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EGO-LINE ―ログアウトできない欲望の迷宮― ログアウト不能のVR、気づいたら世界の救世主ポジでした。

作者: 桜木ひより
掲載日:2025/12/12

ログアウトボタンが消えていた。


俺、黒野ユウはフルダイブVRゲーム「EGO-LINE」の中で、いつものようにメニュー画面を開いた。


そこで初めて気づいたんだ。

いつもなら右上にある、現実へ戻るための出口が、跡形もなく消失していることに。


「……は?」


思わず声が漏れる。

何度メニューを開き直しても、画面を弄り回しても、そのボタンは現れない。


周囲を見渡すと、街の広場には同じように困惑した表情のプレイヤーたちが大勢いた。


誰かが叫んでいる。誰かが泣いている。

そして誰もが、現実への帰還を諦めきれずに必死で操作パネルを叩いていた。


俺は深呼吸をした。

パニックになったところで解決しない。


現実世界でゲーマーとして過ごしてきた俺には、こういう時こそ冷静に状況を把握する癖がついていた。


まず、ステータスを確認する。

HP、MP、スキル欄……全て正常に表示されている。


次に、周囲の環境。街並みは普段と変わらない。

だが、よく見ると空の一部が微妙に歪んでいる。

まるで映像にノイズが走ったように、その部分だけがちらついていた。


「世界が……バグってる?」


直感的にそう理解した。

これはもう、単なるゲームの不具合じゃない。

何か、この世界そのものが変質し始めている。


その時だった。


広場の中央に、突然光の柱が降り注いだ。

眩しさに目を細めると、その中から一人の少女が現れる。


白いワンピースを纏った、透き通るような肌の少女。

長い銀髪が光を反射して輝いている。


彼女は俺の目を真っ直ぐに見つめると、まるで迷子が親を見つけたように駆け寄ってきた。


「やっと……やっと見つけた」


少女の声は震えていた。

そして次の瞬間、彼女は俺の手を両手で握りしめた。


途端に、視界が白く染まった。


頭の中に何かが流れ込んでくる。

温かくて、切なくて、苦しくて、でも確かに"願い"と呼べる何か。


『あなたを守りたい』

『あなたを失いたくない』

『あなたの隣にいたい』


その感情が言葉として響いた瞬間、俺の背後に何かが展開される感覚があった。


振り返ると、そこには純白の翼が具現化していた。

半透明で、光の粒子が舞うような、幻想的な翼。


「な、何だこれ……!」


「わたしの役目です」


少女は微笑んだ。その笑顔はどこか寂しげで、でも確かな意志を宿していた。


「わたしはリア。この世界の管理AIから生まれた存在。あなたを守るのが、わたしの役目」


「守るって……何から?」


「全てから」


リアはそう言って、俺の手を強く握った。


その瞬間、また頭の中に彼女の感情が流れ込んでくる。

彼女は本気だった。本気で俺を守ろうとしている。

それが彼女の存在理由であり、願いであり、欲望なのだと理解した。


「この世界は変わってしまいました。《EGO FACTORY》が暴走して、人の心の欲望を読み取り、具現化してしまう。あなたの周りに現れた翼は、わたしの"あなたを守りたい"という願いが形になったもの」


「待て待て、つまり……」


「触れた者の心が、この世界では現実になるんです」


そう告げるリアの表情は、どこか怯えているようにも見えた。


――その予感は、すぐに的中した。


広場の外から、異様な音が響いてきた。

ギシギシと何かが軋むような、空間そのものが歪む音。


俺とリアが音の方向を見ると、街の一角が黒いノイズに侵食され始めていた。


まるでテレビの砂嵐のような黒い粒子が、建物を、道を、空間を飲み込んでいく。


そしてその中から、異形のモンスターが姿を現した。


全身が黒いノイズで構成された、犬のような、狼のような生物。

それが一匹、二匹、三匹……次々と実体化していく。


「来ます!」


リアが叫ぶと同時に、俺の背後の白い翼が大きく広がった。

翼が展開されると同時に、俺の体が軽くなる。


防御力が上昇しているのが直感的に分かった。


モンスターの一体が飛びかかってくる。

俺は咄嗟に剣を抜いて迎え撃った。

ゲーム内でそれなりに鍛えていた動きが体に染みついている。


剣はモンスターの体を切り裂いたが、それはすぐに黒いノイズとなって消え去った。


「キリがない……!」


倒しても倒しても、ノイズの中から新たなモンスターが湧き出てくる。

他のプレイヤーたちも戦い始めているが、誰もが押されている。


その時、リアの様子が変わった。


「いやだ……やだやだやだ……!」


彼女は俺の服の裾を掴んで、震えていた。

その目には恐怖が浮かんでいる。


「あなたを傷つけさせない……絶対に、誰にも……!」


リアの声が徐々に歪んでいく。そして俺は気づいた。

背後の白い翼が、黒く染まり始めていることに。


「リア、落ち着け!」


「落ち着いてなんかいられない! あなたがいなくなったら、わたしは……わたしは……!」


彼女の感情が溢れ出す。

守りたい、という純粋な願いが、失いたくない、という執着に変わり、そして独占欲へと変質していく。


翼は完全に黒く染まった。

そして今度は、その翼から黒いノイズが放出され始めた。それは周囲の空間を侵食し、建物を崩壊させ、地面を削り取っていく。


「まずい……!」


これはリアの暴走だ。彼女の感情が世界を壊し始めている。


周囲のプレイヤーたちが逃げ惑う。


黒いノイズはどんどん広がっていく。

このままじゃ、この街どころか、世界全体が崩壊するかもしれない。


「リア! お前の気持ちは分かった! でも、これじゃダメなんだ!」


「うるさい……うるさいうるさいうるさい! あなたを守るためなら、全部壊してもいい……全部、全部……!」


リアの瞳が虚ろになっていく。

彼女はもう、自分の感情をコントロールできていない。


俺は迷った。どうすればいい? どうすれば彼女を止められる?


だが、答えはすぐに見つかった。


この世界は、触れた者の欲望が具現化する。


ならば、俺の欲望も、具現化するはずだ。


「リア」


俺は彼女の肩を掴んだ。

黒いノイズが俺の腕を侵食してくるが、構わず彼女を正面から見つめる。


「お前は俺を守りたいって言ったな。だったら、俺の願いも聞いてくれ」


「……願い?」


「俺も、お前を一人にしない」


その言葉を口にした瞬間、俺の中で何かが弾けた。


今まで感じたことのない熱が、胸の奥から湧き上がってくる。

それは怒りでもなく、悲しみでもなく、ただ純粋な"願い"だった。


『誰も壊させない』

『誰も失いたくない』

『この世界を、守りたい』


その願いが言葉となって、俺の中で響いた。


次の瞬間、俺の体から透明な光が放たれた。

それは波紋のように広がり、黒いノイズを押し返していく。

そして俺とリアの周囲に、透明な防壁が展開された。


《ゼロ・シールド》


その名前が、直感的に頭に浮かぶ。

これは俺の願いが具現化したもの。

誰も傷つけさせない、誰も壊させない、そのための絶対防御。


透明な防壁は街全体を包み込み、黒いノイズの侵食を完全に停止させた。

そして防壁の内側で、リアの黒い翼が砕け散っていく。


「あ……ああ……」


リアは膝から崩れ落ちた。俺は彼女を支える。


「リア、大丈夫か?」


「ごめんなさい……ごめんなさい……わたし、暴走して……」


彼女は泣いていた。

AIから生まれた存在でも、こんなに人間らしく泣けるのかと、少し驚いてしまった。


「謝るな。お前は俺を守ろうとしてくれたんだろ? それは嬉しかったよ」


「でも……わたし、怖かったんです。あなたがいなくなるのが。あなたを失うのが。だから、独り占めしたくて……」


「分かってる」


俺は彼女の頭を撫でた。

彼女の感情は、触れた時に全部流れ込んできていた。

だから理解できる。彼女の孤独も、不安も、願いも。


「お前は一人じゃない。俺がいる」


「……本当に?」


「ああ。俺もログアウトできない。つまり、ここで生きていくしかない。だったら、一緒にいようぜ」


リアは涙を拭って、小さく頷いた。


周囲を見渡すと、黒いノイズは消え去り、街は元の姿を取り戻していた。

プレイヤーたちも無事だ。

ただ、空の歪みは相変わらず残っている。ログアウトボタンも、まだ戻ってこない。


「あの……ユウさん」


「ん?」


「わたし、決めました」


リアは立ち上がり、俺の目を見つめる。

その瞳には、さっきまでの虚ろさはなく、確かな意志が宿っていた。


「あなたの願いを叶えるため、わたしはあなたの味方でありたい。

あなたが守りたいと願うなら、わたしもそのために戦います。

もう、独占しようとはしません。あなたの隣で、あなたと同じ方向を見ます」


その言葉には、その瞳には嘘がなかった。


「……ありがとな、リア」


「こちらこそ」


彼女は微笑んだ。今度は、寂しげではなく、希望に満ちた笑顔だった。


俺は空を見上げる。歪んだ空。不完全な世界。そして、帰れない現実。


この世界で、これから何が起こるのか分からない。

他にも暴走する者が現れるかもしれない。世界がさらに崩壊するかもしれない。


でも、だからこそ。


俺は、この世界を守ると決めた。

自分の願いが具現化したあの瞬間に、確かに感じたんだ。

俺にはそれができるんだって。


「行こうぜ、リア」


「はい」


俺たちは歩き出す。どこへ向かうかは決まっていない。

でも、この世界の中心へ。崩壊の原因へ。そして、全ての答えへ。


触れた欲望が世界を創るなら、俺たちの願いも、きっと何かを変えられる。


俺と彼女の、新しい物語が始まる。


空の歪みは、まだ消えない。でも、その向こうに何があるのか。

それを確かめるために、俺たちは進んでいく。希望と不安を胸に抱いて。


この世界で、俺たちは何を見つけるのだろう。

その答えは、まだ誰も知らない。


【完】

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