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「久々に帰って来たなぁ」
紗千香は仲佐のマンションではなく、久しぶりに自分のアパートへ戻っていた。
「はぁ~、やっぱり自宅が一番落ち着く」
着替えもしないでベッドに寝転がっても罪悪感ないし、大声で文句を言ったって平気だ。私以外いないから気を遣わないでいいし、キッチンなんて3歩で行ける。
単なる強がりにしか聞こえないが、そう言って誤魔化してないと泣いてしまいそうだから……
枕を抱きしめ顔を埋めると、仲佐さんの匂いのしない枕に、ジワッと目頭が熱くなってくる。
(あぁ~、駄目だ)
いくら誤魔化そうとしても、あの人の匂いや温もりは私の記憶から消えてくれない。
涙の溢れる目を覆うように腕を押し当てていると、トゥルル……スマホの着信音が部屋に響いた。
画面には『仲佐』の文字。
出ないと言う選択肢もあるが、万が一にも仕事関連だと困る。「ふぅ」と気持ちを落ち着かせるように息を吐くと、通話ボタンを押した。
「……はい」
『あ、紗千香ちゃん?今どこ?』
受話口から聞こえる仲佐さんの声にホッと喜ぶ自分がいる。
「えっと──」
話を進めようとした時『皓也?』遠くから仲佐さんを呼ぶ声が聞こえた。
あの現場で仲佐さんを名前で呼ぶ女性は一人しかいない。
『誰と話してるの?早く行きましょう?』
『お前ッ!人が話している時に入って来るな!』
『ええ?何よ。私より大事なの?』
痴話喧嘩のような会話が聞こえてくる。声の大きさから仲佐さんのすぐ側で話しているのが分かる。正直、どんな拷問よりもキツイ。
『ごめん!紗千香ちゃん、また連絡するから!』
「いいえ、大丈夫です」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
『え?』
「私、明日同窓会なんです。準備とかあって自分のアパートに戻って来てるんで、気にしないで楽しんできていいですよ」
『え?は?紗千──』
まだ言いかけていたが、無視して電話を切った。始めて狼狽えている仲佐さんの声を聞いた。
「……辛いな……」
「ははっ」と苦笑しながら溢れる涙をぬぐった。
***
次の日、紗千香は始発で地元へ戻ってきていた。同窓会は10時からなので始発で来なくても良かったのだが、眠れなかったのとジッとしていると仲佐の事を考えてしまうので自然と家を出てしまった。
「流石に早すぎたわ……」
時計を見るとまだ8時を回ったところ。紗千香は辺りを見渡し、時間を潰せるところを探した。実家に帰ると言う選択肢もあるが、進路の事で少し揉めてからギクシャクしていて、できればあまり帰りたくない。
「──ん?」
駅を出た時から視線を感じていて気のせいだと思っていたが、ふと一人の男性と目が合った。高そうなスーツに身を包み、髪をきっちり整えたイケメン。
(え?誰?)
目が合った事に気付いた男性は、こちらに真っ直ぐ向かってくる。
(え!なになになに!?)
人生初のナンパか!?と嬉しさと戸惑いを混じえつつ身構えた。
「紗千香?」
「え?」
名前を呼ばれ更に困惑。
「あ、やっぱり紗千香だ」
「え、あ、あの」
「なんだ?俺の事忘れのたのか?俺だよ。三須勇也」
「!!」
息のかかりそうな距離まで顔を近づけられ狼狽えたが、名前を聞いて驚いた。
「勇也!?」
「そうだよ」
「本気で忘れてたのか?」と不機嫌そうに呟かれるが、私の思い出の中の勇也はこんなイケメンじゃない。
……いや、そんなこともなかったかも……
結構、女子から人気があった気がする。私の場合、近すぎて気付かなかっただけかもしれない。
(言われてみれば、面影はあるな……)
ジッと顔を見つめると、今度は勇也の方が困惑して一歩後退っていた。
「お前がここに居るって事は、同窓会出るのか?」
「え、ええ」
「そうか……クッソ、なんで今日に限って仕事なんだよ」
「勇也は出ないの?」
「休日出勤」
悔しそうに顔を歪め、恨めしそうに手に持った鞄を見せつけてきた。「あらま」と思いつつ、少し残念に思う自分がいた。
久しぶりに幼馴染と話が出来ると思ってきたが、そんなに甘くないって事だ。
(まあ、こうして会えただけでも良かった)
思ったよりも随分成長していて驚いたけど、見た感じ元気そうだし、仕事も順調そう。なんか親戚のおばさんのような感情だ。
「なあ、今日はこっちに泊まるんだろ?」
「ううん。日帰りの予定」
「じゃあ、俺が送っていくから、仕事終わるまで待っててくれない?」
「は!?」
「ほら、連絡先教えろ」
「はぁ!?」
断る間もなくスマホを奪われた。返って来たスマホの画面には『勇也』の文字。
「仕事終わったら連絡するから。待ってろよ」
「いや、ちょっと!?」
手を振りながら颯爽と改札の中へ入っていく勇也の姿を、呆気に取られたまま見つめる事しかできなかった。




