第16話 ダメだよ、聖女様のそれ。そんなに揺らしちゃ--徳も心も
「聖女様。何をしておられるのです?」
ギネスが尋ねた。
聖女の肩がピクリと動いた。
ゆっくりとした動作で振り返る。
「あ、ギネス様。ご機嫌よう」
聖女らしいカーテシーを披露して挨拶する聖女マリアだ。
清貧な純白の聖女服が彼女の見事すぎるプロポーションを逆に引き立てて男子生徒を虜にしてしまう。強力過ぎる破壊力だ。
ギネスは見慣れたはずの幼馴染の姿を眩しそうに目を細めて視線を逸らさずにはいられなかった。
その逸らした視線の先、聖女が視線を向けていた先にアッシュの姿を捉え、彼は急に眉間に深い皺を寄せ、手を握りしめた。
「聖女様。花見の噂は聞きました。まさか聖女様ともあろうお方が参加されていたとは、私は図書館にいてそのような催しがあったとは知らず、お止めできませんでした。
あのような酒席に聖職者が参加するのはいかがでしょうか?」
その言葉に聖女は少し戸惑ったような表情になる。
「すみません。確かに酒席でした。アッシュ様の施しを助けるつもりでしたが、ギネス様の仰る通り参加は遠慮すべきでした」
聖女はそう答えると深く頭を下げた。
彼女は常に正直で、自分の過ちを隠すことはない。
ギネスは少し安心したのか顔を和らげた。
「やはり彼の言動には問題があるようですね。
誤解が蔓延している。
聖女様も今後は彼の不用意な言葉に影響されないようにお願いします」
ギネスはそれだけ言うと静かに礼をして歩いていく。
彼の向かう先はアッシュだ。
それを聖女は少し戸惑った顔で見送る。
「アッシュ・グレック。貴様、我がセレン神聖国の大切な聖女様をたぶらかし、酒の席に無理矢理同席させるとはどんな魂胆だ?
聖女様の徳を軽んじ、貶めようとしているのか?」
ギネスの声はどこまでも冷たい。
アッシュは突然のギネスの発言に言葉が詰まる。
「お前は何も考えてない様に振る舞っているが、全て計算ずくだろう?
聖女の徳を貶め、あわよくば自分に意識が向かせようとしているんじゃないか?」
ギネスはアッシュを睨みつけながら言った。
アッシュは、黙って聞いていたが、ニッコリと笑う。
「聖女様の徳を貶めるつもりはないよ。そもそもお酒は近所のおじさん達しか飲んでなかったし、聖女様は離れた生徒席で座っていたから何も問題ないと思うよ」
アッシュはギネスを安心させようとして説明した。
「それが言い訳になるか?」
ギネスは、一歩アッシュに近づくと強い調子で言った。
「なんの言い訳さ。聖女様は、どんな場所に行こうと自由なんじゃないの。
徳のために、やりたいことを我慢しなきゃいけないのかい?」
アッシュが不思議そうに尋ねた。
「お前は、いつもそうだ。やりたい放題で馬鹿みたいに突き進む。
しかし普通の人はそういうわけにいかないだろう?」
「君はやりたいことに真剣に取り組んでないのかい?」
アッシュは無邪気な顔をして問う。
「なるほど。お前は理屈がうまいな。そうやって人をたぶらかすのか?」
「たぶらかす?
君は俺に簡単にたぶらかされるのかい?
彼女はどうなの?」
アッシュはじっとギネスの目を見て言った。
ギネスが何か言い返そうとした時、アッシュの背後から剣鬼が走り寄ってきた。
「アッシュ、何の話してんだ?」
剣鬼ライドが尋ねる。
「ふん。詭弁者め」
ギネスは捨て台詞を言って離れていった。
「あの花見で聖女様が徳を下げたって怒ってるんだけど」
アッシュが説明する。
「何言ってるか分からないな」
と剣鬼。
「そうだな」
アッシュもそれだけ答えた。
その様子を聖女は、少し離れたところから聞いていた。
目は僅かに開かれ、眉には小さなシワが刻まれている。
彼女は「自由」と呟いた。
アッシュと剣鬼が去ってからも彼女は、しばらくはじっとその場に佇んでいた。
☆★☆
【セレン神聖国の大使館のサロン】
公使がギネスを前に資料を広げて説明していた。
「……と言うことらしいですな」
公使の説明を聞いたギネスは何度も頷いた。
「すると、アッシュは魔なしの無色属性と言う疑いのない無能。
それだけでなく奇行を繰り返し、ローエンという三流の魔法学園を追放された正真正銘の落ちこぼれだと」
ギネスが公使に念を押した。
「それを機にグレック公爵家から廃嫡されて追放になったそうです。
どうも、今の噂とあまりにもかけ離れていて別人のようですな」
公使が肩を竦めて言った。
それを聞いたギネスは、目を輝かせて頷いた。
「やはり奴の行動は不自然なことが多過ぎたんだ」
ギネスはそう呟くと立ち上がる。
「公使、済まないがマリウス学園長に話を繋いでくれないか」
「ギネス様。それは良いのですが、何をなさるつもりです?」
公使が尋ねた。
「マリウス賢者にアッシュが不正を働いている疑いがあることを伝えるんだ」
ギネスは宣言するように言った。
「しかしギネス殿、確証もなく疑惑を呈しては、あなたの立場に逆に悪影響が起こるかもしれませんよ。
アッシュ君に決闘でも申し込んで見た方がはっきりするのでは?」
公使の言葉はしかしギネスには届かないようだった。
「はん? 決闘?」
ギネスは馬鹿にしたように笑う。
「それでは生温い。奴にはここで確実に消えてもらわねば。俺のことよりもマリアを守ることが最優先だ」
公使は仕方がないと肩を竦めて見せる。
「分かりました。なんなら今すぐマリウス賢者と話されますか?」
公使が尋ねる。
「頼む」
公使は、立つと棚に置かれている魔道具を取り出して机の上に置いた。
ポケットから手帳を取り出して、魔道具に番号を押し込む。
「これでマリウス殿が出てくるがよろしいか?」
「ああ」
公使は黙って頷くとボタンを押した。
魔道具の向こうから声が……
「マリウスだが……」
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