落ちた隙間で
――とある館に収められた無数の報告書。そこに記されていたのは信じがたい奇怪な物語。真実は一体何なのだろうか――
短編ホラーをオムニバス式に書いていきたいと思います。
今後は怪奇に出会い次第、不定期で交信する予定です。
2004年12月、都内の学習塾でアルバイト講師が1人行方不明になる事件が発生した。被害者は佐藤建人さん(21)、都内の大学に通う学生だった。
事件が発生したのはクリスマスも押し迫った12月22日。その日健人さんは雑居ビルの5階にある教室で、中学生5名に対して数学の講義を行っていた。当時の生徒たちによれば健人さんに変わった様子はなかったという。
22時に講義を終えた健人さんは生徒たちの退出を確認した後に教室を消灯したが、廊下を10メートルほど進んだ先にある事務室にたどり着くことなく姿を消した。
普段の彼は講義後に必ず事務室に顔を出し、片付けや雑務をこなして塾長やほかの職員に挨拶をした後にタイムカードを押して帰宅していた。
しかしその日、健人さんが事務室に顔を出すことはなかった。いつまで待っても健人さんが現れなかったため、塾長は塾内を確認したが誰もいなかったため、「最近恋人ができたと言っていたし、クリスマスも近いから気もそぞろでまっすぐ帰ってしまったのだろう」と判断し、特に警察等への連絡は行わなかった。
それから四日後に健人さんと連絡が取れなくなった恋人からの問い合わせがあったことより、塾側は健人さんが行方不明になっていることを把握した。改めて確認すると健人さんの荷物は塾内に置きっぱなしになっており、アパートにも帰宅した様子がなかったため、塾長は警視庁に事件として届け出た。
警察の捜査により、雑居ビル前に設置された防犯カメラの確認が行われた。だが、健人さんが建物の外に出た様子は映っていなかった。そのため、警察は彼が建物裏の非常口から外に出たのだろうと考え、事件性はないものと判断した。そのため、その後の捜査は積極的には行われることはなかった。
それだけならばよく聞く行方不明事件で終わるが、この事件には少々奇妙な点があった。雑居ビルに非常口は存在していたが、そのドアは常に施錠され、鍵は事務室で管理されていたのだ。塾長はその点を指摘し更なる捜査を求めたが、警察がそれに取り合うことはなく、ただ月日だけが無為に流れた。
事態が動いたのは事件発生から10年後の2014年のことだ。学習塾はすでに倒産し、塾が入居していた雑居ビルも老朽化から解体工事が行われた。その際になんと、隣接するビルとの隙間から成人男性の死体が見つかったのだ。死後数年は経過していたとみられるその死体は、ちょうどビルの二階部分の隙間に挟まっていた。当該ビルは古い建物で消防法の定める建築基準を満たしておらず、ビル間の隙間は最小で30センチ未満であった。そのため、男性は何らかの理由で上階から転落したのち隙間に挟まって身動きがとれす、そのまま死亡したものと思われた。
死体は既にほとんど白骨化していたが、所持品とDNA鑑定から健人さんと判明した。状況から判断して行方不明になったその夜のうちに既に転落していたと考えられる。だがそう考えると一つの異常が発生する。彼が建物の外に出られる経路が存在しないのだ。
件の雑居ビルの屋上への出入り口は封鎖されており管理者以外が出ることはできないようになっていた。これについては当時の警察も確認を行っている。非常口が施錠されていたことも前述の通りだ。これについては他の階も同様である。とすれば窓から出るしかないのだが、隣のビルと隣接している廊下側には窓はない。正確には、もともとは窓は存在していたが隣にビルが建ち意味がなくなったので、のちの内装工事の際に石膏ボードでふさいだのだという。
もちろん教室側には窓があるが、建物の隙間とは反対側になる上に大窓は嵌め殺しである。開くのは天井近くにある換気用の小窓のみで人が通り抜けられるとは考えにくい。
つまり、健人さんは雑居ビルという密室から消失してビルの隙間に転落したことになる。換気窓から抜け出して外壁を回り込んだのか、壁をすり抜けたのか、いずれにしても常識では考えられない。
だが、異常なのはそれだけではなかった。
健人さんの遺体には骨折等のけがや出血の痕跡は見られなかったため、彼は転落死ではなく、身動きできない状態で衰弱し、餓死したものと推定された。
だが、そう判断された最大の理由は彼の携帯電話である。健人さんは携帯電話を耳に当てた姿勢で死亡していた。警察が彼の携帯電話を確認してみたところ、発信履歴が残っており、最後に通話したのは2004年の12月24日、事件の2日後であった。
健人さんが電話で助けを求めた相手がいるはずだ。そう考えた警察は通話相手の確認を行った。健人さんが最後に通話をしていたのは彼の地元である北九州市の古い友人、中学生時代の同級生であった。しかしなんと彼は警察が連絡を取るまで健人さんが行方不明になっていたことを知らなかった。彼は驚きながらもこう語った。
「あいつが電話してきたのはよく覚えてる。三年ぶりだったからな。急に連絡してきたから驚いたよ。話した内容自体は大したことないよ。『助けて』とか一言もなかった。
ただお互いに近況報告して、大学の講義がどうとか、バイトの時給がどうとか。あいつが彼女が出来たことを自慢してきたときはちょっとムカついたかな。俺はそん時彼女いなかったから。
話したのは本当にそんなことだけだよ。ただ最後に、正月にこっちに戻ってくるか聞いたんだ。時期も近かったし、せっかくだから会えるなら飲みに行こうかって思ってさ。そしたらあいつこう答えたんだよ。
『今はちょっと身動きが取れない』って」
健人さんはなぜ、どうやってビルの隙間に落ちたのか、どうして助けを求めなかったのか。今もって謎のままである。
この物語はフィクションです。
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