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銀佐暮シリーズ

幾星霜

作者: 佐暮

新たに加筆・修正しました。

内容は大きく変わりません。

 鳴り止まぬ木漏れ日が、豊かな緑を母に焼きつけた午後に僕の姉さんは産まれたという。公園並木の、木陰の絨毯を散策中に母は産気づいて、術後、父にこう漏らした。

 「この女児は、日光の産物なのよ。太陽から注いで、濃緑を透かして、わたしを孕ませようと、手ぐすねひいて辻に潜っていたんだから。あなたの実子じゃないわ」

 蛹の姉よりも、母の退院は困難であった。


 ――我に返ると、僕は「僕」をする羽目に陥るのであったが、姉の優しい声は「僕」を翻そうとする僕を、やんわりと押し留める。

 その姉は蛹でいることを止めてはいたのだけれども、サナトリウムの匂いを捨てきれずにいた。通院を終えて買い物を済ませた姉と夕餉を囲むのが、一日の楽しみだった。

 台所達者の姉料理を卓に並べながら、お気に入りのラジオに電気的信頼を吹き込んでやると、姉はやんわり吐息で口遊む。

 姉は一局しか聞かないくちだった。固定された彼からいつもの声が表れて、僕らの食卓は二人っきりで催される。楽しくて、嬉しくても、いくら姉の穏やかな笑みがあっても、姉はまた出掛けてしまって、明日の夕暮れまで姿が見えなくなるのだから、ラジオの奴も悲しげに囀るしかないわけだ。

 隠者めく父は、秘密の工房で未来の妻を制作している。天使の書を引用した非現実な設計、少年が二百年閉じ込められた巨大な鉱石、思考力で回転する動力不在の心的装置……偽書に記された夢の残骸制作の機関人形たる父は、同時に天使的博士を体現する。女神との再婚を目論む父の相手は妻か、娘か。

 融け合い解け合いしている内に、父にもすっかり解けなくなった扉は、男でも女でも決して開かぬものだろう。唯一の鍵とやらは、きっと姉が懐に眠らせている筈だ。父の眼目は盲ている。そして、僕が憎む。

 人恋しくなった食卓には、もはや何もない。一人うたた寝する癖がすっかり身についた夢見の僕に、ラジオの奴が吹き込んでくる――。



――[ラジオ放送]


『 先生、私は確かに見たのです。自宅から真っすぐここへ来る時、右手側に歩道橋の階段があるでしょう。あそこの三段目、決まって風が吹きついてくるあの三段目、下からのですよ、そこに先生がしっかりと、お座りになられていたのですから。

 ええ、うんうん、確かに私は、お堂の袂から黄金林を抜け出て、あいつに連れていかれてしまいました。でも、何の疚しいところなんて……。ただあいつが、あんな所に誘うから――誰だって、螺旋階段に腰掛けてみたいものでしょ。先生だって、分かってるくせして。

 とにかく、先生方は私を解放して下されば宜しいのですわ――何の心配もなさらずに。ディッシュなアンテナとなんてお話できませんし、看護婦めいた人形群に囲まれて毛糸の髪を引っ張るだけなんて疲れます。疲れますので、お願い致しますわ、先生。 』



――ここで不可思議ノイズ。陽気な歌が流れてくる……クッスリ。


死ぬまで一生叶わない ラハハ

理路整然めいて叶わない ラハハ

隣近所は信用できないけど

遠い君だけは信じることができるのさ

海にちらつく蛍のように

沙漠で萎れる甲虫めいて

七草粥を掻っ込むまるで

月似た魔力を君は

持つ


シェヘラザードの夜慰め 奇想

デュクロ講話 その授業 淫想

医術探究 博物誌的な  畸想

男性機械 即ち冷女   綺想

海に流すは福ノ神    忌想


君の体は紙製 文字が血 名は幻想

この夢みは 何時果てることもなく



――ここで、僕はラジオを止めた。


 姉の名前が、思い出せなかった。

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