悪魔との取引の果て
中世ヨーロッパは神の時代であり、キリスト教の神が強く信仰されていた。人々は死後の復活と神の国の到来を信じ、救済のために神との強い結びつきを求めた。
そのための方法として考え出されたのが教会内への埋葬である。教会の敷地内の墓地ではなく、教会の建物の床下あるいは地下室に埋葬されれば、より神に近づけると考えたのだろう。聖書には記されていない民間信仰ではあるが、この考えは欧州の広い範囲で流行し、地位のある者たちはこぞって権力や金の力で自身を教会内に埋葬させることを確約させた。
一時は教会内に充満する腐敗臭や有毒ガスで神父が体調を崩す事件が多発し、19世紀初頭には各国政府から正式に禁止令が発布されたほどである。
しかし、その後も神父に金を握らせて密かに教会内に埋葬させる行為が長い間横行したという。それほどまでに神への信仰が強かったのだ。
そして、神が信じられたならその逆も同様であった。悪魔の力を信じ、悪魔との契約によって、邪な望みを叶えようとする者も多かった。
悪魔との契約の儀式の内容は地域や時代によって様々だが、宣誓の言葉はおしなべて同様である。
「教会の中に埋葬されても外に埋葬されても、必ず死後に魂を悪魔に捧げる。」
契約に神の介入を禁止するための文言であるが、これが前述の風習を踏まえていることはあきらかである。
しかし、人間の欲深さは果てないもので、悪魔の力で望みを叶えても地獄に行くのはごめん被ると言い出す者がいるのも世の常である。
欧州各地に伝わる民話ではそういった契約者の一人が機転を効かせて自身を教会の壁の中に埋葬させる話がある。壁の中は教会の中でも外でもないため、悪魔は彼の魂に手が出せず、彼は無事に天国に向かうことが出来たという物語だ。
これは悪魔をも出し抜く人間の機知を描いた一種の頓知話であるが、このような行為は作り話であり、実際には行われることはなかっただろうと近年までは考えられていた。
ところが、1994年フランス東部の古い教会の補修のため一時的に取り壊した壁の中から屍蝋化した男性の遺体が発見される事件があった。壁から取り出した遺体を調査した結果、着衣や副葬品などから14世紀の商人であると推定された。
この事実は御伽話の中の行為だと思われていた壁中埋葬の実在を証明し、中世史研究家たちをおおいに驚かせた。
ただし、解体工事に当たった作業員たちの、
「壁から死体が出て来た時、彼は確かにしゃがれた声で『まだなのか?』と呟いた」
「壁から死体を引き摺り出す時『やめてくれ』と死体が言った」
という証言をまともに取り合おうとする者はいない。
学者たちの見解は「死体を動かした際に肺の中の空気が漏れて、それを聞き間違えただけ」であるが、本当にそれが真実なのだろうか?
たとえ悪魔を出し抜いたとしても、神の救いがもたらされるとは限らないのかもしれない。
(追記)
件の遺体は学術調査の後に教会の所有する墓地に改葬されたという。悪魔は彼の魂を取りに向かうのだろうか?
この物語はフィクションです。
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