第17話 桜の下の聖女は神々しい──鈍感な公子様、距離感ゼロで馴れ馴れしい
「学長。忙しいところすみません……ということらしいのです」
ギネスは公使が掴んできた事実を説明した。
「ギネス君。色々話題の多い子だが、その情報と彼の噂とは大分違うようだね」
マリウスは賢者らしく冷静に評価する。
「そうでしょう。こんなことは本来あり得ません。魔なし、無属性、不自然すぎるでしょう」
「君のいうようにカラクリが無ければ説明がつかない。
公爵家を廃嫡というのも良くないね。
本当に困った子が入って来た。
しばらく様子を見よう。彼のことで何か他に有力な情報を掴めたらまた教えてくれたまえ」
魔道具の向こうのマリウスの声は、低く抑揚が無かった。
「ええ。もちろんです学長」
ギネスは力強く答えた。
☆
翌朝は、よく晴れていた。
ギネスは聖女の姿を追って裏山に向かっていた。
桜の下に聖女の姿が見えてギネスは足を早めた。そんな彼の耳に声が入ってくる。
その声の方向に視線を向けると二人の学園生が聖女を見ながら話している姿があった。
「ほんとすげぇな」
「あれな」
彼らが何を指してそう言っているのかをギネスは直感で悟り、そっと眉を寄せる。
聖女は桜を見上げて立っているだけだが、黄金の長い髪と純白の聖女服の裾が風になびき、息を呑むほど美しい。
生徒の二人はだらしなく口を開けて見惚れていた。一方でギネスは背筋を伸ばし、顔を引き締めて聖女を見つめている。しかし、その熱量だけはどちらも同じだった。
ところが、彼らの視線を釘付けにする聖女に、何の躊躇いもなく一人の男の子が近付いて来る。
アッシュだ。
生徒達とギネスは、あまりにも気軽に聖女に近づくアッシュに、強い敵意のこもった視線を向ける。
一方のアッシュは、聖女の近くまで歩み寄ると不自然に立ち止まり、しばらく聖女を舐めるように眺め回し始めた。
「おい、あいつ。なんてことしてやがるんだ」
生徒の一人が叫ぶ。
「聖女にあんな露骨な視線を向けていいのかよ。羨ましすぎる」
もう一方の生徒が答える。
噂していた二人組の男の子達が背後に迫ったギネスに気付き慌てて逃げるように去っていく。
ギネスはそんな彼らには目も向けずアッシュの行動を目で押さえ込もうとするかのように前のめりになって強く睨み付けた。
ちょうどその時、聖女がアッシュに見られていることに気付いたようで、顔を赤くして叫ぶ。
「もう、アッシュさんたら。私の服に何か付いているんですの?」
アッシュはあっと言葉に出して驚いた。
「あ、聖女様があまりにも素敵なので見惚れた?」
アッシュは慌てたように早口でいうと、手をひらひらさせて頭を掻く。
「もう。アッシュさんたら、聖職者をからかうのは良くありませんよ」
頬を膨らませてプイとそっぽを向き、サッサとアッシュを置いて走り去る聖女だ。
ギネスはその二人の姿を敵でも見るように見つめていた。
「聖女を信仰する真の資格があるのは俺だけだ」
ギネスは聖女の後を追って、足早にその場を後にした。
☆
一人取り残されたアッシュは、ホッと吐息をつくと桜を見上げた。一ひらの舞い落ちる花びらを手の平で受け止める。
「君、聖女のことを避けてたよね。ダメだよ。彼女がそんなことに気付いたら可哀想だろ」
アッシュは花びらを諭すように呟いた。
その姿をちょうど、魔眼のソフィアが見ていた。
「聖女が血相を変えて走り去って行ったから何かと思って来てみたら、アッシュ君は手の平に何を吹き込んでいるの?
また変な呪文でも掛けているのかな?」
ソフィアが不思議そうに尋ねる。
アッシュはいたずらを咎められた少年のように頭を掻く。
「なんでもないよ」
アッシュの珍しいうろたえた姿に俄然、ソフィアが興味を持ってしまった。
「あれ? もしかしたら聖女様に告白でもして振られちゃったのかな?」
ソフィアはそう聞いてから、急に不安そうに眉間に皺を寄せる。
「え? そんなことしないよ」
アッシュの答えに安堵するソフィア。可愛い仕草でしきりに頭を触る。
アッシュはソフィアのそんな乙女らしい仕草など全く気付かず、無頓着にズイとソフィアに近づくと両肩をガシッと掴んだ。
「へ? 何?」
驚くソフィア。
可愛らしい目と口を大きく開いてアッシュを見るが、アッシュから逃れる仕草は無い。
「ソフィア。実は相談があるんだ」
真剣な顔でアッシュは言った。
ソフィアは目を白黒させて、ただ頷くしかない。
「来てくれたのが君で良かったよ。こんなこと他の誰にも相談できなかったんだよね。
服の機能を阻害するあの魔法がゆるせなくて……」
アッシュは嬉しそうにいう。
「え? なに?」
ソフィアはしどろもどろ。
「あのさ俺、ずっと悩んでたんだよ」
「何?」
「今もさ、桜の花びらが聖女様の服を避けて落ちてたから注意してたんだよ」
ソフィアは話が見えない。首を傾げる。
「アッシュ君の話はよく分かんないよ。どういう意味?」
「桜の花びらって汚れているところを避けるんだよ」
「あんた。あの潔癖の権化のような聖女様の服が汚れてるとでも?
確かあの服って特別な魔道具よ。普通の服とは訳が違うわよ」
ソフィアが何を言い出すんだ、みたいにいう。
「ソフィアは魔眼持ちだから分かると思ってたんだけど……」
ソフィアはその言葉に首を横に振る。
「アッシュ君には聖女様の服はどんなふうに見えてるの?」
「うーん。言いにくいな。魔法の残滓が汚れのように見えるんだよね。えっと、真っ白な布が汚れている感じ?」
その言葉に絶句するソフィアだ。
☆
「本当ね。私にも見えて来たわ」
ソフィアがアッシュの耳元に呟いた。
「だろ。あんなに素敵な人が……」
「ストップ! アッシュ君。君は時々、際どいことを平気でいうからやめなさいね。私も乙女なの。あまり他の女の子を褒められるのはちょっと」
アッシュはその一言で我に返る。
「ああ。ソフィアも聖女様と比較できないくらい綺麗だよ。むしろ入学当初から聖女服のことが気に掛かっていたから、ソフィアの方が自然に美しいと思っていたよ?」
「ぐっ」
ソフィアがアッシュの無頓着発言に潰れて変な声を出す。
☆
聖女マリアは、視線を感じてふと目を向ける。
アッシュとソフィアが寄り添ってヒソヒソと話している様子を見て、聖女の顔がこわばる。
ソフィアはアッシュとよく会話する。
普段の聖女は気にも掛けずに二人の話に割って入るのが常だ。
しかし、今日は二人は聖女から距離を取って話しているし、どうも二人の視線が彼女に向けられているように感じる。
聖女はあたふたと自分の身体に視線を向け、聖女服をパタパタと叩いてみた。
違和感に首を捻る。
「アテナ殿下。わたくしの服に何か付いてませんか?」
隣の姫騎士に尋ねた。
「服に変なところは無い……あとは羨ましい限りだ」
姫騎士が答えた。
「もう」
からかわれた聖女が頬を膨らませる。
「あははは」
豪快に笑う姫騎士だった。
☆★☆
ここは学園のとある場所。
そこには二人の老人が額を合わせるように密談していた。
「教授。今年の学園生は、問題だな」
「確かに。魔なしが入学した。それでも大問題なのですが、無属性とは……」
教授が答えた。
「しかし、魔力量が低く無色なのに属性魔法が使えるのは理に反しておる」
相手の老人が首をひねる。
「何よりも、目立っているのが不思議ですね。協会や我々の威信にも傷が付くのでは?」
「代々、協会では魔法理論に対する信頼を維持することを協会の絶対目的としてきた。
なぜなら、魔法は信じる方が効果が高いと知られているからだ。
このままその生徒を目立たせるな。
良いな」
「承知しました。協会長の期待を果たしてみせます」
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