~迫る恐怖~
霞之村学園に続く道のりを澪次達四人が歩いていた。
つぐみと穂之香は浮き足立った様子で仲良く歩道を進み、澪次は苦笑しながらも嫌がる秀久の腕を引っ張るようにして彼女達についていく。
かつて姫君の妹に指摘されたのか、流石に何時もの袴ではなく、紺色のTシャツの上に黒のベス
トを重ね着ている。
そして何より目を引くのが、上衣を腰に巻くといった女性のファッションをしているのに彼にはすごく似合っている事だ。
「ねえあの人達何かイケてない?」
「……急にどうしたの麗美」
「ほらあの人達よあの人達!見ていて心が温かくなりそうな人と野性味あふれる人」
「──あ、分かるぅ!しかも手を繋いでるってことはもしかして──」
「うん。きっとそうよ!きゃっ♪」
──そんな事は断じて無い。
そう心の中で叫ぶ秀久だが、澪次はその会話の意味が分からず首を傾げていた。
「なあ…手、離してくれないか?」
「ダメ。だって逃げるでしょ」
怒るに怒れない。
分かってやっているのならまだしも、見ただけで無自覚と分かるからだ。
──まあそっちの方がタチが悪い。
というより性格からして澪次は怒りづらいような人なのだ。それにもしここで手を振り払おうものなら、自分達を熱い目で見つめている周囲の女子から(勝手に)一層誤解されるのは目に見えている。
居心地の悪い視線に気付かぬようにして、秀久は彼らについていったのだった。
「「「…………」」」
学園に着き校門をくぐった四人は絶句した。
はたしてこれは高校と呼んでもいいのかと思いたいくらい巨大なものだ。
「……何て言うんだろうか」
「…ああ。――設備自体は大したことは無いんだが、校舎がバカでか過ぎる…」
秀久の言う通り、設備自体は普通の学校とあまり変わりはない。いや木造建ての校舎からして一般より整っていないだろう。
問題は設備ではなくその規模だ。
まるで大学のキャンパスに来たかのような広さと校舎の数。
そこから目を離せないで校庭を歩いていた。
そこでふと校舎の陰の方に意識が向いた。
何やら数人の女子生徒に囲まれた赤い毛並みの虎を小さくしたような感じの虎?猫?とにかく猫みたいな虎がちょこんと座っている。
「────」
虎は澪次達と目が合うと何かを感じたのか彼らをじっと見つめだした。
それがしばらく続いたが間を生徒が横切った時には姿が見えなくなっていた。
「可愛い猫さんだったね」
「あ、つぐみもそう思いました?私もなんだよ♪」
女の子二人組が和気あいあいとはしゃいでいる中、
──間違いなくただの猫ではない。
それが澪次と秀久の直感したものだった。
「……お忙しい所をわざわざすみません──」
「あらあら。気にしなくてもいいのよ」
校舎に入り転入の件を申し出るべく職員室によった所、間が悪く全員が手を動かしている状態でとても話が出来そうになかった。
今日の所は引き上げて翌日またお邪魔する事にしようとした時、一人の女性教師が山積みの書類の筆記を一旦止めてこちらの件を引き受けてくれたのだ。
無理をしなくてもいいと一度は断ったが、彼女は微笑みながら自分がすると進み出てくれたのだ。
「そもそも教師たるものこれから生徒になる人達の事は第一に優先しなければいけないの。……忙しいからって見て見ぬ振りなんて論の外だわ」
ぶつくさ呟きながら正論を述べる先生。そうこうしているうちに一つの空き教室に着いた。
「さあついたわよ。まずは転入試験を受けてもらうから席に着いて」
彼女の言葉に澪次は驚いた。
人間の世界についてはある程度把握しているつもりだったが、転入試験を受けないと入れない制度は初めて知ったからだ。
彼女はそんな澪次を見て知ってか知らずか苦笑いをしながらも言葉をつけたす。
「──これがここのやり方なのよ。見て分かるように、この学園は歴史が古く有名なの。そんな所が《転入させてください。はい分かりました》って訳にもいかないから…」
「確かに、な。よくよく思えばここ……結構世間から注目されてるみたいだ」
隅の本棚から取り出した資料を見て秀久がそう漏らす。
──成る程……。
窓から見える霞之村学園の学園の全観を見て澪次は納得した。
…この学園、全ての校舎が木造建てである為財政に余裕がない物と思っていたが…全くの見当違いだったようだ。
開設当時の伝統をそのまま残すため、木造建てといった伝統を永久保存するために莫大な補修費用を費やしているからだ。
「──といっても形式上だけだから。試験の内容自体はさして難しい物では無いから安心していいわよ」
試験が終わり、今度は体育館にて制服のサイズを合わせるために身体測定を受けている。
結論からいって、あの女性教師の通り、試験はそれほど難題と言うわけでもなく流れるように筆を進める事が出来た。
名門校であるからもっと難しい物と心配していたのだが、どうやらここは名門といってもアメリカ形式の名門のようだ。
──入るのは難しいものではないが、卒業する事は超がついてもいいほど難関であるのがアメリカの名門だから。
――と、現実逃避を試みていた澪次だが…そろそろ限界のようだ。
「あらあなた?雪のような綺麗な肌してるのねぇ……素敵よ♪」
「い、いえ…そんな事──」
「それにこのきめ細やかな肌触り。……女の子みたいだわぁ♪」
「ひぃぁああ!? 触り方が嫌らし過ぎるんですけどぉぉ!!」
──なるほど。これは現実逃避出来ない。
どうして胸囲を測るだけなのに胸板をサワサワする必要があるのか、いや上半身をくまねく触り続ける必要性自体が皆無なのだが…。
──この事をアイルレイムが知ればこの学園に月落としを起こしていることだろう。いや、ひとまずそれは置いておく。
──とはいってもこの状況は耐え難い物な為、助けを求めんと周囲を見渡すのだが。
「筋肉質な身体してるのね。どうかしら? 私にマッサージ任せてみない♪」
「遠慮する!」←秀久
「ぇえ!? 何かしらこの脂肪の塊は!!(ムンズ!)」
「ひゃあ!!?」←つぐみ
「あなた、どこかの貴族のお嬢さん?──お人形さんみたいで可愛いわぁ…」
「………(プシュゥ──)」←穂之香
──駄目だ。役に立ちそうな人が見当たらない。
ていうかこの学園何かがおかしい。いや別に設備云々とかじゃなくて――
「──何で女性の教師しかいないの……」
「当然よ――」
何時の間にか自分達を案内してくれた親切な教師が隣に来ていた。
先程までヤらしかった女性教師は彼女の分厚い出席簿の餌食になったため、今は冷たい床で横に伸びている。改めて感謝の意を評した澪次であった。
「当然って――どうしてですか?」
「霞之村学園はね、元々女尊男卑の女子高だったの。最近共学になったばかりで入ってくる男の子も君達が初めて。──女尊男卑も完全に解消された訳では無いから男性の教師もいないのよ」
聞いただけでは凄く良い話ではあるのだが何故だろう――。
──全然嬉しくないのは。
欲の深い男の子ならハーレムといった単語は大好きだろうが、彼ら二人はアイルレイムといった恋人に、穂之香といった世話相手がいるので興味が無いのだ。
確かに興味は無い。
──だからといって身体中を触られるのは勘弁願いたい。
制服の採寸が終わった頃には四人とも(特に男子)は疲労困憊といった様子だった。
転入手続きを正式に済ませ、つぐみと穂之香は食事の準備のために調味料を買いに百貨店に向かっている為、澪次と秀久は、澪次が食料調達の為に訪れている何時もの波子場にやってきていた。
彼ら二人の手には金属製の釣り竿が握られている。
「──全く。何で俺までがこんな地味な事を…」
ぶつくさ呟きながら堤防に座りながら釣りをしている秀久。
高級感溢れるアルミと銅から出来た釣り竿は澪次のお手製だったりする。――彼、凄い器用なのだ。
「文句言わないの。家賃こそ暗示で誤魔化してるけど食材までそうするわけにはいかないんだから。ほら三匹目ゲェェートッッ!!!」
「……お前、釣りの時性格変わんのね」
その様子に若干あきれながらも、釣った魚が納められているバケツを見ると
にゃ~~~~~~
「……………」
何か有り得ないものを見たような…いや、いたような気がして硬直する。
「いやいやいや」
きっと気のせいだ。絶対気のせいだ。ていうより面倒事は勘弁してくれ。
そんな万感の思いを込めて、改めてもう一度バケツを見る。
にゃ~~~~~~~
「…………」
ふむ、と秀久は一度頷くとバケツをひっつかみ中に入っている猫ごと海にぶちまけた。
「あぁーーーー何てことしてくれんだよ秀久ぁ!!?」
結構な数の魚がバケツにいたので、たまらず涙目で絶叫する澪次。
だがバケツから飛び出したのは海水だけであった。
「やれやれ…勿体ないことするのう──」
後ろから聞こえてきた声に咄嗟に振り返るとそこには先程の子猫一匹。ご丁寧にバケツのお魚を全てくわえている。
と思いきや子猫が淡い光に包まれ、そこにいたのは
──全裸の女性であった。
「ブッ!?」
「へ?」
秀久はたまらず鼻血を吹き出し、澪次は突然の事に雪のような肌を赤らめながら処理落ちした。
その二人の反応に女性は愉快に笑った。
「くくっ。ウブじゃのうお主達──」
笑いをかみ殺しながら、どこからともなく衣服を取り出した少女は手慣れた手つきで一瞬にして着替えを済ませ、気がつけばチャイナ服の少女になっていた。
そこには先ほどの少年達はいなく、相対するはそれぞれの武器を手にした澪次と秀久。
ただの猫では無いことは校庭に来た頃から分かっていた事な為、二人は警戒心を露わにして殺気を放っている。
「──僕達に何のようかな?」
「荒事じゃねえ事を祈るが……」
「別に戦いに来たわけじゃないから落ち着くのじゃ。儂はただそこの黒髪の少年に用があるだけじゃて」
自分を指された澪次はキョトンと呆ける。
対して少女は真剣な表情へ一変させていた。
「まずは名前を交わさなければならんのう。──儂はカグツチ、お主達は」
「──影狼秀久」
「僕は夜瀬澪次」
澪次の言葉に少女は驚きに目を見開かせ、そしてやはりか──と、ヤセ・レイジの名を反芻していた。次に澪次に向けた視線は同情の物となっていて
「お主…災難じゃったのう」
そう言って今日の物であろう新聞の一面を彼に手渡した。
「何で僕に新聞……を…」
怪訝な表情をしながら読み始めた澪次の動きが静止する。そして身体が小刻みに振るえ始め、雪のような肌がより蒼白な物へとなっていた。
そんな澪次を心配して秀久も文面を覗き込むが、その眉間にこれ以上ない程の皺が刻まれた。
――昨日付けを以てローマ教会が、吸血鬼『夜瀬澪次』を17祖の第十七位に登録した――
その文面は他でもない夜瀬澪次を怯えさせるには十分な物であった。
17祖……それは吸血鬼の最上位に位置する存在で、その位置を望む吸血鬼達に常に狙われる存在だとも言われる。まず澪次は17祖に興味など無く、そのどれかについてみたい思ったこともない。
先週ほどに十七位が四位であるリエルに殺された為、空席になった十七位に澪次が選ばれたということだ。つまり望まずして選ばれたということだ。
だが澪次にとってこれは最悪以外の何物でもない。まずまだ彼には十七位に見合う力さえ有していないからだ。
ただ力の順序によって、穴の埋め合わせとして彼が登録されただけ。十六位とも雲泥の差があるだろう。
ただもっと恐れることは、これから澪次はいつ襲撃されてもおかしくない境遇になったということだ。
17祖の力の非常識さについては秀久も良く知っている。彼らは人外の中でも最凶と言われている存在だから。
そして今の澪次に十七位に登録されるだけの力など無いことも。
だから隣の……顔を蒼白にさせ、身体を小刻みに震わせている彼を心配そうに見つめるしかなかったのだ。