天神一享博士奪還!!
〈焼き飯の胡椒が利いて冬かいな 涙次〉
(前回參照。)
【ⅰ】
谷澤景六ことテオは、最新長篇『或る回心』を脱稿した。その結びは-
「私は一人、夜明けの黎明を見た。今まで見て來た中でも、最髙に美しいと云へる黎明を。私は救濟と云ふ事を考へたが、直ぐにその考へを捨てた。救はれたかだうか、それは死の領域なのだ。私は生きてゐる。さ程の活力も持たずに。疲れた。だがその疲れを引き摺る事は、私には喜ぶべき事だつたゞらう。結局死は、我が身を見放したのだ。私は生き延びたのだつた。昨夜食べ殘した鶏肉が煮凝つてゐる。私はその煮凝りを啜つた。かうして昨日の續きを演じる事に依つて、私は生を確かめるしかなかつた。」
【ⅱ】
ゴシップ週刊誌の記者は、それでも云ふのだ。「谷澤さんにとつて、袴田小六さんの存在がいゝ發奮材料となつて、この大長篇が書けたのではないですか?」-谷澤=テオはかう答へた。「いや、彼は私の亞流に過ぎません。飽くまでオリジネイターは私であり、一流と云へるのは私の方だけなのです」。その言葉は確信に滿ち、谷澤の今作に賭けた意気込みを見事に云ひ表はしてゐた。
【ⅲ】
カンテラ。「方丈」内の水晶玉で、「舊魔界」の叛ルシフェル派の動きを見てゐた。「だうやら天神一享博士を拐かしたのは、叛ルシフェル派の【魔】と云つて良さゝうだな」-カンテラは直ぐ様その情報を、新聞記者・上総情に傳へた。「新人猫作家の陰に、文化勲章受勲者誘拐の黑い霧が-」上総は自分のコラムにさう書き、テオ=谷澤をバックアップ、同時に、天神博士誘拐の件で動いてゐた警察を、捜査の停滞から救つた。
※※※※
〈續き物書けど讀者は氣紛れでなかなか續き讀んではくれぬ 平手みき〉
【ⅳ】
警察は袴田を事情聴取、その後袴田の(猫だが)身柄を拘束した。カンテラ・じろさんは「舊魔界」に下り、天神博士の身を奪還した。殘党揃ひの叛ルシフェル派など、カンテラ・じろさんの敵ではない。2・3匹斬つた、そして投げ飛ばしたゞけで、彼らは弱氣になり、そして一味の天神博士奪還の目論み通り、あつさり身柄を返す事にOKしたのだつた。
【ⅴ】
博士は自分の首、(叛ルシフェル派は口封じの為、用濟みの博士を殺さうとしてゐた)皮一枚で繋がつた生命の代価に、350萬圓積んだ。「いゝのですか、こんなに頂いて」とカンテラ。カンテラは博士の傾いた暮らし向きを知つてゐた。「収めて下さい。私を慾しがつてゐる大學など、掃いて捨てる程ある。これからは、其処から給料を踏んだくる事にしますよ」。博士にとつては、結果として叛ルシフェル派の惡事を助長してしまつた事への、それは詫び料だつたのだ。
【ⅵ】
で、警察サイド。よもや猫を逮捕する譯には行かない。袴田はこつてり油を絞られてから釈放された。テオ「だうだい兄弟。これでも人間界でやつて行く積もりかい?」-袴田「にやあお」-なんと彼は警察の追求のショックで(それが如何に激しかつたかを、物語るやうに)、普通の猫に戻つてゐたのだつた。
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〈鍋焼きの鍋がなくして饂飩かな 涙次〉
【ⅶ】
「僕獨り殘されたつて譯か。要は、天才猫はこの世に一匹ゐれば事足りるつて事だな。へゝん、淋しいなつと」-これはテオの人間界への愛情も、叛ルシフェル派のルシフェル御大への捻ぢくれた愛情のやうに、やゝひねたものであるのを示してゐる。
さて、作者の、この『カンテラ』物語、累計第400話まで書き継いで來た感慨- 少々疲れたが、讀者を増やさうと思つての惡足掻きついでに、明日からもまた一新したこの物語を續けたい、と思ひます。だうぞご贔屓に。ぢやまた。




