第55話 復興の兆し
「……」
あまりの惨状に誰も言葉が無かった。
ハイエルフの里は壊滅し、惨たらしい姿を示していた。
数え切れない墓標が大地を埋め尽くしていた。
精霊王子の顔は、完全な無表情。深い悲しみが彼の顔から全ての感情を削ぎ落としてしまっていた。
いつも穏やかなアッシュの目つきも常になく鋭かった。
聖女マリアは目に涙を浮かべてしきりに聖印を結んで祈りを捧げていた。
「里はもう終わりだ……」
精霊王子が誰にともなく呟いた。
「精霊王子殿下、レクイエムを歌っても?」
無数の墓標を前に、アッシュが尋ねた。
精霊王子の氷のように冷たい無表情に、僅かな感情が流れる。
「ああ、同朋たちも冥府で喜ぶだろう」
精霊王子がゆっくりと頷いた。
アッシュは、袋から大きな弦楽器を取り出した。
それは前世のチェロを模したような楽器だ。アッシュが職人魂でありし日に作っていた楽器だ。
もっともレクイエムに相応しいだろうと、魔法のバックから取り出したのだ。
レクイエムの曲。何がいいだろうとアッシュは考える。
よし!
聖マリアが良いだろう。
アッシュは振り向いて、彼の背後で聖印を結んで祈りを捧げる聖女マリアを見る。
「マリア歌える?」
目にいっぱいに涙を浮かべていたマリアが静かに頷いた。
聖女は頷くとアッシュに合わせて歌い始めた。
聖マリアよ
天使たちがあなたを楽園へと導きますように。
あなたの到着を同胞たちが出迎え、
聖なる都へと連れて行ってくれますように。
天使の合唱があなたを迎え入れますように……
美しい聖女の声とチェロの旋律が林立する墓標を満たしていく。
立ち込めていた魔法の残滓の陰鬱な雰囲気が静かに鎮められていく。
廃墟の全てから吐き出される脳を揺さぶるキーンと言う不協和音が、美しい旋律に融和されて次第に穏やかに揺らぎ始める。
美しい旋律に誘われて一人また一人、ハイエルフの民たちが姿を表した。
そこに精霊王子の姿を認めたハイエルフたちは静かにひざまずく。
荒んだ人々の心に救いの旋律が沁みて険しい表情に小さな変化をもたらした。
彼方からハイエルフの集団が進んでくるのが見えた。
「精霊王陛下とサヤ女王陛下が参られた」
精霊王子がクラスメイトたちに告げた。
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