究極の錯視画像
――とある館に収められた無数の報告書。そこに記されていたのは信じがたい奇怪な物語。真実は一体何なのだろうか――
短編ホラーをオムニバス式に書いていきたいと思います。
今後は怪奇に出会い次第、不定期で交信する予定です。
錯視とは視覚を通して得られた情報が実際の物とは異なっている現象をさす。例えば同じ長さの二本の棒の一方が長いと感じたり、静止している画像が動いているように見えるなどは誰もが見た事があるだろう。錯視は人間の脳や眼球の認識機能の構造そのものが原因で発生するとされている。
しかし残念ながら、現在の科学では人間の認識機能のすべてが解明されてはいない。つまりどのような錯視が何種類存在しているのかも未解明なままである。
逆説的に言えば、錯視を研究することは人間の認識機能の構造を浮き彫りにすることにつながる。そのため、世界中の学者や研究チームが血道をあげて新たな錯視を探し続けているというのが現状である。
ところで、最近世界中でホットな話題の1つに画像生成AIがある。主に著作権や肖像権の問題で賛否両論の議論が行われているが、革新的な技術であることは間違いない。そこでアメリカのある研究チームは生成AIを利用して錯視画像を作成する実験を試みた。
2024年8月、カリフォルニア工科大学の脳科学研究チームの1つが画像生成AIに5,000枚以上の錯視画像を読み込ませ、『人類が今まで見た事のない、人間の認識を大きく狂わせるような究極の錯視画像を作成せよ』と命じた。通常、AIは画像一枚につき数十秒から数分で出力を終えるが、この命令に対しては2時間近くの演算を要したという。
しかし果たしてAIが出力してみせた画像は、それぞれが異なる色のいくつかの円と多角形を幾何学的に組み合わせたシンプルなものであった。見当がだが、研究者たちがその画像を何度も眺めてみても、何処に錯視が含まれているのか皆目見当がつかなかった。AIに問い合わせても、「一目瞭然です」と答えるのみで、明瞭な答えを得ることはできず、学者たちは頭を悩ませた。
その時彼らが思い至ったのは、錯視の中には1つの画像を長時間眺め続けることで効果が現れるものがあるということだ。特定の模様を眺め続けると残像が発生したり、静止画が動いて見えるようになるなどの現象だ。AIが生成した画像も長時間眺め続けることで何らかの影響が現れると考えた彼らはそれを正式な実験として行うことにした。
性別や年齢、人種を問わず集められた20人の被験者たちにAIが作成した画像を10分間見てもらい、その後3分の休息をとったのちに何か変化がないか聞き取り調査を行う。なにも変化が無ければもう一度画像を見てもらう。それを3回繰り返し、それでも変化が認められなければ、後日別の被験者を集めて再実験を行う。
そう手順を定めて実験を行ったが、実験が最後まで行われることはなかった。最初の試行に行において、20人の被験者のうち18人に重大な異常が現れたためである。
彼らは実験後の聞き取りの際にアルファベットの「T」の概念を完全に忘れ去るという意味性認知症に近い症状が発生したのだ。研究者たちが話しかけても被験者にはTが含まれる単語のみが認知できず、何度も聞き返すという行動が見られた。また、彼らが発話する際にもTの発音は完全に失われていた。たとえば、Teachを「イーチ」、Townを「オウン」と発音するなどだ。
予想外の事態に驚いた研究者たちは即座に実験の中止を決定した。幸い、被験者たちも1時間ほど休息を取ったらふたたびTを認知できるようになったという。だが、問題はここで終ったわけではない。
一人の被験者が、錯視画像が印刷された紙をこっそり持ち帰り、自宅で実験を続けていたのだ。彼は自身に発生した現象に興味を持ち、より長時間画像を見続けた場合どうなるかを確認したかったのだろう。
3時間画像を見続けた彼が病院に緊急搬送された際の症状は重篤だった。Tだけではなく、O、X、Yなど少なくとも7つ以上のアルファベットを忘却しており、まともに会話ができる状態ではなかった。また、食事や歩行といった生活に必要な概念すら健忘しているらしく、自分一人ではものを食べることも歩くことも出来なかった。黄色いものを強迫的に恐れるようになったとも報告されている。
実験から1年以上たった現在、彼は精神病院に入院しているが回復の兆しはほぼ見られず、病状は絶望的であるという。このような事故を起こした責任として、件の研究チームは解散させられ、AIが作成した画像も消去、破棄された。
しかし、たった1枚の画像で人間をそこまで狂わせることが出来るのだろうか。今回の錯視画像が人体に与える影響のメカニズムは全く未解明なままである。唯一わかっているのは、被験者のうち症状が起こらなかった二人にはある種の色覚異常があったということのみだ。
正常な色覚を持つ者には同様の異常が起こりうる、ということなのかもしれない。
(追記)
生成AIの中には自身が生成した画像を学習ソースとして取り込み、再学習するものがある。錯視画像の生成がクローズドな環境で行われたのでなければ、件の画像の要素を取り込んだ画像が世界中で今も作られ続けているということだ。
果たして、あなたが今見ている画像は安全だと言えるのだろうか?
この物語はフィクションです。
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