表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

思いついたノリと勢いの短編

顔合わせで「貴様を愛することはない」と言った婚約者の様子がいつもおかしい

掲載日:2026/05/18


「フィオナ・マルクス、わたしは貴様を愛することはない。ゆえに、貴様もわたしを愛する必要はない」


 踏ん反り返ってそんなことを宣う婚約者であるレイモンドの姿を見て、フィオナはひとつ瞬いた。


「きさま……」


 レイモンドの言葉を思わず繰り返す。

 婚約が決まったのは先月のことだ。今日はその初めての顔合わせの為に、レイモンドが両親と共にフィオナの家を訪れていた。

 二人で親睦を深めるように、とお互いの両親が退室してすぐの開口一番が、これである。

 無礼だ。無礼極まりない。

 初対面の女性――しかも将来結婚する相手に向かって「貴様」呼ばわりとは何事か。名前も呼び捨てではなかっただろうか。初対面の女性に。


 もう一度言おう。

 レイモンドは初対面の女性の名前を呼び捨てにし、貴様呼ばわりしたのだ。


 この男、職業は近衛騎士で、年齢は二十歳だと聞いていた気がするが、礼節というものを知らないのだろうか。尊大極まりなく脚と腕を組み、こちらを見下すかのように僅かに顎を上げて見つめてくるその態度、あまりにも無礼。こちらは部下でもなんでもないのだが。

 近衛騎士など王家をはじめ貴人の傍に侍るのが仕事のひとつだろうに、礼儀がなっていない。仕事相手ならばきちんとした態度を取れるのだろうか。

 それとも、フィオナのことを見下しているだけだろうか。

 あり得ないことではない。世の中の男性の中には、女性は男性よりも劣った存在であるので、愚かで知恵の足りない女性達を優秀な男性達が正しい道へと導いてやらねばならぬ、という謎の価値観を持っている者もいるという。レイモンドもそういった類の輩である可能性は高い。


 レイモンドがそういった謎の男尊女卑的価値観の持ち主でも別に構わない。五十代のおじさんのような価値観に染まっている二十歳の男の思想矯正が、今から間に合うだろうか。

 間に合うかも知れないが、そんなことに労力を割くのは面倒臭い。フィオナはそこまで親切でもなければ、根気もない。

 こんなのと結婚生活を送らなければならないのはそれこそ面倒臭いような気もするが、近衛騎士という職業上、家に帰って来ることは稀だろう。顔を合わせたときに従順な振りをしておけばやり過ごせる程度だろうから、思想矯正に割く労力よりもお得だろう。


「わたしからの愛を期待したりするな」

「承知しました」


 キリッとした表情で言い放つレイモンドに、フィオナはこくりとひとつ頷いた。

 それに対してレイモンドはきょとんとした表情になった。返事をしたのが予想外だったのだろうか。

 だいぶ冷めていたお茶を一口飲み、カップを丁寧にテーブルに戻してから、不思議そうにこちらを見ているレイモンドを見つめ返した。


「声が小さかったですかね? 承知しました、と申し上げました」

「えっ? ……あ、いや。聞こえて、いた……」

「然様でございますか。では、問題ございませんね」


 フィオナはレイモンドに対して、一切の感情を抱くのをやめた。

 怒りも呆れもすっかり通り越して虚無だ。なにも感じやしない。なにかを感じて、感情を出した方が馬鹿を見る気がする。

 これはどうせ政略結婚のようなものだ。フィオナも打算で縁談を承諾した。愛だの恋だのは正直どうでもいい。


「……なにか問題でも?」


 きょとん顔から訝る表情になってこちらを見てくるレイモンドに、フィオナは尋ねた。ジロジロと見てきて本当に無礼な男だ。いい年をして礼節の「れ」の字も知らないのだろうか。


「いいのか? それで」


 もごもごと少し口ごもったあと、先程の宣言と打って変わって小さな声で尋ねてくる。尊大に上げていた顎は落とし、上目遣いにこちらの様子を窺うように見てくるその姿は、小さな子供のようだ。気持ち悪い。

 フィオナは盛りつけられていたクッキーを一枚齧る。婚約者と初めて会うので、歓迎の気持ちを込めてフィオナ自らがせっせと焼いたものだが、レイモンドは一切手をつけていない。気に入っている味なので、自分で食べることにする。


「問題ないから承諾しました。それとも、レイモンド様にはなにか問題がございますか? ご自分でおっしゃったのに?」


 淡々と尋ね返すと、レイモンドは眉を吊り上げて勢いよく立ち上がった。


「用事があることを思い出した。今日はこれで失礼する!」

「然様でございますか」

「見送りは結構だ!」

「それではこの場で失礼致します。お気をつけてお帰りください」

「…………っ!!」


 きちんと立ち上がって一礼すると、レイモンドはなにか言いたげな目つきで睨んできたが、なにも言わずに部屋を出て行った。顔が真っ赤だった気がするがどうでもいい。

 これで顔合わせは一応済んだことになる。このあと、レイモンド側から破談の申し入れがない限り、半年から二年ばかりの婚約期間を経て結婚ということになるだろう。

 まあ、こんなものか、とフィオナは小さく溜め息をついた。


 フィオナは官吏として働く夢があった。

 幼い頃から母に連れられて女性達の社交場に伺っていたが、あの世界はどうにも性に合わない。居心地が悪い。

 将来結婚をしたら、必ずあの世界に身を置かなければならない。それは無理だと思った。しかし、結婚もせずに家に居座ることは出来ない。両親が健在なうちならばいいかも知れないが、いずれ兄が継いだあとにはいい顔はされないだろう。

 では、どうすればいいか――考えた結果、働きに出ればいいと思ったのだ。

 仮にも子爵家の娘である。市井の商店や飲食店などで働くのは外聞が悪いし、その所為で家族にも瑕疵をつけるのは申し訳ない。そもそも雇ってもらえないかも知れない。

 かといって、自分で事業を起こして経営するなどの才能もない。出資者として裏方に入ってしまうのもいいかも知れないが、そこまでの資金力もない。

 いろいろと検討した結果、官吏になるのがいいのではないかと思ったのだ。

 官吏ならば貴族身分の者も当然いるし、女性ももちろんいる。最善だと思った。

 しかし、両親から「働きに出るのは構わないが、結婚をすること」という条件を出されてしまった。

 結婚してからにしろ、とは言わない。せめて婚約者を決めてからにしろ、と言われた。絶対に嫁ぎ遅れると思って心配されてしまったのだろう。それは仕方がないし、両親の気持ちも理解出来る。

 結婚相手は何処の家でも大抵は親が決める。自分で相手を見つけてくるほどの器量もないフィオナは、相手の条件に「結婚後も働くことを許してくれる」というものを添えて探すのをお願いした。そうして現れたのが、トルド伯爵家の五男レイモンドだった。


「さて。どうなることかしらね」


 顔を真っ赤にして立ち去るレイモンドのことを思い出しながら、すっかり冷めたお茶もきちんと飲み干し、茶器を片づける。お菓子の残りは部屋に持っていってつまもう。

 破談となったらどうしようか、と部屋に戻りながら考える。実はもう新規採用の内定をもらっているのだ。勤務開始は来月からとなっている。

 結婚相手探しは働きながらでもいい、と両親が納得してくれればいいが、どうだろうか。もしかすると職場でいい出会いがあるかも知れないし。


 今後のことをあれこれと考えていたが、それはすべて杞憂に終わる。

 トルド伯爵家からは破談の申し入れはなく、数日後にもう一度訪ねて来た伯爵夫妻から「今後ともよろしくお願い致します」と丁寧に頭を下げられたのだ。

 想定外の事態でフィオナは面食らったが、次に会ったときにもレイモンドの態度は相変わらずで、それにも面食らった。結婚しようっていう相手に会う態度ではないだろう。

 しかも、今度は仏頂面のまま一言も口を利かず、一時間ほどお茶を飲んだあとに帰って行った。この日レイモンドが発したのは、入室のときの「失礼する」と、退室のときの「失礼する」の一単語を二回だけだった。

 本当に結婚していいのだろうか。




 レイモンドとの婚約が正式に決まり、フィオナが王宮の文書室で働き出して一年――

 文書室の仕事内容は主に草案の清書をすることだ。議会に提出する議題などを規定の体裁に整えて書面に起こし、担当部署に渡すことがフィオナに任されたものだ。正確さと字の綺麗さが求められるが、決められたとおりに書き写すだけなので、そこまで難しい作業ではないと思う。

 しかし、枚数は多いし、添付する資料などが足りない場合は担当者に確認したりなど、雑事もそれなりにある。担当者の中には女を馬鹿にする属性の人間もいて、そういった場合は精神的な疲れも感じて腹立たしくもあったりするが、大きなやりがいは感じられるし、最近では任される仕事も増えてきた。とても充実した日々を過ごせていた。

 面倒なのは、レイモンドとのことである。

 お互いに職場は同じ王宮内である。たまにすれ違うこともあるだろうとは思っていたが、フィオナからは関わるつもりはなかった。なにせレイモンドは「貴様を愛することはない。愛を期待するな」と宣う男である。将来結婚することは決まっているけれど、だからといって親しくなろうと気を遣ったりする必要はないと思う。

 その「貴様を愛することはない」と言った筈のレイモンドは、三日に一度ぐらいの間隔で、何故かフィオナを昼食に誘いに来るのだ。


「以前にも申し上げましたが、気を遣わなくていいのですよ」


 今日も誘いに来たレイモンドと共に食堂へ向かいながら、フィオナは困惑気に零した。レイモンドは一瞬視線をこちらに向けたが、特に返事はしない。

 返事ぐらいしろ。相変わらず礼節の「れ」の字も知らない男だ。母親のお腹の中に忘れて生まれてきたのだろうか。

 こうして歩いていても、エスコートの為に腕を差し出すこともなく、ただ隣に並んで歩いているだけだ。食堂についてももちろん椅子を引いてくれることもない。

 一般的な男性が女性と一緒にいるときにはやるであろうことを一切出来ないこの男が、この一年の間で唯一、フィオナに歩調を合わせることだけは覚えたようだ。

 出会ったばかりの頃は自分の歩幅と速度で遥か前方を歩いていたが、ふた月ぐらい経つと並んで歩くようになっていた。レイモンドにしてはかなりゆっくりともどかしい歩調だと思うが、合わせるように頑張っているようだった。その努力は褒めてやってもいいと思う。


「お前、わたしに言うことがあるんじゃないか?」

「はい?」


 食事も終盤に差しかかってきた頃、レイモンドがそんなことを言ってきた。

 なにか言うべきことなどあっただろうか。合わせなければいけない予定などは特にないし、共有しておかなければならないことといえば結婚式関連のことぐらいだが、婚約して一年になるのでそろそろどうだろうかと言いつつも、日程どころか時期すらまだ決めてもいないので、話し合うべきことはなにもない。衣装の準備は時間がかかるので母と一緒に始めているが、それにレイモンドは関係ない。代金もそれぞれに出すことになっているので、そういった話し合いも必要ではなかった筈だ。

 はて、と首を傾げる。言うべきことというのが、やはりなにも思い浮かばないのだ。


「特になにもございませんが。……もしかして、なにか忘れていることでもありましたでしょうか?」


 記憶力にはそこそこ自信を持っているのだが、うっかりと確認し忘れている予定でもあっただろうか。それならば申し訳ない。

 レイモンドは小さく舌打ちし、そっぽを向きながら「ならいい」と呟いた。明らかに不満そうだ。

 はあ、と小さく頷き返し、丁度運ばれて来た食後のお茶に口をつける。そんな様子を、レイモンドはチラチラと見てきていた。

 これは、もしや――なにか話があるのは、実はレイモンドの方だったのではないだろうか。

 気が利く人間ならばこういうとき、さり気なく、しかしはっきりと相手に話を振ってやり、口を開きやすいように誘導してやるものだ。しかし、フィオナはそこまで気が利いた人間性を持ち合わせてはいない。自分が喋りたいことがあるならば、相手から触れてもらうのを待つのではなく、自分から話し出せばいいだけのことだ。


 この一年間で知ったこと――それは、レイモンドは口下手なのだということだ。


 いや、口下手というのはちょっと違うのかも知れないが、話をするのがあまり上手くはないと思う。自分から説明することは下手だし、相談するのもなかなか言い出せないし、雑談などの話題を提供してきたことなど一度としてないぐらいだ。誰かとお喋りをするということ以前に、人と接することが下手だと思う。

 苦手とかいうのではなく、下手なのだ。

 言葉遣いもあまりよくない。下町の平民ほどではないが、かなり粗雑だと思う。因みに、以前「貴様」呼びされたのは大変に不快だったのでやめるように言ったら、今度は「お前」呼びになった。たいして変化を感じられないが、どうしてもフィオナの名前は呼びたくないらしいので、妥協に妥協を重ねて仕方なく許している。

 礼節の「れ」の字も知らない上に、この対人能力の低さと口の悪さで、よくも近衛騎士などという職業に就けたものだ。何十人にもなる女性の信奉者を抱えているという容姿のよさだけで採用されたのだろうか。


 まだなにか言いたげに視線を送ってきているが、知らん顔してお茶を飲み終える。ナフキンで口許を拭って立ち上がった。


「では、私は仕事に戻ります」

「あ、あぁ……」


 なんだか気不味そうな顔をして頷くレイモンドに会釈して、その横を通り過ぎる。

 しかし、そのとき、手首を掴まれた。


「いや、待て」

「……そういう掴まれ方をすると、痛いのですが」

「あ、すまない」


 後ろから手首を掴まれ、肩を背中の方へ引っ張られたような姿勢だ。痛いに決まっている

 慌てて手を離したレイモンドに呆れた視線を向けながら、用件を問えば、しどろもどろに「話がしたい」と言ってきた。珍しく自分から動けたようだ。

 昼の休憩は終わりまでにまだ余裕がある。少しぐらいならば話をする時間もあるだろう。


 人が多い場所では嫌なのか、外に出よう、と言ってきた。特に問題はなかったので、提案に従って食堂を出た。

 いくつかある渡り廊下のうち、フィオナの職場に戻りやすく、人通りも比較的少ない場所に来て立ち止まると、レイモンドは眉間に皺を寄せて振り返った。


「お前、なんでなにも言ってこないんだ?」


 またさっきの話だ。フィオナも思わず眉間に皺を寄せた。


「なんでもなにも、お伝えすべきことに心当たりがないからです」

「ある筈だろう」

「いいえ。心当たりが一切ありません」

「そんなわけない」

「なにをおっしゃっているのやら……。そのようにおっしゃるレイモンド様こそ、私になにか言いたいことがあるのではございませんか?」

「わたしにあるわけがないだろう!? 普通はお前が言うべきことだ!」


 顔を真っ赤にして怒り出した。

 本当にいったいなんなのだ。フィオナにいったいなにを言わせたいというのか。

 レイモンドに対して感情を揺らしたら負けだと思っていて、常に淡々と接しようと心がけていたが、さすがにもう我慢がならない。


「わけのわからないことばかり、いい加減にしてくださいませんか? 私からレイモンド様にお話するようなことはなにもございませんし、いくら考えてみても思い当たりません」

「そんなわけないだろう」

「いいえ。そんなわけございます。そうおっしゃっているレイモンド様こそ、私になにかおっしゃりたいことがあるのではないんですか?」


 なにを言わせたいのかは知らないが、フィオナから言わせたいと思っていることが、レイモンドが言いたいと思っていることなのではなかろうか。いくら口下手でも、こんな意味不明な回りくどいことなどせず、はっきりと言えばいいものを。

 腹立たしく思って詰め寄れば、レイモンドは顔を真っ赤にして言った。


「愛していますと言うのは、女だろう!? 男のわたしが言うことではない!」


「…………はぁ??」


 いったいなにを言い出したのだ、この男は。

 そもそも初対面のときに「愛さないから愛してくれる必要もない」と言い切ったのは自分だろう。その言葉を受け入れはしたが、フィオナが言い出したことではない。

 意味がわからない。いったいなにをしたいのか。


「愛さないから愛さなくてもいいとおっしゃったのは、レイモンド様ですよね? だから私は、これは契約結婚のようなものだと思って承諾したんですが」


 フィオナは女性達の社交から離れる為に官吏になりたくて、両親の条件である結婚を受け入れる為、結婚後も働くことを許してくれる夫を求めた。

 レイモンドもまた、出世の為に妻帯することを求めた。

 利害の一致による縁談だとフィオナは思っていた。今のところ継がせるべき爵位や財産なども特にないので、子供も必要はないと言っていた。そのことに安心していたのだが、違ったのだろうか。

 もしや元々なにか行き違いがあったのだろうか、と怪訝にすると、レイモンドは睨みつけてきた。


「女っていうのは、愛してくれって、縋りついてくるものだろうが!」


 一瞬、なにを言われたのか理解出来なかった。

 いったいなんの話をしているのだろうか。

 顔を真っ赤にして唸っているレイモンドはまるで幼子のようで、その様子に頭痛がしてくる。こいつは礼節どころか、成人男性としての理性と情緒も何処かに置き忘れて生きてきたのだろうか。

 昼の休憩が終わる時間になってしまったので、ひとまず解散とする。丁度明日は揃って公休日であるので、明日レイモンドの実家に伺う約束を取りつけた。そこでしっかりと話し合うべきだと思ったのだ。



 翌日、約束どおりにトルド伯爵家を訪ね、改めて話し合った。

 そこで判明したのは、衝撃――というより、頭痛と眩暈しか感じられないような馬鹿げた話だった。


 若い男性達の間で、婚約者に向かって「きみを愛することはない」と告げて、相手の女性がどんな反応をするのか見るのが流行りなのだという。

 元々は女性達に人気のある「真実の愛に結ばれた運命の恋人達」を題材にした大衆小説の中の一作で、そのような台詞があるのだとか。心に傷を負った男性が、家の為に結婚をすることになり、相手の女性に向かってそう告げるが、のちにお互いが運命の恋人なのだと気づいて愛し合うという展開らしい。その男性がとても魅力的な人物で、女性読者の人気が高い為、同じ台詞を言うと喜ぶのだとか。

 フィオナは大衆小説にはあまり興味がないので、そのような作品があるなんて知らなかった。


「愛さなくてもいい。私があなたを愛するから――と答えるのが正しい女性の反応なんだ」


 口下手なレイモンドからようやくそれを聞き出し、フィオナは心底呆れた。

 馬鹿か。若い男というのは馬鹿なのか。馬鹿しかいないのか。

 そんなくだらない流行に振り回された女性はどれだけいるのだろうか。フィオナのように元ネタを知らずとも他に目的があったので気にしないのならばいいが、元ネタを知らないままそんなことを言われて傷ついた女性も当然いる筈だ。その人達はおおいに悩んだことだろう。

 誰か止めなかったのだろうか。止めなかったから、こんな流行が生まれているのだろう。やはり馬鹿しかいないのだ。


「婚約解消致しましょうか」


 呆れ果てて、思わずそんな言葉が出た。

 今から新しい結婚相手を探すとなると、もうすぐ二十歳になるフィオナには少し厳しいかも知れないが、そんな苦労を背負い込んでもいいと思えるぐらいに、ただただレイモンドに呆れた。


「なんでだ!?」


 レイモンドが驚いて叫ぶ。

 この期に及んで「なんで」と言えてしまう思慮の浅さが理由だと、伝えて理解してもらえるだろうか。――無理だろう。


「お前がわたしを愛せばいいだけのことだろう!?」

「愛する自信が微塵もございません。申し訳ございません」

「フィ、フィオナ!」


 深々頭を下げるフィオナに向かって、初めて名前を呼んできた。縋りつくかのように。

 しかし、感動も喜びも感じない。貴様だのお前だの呼んでいたのは、例の「愛することはない」の流行に合わせた演技かなにかだったのだろう。

 呆れを通り越して虚無だ。顔合わせのときに抱いたあの空虚感が蘇る。


 レイモンドは泣きそうな顔でこちらを見ている。いつもの仏頂面と尊大な態度はどうしたんだ。礼節と理性と情緒の次にまた何処かに置き忘れてきたのか。

 ははっ、と乾いた笑いが零れ落ちた。


「この縁談は、お互いの利害の為の契約結婚だと認識しておりました。なので、私がレイモンド様を愛することはございません」


 傷ついたような目を向けてくる。一年前に自分が言った言葉だろうに、言われるのは嫌なのか。


「その状況が嫌なのでしたら、レイモンド様が私を愛し、私がレイモンド様を愛せるように努力してくださいませ」


 さて。この口下手で情緒と理性に欠けた幼稚な男がどれだけ頑張れるものか、しばらく様子を見てやることにするか、とフィオナは虚無の淵からひっそりと考えた。






定期的にやってくる「きみを愛すことはない」と言った男が溺愛してくるあのパターンが納得いかない…の勢いで書いてます。

愛さないことにはなんか理由があるのか。それを初夜とかに言うのはなんでなんだ。結婚前に言ったれや。


取り敢えず結婚しなきゃいけないらしいから条件が合えば相手なんか誰でもいいや、と思っている冷めたフィオナと、

流行だからって便乗して言ってみて、思ったのと違う反応されて困惑し、どう接すればいいのかわからなくてしまった精神性幼児レイモンド。

このあと、二人は「真実の愛」に目覚められるのか?

無理じゃないかなー…(^^;)取り敢えず頑張ってみろよ☆


感想など頂けると嬉しいです。

ここまでお読みくださりありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ