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くしゃり明王

 国会図書館は東京都千代田区にある日本最大の図書館である。この図書館は国内で発行されたすべての図書を収蔵、保存することを目的とした納本制度を敷いており、蔵書数は4500万点を超えるという。一定の手続きを踏めば誰でもこれらの史料を自由に閲覧することが出来る、ということになっているが実際はそうではない。


 国会図書館の地下9階のある書架に収められた一部の図書だけは閲覧が禁止されている。それどころか、それら図書が存在していること自体が一般には秘密とされている。


 職員からは「禁図書」と呼び習わされているそれら図書の閲覧が禁じられている理由は決して政治的意図などではない。それらを閲覧することで実際に物理的に閲覧者の生命及び社会の治安に著しい影響を与えるものであるからだ。


 今回はその中の一冊「日本秘仏大全 初版」について報告を行う。


 「日本秘仏大全」は1974年に翠閣書房より発行された書籍である。そのタイトル通り日本国内の秘仏、つまり一般に公開されることのない仏像に関して、その所在や来歴、縁起等を網羅し一覧化して記録することを目的とした書籍である。その取材には5年以上をかけ、全国で128体の秘仏が記録された奇書となっている。中でも23体の仏像の写真が掲載されているのが目を引く。


 これらはもちろん秘仏の管理を行っている寺院の許可を得て開帳の際に撮影した、あるいは撮影済みの写真を譲り受けたものであるが、一体だけはそうではなかった。


 日本秘仏大全の製本が完了し、国会図書館への納本も済ませ、配本直前となった段階で一枚の写真が盗撮されたものであることが判明したのだ。その仏像がS県の延明寺所蔵の秘仏、通称「くしゃり明王」である。


 延明寺からの申し入れを受け、翠閣書房は日本秘仏大全をすべて回収、処分し、くしゃり明王の写真を削除した改訂版に差し替えたのちに一般販売を行った。つまり、現在くしゃり明王の写真が掲載されているのは国会図書館に収蔵された一冊のみということになる。


 しかし、なぜ翠閣書房はこれほど徹底的な対応をしたのだろうか?それには宗教感情への配慮以上の理由がある。全ては延明寺住職の一言のためだ。


「くしゃり明王を見たものは死ぬ」


 延明寺ではそう言い伝えられており、くしゃり明王を見ることは禁忌とされている。普段は固く厨子に納められており、開かれるのは17年に一度。像を清め供物を捧げる儀式をその時の住職がたった1人で行う。その際も堂宇は閉め切り、住職自身も明王の前では常に魔よけの真言を唱え続けるという徹底ぶりだ。


 それでも数十年に一度は禁を犯した僧侶が寺院内で怪死する事件が起きているのだという。


 そして、住職の言葉を証明するように、秘仏大全の回収騒ぎから半年以内に翠閣書房の社員15人が立て続けに死亡、あるいは行方不明となる事件が発生している。死因はそれぞれ病死、事故死、自殺等一定ではないが、全員が共通して編集や回収の際にくしゃり明王の写真を目にしているという。


 また、秘仏大全の印刷、製本を行った製本所も、製本の三か月後に火元不明の火災が発生し従業員28名全員が死亡するという悲惨な事故を起こしている。


 これらの事件を受けて当時の文部省は国会図書館に所蔵された日本秘仏大全を禁図書に指定したとされている。


 さて、件のくしゃり明王であるが、延明寺では古記録が残っていないため正確な来歴は不明であるが遅くとも室町中期には現在とほぼ同じ形式で祀られていたという。


 その姿については亡くなった翠閣書房社員の手記に詳しい。くしゃり明王は立派な火焔後背と台座を有しているが、その姿は全く明王の名に似つかわしくないという。通常、明王と言えば力強い姿態の睨みを利かせた男性立像であるが、くしゃり明王はその真逆、やせこけた男性が膝をつき何かにすがるような姿勢で泣き叫んでいるように見えたそうである。

 後背に比して本体の劣化が激しく細かい造作は見分けることが出来ない状態だったが、ほぼ3つの穴だけになったその顔には絶望の表情がありありと浮かんでいた、と手記には記されている。


 東北大学で文化人類学の研究をしている須崎教授は「手記が信頼できるなら」と条件を付けたうえでこう述べている。


「古い仏像では後背や台座を後の時代に作り直したり、別の像のものと入れ替わってしまう例も少なくない。くしゃり明王は元々は明王ではなかった可能性が高い。秘仏でありながら劣化が激しい点も気になる。仏教では仏像に上質な木材を選んで使うが、神道においてはそうではない。神像は仏像に比して驚くほど粗末な木材で作られていることがある。御神木の木片を使うなど、木材の霊的な価値の方を優先するためだ。


 もし、くしゃり明王が脆い木材で作られているなら、仏像ではなく神像であった可能性がある。災いを呼ぶ禍津神を象り封印しておくなどいかにもありそうなことだ。くしゃりという名も「腐り」の変化の可能性がある」


 興味深い仮説であるが、なぜそれが明王として祀られることになったかまでは須崎教授にも説明がつかないという。

 

 延明寺では現在もくしゃり明王を祀っているが、くしゃり明王の公開や学術調査の一切を断り続けている。そうである以上須崎教授の説明も仮説の域を出ない。果たして、くしゃり明王とは何だったのであろうか。


 (追記)

 明王を盗撮した写真の出どころについても謎が多い。当時翠閣書房に出入りしていた鈴木というカメラマンが写真を持ち込んだことは判明している。


 だが、彼は盗撮の判明後には一切姿を見せておらず、彼の連絡先を知る翠閣書房の社員も件の事件で死亡したため、彼の生死も素性も不明なままである。


 そもそも、くしゃり明王の厨子を開くときは建物を閉め切っているはずであり、盗撮者の紛れ込む余地はないはずだ。彼はなぜ、どうやって明王を撮影したのか。そして彼はどうなったのか。謎は尽きない。


 鈴木なるカメラマンは実在したのだろうか?

 この物語はフィクションです。

 この話で得た知識を事実かのように吹聴した場合、あなたは恥をかく可能性があります。


 もっと悪い場合はフィクションでなくなります。ご注意を。

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