吽形屋敷
吽形屋敷はF県A郡に存在する古い屋敷である。
正確な記録がないため建設時期は不明だが、建築様式からの推察により明治中頃の竣工と目されている。大正期には地元の豪商が買い取った記録があるが、現在は所有者がおらず、自治体の管理下に置かれている。
吽形屋敷は郊外の広い敷地に高い門塀、複数の建物を持っているが、その名に反して仁王像や狛犬の類は一切無い。吽形屋敷の名は、その母屋の間取りに由来していると言われている。
母屋は豪商の邸宅に相応しく、多くの部屋を有しているが、もしも中に入ったとしてもみだりに襖を開けて中を覗くのはお勧めしない。母屋の中心にある一室、「吽形の間」を開けてしまう恐れがあるからだ。
吽形の間はたった二畳の広さしかない上に、家具や調度品が一切ない変わった部屋だ。だか、もっとも特異な点は入り口以外の三面の壁が全て大きな姿見になっていることだ。
大正期にこの屋敷で女中として働いていた者の伝聞として、この部屋に関する怪談が残されている。曰く、「この部屋に入る際は決して正面を見てはいけない」。
この部屋の襖を開けるときは必ず足元を見ていなければならない。足元を見ながら部屋に入ったら左右の鏡は覗いてもかまわない。しかし、部屋を出るまで決して正面の鏡だけは見てはならないというのだ。
そのようなルールがあるなら吽形の間への立ち入りそのものを禁じればよいと思うだろうが、女中たちには毎日必ずその部屋で仕事があったという。誰もいないはずのその部屋に朝晩の食事の膳を運ばねばならなかったという。吽形の間へは膳の上げ下げ以外での家人の立ち入りは禁じられていたにも関わらず、下げる際は必ず膳は空になっており、女中たちは皆気味悪がっていたという。
奇妙なのはそれだけでない。膳を運んだ女中が年に数人の割合でそのまま帰ってこず、行方不明になっていたのだという。彼女たちは吽形の間での禁忌を犯したのだと言われていた。そのため、吽形屋敷の給金は大変良く、志望者も多かったが、恐れをなしてすぐにやめるものも多かったそうだ。
ところで、吽形の間の左右の鏡を見れば当然合わせ鏡になっている。だが、正面の鏡を見た際に合わせ鏡になっていたならお終いだ。背後の襖がなくなり、出口のない部屋へと閉じ込められてしまったということだから。
「そうやって儂はアレを捕まえたのだ。アレがいる限り儂に不運は起こらない。これが儲けの秘訣よ」
当時の屋敷の主であった豪商はそう漏らしたことがあったそうだが、彼のいう「アレ」についてはついぞ語ることはなかったそうだ。
しかし、その言葉を証明するように豪商の周りには幸運なことばかりが立て続けに起き、彼の資産は何倍にも増えたのだという。だが幸運はいつまでも続かず、数年ののちに豪商自身も屋敷の中で行方不明になり、気味の悪い噂の流れた屋敷に二度と買い手がつくことはなく現在に至っている。
なお2025年現在、吽形屋敷への立ち入りは自治体によって固く禁じられている。
(追記)
吽形とは口を閉じた様を表す。大きな口に飲み込まれた者の末路は想像に難くない。
この物語はフィクションです。
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