこれは魔術。秀久はいいとして、魔術を扱う澪次にとってこの展開は大迷惑だ。
故に証拠隠滅をすっかり忘れたまま去ろうとする秀久を見逃すわけにはいかなかった。
「え。い、いや!もう時間が──」
「すべき事をしてから」
「だから時間」
「──ゆ・う・せ・ん・じゅ・ん・い」
「チクショウ――――!!」
──優しい人ほど怒らせると怖い者はないというが、澪次がつぐみをそう認定したように、彼も秀久にそう認定されたようだ。
若干涙目になりながら秀久は銀色の狼へと形態を変え、死体を埋めるための穴を掘り出した。
「――それって狼?」
「そうだけど?」
「ごめん。穴掘ってる時点でもう犬にしか見えない……」
「犬ぅ!? 違う!俺は狼だっ!!」
「わんこさんは犬でもいいと思うよ♪」
「良くねえぞ穂之香ぁ!──ていうかそこのお前も散々斬り倒してただろ!後処理しろよ!」
「ん?死霊達なら元の場所にもう戻っていったけど。──っていうかそれが世界の理だから」
自覚の無い二人に(精神的に)追い詰められた秀久は、掘るだけ掘って老人を埋めると、完全に泣きながら逃げ去っていった。
-Interlude-
翌朝。つぐみは香ばしい匂いに目を覚ました。
時刻はまだ6時過ぎ。匂いからして食事の物だが彼女は疑問に感じなかった。
多分澪次が朝食を作ってくれたんだろうと思ったからだ。
むしろもう少し早起きして自分も一緒に作りたかった──と後悔していた。
ちょっと気落ちしながらも一階に下りて、リビングの扉を開ける。
「──このままじゃいけないと思うんだ」
「いや俺はこのままでいいと思う」
「でもさ。僕達もこの世界に順応していかないと気づける物にも気づかないままじゃないか」
「うぐ…。確かにそうだがそれは流石に気まずいというか、そのだな――」
そこにはテーブルに向かい合って座っている澪次と男一人と女一人。
朝食は既に食べ終わったのか、つぐみの分であろう物以外の皿は空になっていて、女の子がオロオロと様子を見守っているなか、食後の紅茶を飲みながら真剣な雰囲気で会話を続けていた。
「────って、何か増えてるよぉ――!?」
「あ、おはようつぐみ。君の分も用意してあるから座って食べなよ」
ようやく吐き出した言葉に対し、とりあえず座りなよ…といった様子で澪次は答えた。
そんな彼はカップを手に持つと、紅茶を一口すすった。仄かに芳ばしい香りがこちらに届き、紅茶においては適わないなぁ…と一瞬つぐみは落ち込みながらも移動して澪次の隣に腰掛けた。
「ん?その人は誰なんだ澪次」
「狼崎つぐみちゃん。理想が一致して一緒に旅する事になった娘だよ」
「そうか。よろしくなつぐみ。俺は影狼秀久。んで隣にいるお姉さんが──」
「聖龍穂之香です。よろしくねつぐみちゃん」
「――むぅ。秀久君は慣れないからヒデくん…でいいかな。私を子供扱いしてるでしょ?」
少しばかり怒っているようにも見えるつぐみ。
初対面である為、勘違いされることも致し方ないといえば仕方ないが、コンプレックス持ちな彼女にとって少しばかり不満はある。
澪次に出会った時も勘違いされたが、秀久の場合は何かが違う。
何というか雰囲気的に軽いというか
「え、いや。だってどう見たって幼女じゃ──」
「――何か言った?」
「イエナンニモ」
…そう。
彼は女性に対するデリカシーが無さ過ぎるのだ。しかもつぐみの気にしているワードを無意識に口にする辺り筋金入りだろう。
「ふぅ。──それで何の話をしてたの?」
「何の話って……ああ、そうだね。つぐみにも関係のある事だし話す必要はあるか」
「?」
澪次の言葉につぐみは首を傾げるが、正面の秀久は顔をひきつらせ露骨に嫌そうな表情をし、反対に穂之香は目を爛々と輝かせちょっとだけわくわくしているようにも見えた。
「実はね。今ここにいる皆でこの街の高校――霞乃村学園に転入しようとの事だけど、どうかな?」
「転入?」
「そ、転入。人間の事を知るならやっぱり人間の世界に順応しなければならないからね」
その提案はつぐみにとって魅力的な物に思えた。
人間と仲良くやっていきたいなら人間の事を知るしかない。──なら教育期間中の彼らが通う小学校、中学校、高校といった学習機関は人外にとっては人間という生物を学ぶ最適の施設だろう。
俄然やる気が湧いてきたつぐみだが少しばかり懸念もあった。
──どうやって転入するか…だ。
もしやもう一度暗示という物を使わなければならないのか?
いくら人体に悪い影響を及ぼさないとはいえ、あまりいい気になれないのもまた確か。
「暗示は使わないから安心して」
手を伸ばしてつぐみの頭を撫でながら、優しく澪次は話す。心配しなくていいから…と微笑みかけていた。
「正確には今回は使う必要がない、だね。つぐみは心配が行き過ぎると肝心な事忘れちゃうんだから」
「確かに、な。くく──」
苦笑する澪次に、笑いを噛み締めながら同意するように秀久は頷いた。そんな二人につぐみはちょっとムッとした。
「あのなつぐみ。澪次から聞いた辺り俺達もお前もまだ17だぞ。──つまり、人間でいうちょうど高校に通う年齢なわけだ」
「そ。だったら正式な手続きを済ませるだけで転入出来るでしょ」
――失念していた、とつぐみは僅かながら恥入る。暗示を懸念する余り、自分達が転入可能な年齢だという基本的な事が頭から抜け落ちていたからだ。
それにしても…と、改めて二人を見る。
澪次に秀久、この二人はこういった対処に慣れている。頭がいいからではない。そもそも学力だけに限ればつぐみや穂之香の方が幾分良いだろう。
彼らはそういった事ではなく、幾多にも戦いを経験する事によって培われる状況判断――それが優れている。
「そっか。じゃあ早速取り掛かろうよ」
「うん、そうだね」
「なんか少し楽しみ♪」
「おいは俺は嫌だって言わなかったか」
秀久以外の三人は互いに顔を見合わせ、どうしたものかと考えを巡らせる。
そこで澪次が何か思いついたような顔をして、そっとつぐみに耳打ちした。
つぐみはその内容に半信半疑で秀久に向き直る。
「──ヒデくん。じゃあ選択肢をあげるね。1がヒデくんも一緒に転入する。2がヒデくんは別行動を取る、なんだけどどっちがいい?」
その選択肢に何を分かりきったことを――と秀久は呆れかえっていた。
まあ彼だったら必ずや2を選ぶ。
「そんなの「お手」わんっ!に決まってるだろ」
「うん。じゃあヒデくんも一緒に転入ね」
「横暴だろ!?」
2だと断言しようとした秀久に、つぐみが被せるように挟んできた言葉に彼は条件反射でわん…ONEと答えてしまった。
これは澪次が穴を掘ってる秀久を思い出して考えついた案であるが、思いのほか上手くいったようだ。
「ちょっと待て!まだ穂之香の了承を貰ってないだろ!」
秀久の焦りを含んだ言葉にそれもそうか…と、穂之香の返事を待つ澪次とつぐみ。
──沈黙はしばらく続き
「……友達、いっぱい出来るかな?」
「やる気満々だなおい!?」
────結局のところ撃沈した秀久であった。
ステータス情報が更新されました。
影狼秀久
種族 不死鳥
筋力 C
敏腱 C
魔力 D
耐久 B
幸運 D→E
備考
おめでとう。どうやら君は必死になればなる程不幸値が上昇するようだ。
こればかりはどんなに努力しようと幸運値が上がることはない。──もう呪いの類に近いからね。だが心配するには及ばない。不幸値に限っては磨けば磨くほど洗練されるみたいだからね。
相変わらずの酷い出来ぃ……。
あと二話までにゲストキャラが揃いそうです。




