プロローグ
見慣れた白い天井とうすいアルコールの香り。俺は、生涯のほぼ全てをその病室で過ごした。
俺にとってはここが世界の全てで、そして鳥かごだった。
「こんなことになるなら、無理をしてでも外に出てみるべきだったな」
後悔の言葉は、真っ白な空間に嫌に響いて、そして消えた。多分、眠ったらもう起き上がることはできない。目が覚めることもないかもしれない。わかるのだ。18年間も付き合ってきた自分の身体なのだから。
..もし、もし来世があるとするならば今度は朽ちぬ体がほしいと思った。健康に気を使うことなく、好き勝手に生きてみたい。
今を笑って過ごせるくらいの、幸せな人生を歩んでみたい。
卑屈になりきった彼は、そんな自分の想いを一蹴し、抗うこともせず眠りについた。もう、なにもかも嫌だった。
ーーーーー
意識を取り戻したとき、死にそこねたのか?と思った。けれど、身体の一部ともいえるようなアルコールの香りがしないことを不思議に思った。意識がハッキリしてきて、目を開けると知らない天井だった。白色の天井が見えないだけで、少し胸が高鳴るのを感じた。そうして意識を取り戻していくと今度は、荒い息遣いが隣から聞こえることに気がついた。これは知っている。病人の息遣いだ。何事かと思い身体を起こし隣を見ると、黒髪の美しい少女が顔をトマトみたいに赤くして苦しんでいた。
「だれ..?」
鈴を転がしたような儚い声が納屋のような部屋に響いた。
「は?」
ちょっとまて。誰だこの声は
「あーー」
俺だ..しかも、身体が軽い。生きてきてこんな感覚は初めてだ。
未知の感覚に戸惑っていると、苦しそうな少女がこちらに笑いかけた。
「どうしたの?」
俺の声をそのまま成長させたような、美しい声だった。
無意識に、この人を心配させてはいけないと思った。同時に謎の焦りも。この感情は..?
感情に任せて自然と口は開いていた。
「大丈夫だよ。身体に触るから眠っていて。」
いつからか見舞いにも来なくなった母の言葉を俺は彼女に投げかけていた。
「いつの間にそんな言葉を覚えたの?」
黒髪の少女は穏やかに笑った。同時に咳も出ていた。心配になって、また無意識にお腹を優しく撫でていた。
そうすると少女は、安心したように眠りについた。
この人を死なせてはいけないなと思った。そして何より、まずは状況の把握をしなければ。
ーーーーー
俺の名前はミヤというらしい。どうにも日本らしい響きだが、東方の血が濃いのだと姉は教えてくれた。
姉..もとい病人の彼女はサヤという。こちらも日本らしい。
そして目覚めた次の日、村にある井戸で自分の姿を確認した俺はひどく慌ててしまった。
なにせ水面に写っていたのは、長い黒髪は絹糸のように艶やかで、背中を滑り落ちるように伸びていて。黒曜石を思わせる瞳は深く澄み、光を受けるたびにかすかな輝きを宿した。華奢な身体つきも相まって、どこか人形めいた美しさを感じさせる少女だったから。
姉に似ているけど、それにしてもこれは..人さらいにでもあったら大変良い値がつきそうだ。いるかわからないけど。
俺たちが住んでいる村はとても小さい村で、井戸に行く途中見知らぬ人たちに声をよくかけられた。村ネットワークってやつかな、本で見たよ。
少なくとも、朝一で少女が出歩いても大丈夫なことと少女が二人で暮らしていること。この村の治安はいいらしいなと安心した。サヤには一人で出歩いて叱られたけど。
そして俺がなにより目を見張ったのは、魔法の存在だ。村を歩いているとき指先からライターくらいの火を出している人がいて本当に怖かった。サヤに慌てて問いただすと、俺が魔法を知らないことを不思議に思っているようだったけれど、身体を起こしてゆっくり説明してくれた。
「それは魔法ね。人はそれぞれ魔力をもっているのよ」
そういうとサヤは俺に手を出すように言って、小さな手のひらの上に白色の花を出してみせた。
「私は花を出す魔力。あまりお金にはならないわ。」
そういって自嘲気味に笑ったが、俺はこの魔法が好きだと思った。
俺がそれを伝えるとサヤは照れくさそうに笑って、調子が悪くなったのかまたすぐ眠ってしまった。
それにしても、花を出す"魔力"か。
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とりあえずわかったことをまとめてみよう。
俺は今ミヤという少女であること。転生ってやつか..?
サヤという姉がいて重い病であること。
どこか小さな村にいて治安は良いこと。
俺が村に不釣り合いなくらい美しいこと。...まあこれはいい。
なによりこの世界には、魔法が存在すること。
細かいことはなにもわからないが、大まかな情報は掴めてきた。生前は病室で空っぽに生きていた分、飲み込みも早いのかもな。
とりあえず当面の目標は、魔法を使ってみること。自衛手段は必要だろうからね。
そして、姉の病気を治すこと。病名もわからないけど、この人は死なせたくない。死なせたらだめだと思う。
目標が定まったなら、あとは行動あるのみだ。性別が何だというのだ、美少女だって関係ない。今の俺には自由に動く身体があるんだ、好き勝手に生きてやろうじゃないか。新しい人生の始まりに胸を高鳴らせながら、まずは温かいお湯でも用意できないかと行動を始めるのだった。
初投稿です。TS大好き




