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蒼月の姫  作者: 一夜
7/11

──ゲット

納得出来なくて三回以上一からやり直してしまいました……

 二人がやって来たのは、街の繁華街であった。

 まず初めて来る街の様子を見ておきたかったので、繁華街の中を見学していた二人ではあったが、お気づきであろうか。

 今重要なのは街の様子を知ることでも、見学を楽しむことでもなく



 ――グゥゥ……



「どうしたのレイくん?」

「あー、うん。なんかお腹すいたみたい」


 …そう。

 森を出てからまだ一食も取ってないこの現状だということだ。

 澪次は空腹を知らせているお腹に、頭をかいて苦笑しながらつぐみを見る。

 つぐみもそれを聞いて苦笑いを返すのだが、



 ――グゥゥ……



 どこからともなく空腹を知らせる音が鳴る。



「……」

「……」

 

 その発信源を捉え、澪次はつぐみの方に振り向き、つぐみは無表情にその視線を受け止める。

 しばらく沈黙は続き、


「つぐみもお腹……空いたの?」

「ふぇ!?う、ううん。そんな事無いよ!うん、全然平気だよ!」


 慌てたように手をぱたぱたとさせて、赤面しながら何でもないと否定するのだが、


 ――グゥゥ……



「……」

「――ま、君がまだ大丈夫みたいだし用を全て終わらせようか」


 澪次はつぐみに背を向け、改めて歩みを再開しようとする。彼女がまだ大丈夫ならすべき事を先に終わらせる事が出来る。一緒に街の見物でもして回ればいい。

 だが、つぐみの小さな手が澪次の袴の袖をギュッと掴む。澪次は溜息を吐き、またつぐみの方を振り向く。


「「…………」」


 見つめ合う二人。つぐみは涙ぐんだ目で自分を見る。そして、澪次が溜息入り混じった声で、こう言った。


「─────お腹、空いたんだろ」

「─────はい」

 









 街郊外の波止場で澪次は一人佇んでいた。

 もちろん海を眺めて感傷に浸っているわけでもないし、心を落ち着かせに来たわけでもない。


「――ゲット。今日は調子が良いみたいだね」


 目的は魚釣り──ではなく食料調達である。

 現在の成果はメジロが二匹にクロダイが二匹……食べる分には申し分ない大きさであった。


「それにしてもちょっと無計画過ぎたかな……。金銭も用意してなかったし、とにかく今は急拵えで入手した家の中をつぐみちゃんに整理してもらってるけど──っと、ゲットだね」


 当の彼女が側にいない時は、どうしてもその呼び方でないと落ち着かない。

 アルバイトに関しては宛があるので問題は無い。だがそれに勤めるまでの最低限の生活費は確保しなければならないため、こうして実益を兼ねた魚釣りに出掛けて来たのだった。

 実は澪次の趣味も兼ねていたりするのだが。


「ゲェッットォ!──うん、いい感じだね」


 ご覧の通り、普段から冷静沈着な澪次が釣りの時に限って若干壊れつつあるのだが。


「うん。この調子でいけば今日の分は大丈夫かな」

「――随分と釣れているみたいね」

「ええ、貴重な食料源ですから気合いを入れて釣るのはとうぜ……はいっ?」


 思わず情けない声を上げて振り返る。

 気配すら感じられないほど熱中していた事に僅かながら恥入る。

 見上げながら向けた視線の先──そこにいる人に澪次は少しばかり驚きを表す。


 紺色の髪に血のような紅い瞳──。


(アルシアに似ている……)


「成る程、これが今日のご飯なのね」

「貴女は……」


 自分と同じ雰囲気を持つ人など間違える訳がない。雪のように白い肌に血を象徴する紅い瞳。

 加えてアルシアに似たような容姿。

 ───間違いない、彼女は。


「ええそうよ。君の思ってる通り、私は吸血鬼」

「…やっぱり。それで、何か用件が?」


 この相手と殺り合おうとする事自体が無謀なのだと本能が警鐘を鳴らす。それほどまでに目前の吸血鬼から発せられる存在感は凄まじい。

 澪次は隙さえあらば逃げ出す覚悟で、両脚の隅々までに力を集中させる。


「ここで変わった格好をした男の子が釣りをしているって聞いたの。どんな子なんだろうと思ってね」

「──へ?」


 思っていた事とは全く予想外な言葉に思わず拍子抜けする。そんな反応がおかしかったのか彼女はくすくすと上品に笑い


「だってそうでしょう?こんな繁盛した近代の街中で袴を着た男の子が歩いていたら、それは目立つわよ」

「あ、あー。ははは……」


 その指摘に澪次は苦笑する。

 言われてみればこんな街中で今着ている袴は周囲から浮き彫り目立つ。戦闘時に適した…いや馴染んだ服であるが、決して民間の中で着用するような物ではない。

 資金を調達したら店に出て、まず服を買うべきである。


「──どうして釣りを?」

「──ただの趣味ですよ。こうやって海と向かい合っていると落ち着くんです。何処までも遠く…手が届かないくらい遠く、穏やかな海なら…あらゆる感傷を押し流してくれますから」

「…そう」


 そこで言葉が途切れ、二人並んで波の音を響かせる海を眺め続ける。

 互いに言葉を口にすることはなく、ただ穏やかな雰囲気だけが辺りを包み込んでいた。


「──ねぇ」

「はい」

「──姉は元気にしてる?」

「――――え?」


 唐突だった。  

 突然過ぎて話が上手く理解できない。

 そんな、藪から棒に─姉は元気?─などと問いかけられても意味が分からないのも当然だ。

 それでも彼女は微笑みながら澪次の返答を待っていた。


「そうそう、自己紹介忘れてたわね。私はリリスフィア・フューノシア。あまり大きな声で言えないけど、教会からは十七祖に登録されているわ」


 頭を鈍器でぶん殴られたかのような衝撃だった。あまりに存在感が大きすぎる為、ただの吸血鬼では無いと確信はしていたが、よりにもよって十七祖の一人であるとは最悪だ。

 そんな事よりも澪次は彼女が自分と全くの他人で無いことを知り、軽く驚愕していた。 


「──フューノシア。…もしかしてアイルレイムの妹?」

「ええ。初めましてかな。貴方のことは数年前に姉から聞いていたから一度会ってみたかったの」

「アルシア…恥ずかしいからあまり僕の事広めないで」


 何て言うのだろうか。

 恋人である彼女が自分の事を、一体どれだけの身内に自慢しているのか気が気でならない。

 

「ふふ、どうやら元気そうね。安心したわ」


 満足気に微笑むとリリスフィアはすくっと立ち上がった。


「そうそう澪次君。君って種族の境界線無く平和な世界にするために旅してるんだっけ?──頑張りなよ。私は厄介事に巻き込まれたくないから協力はしないけど、応援はしてあげるわ」


 慈愛を感じさせる表情を浮かべたまま語る彼女から澪次は視線が離せなかった。

 協力こそしないと言ってはいるが、彼女の澪次を見る目はまるで大切な親族に向けるそれだ。

 

 ――大切な人に笑っていてほしい。


 遠い昔、自分がアルシアに命を救われた時に思った言葉が頭をよぎる。

 そんな大切な感情を思い出させるような彼女を前して、澪次は悲しみが宿った目をそっと閉じてから頭を振った。

 全ての人に心からの笑みを浮かべてもらいたい──それは彼が夢見てきた事だった。

 それと同時に──そのささやかな想いが決して容易い願いでは無いことを知っているから――。

 だが諦めるために旅をしたつもりはない。元よりそんなお伽話など承知で自分は行動に出たのだ。


 すっと目を開ける。

 もうそこには悲しみなど無く、有るのは彼女と同じ──慈愛が宿った瞳。

 それでいて表情は真剣で彼女と真正面から向かい合う。


「ありがとうリリスフィア。此度会いに来てくれた礼はいつか必ず――」


 告げて頭を下げると、彼女は微笑みながら頷いた。僅かな会話ではあったが、

 ──それでも二人には何かが通じ合えた実感があった。

 胸を満たすその感情は、自分が心に潜め続けていた物を呼び覚ます温かなモノだった。








 澪次が家に戻ってきてから一時間が過ぎた頃──。

 未だに中の整理を続けているつぐみを見て、澪次も彼女にならって部屋の片付けを始める。

 彼も彼女と同じく、家事は案外しっかりしている方なので行動に移さずにはいられなかった。


「それにしてもこれだけの家──よく貸してもらえたね。私達まだ未成年だよ?」 

「別にそこまで難しい事でもない。暗示を使わせてもらったしね」

「暗示って……レイくん!」


 一般の人間に暗示を使ったことに対して、つぐみは少しばかり怒りを見せる。

 種族関係なく仲の良い世界を目指している彼女に取って、その行為は人間に対する差別みたいに感じられた。

 澪次はこうなる事を予想していた。故につぐみの視線を真正面から受け止める。


「君の言いたい事も理解してる。けど今の僕達に必要な物は日を過ごすことが出来る居場所なんだ。──こればかりは正式な手続きをとっても今の僕達には手に入れる事なんか出来ない。まだ成人してない僕らには、ね――」

「……でも」

「うん、納得し難いのは分かるよ。でも生きていくには僕達なりの生き方をしなくちゃ。大丈夫、暗示なら生命に悪影響をもたらす訳じゃないから――」


 まだ何かを言いたい様子だが、大方理解したのか、つぐみは素直に頷いた。

 澪次はそんな彼女を見て、優しく微笑むと手を伸ばして頭を撫でる。

 撫でた手を払いのけられることも考えていたが、つぐみは目を細めながら何かを懐かしむような表情を浮かべていた。


「そう言えば、その釣ったお魚はどうするの?」

「うーん……炭火焼き、かな? 調味料も無いけど、海水を使ったら塩味くらいなら……」


 そこまでして澪次は咄嗟に口を噤んだ。

 すぐ目の前──自身の正面に立つつぐみから尋常ではない怒気が発せられているからだ。


「――レイくん」

「な、なに……かな」


 思わず直立した澪次だが、彼女が何に対して怒りを発しているのか分かっていた。

 それでも笑みを浮かべながら──それでいて目は全く笑ってないつぐみを前にして平静ではいられなかったのだ。


「ちゃんと栄養の整った料理……作ろうね?」

「────了解です」


 脊髄反射だった。返答コンマ零秒だった。

 その反応につぐみも満足した様子で、部屋の整理を始める。

 ――同時に澪次は、決して怒らせてはいけない人としてつぐみを正式に認定する事となった。


 

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