貝の中に潜むモノ
――とある館に収められた無数の報告書。そこに記されていたのは信じがたい奇怪な物語。真実は一体何なのだろうか――
短編ホラーをオムニバス式に書いていきたいと思います。
今後は怪奇に出会い次第、不定期で交信する予定です。
貝殻を耳に当てると波の音がする。海の中にいた貝たちの記憶が残っているからだ。
とてもロマンティックな物語だが、当然事実ではない。貝殻から聞こえる音の正体は、周囲の音が貝殻の螺旋構造に響いているだけのものである。
だが正体がなんであれ、多くの人が一度は貝殻の音を聞いてみたことがあるだろう。それでなんらかの感動を得た者もいるかもしれない。
しかし、P県の九条ヶ濱で試すことだけはお勧めしない。九条ヶ濱は瀬戸内海に面した総延長5km程の小さな砂浜だが、ここにしか見られない固有種のクジョウガイの生息が確認されている。クジョウガイは見た目はサザエに似ているが少し大型で黒みがかった見た目が特徴だという。食味が悪いため漁の対象にはされていない。そのため、砂浜には多くのクジョウガイの貝殻が流れ着いている様子が確認できるが、これを耳に当てた者は思わず顔をしかめるという。
クジョウガイの中からは波の音ではなく、人間のうめき声が聞こえるというのだ。付近の地域には古くから平家の落人伝説が残されており、敗北を悟った彼らは九条ヶ濱で入水し、命を絶ったと言われている。そのため、水底に沈んだ彼らの怨嗟の声がクジョウガイの中に入り込んでしまい、今でも貝殻の中で木霊しつづけているのだという。
しかし、貝の中から声が聞こえただけならば、まだ幸運だったと言えるだろう。
2005年、当時10歳だった近田美優さんは家族とともに観光で九条ヶ濱を訪れた。その際、彼女は伝承を知らず貝殻を耳に当ててしまった。中から聞こえるうめき声に思わず貝殻を投げ捨て、岩でたたき割った彼女だったが、事態はそれで終わらなかった。
その日の夜から彼女の耳の中ではうめき声が聞こえ続けるようになったという。最初は微かな耳鳴り程度のもので周囲が静かな時に限られたが、徐々に声は大きくなっていき、周りで音が鳴っていようとお構いなしになった。
3か月後には苦痛が耐えがたくなり、美憂さんは耳鼻科の診察を受けたが、一切の異常は見つからなかった。それでも鳴りやまないうめき声のため、美憂さんは耳鼻科ではなく精神科を受診するようになった。
ところで、人間の耳の中には蝸牛と呼ばれる部位がある。音を聞き取るために螺旋状になっているが、その形は巻貝に非常によく似ている。
貝の中に宿るうめき声の主が蝸牛にまで入り込み、そこに住み着いてしまうというのは身の毛もよだつ話だが、単なる空想と割り切るのは楽観的すぎるだろう。
結局美憂さんは声が聞こえ始めてから10年後の2025年に自ら命を絶ってしまった。彼女の最後の言葉はこうだ。
「これはうめき声なんかじゃない。奴らは嗤ってるんだ!!」
(追記)
奈良時代に編纂されたとされる風土記には九条ヶ濱を指して『彼ノ地ニ笑ヒ貝有リ』との記述がある。内容については資料の散逸が激しく詳しく知ることはできないが、当然ながら平家の落人伝説よりは遥かに時代を遡ることになる。
平家の怨霊でないとするならば、あの貝に潜んでいたのはいったい何者だったのだろうか?
この物語はフィクションです。
この話で得た知識を事実かのように吹聴した場合、あなたは恥をかく可能性があります。
もっと悪い場合はフィクションでなくなります。ご注意を。




